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第九章

362 各ギルドに通達を

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ギルドに入ると、最近ユースールから数日ごとに出てくる冒険者達を中心にして、五十人ほどが集まっていた。どうやらコウヤを待っていたらしい。

「あっ、コウヤが来た! ん? その服……今日は……ああ、城の日だったのか……」

後半は、近くに居た者達しか聞こえなかった。

まだこの王都では、コウヤが王子であると公言してはいない。だが、ユースールの者たちは知っている。口にはしないが、コウヤがコウルリーヤの生まれ変わりであることも察している者も多い。

それでもユースール内だけの秘密になっているのは、それだけコウヤを大事に思っているからだ。王子が、それも、見た目無害そうな少年が、この国の王子だなどと知られれば、誘拐して国を脅そうなど、バカな事を考える者が出て来かねない。

国が公言するまでの我慢だ。公然のこととなれば、堂々と護る者が側に置けるし、コウヤに手を出せば、明確に国に喧嘩を売ることだと知らしめることができる。秘密にしていれば、付け入れられやすくなるため、さっさと発表するべきだと言う意見もあった。

それを我慢しているのは、こうして働くコウヤのありのままの姿を、多くの者に見せるため。王子だからと距離を置かれないように、それよりもギルド職員であると王都の人々に認識させるためだ。これは、コウヤの自由と意思を守るためでもあった。

だが、最大の理由は、自分たちだけが正体を知っているという優越感を得るためかもしれない。レンスフィート達を筆頭に、ユースールの者たちは楽しい企みが大好きなのだから。

「こんにちは」
「お、おう。その服……よく似合ってるなっ」

何となく誤魔化す冒険者達。これにコウヤは照れ臭そうに笑った。

「っ、ありがとうございます。ふふっ。すぐに着替えてきますね」

いつもの見慣れたギルドの制服姿ではないコウヤは貴重だ。特に、今回着ているのは、貴族の子息が着るような質も良い服だ。それを着たコウヤは、とってもかっこよく、可愛かった。

冒険者たちが揃って顔を赤らめる。誰もその顔がキモイなんて言わない。誰もが同じ顔なのだから。

「あ、ああ。そうしたら、話を聞いてくれ」
「はいっ」

ユースールの冒険者達が良く来るようになった理由の一つが、この、今まで見ることがなかったオシャレしたコウヤを見るためだと言うことを、コウヤだけが知らない。

王都や人の多い町にトラウマを持つ者たちさえ、コウヤのために出てくるのだ。苦手克服も出来て一石二鳥だった。

ギルド職員は、ほぼ全員が家から制服を着て出勤する。冒険者ギルドの職員に何かあれば、それは冒険者ギルドという組織全てを敵に回すということ。

これが印なのだ。これを利用し、冒険者に恨まれるような態度を取った職員ほど、平日も制服を脱がなくなる。職員達にとって制服は、重たく分厚い防具よりも防御率の高いものなのだ。

それでも、ごく少数はギルドに来てから着替えるため、更衣室は用意されている。コウヤは、いつ城に呼ばれても良いように、王都のギルドでは、なるべく着替えることになっていた。

それが新鮮だと、ユースールの冒険者達は、コウヤが出勤する時や退勤する時を狙ってやって来ている。

着替えて更衣室から出てくると、すぐに職員達が駆け寄ってくる。そして、ビシッと背筋を伸ばして、ハキハキと報告を始めた。

「コウヤさん、おはようございます! 本日、現在までの依頼消化率、55%です! 内、15%がZ依頼となっています!」

それを聞きながら、受付の方へ向かう。ぞろぞろと職員達を周りに張り付かせながら進む図は、まるで、忙しい社長とその秘書達に見える。

他の職員が報告を続けた。

「達成率は40%で、少し今日はゆっくりかもしれません。依頼を取り止めるという方も、今日は何名かいましたので……」

依頼を受けた後に取りやめをすると、物によっては、違約金を支払う必要がある。本来ならば別の人が達成出来ていたかもしれないのだ。賠償が発生するのは当然だろう。だから、冒険者達は、確実に達成できる依頼を見極める必要がある。

