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第九章

361 何で人里に?

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城を出て転移なども使わずに、コウヤは一人王都の冒険者ギルドに向かって走った。きちんと人の駆ける速さを守ってだ。

そうすると、人々の声も拾える。

「なんか、商業ギルドの所で揉めてた。帰りの道は変えた方が良さそうだ」
「獣人の奴隷をどうのって、あっちの店でも、なんかあったぞ」
「ねえ、奴隷? って、この国ダメじゃなかった? 居たの?」

このトルヴァランでは、奴隷の売買の一切を禁じている。しかし、奴隷売買のある他国から連れて来た場合は、既に所有物扱いになるため、無理矢理取り上げたり、契約を解除することはできない。どんな奴隷であっても、契約には『人の尊厳は守ること』とあるはずだからだ。

命を削るような扱いや、躾け以外の体罰は奴隷であっても許されていない。もし、そのような訴えがあった場合は、国が保護する。犯罪によって奴隷となった者ならば、再び奴隷を扱う国へと戻し、不当に拘束された者だった場合は、働き口として冒険者ギルドを紹介される。

これがこの国の奴隷に対する対応だ。

「ここだけの話。前の教会には居たらしいぜ。ほら、一時期、獣人とかエルフの冒険者が増えたことあったろ」
「ああ。そういえば。捕まった貴族共の屋敷にも結構居たとか聞いたな」

粛清対象となった貴族の屋敷や、神教会で拘束されていた異種族の血を引いた奴隷は多かった。彼らのほとんどは、不当に捕まって取り引きされた者たちで、心に傷を負った者や、外傷の酷かった者たちは、今も聖魔教会で保護している。

復帰した者は、もう力に屈しないためにと、冒険者になる者が多かった。

「あいつらも不憫だよなあ。聞いた話、獣人やエルフとかはさ、純血を重んじるんだってよ。だから、この辺で見る奴らは、ほとんどが人との混血で、里に入れてもらえないんだってさ」
「それ、もし親と戻っても、殺されるとか?」
「あるらしい。だから、絶対に戻らないって覚悟で出てくるんだよ」

人族との混血児は、身体的な種族特徴が出ない場合も多い。よって、無理に里に戻ることもなく、場合によっては、自分が異種族の血を引いていることも知らない者だっている。

それぞれの里は、自分達とは違う種族が入らないよう対策されており、場所もまず分からなかった。

だから、そこから自由を求めて出てきた者は帰らないと覚悟して出てくるのだ。そうした者達は、義理堅い者が多く、里の場所を口頭で伝えることもしなかった。閉鎖的な里が嫌で出てくる者たちも、そのまま衰退すればいいと思っているため、口にしない。

そうして、寿命を迎えれば子孫達も里の場所を知らずに育つことになる。何より、人族の血の入った彼らが里に向かえば殺されるだけ。教えようとは万に一つも思わないのだ。

「今騒いでんの、混血か?」
「人里に出てきてんのはそうだろ……」
「いや、違うらしい。混血の奴らは教会に逃げ込んでる。知り合いがそうだから間違いねえ」
「は? じゃあ、その里から出てきたのか?」
「なんか、言葉が聞き取れんのもあったから、そうなんじゃね?」

まったく違う言葉という訳ではない。少々古臭い言い回しなどがあり、聞き取りづらい言語だと聞いている。

ナチがそうだったようにぶっきらぼうにも聞こえる言葉だったり、堅苦しい言葉を彼らはずっと使っていた。閉鎖的だからこそ、余計にそのままだったのだ。ただ、文字だけはまったく違う。エルフ族は特に古代文字を使っているという。

「けど、逃げるって……マジ、物騒だな。そんな奴らが、何で人里に?」
「あ、オレ聞いてきた。何かさあ、奴隷として同胞を使った分の報酬? 代金? を出せって、騒いでた。不当な扱いを受けてるのは知ってるぞとかって」

