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第十章
382 目標がな……
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ユースールの西の森。そこは、この大陸の中でも危険度が極めて高い場所だ。
危険度Aランクという、上から二番目に分類される魔獣や魔物が数多く生息している。何よりそれらが生き生きと育つ最高の環境が整っていた。
そんな西の森の直中に、コウヤの生家はある。魔獣や魔物の生きやすい環境ということもあり、現在はその家に白夜部隊所属のユストの魔獣と魔物の研究所を置いていた。
そして、ここ最近は、増えてきた従魔術師達を育成するための訓練場としても開放されている。
「こうして改めて見ると、本当に従魔術師が増えましたねっ」
「ちょっと急激に増え過ぎな感じもするんですけど……」
庭に集まった従魔術師達の名簿を確認していたコウヤが楽しそうに声を弾ませるのに対し、計画表を確認していたユストは、そこから顔を上げて呆れ顔だ。
「そうですか? でも、テーラ主任やユストさんがきちんと素質ある人たちを導いてくれた成果ですし」
「……そう言われると、悪い気はしないんだが……」
組んでもらうチームごとのリーダーへ渡す腕章を数えていたペット問題・従魔担当の主任、テーラがなんとも言えない顔をする。
何か問題があっただろうかと、コウヤは首を傾げた。
「三分の一は、王都や他の町からの人たちですよね? 順調に広まってますし、良いことでは?」
各地で問題となっていたペット関係のZ依頼。飼っていたペットが、脱走することが多く、その捜索が冒険者ギルドに多く寄せられていた。
これがただのペットならば問題はそれほど深刻にはならない。普通の犬猫の方が見つかりやすいものだ。だが、大半のペットが魔獣であったことが問題だった。
「……それだけペットが魔獣だったということだ……」
「あ~……なるほど。確かにそういうことになりますね」
ペット関係の特別な部署の必要性をギルド本部が知り、各地のギルドにその担当を用意させたことで、これらの問題はようやく表面化した。
その時の騒ぎはすごいもので、町中がパニックになりかけたこともあった。それはそうだろう。幼獣とはいえ、魔獣が町の中に居ると分かったのだから。しかし、魔獣自体は大きくなればなるほど、本能的に大勢の人を怖がり、町から逃げ出していくので、それほど大きな問題にはならない。
それでも、冒険者とは違い、普段から町中でしか暮らしていない住民たちにとっては、不安なことだった。
早急にこれらを解決するため、ユースールから、コウヤやルディエ達に索敵スキルを磨かれた冒険者を派遣して実地訓練したり、テーラ達ペット担当の職員が出向いて指導したりと、忙しく走り回り、なんとか体制を整えた。
「大変だったけど、私としては、珍しい幼獣にも出会えたし、良かったんだけどねっ」
「ユストは弟子まで取るし……」
得したと笑うユストに対し、テーラはまたも渋い顔をする。理由はコウヤにもわかった。
「ふふふ。テーラ主任は、婚約者のユストさんをお弟子さんに取られたのが嫌なんですよね~」
「っ、こ、コウヤっ……」
「え? あ……っ……そ、そうだったんだ……テーラ、言ってくれれば良かったのに……あっ、でも、気にすると思ったから、全員弟子は女にしたよ?」
「……わかってる……っ」
二人して顔を赤らめながら言い合う様は、とても微笑ましい。特に、テーラは過去に婚約者であった女性に裏切られたりと、女性不信を拗らせていた。ユースールに流れ着いたのもそれが理由だ。そんなテーラのトラウマが、ユストに出会って解消されたのだから、コウヤも嬉しい。
とはいえ、ユストも神子として生きていたため、恋愛は初心者。テーラは散々拗らせた後ということで、現在はまだリハビリ中。テレテレ、もじもじの状態が長くなるので、適当に止めてやる必要がある。こうして時折、二人をからかい半分でけしかけるのも、わざとではない。これも訓練だ。
