元邪神って本当ですか!? 万能ギルド職員の業務日誌

紫南

文字の大きさ
上 下
278 / 475
第十章

383 出よう

しおりを挟む
その森に棲む魔獣達は、朝も昼も夜もなく、活発にカサカサと草をかき分け、土を踏みしめる音を響かせる。その魔獣達の数が、数年前に比べて異様に多くなっていることを知っている者はごく僅かだった。

森の中には、エルフの里が二つ。手前には、罪を犯した者やその家族が住み、万が一のための防波堤になる。

術をかけてあるとはいえ、数十年に一度は、外から人が迷い込んできたりするのだ。その対応をするのも、手前の里の者たちだった。

エルフ達は、神の怒りを買った人族をことほか嫌い、接触することもけがらわしいと考えている。だからこそ、外に出て、人族と関係を持った者を嫌うのだ。

しかし、どれだけそのような考えが浸透していたとしても、裏切り者だと言って手前の里へ放り込まれた者たちもバカではない。追い出されたという反発心もあり、次第に考え方が変わってきていた。

「なあ……ちょっと前に結構な人数の戦士が出てったよな? 何があったんだと思う?」

こうして、里の方針や行動に、疑問を自然に持てる者が居るのは、奥にある里に住む者たちには考えられないことだった。

「あっ、俺聞いたっ。なんか、ついに反逆者達を追い詰める時が来たとか言ってた。奥の里の奴らが言う反逆者って……古い教会の」
「ああ。国になった教会のな。へえ……なら、今戦士が少ないのか……」
「何考えてる?」

尋ねた男はニヤリと笑い、問いかけられた男は、ふむふむと頷いて鋭い視線を周りに飛ばす。

「ここの見張りが減っているのは、気のせいじゃないようだな」
「それ、私確認した。門の所の奴らしか居ないよ」

緩いとはいえ、この里の者たちは監視下にあった。逃げ出さないように見張られているのだ。奥の里に居るエルフ達にとって、この里から出るというのは、彼らにとっての裏切り行為。

かつて身内にそうして里を抜けた者たちが居る家族が住むのが、この手前の里だ。同じように里を抜けて行くなんてことを、許したくはないのだろう。

それが分かるから、この里の者たちは、監視の目が緩むのを待っていた。里抜けする者がないように、示し合わせていたのだ。

「この数十年、おばばやナチの言葉を信じて、我慢した甲斐もあったか」
「うん……ナチちゃん……生きてるかな……」

かつて、この里に居た『邪神の巫女』として生まれたナチ。奥の里の者たちは、その『邪神』という言葉を嫌った。そんなはずはないと、コウルリーヤ神が邪神になどなるはずがないと信じていたからだ。

「生きてるさ……あの子は強い。それできっと、巫女としてのお役目もまっとうしながら、俺らが生きられる場所も用意してくれてるはずだ」

『邪神』がコウルリーヤ神のことなら、その巫女であるナチやその一族は悪い存在ではない。コウルリーヤ神が邪神などと呼ばれるような存在ではないと、世界に広めるために旅に出たナチ。それがお役目だと言って、里から抜け出した。

コウルリーヤ神が、自分の巫女を簡単に死なせるわけがない。だから、彼らもナチならばと信じている。

「けど……私達、ナチのこと……」
「……ああ……」

生まれながらに使命を持った子。だから、この里に来てからもずっと、周りは距離を置いていた。それは、ナチが気兼ねなくこの里からも出ていけるようにするため。だが、事情を知らないナチにとっては、とても居づらかっただろう。

「仕方ないことさね……」
「っ、おばばっ」

ナチの祖母。彼女もかつては『邪神の巫女』として生まれた。だが、ナチが生まれた時に、その役目がナチへと移ったのだ。

「我々があの子にできることは、少なかった。だから、せめて出て行く決意をしやすいように……私が決めた……あんたらは悪くないよ」
「でもっ。その決定に賛同したのは私らだよ」
「そうだ。俺らはナチが生まれた時に決めた。誰かに任せっきりにはしないと。責任を押し付けたりしない。俺たちは、俺たちの決めたことをやり遂げる」

