元邪神って本当ですか!? 万能ギルド職員の業務日誌

紫南

文字の大きさ
上 下
266 / 475
第九章

371 また行きたいよ

しおりを挟む
ジンクは未だ後ろから向けられている痛い視線には気付いていない。

彼がずっと大神殿を眺めているのは、気になる気配があるからだ。だが、今は何よりもコウヤがまだ幼い頃の、出会った時を思い出すのに忙しかった。デレデレしてしまうのも仕方がない。

「もうねっ。ほんと可愛いんだよ。『ジンクおじさ~ん』って、抱っこをねだってきた時なんて震えたねっ。記憶はゆっくり思い出してるみたいだけど、それでも、昔みたいに好奇心旺盛でねえ」

まさか、ベニが保護した聖女から、求めてやまなかったコウルリーヤの生まれ変わりが産まれるなんて、思ってもみなかったことだ。

だからジンクも、久しぶりにベニに会いに行った時、幼いコウヤを見て仰天した。それはもう、何が起きたか分からないほど興奮して、体が震えて立っていられなくなった。

「なんでもっと早くベニちゃんに会いに行かなかったのかって、めちゃくちゃ後悔したな~。そうしたら、初めてのお喋りも、お座りも、ハイハイもっ、タッチもっ、全部見えたのに!!」

それだけは、本当に後悔したのだ。滞在した初日の夜は、悔しくてまったく眠れなかった。

「でもな~。『おしえて、おしえて~』って抱きついてくるのがもうっ……可愛すぎ! 悶え死にってあるかもって思ったなあ」

幸せで死ぬこともあるんじゃないかと思うほど衝撃で、ずっと心臓が高鳴りっぱなしだった。

「あのまま大きくなってるんだもんな~。あそこでずっと暮らしたかったな~」

冒険者ギルド職員となったコウヤも見ている。多くの者に頼りにされ、町の人々に愛されているのが痛いほどわかった。

「そうだ! これ見てよ! すっごいこと書いてあるからっ」

少し振り向いて、胸ポケットに入れていた手紙を見せる。素早くそれをジンクの手から抜き取ったユミが、不審に思いながらも手紙を開いた。

そして、覗き込んで一緒に読んだミナとソラも衝撃で固まった。そんな様子には気付かず、また視線を固定したジンクは少し体をゆらゆらと揺らしながら口を開く。

「いやあ。まさかだよね~。コウヤくんがギルド職員やってるから、おかしくはないんだけど。でも、エリス様やリクト様までとかね~。それを受け入れるユースールの町の人たちもすごいよね~。ゼスト様は大工だし? もうね。早くユースールにまた行きたいよっ」
「「「………」」」

つい先日回収したその手紙には、エリスリリア達が人々と一緒に働いているということが書かれていた。

「……ゼストラーク様が……大工……」
「エリスリリア様が冒険者ギルドに……」
「……リクトルス様の稽古……」

理解の限界を越えたらしい。放心していた。しかし、神のために存在すると自負する神子達は、現実に返るのは早かった。

「……ちょっとジンク……」
「ん? え……っと……」

声の低さにに驚いて振り向いたジンクは、目を瞬かせた。近付いてきた三人は、屈んでいる彼を目を細めて見下ろしていたのだ。その目にあるのは、苛立ちだった。

「な……なんかおかしなこと言ったっけ……?」

ちょっと過去にトリップしていた所もあるので、ジンクは自分が何を言ったかなと、目を泳がせる。そんなジンクの方に、ユミがグッと身を乗り出した。その表情は、路地裏で恐喝するガラの悪い者たちもびっくりな凶悪な顔だ。

「ッ、あんただけ、何ノコノコと会ってんのよ!! それが分かった時点で私達を起こさないって、どうゆう了見よ!!」
「ひっ……」
「あんたがいくら最古の、それも四神よんしん全ての特別な神子だとしても!! この抜け駆けは許されないわよ!!」
「っ、ちょっ、だ、だって……」
「言い訳するな!!」
「ッ、はい!!」

ジンクは、ゼストラークとコウルリーヤの神子として生まれた。普通、神子の指名は一柱。だが、彼の父母が、それぞれゼストラークとコウルリーヤの神子だったことで、意図せず、そのまま加護が強まり、二柱の神子として生まれてしまったのだ。