これは有り難い情報だ。コウヤの耳に入ってくる商家の前で騒いでいるエルフ族の者たちも、同じようなことを言っていた。

『不当に奴隷にしたことは分かっている。里を捨て、血を混ぜた不浄の者とはいえ、同胞の血を引く者たちを酷使した分の報酬は、我らに払うべきだ』

高圧的に、訳の分からない理由をかざしているようなのだ。コウヤは思わず眉を寄せる。彼らこそ、不当に搾取しようとしているようにしか聞こえなかった。

「お前、よくあんな所に近付いたなあ」
「いや~、気配消して、どんだけ近付けるか知りたくて」

どうやら、自分の力を試したい若者のようだ。これを聞いて、コウヤには似合わない顰めっ面がゆっくりと解れていくのが分かった。

「お前っ……それこの前、城に忍び込もうとして、兵に捕まっただろ! 他のパーティメンバーにも迷惑掛かるんだから、やめろ!」
「ここ、王都だぞ! 地方とは違うからな!」
「え~」

地方からやってきた冒険者の中には、こうした無謀な若者が多い。王都が拡張されたことなどの情報が広まったため、現在は外からの出入りが激しくなっているのだ。

昔と違い、宿屋も増えた。今でも増えていっているので、評判も良い。その上、スラム街が無いと聞いて、興味本位でやって来る者も多かった。

「そうそう。どうしても試したきゃ、教会にしろ」
「え? だって教会だろ? 力試しにならんじゃん。居るの神官だし」
「お前……聖魔教会の神官をバカにすると、痛い目見るぜ?」
「はあ? なんだよ神官様って。あんなクズ共に様とか……あんた、教会に貢いでんの? 最低だな」

まだまだ以前の教会の印象は強く、特に他国から来た者などは、聖魔教会を知らない。新しい情報を持つことを重視している冒険者であっても、『教会』という言葉が聞こえると、途端に耳を素通りさせる。それだけ、以前の教会は厄介なものだったのだ。

よって、こうした忠告をこの国の冒険者達から、威圧も込めて受けることになる。

「おいガキ。聖魔教会をバカにすんなよ。俺らの前で神官様をバカにしてみろ、国から叩き出してやるからな」
「お前の力がどれくらいのものか知らんが、まあ、神官様に挑んでも、泣かされて終わりだ。精々、今のうちに胸張ってろよ。城の騎士どころか、兵にも捕まるようじゃ、大したことねえしな」
「なんだと!?」
「現実も見えねえガキは、ベッドの上で泣き寝入りする未来しかねえぜ」

こうしてバカにされ、神官達に手も足も出ず、泣くことになるのだから、少しかわいそうではある。だが、冒険者としては、自分の力を過大評価するのは良くない。よって、コウヤもこれには口を出すつもりはなかった。

ギルドが見えて来た。

ここまでで色々と分かることもは多かったようだ。

「さてと、先ずはマスターに確認かな」

この王都のギルドマスター、ルナッカーダに、この件について冒険者ギルドで現在把握している情報を確認し、ユースールの方に異常がないかも聞かなくてはならない。

「まあ、ユースールは大丈夫かな。奴隷の人とか、そもそも今は居ないしね」

商業ギルドでは昔から、力も強い獣人などの混血や里から出てきて捕まった異種族の者たちを、奴隷として買い上げ、裏で働かせているらしい。表向きは、職員として雇っているし、給料は出ている。ただ、当然だが、その金額は低い。少し差別もあるようで、ゼットは以前、そんな現状が気に入らないと言っていた。彼は、働きに見合った正当な報酬を誰もが受け取るべきだと考えているからだ。

冒険者ギルドは、上の方が異種族との混血の者が多い。実力主義で、適材適所で回しているため、差別もない。寧ろ、人族よりも遥かに長く現役でいられるので、羨ましがられてもいた。

ユースールでは、ゼットが商業ギルドをまとめるようになってから、差別意識を無くしていっており、給料も働きに応じて支払っている。更には、冒険者とのダブルワークも許し、いざと言う時の逃げ道を用意していた。

そこまでされて、不満が出るはずはなく、自分自身を買い戻すことにも寛容な土地柄。よって、今回の騒動とは関係なくいられるはずだ。

「手が出る前に、なんとかしないとね」

練度の増した兵や騎士達が、この騒動に気付いて万が一のために待機しているのを感じながら、コウヤは冒険者ギルドに飛び込んだ。

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読んでくださりありがとうございます◎
三日空きます。
よろしくお願いします◎
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