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第九章
359 甘えてたのね
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最近こんな顔をよくされる。どうしてだろうかと、コウヤは首を傾げた。
「ん?」
その表情の意味を考えていれば、アビリス王がふうと息を吐いて、何かを決意したように小さく頷いてから告げた。
「もっとコウヤは理想を口にしていい。荒唐無稽な話でも、全部聞かせてほしい。それを実現するための時間も努力も惜しむつもりはない。これこそ、私たちのわがままだが……叶えてくれるか?」
「お祖父様……」
アビリス王の本心だと分かった。だから戸惑う。コウルリーヤとして、後ろから人々に道を教えることはしてきた。いつだって、コウルリーヤは、コウヤは、その場から動かず、言葉や態度でその先の道を示すだけ。それがコウヤのやり方だった。
だが、今求められているのは、違う。いつの間にか、コウヤは先頭に立っていた。後ろに引き連れて、そのもっと先へ。一足飛びに連れて行く。そういう立場にいたのだと、今自覚する。
「……俺は……」
後ろにいたから、道を逸れる所もすぐに確認できたし、冷静に対処する方法を示すことができた。けれど今は違う。自分がきちんと正しい道の上にいるか分からない。
それを知って、コウヤは酷く動揺した。
「……俺が……そんな勝手に……理想を押し付けるとか……」
それが許されていいのか。そのせいでコウルリーヤは討たれたようなものだ。推奨していいことではない。またゼストラーク達を悲しませることになる。そんな思いを、アビリス王は察したらしい。苦笑を浮かべながら、首を横に振る。
「コウヤ、王族は先頭に立たねばならん。理想を追い求めるのが仕事だ。後ろから、ついて来てくれていることを信じて、時にもっと先の未来へ、一人で駆け、道を切り開く……それが国を……民を導く者の生き方なのだ」
それが、王族のあるべき姿なのだとアビリス王は続ける。
「どれだけ無茶なものでも、理想を持つのは悪いことではないはずだ。もちろん、民達の幸せ……日に何度も笑えるだけの余裕のある暮らしが出来るようにするための理想でなくてはならない。そこへ辿り着くまでには、理解されず、民達に反発されることもあるだろう。コウルリーヤ神のようにな」
「……うん……」
知識や経験がなければ見えない未来というのはある。だから、誤解される。ほんの少しの努力も本来、人はしたくないものだ。行くんだと、ついてこいと言っても、先の未来が見えていない人々には辛いだろう。そこで反発が起こる。なぜ理解してくれないんだと悲しむ結果になる。
「だからコウヤは、学ぶ場所をと考えてくれたのだろう?」
「っ……」
コウヤ自身、学園を創ることの本当の意味を忘れかけていたということに気付いた。
「っ……うん……人は反発することを覚えてしまった……だから……学ぶ場所は必要だと思ったんだ……最低限の読み書きや計算だけじゃない……いずれ、国のことを考えられる者が、一般にも広く増えるように……」
「うむ……私が気付いたのは、つい最近だ。ヤクス殿と学園の……学ぶことの有用性について話していた時にな。コウヤはそれを見越しているのではないかと」
王族の教師の一人、史学を教えるヤクス。彼はコウヤと一番、学園のことで話し合いをする。だから気付いたのかもしれない。何より、歴史を紐解く者だ。誰よりも理解しやすかったのだろう。
コウヤは不意に、自分の中にあった小さなしこりに気付いた。
「あ……俺……そっか……悔しかったんだ……」
「っ、コウヤ?」
「っ、どうしたんだ!?」
珍しく、泣きそうに歪んだ表情を見せるコウヤに、アビリス王とジルファスが慌てる。
そこに、ふわりと神気を纏った風が起きる。コウヤの後ろに、エリスリリアとリクトルスが現れたのだ。
「っ、なっ」
「あっ、エリス様、リクト様っ」
驚いてコウヤから一歩離れる二人とは違い、エリスリリアとリクトルスは、コウヤを両側から抱きしめた。そして、エリスリリアがアビリス王にウインクする。
「よくやったわ、アビーちゃん」
「っ、は……あ……」
アビーちゃん呼びも動揺するが、褒められたことに戸惑うようだ。
「分からないって顔ね。ふふっ。コウヤちゃんは、自分に厳しいのよ。聖も魔も持ってるから、魔に傾き過ぎないようにって、無意識に制限かけちゃってるのよね~」
「え……俺……そんなこと……」
本人に自覚はない。だから、エリスリリア達は心配していた。また同じことが起きないように、どう自覚を促すべきかをずっと考えていたのだ。
「してるのよ。神は特に振り幅が大きいしね~」