「ふふっ。それにしても、ユースールの人たちは多いですね。それも若い方が」
一度は衰退した従魔術だったが、このユースールでは昨年頃から、一気に火が付いた。その理由は一つ。
「あ、ああ……目標がな……」
「あ~……その目標は、私からしたら無謀だと思うんだけどね……」
突然、微妙な空気になった。
「ん? 目標を持つって良いことですよね?」
目標を待てば、やる気が出て成長もする。良いことずくめではないかとコウヤには思えたのだが、どうやら、その目標は高すぎるところにあるようだ。
「諦めきれないらしい……ミミックを従魔にすること」
「え……まさか……」
「……パックンさんは特殊個体だって、知ってるだろうに……」
そう。ユースールで、従魔術師の素質が自分にあると気付いた者たちは、揃って同じ最終目標を定めているのだ。それは『いつかパックンのような従魔と契約する』というものだった。
「いや……知っていても諦めない不屈の精神には……敬服するんだが……」
「ユースールに居る人たちって、無駄に心が強いよね」
「折れたことがあるから、しっかり補強して立ってるんだ……いい事……だろう……?」
「テーラ、首を傾げちゃってるよ」
「そう言うが、ユスト……分かるだろう……どうしても途中で迷いが……」
「うん。分かるけどね……」
百万が一にも、パックンのようなミミックなど存在しないだろうなと、ユースールの者たちもわかっているのだ。だが、諦めたら負けだ。ユースールに流れ着いた者たちは、二度と諦めないと自分に誓いを立てている。誰だって、また腐りたくないのだから。
よって、今回のことも、諦めるという選択肢を無理やりどこかへ放っているのだ。不可能という文字も薄目で見るに留めている。
そんな必死に隠す本心が、テーラにもユストにも手に取るように感じられており、『無いと思うよ』という言葉を彼らの前では呑み込むしかない。
「……パックンかあ……」
コウヤも、これは無いと言える勇気はなかった。
こうして、目標は目標のままに、大切にユースールの者たちの心に仕舞われ続けることになる。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
二日空きます。
よろしくお願いします◎
危険度Aランクという、上から二番目に分類される魔獣や魔物が数多く生息している。何よりそれらが生き生きと育つ最高の環境が整っていた。
そんな西の森の直中に、コウヤの生家はある。魔獣や魔物の生きやすい環境ということもあり、現在はその家に白夜部隊所属のユストの魔獣と魔物の研究所を置いていた。
そして、ここ最近は、増えてきた従魔術師達を育成するための訓練場としても開放されている。
「こうして改めて見ると、本当に従魔術師が増えましたねっ」
「ちょっと急激に増え過ぎな感じもするんですけど……」
庭に集まった従魔術師達の名簿を確認していたコウヤが楽しそうに声を弾ませるのに対し、計画表を確認していたユストは、そこから顔を上げて呆れ顔だ。
「そうですか? でも、テーラ主任やユストさんがきちんと素質ある人たちを導いてくれた成果ですし」
「……そう言われると、悪い気はしないんだが……」
組んでもらうチームごとのリーダーへ渡す腕章を数えていたペット問題・従魔担当の主任、テーラがなんとも言えない顔をする。
何か問題があっただろうかと、コウヤは首を傾げた。
「三分の一は、王都や他の町からの人たちですよね? 順調に広まってますし、良いことでは?」
各地で問題となっていたペット関係のZ依頼。飼っていたペットが、脱走することが多く、その捜索が冒険者ギルドに多く寄せられていた。
これがただのペットならば問題はそれほど深刻にはならない。普通の犬猫の方が見つかりやすいものだ。だが、大半のペットが魔獣であったことが問題だった。
「……それだけペットが魔獣だったということだ……」
「あ~……なるほど。確かにそういうことになりますね」
ペット関係の特別な部署の必要性をギルド本部が知り、各地のギルドにその担当を用意させたことで、これらの問題はようやく表面化した。