もちろん、お金だけでなく、信用もなくなるので、何度も取り止めや失敗をすれば、ランク査定をしてランクを下げる措置を取る場合もあった。

「う~ん。その、取り止めた方って、もしかして獣人族とかの血を引いてる人達ですか?」
「っ、あ、はい! それで数日、達成までに余裕のある依頼や、その方だけ抜いた他のパーティメンバーだけで達成できる依頼に変更していました」
「そうでしたか……後で構いませんので、その方達のお名前と、違約金の金額をリスト化してください」
「え? 金額もですか?」
「はい。少し戻すかもしれませんからね。ギルドから補助する案件の可能性が高いです」
「それって……もしかして、異種族補償ですか?」

冒険者ギルドは、異種族を差別しない。そして、例え奴隷であっても受け入れる。

冒険者になる人族以外の者は、里と縁を切っている。だが、稀にその里の者が、それを許さず、殺す覚悟でやって来る。しかし、多くの者が犯罪を犯したわけでもなく、ただ里の不利益になるからと、始末されそうになっているのだ。

人族と駆け落ちする者も多い。その場合は、子どもも危ない。だから、そんな彼らを冒険者ギルドは支援する。保護に近い状態だが、過激な里の者たちに問答無用で襲われるのだから仕方がない。

そこで、少しだけ金銭的な補助をするのだ。その補助金は、同じような境遇にあった者たちが、引退する際などにギルドへ渡したもので、実はギルドはほとんど損にはならない。

同じように、未成年への補助や元奴隷への補助もある。

「そういえば、教会に避難しろと、パーティの方に言われていたような……何かあったんでしょうか?」

この王都のギルドは、コウヤがテコ入れしたことで、倍近く冒険者たちの活動が活発になった。出入りする人数が増えたことで、騒がしくなり、沢山の情報が拾えるようになったのだが、まだ職員達はこの状況に慣れていない。そのため、今回のことに関しても、上手く情報を拾えていないようだ。

町中で噂を拾うのと同じくらい、冒険者ギルドに居れば情報を得られるはず。その証拠に、今日も手伝いに来ていたマイルズは、その情報を拾っていた。

「あ~、なんか、商業ギルドとか大きな商家に、獣人やエルフの人達が詰め寄っているのを見たようですよ。それも、里から出てきた純血の方達だそうで」
「助けを求めてってことかしら?」
「里抜けしてきたから、支援をって無理言ってるとか?」 
「けど、なら、なんでここに来ないの?」

普通は純血の方がと聞けば、保護を求めて来たと思うのは当然だ。

因みに、純血かそうでないかの違いは、はっきりとは分からない。とはいえ、人族や他の血が混ざると、人族以外の種族の特徴が一部にだけ出るようになる。それは見た目だけでなくスキルにもなので、すぐに分かるものでもないが、それ故に純血の者たちにとっては半端ものとして許せない存在らしい。

純血の者達は、混血の者かそうでないかを種族特有の魔力や匂いで判断するというので、少しでも怪しいと思ったら、悟られる前に逃げるのが常識だった。彼らは酷くプライドが高いため、喋れば分かるというのが、一つの見分け方だ。

今回の判断基準もそこだった。

ここで、話が聞こえたらしいユースールの冒険者達が近づいてきた。

「俺らの話もソレだ。とりあえず、知り合いに声かけて、混じってる奴らには教会に行くように言っといた。一応、念のため二世代目以降も、気になる奴らは教会に行ってる」
「あそこに手を出せるわけねえからな」
「あと、じいさんらにも声かけた。町に住み着いてるので、不安なのを避難させてもらってる」