これが知られれば、他の神子達も子を作るべきだと考えるようになるだろう。それを危惧して、神子ということ自体を隠した。神子であった父母達にとっては、それは難しいことではなかったのだ。

この頃は、教会もそれほど腐ってはいなかった。神子としての務めのある父母について、幼い頃は問題なく教会に出入りしていたのだ。

そこで、教会独自に生まれた、柱や壁などに施す刻印術に興味を持ち、いつか彫りもの師になるのだと夢を持った。

ジンク自身が自分の特異さを理解する頃。身を守るためにと、剣を習い始めた。教会に寄る旅の剣士達に教えを請い、戦う術を磨いた。これがリクトルスの琴線に触れ、いつの間にかリクトルスの神子にもなっていた。普通は加護となる所が、二柱の神子であったことが作用してか、神子になったのだ。

後天的に神子となる者は少なく、それに気付くのに数年かかった。

「ったく、何でも出来るのに、そういう気遣いが抜けてるのよねっ」
「それ、ユミにそのまま戻ってこない?」
「え? どこ?」
「……私も人のこと言えませんけどね……」

ミナは反省するようにふうと肩の力を抜いた。神子としてあった彼らは、早くから親元を離れたり、外に出ることが稀な生き方をする。だから、家族や友達との付き合い方がわからない者が多い。

多くの人々の悩みを聞き、心の内を察せられる力を持っていても、近しい存在への対応の仕方が不器用になるのだ。彼らにとっては、それがジンク達だ。

遠慮のない関係というのは理解できるようになったが、未だズレる時はある。だから今回も、ちょっと言うのが遅いよねということで許せるものではあったが、羨ましいことには変わらない。

「ですが、確かにコウルリーヤ様にお会いしてすぐにでも、私たちを起こすべきでした」
「はい。すみません……」
「同じ神子としての気持ちは分かるでしょうに……何年生きてるんですか」
「え……六……七百……?」
「……」

覚えていられるはずがなかった。

三柱の神子として、多くの才能を開花させたジンクだったが、一部の者に、その特異性を恐れられていることを知り、神子に与えられるアムラナを口にしようとは思わなかった。

神薬であるアムラナを神子が口にすれば、寿命が延びる。だが、それ以前に、普通の人よりも丈夫だ。だから、それで十分だと考えていた。何より、三柱の神子などという特別な存在として長く生きたなら、それは他の神子達の存在さえ脅かす者だと思われかねない。

そこで、ジンクはボロが出る前に生まれた地から離れようと考えた。コウルリーヤの負担が少しでも減るように、世界を巡ろうと思ったことも大きい。その頃、父母が亡くなった。神子として長く生き、晩年に子どもを産んだのだ。それほど時間は残っていないことを、二人も分かっていた。

これを機にジンクは旅に出た。神子であることを隠し、何十年と世界を回った。その際、教会のない場所を中心に足を運んだ。治癒魔法の使い手は、この頃にはもう教会に召し上げられているため、人の少ない辺境などには、病人や怪我人達が多かった。

だから、コウルリーヤの神子として薬学でもってそれらを救った。その過程で、エリスリリアの神子にもなったのだ。

ジンクは、薬学だけでなく、魔導具や魔法、武術などの素質ある者を見つけ、それを教えたりもした。それが旅に出て五十年ほどの生き方だった。

「……ジンクさんは、アムラナを飲んだのはいくつの時なのですか?」

ソラの問いかけに、ジンクは少し考えてから答える。

「え~……確か、八十過ぎ」
「はちっ……それにしては、今の姿はお若いですが……」
「ん? だって、アレ飲んだら若返ったんだ」
「……」
「「若返る……」」

そんなことあるかと、信じられない様子で三人はジンクを見返した。

この時、三人はもちろん、ジンクさえもベニ達が若返っていることを知らない。

**********
読んでくださりありがとうございます◎

お気付きの方もいると思いますが
第2巻発売記念のSSキャラ投票におきまして
ジンクについての票が複数ありました。
これによりジンクさんについての
話を混ぜました本編です。
まだもう少し続きます。

三日空きます。
よろしくお願いします!
しおりを挟む
感想 2,775

あなたにおすすめの小説

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―

Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜+おまけSS

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! アルファポリス恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 連載希望のコメントをいただきましたので、 連載に向け準備中です。 *他サイトでも公開中 なろう日間総合ランキング2位に入りました!

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。

重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。 あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。 よくある聖女追放ものです。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。