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第二章 新生ギルドと神子編
第2巻連動SS ①
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15日頃には第二章へ移動します。
**********
薬屋開店準備中!
【無魂兵達が運び込まれる中、薬屋の開店準備をする場面です】
ゲンは、その日のことを一生忘れないだろう。
コウヤに快気祝いだと言って託された店は、それまでゲンが住んでいた荒屋とは、店構えからして雲泥の差だった。
元々、ゲンがユースールに流れ着き、今まで住んでいた家は、店舗とは言えないものだった。ゲン自身、薬を作るのは、単に自分の腕が鈍らないようにするためでしかない。薬屋だと名乗ることさえしていなかった。
独り身の男が住む家。それも、きちんと帰って来られるかも分からない冒険者としての暮らしをする男の家だ。寝に帰るだけの狭い小さな古屋だった。
冒険者なんてものは、私物も少ない。残す相手もいなければ、持っている物などゴミになるだけだ。だから、宿暮らしが基本だし、その宿も先払いで期限が過ぎれば、残されていた荷物も処分される。死んだものとみなされるのだ。
とはいえ、すぐに荷物を処分するのは稀だ。たいていの宿は、冒険者ギルドにその荷物を届けてくれる。それ込みでの金額が宿代だ。
この世界、命なんて簡単に消える。冒険者なんて特にだ。
そんな事情の中で、家を持つというのは、珍しかった。ゲンの家は、同じように冒険者として暮らしていた先輩冒険者から譲り受けたものだ。
その先輩冒険者も、そのまた先輩に譲り受け、何度も家主は代わっているボロ屋だったのだ。
そんな家からは既に、コウヤの快気祝いの企みを知っていたレンスフィートの命で、ゲンが傷付いた目を治癒させるために眠っている間にほとんどの荷物が新しい『家』に運ばれていた。
いつでも引き払えるように、処分できるように、ゲンはきちんと整理はしていたのだ。だから、簡単だったと運ぶのを手伝ったメイドが笑っていた。
明らかにベテランの、領主邸から来たメイドが二人。ナチの荷物を運ぶついでにと、店の開店準備を手伝いに来てくれたのだ。
「埃は溜まっていましたけれど、お荷物はまとまっていましたから、お掃除もしながら全部運び出しましたよ」
「掃除のし甲斐がありましたわねえ」
コロコロと笑いながら、その手は忙しなく動いて、薬瓶を美しく棚に並べていた。
「……メイドさんにあの家を見られたのか……」
少し恥ずかしいと思うのは、きちんと掃除をしていなかったことを認めているからだ。整えるのは、製薬室として使っていた小さな部屋一つだけだった。
「あら。男の一人暮らしなんて、あんなものですわよ。ねえ」
「ええ。それなりに分類もされていましたし、お金もきちんと隠してありましたもの。楽しかったわよね」
「……なんで、そんなこと知ってんだ、です……?」
恐らくゲンと同年代か少し若い二人のメイド相手だが、どうにも勝てない感がある。ゲン自身、女性とあまり関わりを持って来なかったため、どう接していいのか分からないというのもある。
片目しかない顔に大きな傷を持つ男など、女性は怖がるだろうと思い、なるべく近付かなかったのだ。
ゲンの困惑する様子が、メイド達には微笑ましく見えているというのには、彼は気付かない。
「知りませんの? このユースールでは、わたくしたちメイドも、休日には冒険者としてZ依頼を受けられますのよ?」
「Z依頼……? って何だ?」
「あらあら。もしかして、コウヤさんがギルド職員になってから、ギルドで依頼受けてませんの?」
「あ、ああ……」
Z依頼と呼ぶ雑用依頼は、このユースールでコウヤが始めたことだ。ランクに関係なく受けるというのも、ゲンは知らなかった。それだけ、町の者とも交流がなかったのだ。メイド達にZ依頼についての説明を受け、ゲンはかなり驚いていた。
雑用依頼など、冒険者に成り立ての者達も受けたがらない。本当に雑用なのだ。そんなものを設けても、誰もやらない。それが冒険者だ。戦ってこそ、強さを求めてこそだと、採取に重きを置いているゲンでさえ考えていた。
しかし、コウヤによって、それは誰もが受けやすいように変わっていたのだ。
「そのZ依頼の中には『引っ越し作業』というのがありますの。それこそ、スラムが一新した時など、多かったのですよ」
「わたくしたちも沢山受けましたわね。お陰で、どこに大事な物を隠すかとか、何となく分かるようになりましたわ」