じいさんらというのは、ようやくここ最近で始動した『親老会』のこと。ユースールで始めたこの会は、主に町の中での困りごとを解決するために動く。引退した元冒険者や昔からずっと王都に住んでいる老人達が集まって出来ており、ペット探しから嫁、婿探しまでできるエリート(?)集団だった。

彼らに声を掛ければ、たちまちこの広い王都中に広まり、近衛騎士もびっくりなスムーズな誘導で、教会までたどり着けるだろう。

「ありがとうございますっ。みなさんが居て助かりました」
「お、おう。力になれて嬉しいぜ。純血種問題は、一分、一秒を争うからな」
「はい。町中でも、問答無用で斬りかかりますからね」

コウヤがはっきりと顔をしかめる。時折現れるのだ。混血を許るべきではないという信念の下に、里を出て狩りをする者が。

彼らにとっては、純血種は正義で、混血の者やその親は悪なのだ。そして、その正義の下で、町中だろうと、どんな場面であろうと、粛清しようとする。

もちろん、人族たちにとっては、それはただの人殺しでしかなく、捕まえて刑にかけるのだが、こういう輩が消えることはない。おかしいことだと訴えても聞く耳を持たないというのも大きい。

そもそも、里に篭っているため、結末が分からないのだろう。そして、こちらも里の場所が分からないため、抗議や警告をすることもできない。よって、いつまで経っても解決せず、こちら側では、逃すという対応策しか取れないのだ。

「……そ、そんなことになるんですか……っ」
「うわ~、なんでパーティメンバーの人達があんなに焦ってたのか不思議だったんですけど……」
「マイルズさんも知らなかったんですか?」

コウヤは、ギルド職員達がこの事情を知らなかったことに驚いた。

「すみません……補償のこととか、なんでそこまでとか考えたこともなくて……」
「そうでしたか……あ~、でも、知り合いにそういう方がいないと、現実味ないですしね」

それなりに親しくならなければ、そんな事情も知ることはないだろう。一般の人々が例え斬りかかる所を見たとしても、危ない人が居たというだけの話になってしまうのだから。

「はい。そんな怖いことになっているとは……規約にある『人族以外の純血種と対応する場合は個別対応』って項目も流し読みでしたし。見た目で分からないですからね……」

他の職員達もそうらしい。軽く事実を知っただけで、今は真っ青になっている。人の生き死にに関わることだったんだと、改めて認識したようだ。

「……仕方ないですね。けど……この分だと、他の町のギルドも不安です。皆さんのように、すぐに対応出来る冒険者も居ないかも……」
「そりゃ、やべえな。ってか、他にも行ってんのか」
「はい。各地でと聞きました。なので、すぐに各ギルドに通達を出してもらいます」
「おうっ。俺らも可能な限り協力するぜ」
「お願いします! あ、あと、この際なので、この問題を広く知らしめてください」
「ん?」

コウヤがそれだけ言ってギルドマスターの所へ駆け出すと、冒険者たちは、首を傾げながらも再び集まって作戦を立て始める。

「とりあえず斥候を出すぞ。犠牲者が出んよう、取り囲む。兵の奴らとも連携取るからな」
「あ、俺はドラム組んとこ行くわ。貴族街が近いとはいえ、あそこにも何人か狙われそうなのがいるからな」
「確かに。それと、ああ、なるほど。そういうことか。ここでもそうなんだ。兵や騎士達の中にも、もしかしたら純血種問題を詳しく知らん奴が居るかもしれん。それとなく教えてやれ」
「あ~、あり得るな。そうか。分かった」

ギルド職員達のお陰で、一般的には知られていないことが分かったのだ。だから、この際に事実を広めることにする。これにより、少しでも相手側にこれがおかしなことなのだと思わせられればいい。

「行くぞ!」
「「「「「おおっ!!」」」」」

駆け出して行った冒険者達を見送った職員達は、はっと我にかえる。

「あ、わ、我々もやりますよ。コウヤさんに言われたリストをすぐに」
「わ、わかりました!」

そうして、冒険者ギルドは一気に慌ただしくなった。

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