その時の騒ぎはすごいもので、町中がパニックになりかけたこともあった。それはそうだろう。幼獣とはいえ、魔獣が町の中に居ると分かったのだから。しかし、魔獣自体は大きくなればなるほど、本能的に大勢の人を怖がり、町から逃げ出していくので、それほど大きな問題にはならない。
それでも、冒険者とは違い、普段から町中でしか暮らしていない住民たちにとっては、不安なことだった。
早急にこれらを解決するため、ユースールから、コウヤやルディエ達に索敵スキルを磨かれた冒険者を派遣して実地訓練したり、テーラ達ペット担当の職員が出向いて指導したりと、忙しく走り回り、なんとか体制を整えた。
「大変だったけど、私としては、珍しい幼獣にも出会えたし、良かったんだけどねっ」
「ユストは弟子まで取るし……」
得したと笑うユストに対し、テーラはまたも渋い顔をする。理由はコウヤにもわかった。
「ふふふ。テーラ主任は、婚約者のユストさんをお弟子さんに取られたのが嫌なんですよね~」
「っ、こ、コウヤっ……」
「え? あ……っ……そ、そうだったんだ……テーラ、言ってくれれば良かったのに……あっ、でも、気にすると思ったから、全員弟子は女にしたよ?」
「……わかってる……っ」
二人して顔を赤らめながら言い合う様は、とても微笑ましい。特に、テーラは過去に婚約者であった女性に裏切られたりと、女性不信を拗らせていた。ユースールに流れ着いたのもそれが理由だ。そんなテーラのトラウマが、ユストに出会って解消されたのだから、コウヤも嬉しい。
とはいえ、ユストも神子として生きていたため、恋愛は初心者。テーラは散々拗らせた後ということで、現在はまだリハビリ中。テレテレ、もじもじの状態が長くなるので、適当に止めてやる必要がある。こうして時折、二人をからかい半分でけしかけるのも、わざとではない。これも訓練だ。
「ふふっ。それにしても、ユースールの人たちは多いですね。それも若い方が」
一度は衰退した従魔術だったが、このユースールでは昨年頃から、一気に火が付いた。その理由は一つ。
「あ、ああ……目標がな……」
「あ~……その目標は、私からしたら無謀だと思うんだけどね……」
突然、微妙な空気になった。
「ん? 目標を持つって良いことですよね?」
目標を待てば、やる気が出て成長もする。良いことずくめではないかとコウヤには思えたのだが、どうやら、その目標は高すぎるところにあるようだ。
「諦めきれないらしい……ミミックを従魔にすること」
「え……まさか……」
「……パックンさんは特殊個体だって、知ってるだろうに……」
そう。ユースールで、従魔術師の素質が自分にあると気付いた者たちは、揃って同じ最終目標を定めているのだ。それは『いつかパックンのような従魔と契約する』というものだった。
「いや……知っていても諦めない不屈の精神には……敬服するんだが……」
「ユースールに居る人たちって、無駄に心が強いよね」
「折れたことがあるから、しっかり補強して立ってるんだ……いい事……だろう……?」
「テーラ、首を傾げちゃってるよ」
「そう言うが、ユスト……分かるだろう……どうしても途中で迷いが……」
「うん。分かるけどね……」
百万が一にも、パックンのようなミミックなど存在しないだろうなと、ユースールの者たちもわかっているのだ。だが、諦めたら負けだ。ユースールに流れ着いた者たちは、二度と諦めないと自分に誓いを立てている。誰だって、また腐りたくないのだから。
よって、今回のことも、諦めるという選択肢を無理やりどこかへ放っているのだ。不可能という文字も薄目で見るに留めている。
そんな必死に隠す本心が、テーラにもユストにも手に取るように感じられており、『無いと思うよ』という言葉を彼らの前では呑み込むしかない。
「……パックンかあ……」
コウヤも、これは無いと言える勇気はなかった。
こうして、目標は目標のままに、大切にユースールの者たちの心に仕舞われ続けることになる。
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