「そうそう。コウヤさんにコツも教えていただいて。『物探査スキル』なんてものが生えましたわ」
「便利よね~。探し物も、なんとなく勘が働くのだもの」
「本当、便利よね~」
「………」
聞いていると、領主邸で働くメイドのほとんどが持っているらしい。スキル取れるほどってどれだけやったんだろうと、遠い目をした後、ゲンはそのスキルの有用性に気付いて羨ましく思った。
「……もしかして、採取の時にも使えたり……いや、そんな都合よく……」
さすがに、特定の薬草を探したりなんて便利に使えるスキルではないだろうなと思っていれば、メイド達は笑って続けた。
「このスキルがあると、店でわざわざ買わなくても、野生の木の実とか、すぐに見つけられるものね」
「散歩のついでに見つけられるのはいいわよね」
「……それ……薬草とかも……」
「ええ。コレを探すって、意識すればねえ」
「薬草採取って、お小遣い稼ぎにいいのよね」
「……」
間違いなく、そのスキルは有用だ。ゲンは驚きに目を瞠る。
「おおばあの手記にもそんなスキルの記録はなかったはず……」
薬師には夢のようなスキルだ。しかし、そこまで有用なスキルなら、ゲンはもっと前から知っていたはずだと思い直す。見た目よりもゲンは長く生きているのだ。とはいえ、傷が治ったことで、一気に見た目は若返った。
ゲンには、エルフの血が流れている。エルフだったのは、曽祖母だ。長命種とも言われる異種族の血は、外見には出にくい。たいてい一つ。生まれた時から種族特性のある特殊なスキルを継承する。
そのスキルを正しく育てられた者は、長命種の恩恵を受けて、長く生きることができるらしい。実際、曽祖母の血を引くはずの母は、スキルを上手く育てなかったようで、人族とほとんど変わらない時間しか生きられなかった。それはそれで幸せだっただろう。母は父を深く愛していたのだから。
何より、長命種の恩恵を受けてしまうと、子どもが出来にくいのだ。長命種が子孫を残すのは、晩年に差し掛かる頃。残りの寿命が五十年を切る頃らしい。だから、ゲンは生きていた曽祖母に会ってはいない。それらを考えると、母は愛した父と同じ時間を生きられたのだ。幸運でもあった。
「そうそう。コウヤさんの話ですと、エルフの血を引く方は、このスキルが取りやすいそうですよ。ナチも取れるように機会を作ってあげてくださいね」
「あ……確かに、薬師としても有用そうですし……俺も……」
寧ろ自分も取りたいと、ゲンは切実に願う。薬師としては、持っているべきスキルだ。
しかし、どうやらユースール限定の認識があるらしい。
「良い妻の第一条件ですからねえ」
「このスキルを持つのが花嫁修行の一つだものね。ナチにもいい方と出会って欲しいものね」
「……」
花嫁の持つべきステータスの一つだそうだ。
「……もしかして、結構持ってる人多かったり……」
「しますよ? というか、この町の女性は、もうほとんどの人が持ってますよ? その内、『女は成人するまでに取るスキル』なんて言われるようになりそうよね」
「きっとなるわよ」
「……」
そんな簡単にスキルは取れるものではない。ただ、それぞれのスキルには、取りやすいやり方があるとも聞いたことはある。だが、そんなのは誰だって知ったら隠すだろう。
「昔から、このスキルは良い妻の条件って言われていたものねえ。わたくしのお祖母様が持っていたわ」
「ふふふ。秘密を持った旦那様を持つと身につくって言われていたのに、なぜ気付かなかったのかしらね」
「本当よ。でも、スキルって、そういうものなのかもしれないわね。簡単だけど、簡単には気付かない」
「そうかもしれないわね」
たいてい、人は全盛期の二十代、三十代を過ぎると、ただ惰性で生きていくだけになる。スキルも新しく覚えることもなくなるからだ。だが、実際はそうして勝手に限界を決めて、諦めてしまっているだけなのかもしれないと、ゲンは目が覚める思いだった。
まだまだ、自分も新しいことに挑戦できる。そう今、ゲンは実感した。
思えば、欠損薬だってそうだ。諦めていたものが現実となった。その上、今病室で看ている者たちの存在。あの無魂兵となってしまった者を救えるなど、欠損薬が出来上がったことよりも現実味のないものだった。それが叶う。
ふうと息を吐いて、これからを過ごすことになる店内を改めて見渡す。
広い通路は、装備などをそのままに入ってくる冒険者達のため。一つ一つの薬も取りやすく倒れないように浅い木枠でに入れて置かれていく。
高能は文字と絵でも表示し、冒険者達が使う回復薬と一般の住民達が使う湿布薬や手荒れ用の塗り薬などは、別の棚で客層を分けるように配置する。