それがたとえ、同族を討つことでも。自分達で決めて、自分達の手で行う。そう決めたのだ。

「……そうだね……コウルリーヤ様が討たれる時、我々は、上の意見に流され、決定を任せた……あの時、我らは立ち上がらねばならなかった。自らの意思で……考えねばならなかったのだ……」
「「「……」」」

個で考えることを放棄していた。閉鎖的な里であったことが、個を殺していた。長命種であったことも関係している。時間があると、どうしても判断が遅くなる。そして、その判断も、段々と上に任せるようになった。

「今ならば分かる……我々は外に出なくてはならなかった。人と、交わることで、もっと大切なものを知る必要があった。だからこそ、神々は、わざわざ短命な種と長命な種を世界に配したのだ……」
「……こんな所に、閉じこもってちゃダメなんだね」
「こうやってこもってるのは、神々の意思に反してるんだ。それを……奥の奴らは分かってない」

これが、この里に放り込まれて、到達した考えだった。

「そうだ。だから、それを分からせねばならん。打ち壊さねばならんのだ」
「ああ。これは、他の誰かに頼んじゃいけねえ。俺らがやるべきことだ。だから、先ずは見せてやるんだ。外に出ることが正しいと」
「うん。出よう。外へ」

戦士達が少なくなり、監視も緩くなった今が、その時だ。だが、一つ気がかりなことはある。

「病人達をどうやって運んで行くかは、問題だな……」
「それがあったな……」

エルフの里では、数年前からとある病が広がっていた。それは、国の王族達がかかる病と酷似していたのだが、それを彼らは知らない。

そんな彼らの様子を、先程からずっと伺っているものが居た。それは、近くの木の枝にとまる一匹の鳥。

どこにでもいそうな、小さな小鳥だったが、その目は思慮深げに彼らを見つめていた。そして、その小鳥の隣に、大きな鳥が上から舞い降りてくる。

これに気付いた男が、声を上げた。

「っ、なっ、ジェットイーグル!」
「はっ!? な、なんで、森の殺し屋が里の中に!!」

大混乱に陥る中、そのジェットイーグルは、片足に下げていた袋を里の者たちへと放った。それはもう、慣れた様子で『ほれ、持ってきてやったぜ』と言っていそうな仕草だった。

「こ、これは……? もしかして……誰かの従魔なのか……?」
《キュビー!》
「わっ、へ、返事したのか?」
《キュビー》

その通りだとの頷きまでされ、右足を見せるように少し上げる。そこに、飾りが付いていた。

「あ、あれ、従魔の印ってことか?」
「そうかも……」

これで分かったろうと、足を元に戻し、隣の小さな小鳥へ嘴を寄せて撫でる様を見て、一同は動揺しながらも、放り投げられた袋へ目を向けた。

「と、とりあえず、開けてみるか……」
「い、一応警戒しとくよ……」
「お、おう……」

ジェットイーグルは、森の殺し屋と呼ばれる魔鳥。矢の様にその鋭い嘴で突き刺しにくるのだ。個体によっては、魔獣の体内にある魔核を正確に捉え、一撃で仕留めるらしい。

体は大きく、見つけられないことはないが、とにかく飛ぶのが速いので、目が合ったら地に這うか、頑丈な盾をいくつも用意する。または、肉などの食料を空中に投げ、見逃してもらうのだ。一応、怒らせなければ、それで解決する。義理を知っている賢い魔鳥だった。

そして、ここに降り立った魔鳥は、睨み合いになる様子もなく、毛繕いをして『さっさと中見ろや』と、時折チラ見してくる。

ようやく袋の口を開いた男は、中にあった手紙と薬に唖然とした。

**********
読んでくださりありがとうございます◎
三日空きます。
よろしくお願いします◎
しおりを挟む
感想 2,775

あなたにおすすめの小説

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―

Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜+おまけSS

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! アルファポリス恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 連載希望のコメントをいただきましたので、 連載に向け準備中です。 *他サイトでも公開中 なろう日間総合ランキング2位に入りました!

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。

重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。 あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。 よくある聖女追放ものです。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。