誰もが分かりやすい店作り。そんな考え方も、ゲンは知らなかった。これらはコウヤの提案だ。
「そういえば、その服はどうかしら」
「そうだわ。感想を聞いて来てって奥様にも言われていたのよ。どうかしら。わたくしたちの力作よ」
「っ……え、あ、この服……っ」
快気祝い兼、新しい薬屋としてやっていくゲンにと、レンスフィートから贈られた服。今までは大して気にせず、汚れの目立たない黒っぽい服を着ていた。しかし、用意されたこの服は、明るい白っぽいオシャレなものだった。似合わないとは思いつつも、着ないわけにもいかず、制服だからと、更に替え用に二着同じ物ももらっていた。まさか、それがメイド達総出で作ったものとは思わない。
「その……こんな強面の男が着るにはもったいないといいますか……」
体も動かなくなるのを恐れて、普段から運動もしていた。剣だって振る。年齢の割にゴツイ体だと思っている。こんなオシャレな服は似合わないだろう。ただ、動きやすいため、今ままで気にせず着たままでいたのは、少し自分でも驚いていた。
髪も切り、こざっぱりして、今までの少し猫背気味の暗い雰囲気は無くなったとは、目が治り、起き上がれるようになって支度を手伝ってくれたメイド達の言葉だ。
服も、最初は着るのも恥ずかしかったが、生まれ変わったような思いで、その場の勢いで着てしまったようなもの。改めて認識すると、やはり恥ずかしい。
しかし、ゲンの思いとは別に、メイド達はコロコロと笑った。
「あらあら。鏡をしっかり見ていないの? 以前より二十は若く見えるわよ? きっと、息子さんかと思われるんじゃないかしら」
「表情も生き生きしているもの。ふふふ。コウヤさんも言っていましたよ? 笑うのが一番若返る秘訣だって。先ほどからも、柔らかく微笑まれていて、その制服もお似合いですわ」
「っ……そんな……」
「その内、求婚もされるんじゃないかしら」
「あるわね。女からアピールするの、流行ってるものね」
「とりあえず、お店が開店する前に、今一度お姿をご自身で確認することをおすすめいたします」
「……あ、はい」
そうして、メイドに揶揄われながら、店の準備は整っていった。
いよいよ開店だ。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
店が開店してからの小噺を来週投稿予定です。
次回本編は三日空きます。
よろしくお願いします◎
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薬屋開店準備中!
【無魂兵達が運び込まれる中、薬屋の開店準備をする場面です】
ゲンは、その日のことを一生忘れないだろう。
コウヤに快気祝いだと言って託された店は、それまでゲンが住んでいた荒屋とは、店構えからして雲泥の差だった。
元々、ゲンがユースールに流れ着き、今まで住んでいた家は、店舗とは言えないものだった。ゲン自身、薬を作るのは、単に自分の腕が鈍らないようにするためでしかない。薬屋だと名乗ることさえしていなかった。
独り身の男が住む家。それも、きちんと帰って来られるかも分からない冒険者としての暮らしをする男の家だ。寝に帰るだけの狭い小さな古屋だった。
冒険者なんてものは、私物も少ない。残す相手もいなければ、持っている物などゴミになるだけだ。だから、宿暮らしが基本だし、その宿も先払いで期限が過ぎれば、残されていた荷物も処分される。死んだものとみなされるのだ。
とはいえ、すぐに荷物を処分するのは稀だ。たいていの宿は、冒険者ギルドにその荷物を届けてくれる。それ込みでの金額が宿代だ。
この世界、命なんて簡単に消える。冒険者なんて特にだ。
そんな事情の中で、家を持つというのは、珍しかった。ゲンの家は、同じように冒険者として暮らしていた先輩冒険者から譲り受けたものだ。
その先輩冒険者も、そのまた先輩に譲り受け、何度も家主は代わっているボロ屋だったのだ。
そんな家からは既に、コウヤの快気祝いの企みを知っていたレンスフィートの命で、ゲンが傷付いた目を治癒させるために眠っている間にほとんどの荷物が新しい『家』に運ばれていた。
いつでも引き払えるように、処分できるように、ゲンはきちんと整理はしていたのだ。だから、簡単だったと運ぶのを手伝ったメイドが笑っていた。
明らかにベテランの、領主邸から来たメイドが二人。ナチの荷物を運ぶついでにと、店の開店準備を手伝いに来てくれたのだ。
「埃は溜まっていましたけれど、お荷物はまとまっていましたから、お掃除もしながら全部運び出しましたよ」
「掃除のし甲斐がありましたわねえ」
コロコロと笑いながら、その手は忙しなく動いて、薬瓶を美しく棚に並べていた。
「……メイドさんにあの家を見られたのか……」
少し恥ずかしいと思うのは、きちんと掃除をしていなかったことを認めているからだ。整えるのは、製薬室として使っていた小さな部屋一つだけだった。
「あら。男の一人暮らしなんて、あんなものですわよ。ねえ」
「ええ。それなりに分類もされていましたし、お金もきちんと隠してありましたもの。楽しかったわよね」
「……なんで、そんなこと知ってんだ、です……?」
恐らくゲンと同年代か少し若い二人のメイド相手だが、どうにも勝てない感がある。ゲン自身、女性とあまり関わりを持って来なかったため、どう接していいのか分からないというのもある。
片目しかない顔に大きな傷を持つ男など、女性は怖がるだろうと思い、なるべく近付かなかったのだ。
ゲンの困惑する様子が、メイド達には微笑ましく見えているというのには、彼は気付かない。
「知りませんの? このユースールでは、わたくしたちメイドも、休日には冒険者としてZ依頼を受けられますのよ?」
「Z依頼……? って何だ?」
「あらあら。もしかして、コウヤさんがギルド職員になってから、ギルドで依頼受けてませんの?」
「あ、ああ……」
Z依頼と呼ぶ雑用依頼は、このユースールでコウヤが始めたことだ。ランクに関係なく受けるというのも、ゲンは知らなかった。それだけ、町の者とも交流がなかったのだ。メイド達にZ依頼についての説明を受け、ゲンはかなり驚いていた。
雑用依頼など、冒険者に成り立ての者達も受けたがらない。本当に雑用なのだ。そんなものを設けても、誰もやらない。それが冒険者だ。戦ってこそ、強さを求めてこそだと、採取に重きを置いているゲンでさえ考えていた。
しかし、コウヤによって、それは誰もが受けやすいように変わっていたのだ。
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「わたくしたちも沢山受けましたわね。お陰で、どこに大事な物を隠すかとか、何となく分かるようになりましたわ」
「そうそう。コウヤさんにコツも教えていただいて。『物探査スキル』なんてものが生えましたわ」
「便利よね~。探し物も、なんとなく勘が働くのだもの」
「本当、便利よね~」
「………」
聞いていると、領主邸で働くメイドのほとんどが持っているらしい。スキル取れるほどってどれだけやったんだろうと、遠い目をした後、ゲンはそのスキルの有用性に気付いて羨ましく思った。
「……もしかして、採取の時にも使えたり……いや、そんな都合よく……」
さすがに、特定の薬草を探したりなんて便利に使えるスキルではないだろうなと思っていれば、メイド達は笑って続けた。
「このスキルがあると、店でわざわざ買わなくても、野生の木の実とか、すぐに見つけられるものね」
「散歩のついでに見つけられるのはいいわよね」
「……それ……薬草とかも……」
「ええ。コレを探すって、意識すればねえ」
「薬草採取って、お小遣い稼ぎにいいのよね」
「……」
間違いなく、そのスキルは有用だ。ゲンは驚きに目を瞠る。
「おおばあの手記にもそんなスキルの記録はなかったはず……」
薬師には夢のようなスキルだ。しかし、そこまで有用なスキルなら、ゲンはもっと前から知っていたはずだと思い直す。見た目よりもゲンは長く生きているのだ。とはいえ、傷が治ったことで、一気に見た目は若返った。
ゲンには、エルフの血が流れている。エルフだったのは、曽祖母だ。長命種とも言われる異種族の血は、外見には出にくい。たいてい一つ。生まれた時から種族特性のある特殊なスキルを継承する。
そのスキルを正しく育てられた者は、長命種の恩恵を受けて、長く生きることができるらしい。実際、曽祖母の血を引くはずの母は、スキルを上手く育てなかったようで、人族とほとんど変わらない時間しか生きられなかった。それはそれで幸せだっただろう。母は父を深く愛していたのだから。
何より、長命種の恩恵を受けてしまうと、子どもが出来にくいのだ。長命種が子孫を残すのは、晩年に差し掛かる頃。残りの寿命が五十年を切る頃らしい。だから、ゲンは生きていた曽祖母に会ってはいない。それらを考えると、母は愛した父と同じ時間を生きられたのだ。幸運でもあった。
「そうそう。コウヤさんの話ですと、エルフの血を引く方は、このスキルが取りやすいそうですよ。ナチも取れるように機会を作ってあげてくださいね」
「あ……確かに、薬師としても有用そうですし……俺も……」
寧ろ自分も取りたいと、ゲンは切実に願う。薬師としては、持っているべきスキルだ。
しかし、どうやらユースール限定の認識があるらしい。
「良い妻の第一条件ですからねえ」
「このスキルを持つのが花嫁修行の一つだものね。ナチにもいい方と出会って欲しいものね」
「……」
花嫁の持つべきステータスの一つだそうだ。
「……もしかして、結構持ってる人多かったり……」
「しますよ? というか、この町の女性は、もうほとんどの人が持ってますよ? その内、『女は成人するまでに取るスキル』なんて言われるようになりそうよね」
「きっとなるわよ」
「……」
そんな簡単にスキルは取れるものではない。ただ、それぞれのスキルには、取りやすいやり方があるとも聞いたことはある。だが、そんなのは誰だって知ったら隠すだろう。
「昔から、このスキルは良い妻の条件って言われていたものねえ。わたくしのお祖母様が持っていたわ」
「ふふふ。秘密を持った旦那様を持つと身につくって言われていたのに、なぜ気付かなかったのかしらね」
「本当よ。でも、スキルって、そういうものなのかもしれないわね。簡単だけど、簡単には気付かない」
「そうかもしれないわね」
たいてい、人は全盛期の二十代、三十代を過ぎると、ただ惰性で生きていくだけになる。スキルも新しく覚えることもなくなるからだ。だが、実際はそうして勝手に限界を決めて、諦めてしまっているだけなのかもしれないと、ゲンは目が覚める思いだった。
まだまだ、自分も新しいことに挑戦できる。そう今、ゲンは実感した。
思えば、欠損薬だってそうだ。諦めていたものが現実となった。その上、今病室で看ている者たちの存在。あの無魂兵となってしまった者を救えるなど、欠損薬が出来上がったことよりも現実味のないものだった。それが叶う。
ふうと息を吐いて、これからを過ごすことになる店内を改めて見渡す。
広い通路は、装備などをそのままに入ってくる冒険者達のため。一つ一つの薬も取りやすく倒れないように浅い木枠でに入れて置かれていく。
高能は文字と絵でも表示し、冒険者達が使う回復薬と一般の住民達が使う湿布薬や手荒れ用の塗り薬などは、別の棚で客層を分けるように配置する。
誰もが分かりやすい店作り。そんな考え方も、ゲンは知らなかった。これらはコウヤの提案だ。
「そういえば、その服はどうかしら」
「そうだわ。感想を聞いて来てって奥様にも言われていたのよ。どうかしら。わたくしたちの力作よ」
「っ……え、あ、この服……っ」
快気祝い兼、新しい薬屋としてやっていくゲンにと、レンスフィートから贈られた服。今までは大して気にせず、汚れの目立たない黒っぽい服を着ていた。しかし、用意されたこの服は、明るい白っぽいオシャレなものだった。似合わないとは思いつつも、着ないわけにもいかず、制服だからと、更に替え用に二着同じ物ももらっていた。まさか、それがメイド達総出で作ったものとは思わない。
「その……こんな強面の男が着るにはもったいないといいますか……」
体も動かなくなるのを恐れて、普段から運動もしていた。剣だって振る。年齢の割にゴツイ体だと思っている。こんなオシャレな服は似合わないだろう。ただ、動きやすいため、今ままで気にせず着たままでいたのは、少し自分でも驚いていた。
髪も切り、こざっぱりして、今までの少し猫背気味の暗い雰囲気は無くなったとは、目が治り、起き上がれるようになって支度を手伝ってくれたメイド達の言葉だ。
服も、最初は着るのも恥ずかしかったが、生まれ変わったような思いで、その場の勢いで着てしまったようなもの。改めて認識すると、やはり恥ずかしい。
しかし、ゲンの思いとは別に、メイド達はコロコロと笑った。
「あらあら。鏡をしっかり見ていないの? 以前より二十は若く見えるわよ? きっと、息子さんかと思われるんじゃないかしら」
「表情も生き生きしているもの。ふふふ。コウヤさんも言っていましたよ? 笑うのが一番若返る秘訣だって。先ほどからも、柔らかく微笑まれていて、その制服もお似合いですわ」
「っ……そんな……」
「その内、求婚もされるんじゃないかしら」
「あるわね。女からアピールするの、流行ってるものね」
「とりあえず、お店が開店する前に、今一度お姿をご自身で確認することをおすすめいたします」
「……あ、はい」
そうして、メイドに揶揄われながら、店の準備は整っていった。
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