「本当に自覚なかったんだね。コウヤくん、自分がなぜ、昔あんなに暴れたか考えてごらん」
「暴れた……」
邪神として、おかしくなってしまったこと。その原因。
「コウヤちゃんはねえ。溜めこんじゃうのよ。だから、その発散も兼ねて、私たちはダンゴちゃん達をつけたの。コウヤちゃんの代わりに、理不尽だ! って暴れてもいいようにね」
ダンゴ達の役目は、護衛だけでなく、コウヤを傷付けるものを粛清するためだったらしい。確かに、代わりに怒ってくれていたなと思い出す。
「悔しいって思っちゃダメだと思ったんだよ。全部受け入れなきゃダメだってね。コウヤくんは良い子すぎるんだよ。神だからって、そこまで清廉である必要はないんだ。親だって、たまには理不尽に怒るだろう? だから子どもも、親も自分たちと同じだって理解していく」
「甘やかし過ぎてもいけないのよ。だから、コウヤちゃんが居なくなって、突然自立しろって放っておいたら、色々と停滞しちゃったでしょ?」
「あ……」
加護の力がなくなったとはいえ、ある程度は人の力だけでもできるはずなのだ。努力し、才能を開花させることだって、神の力は必要ない。
コウルリーヤが討たれた後、ゼストラーク達も干渉を止めたが、それが原因ではないのだ。
「コウヤちゃんに甘えてたのね。加護が得られるようにって、努力する子もいなくなったのも原因ね。まったく、本当にバカな子たちなんだからっ」
エリスリリアは抱きついたまま、頬を膨らませる。そこで、リクトルスが離れ、笑みを見せた。しかし、その目は全く笑っていないのが分かる。
「リクト兄?」
「ふふふ。コウヤくん、知りたくないですか? そのおバカさん達を唆した奴らが誰か」
「唆した?」
エリスリリアも体を離し、腰に手を当てて、気持ち胸を張る。
「ようやく分かったのよっ。コウヤちゃんを悪者にしたのが誰なのか」
「どういうこと?」
首を傾げるコウヤと同じように、アビリス王とジルファスも不思議そうにする。
「コウヤを……邪神とした者ということですか?」
ジルファスの問いかけに、リクトルスが頷いた。
「そうです。人……だけではなかったようです。先導したのは当時の神教会の幹部。それと、彼らが裏で崇めていた本当の邪神によるものだったのです」
「本当の……?」
更にわけがわからなくなった。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
三日空きます。
よろしくお願いします◎
「ん?」
その表情の意味を考えていれば、アビリス王がふうと息を吐いて、何かを決意したように小さく頷いてから告げた。
「もっとコウヤは理想を口にしていい。荒唐無稽な話でも、全部聞かせてほしい。それを実現するための時間も努力も惜しむつもりはない。これこそ、私たちのわがままだが……叶えてくれるか?」
「お祖父様……」
アビリス王の本心だと分かった。だから戸惑う。コウルリーヤとして、後ろから人々に道を教えることはしてきた。いつだって、コウルリーヤは、コウヤは、その場から動かず、言葉や態度でその先の道を示すだけ。それがコウヤのやり方だった。
だが、今求められているのは、違う。いつの間にか、コウヤは先頭に立っていた。後ろに引き連れて、そのもっと先へ。一足飛びに連れて行く。そういう立場にいたのだと、今自覚する。
「……俺は……」
後ろにいたから、道を逸れる所もすぐに確認できたし、冷静に対処する方法を示すことができた。けれど今は違う。自分がきちんと正しい道の上にいるか分からない。
それを知って、コウヤは酷く動揺した。
「……俺が……そんな勝手に……理想を押し付けるとか……」
それが許されていいのか。そのせいでコウルリーヤは討たれたようなものだ。推奨していいことではない。またゼストラーク達を悲しませることになる。そんな思いを、アビリス王は察したらしい。苦笑を浮かべながら、首を横に振る。
「コウヤ、王族は先頭に立たねばならん。理想を追い求めるのが仕事だ。後ろから、ついて来てくれていることを信じて、時にもっと先の未来へ、一人で駆け、道を切り開く……それが国を……民を導く者の生き方なのだ」
それが、王族のあるべき姿なのだとアビリス王は続ける。
「どれだけ無茶なものでも、理想を持つのは悪いことではないはずだ。もちろん、民達の幸せ……日に何度も笑えるだけの余裕のある暮らしが出来るようにするための理想でなくてはならない。そこへ辿り着くまでには、理解されず、民達に反発されることもあるだろう。コウルリーヤ神のようにな」
「……うん……」
知識や経験がなければ見えない未来というのはある。だから、誤解される。ほんの少しの努力も本来、人はしたくないものだ。行くんだと、ついてこいと言っても、先の未来が見えていない人々には辛いだろう。そこで反発が起こる。なぜ理解してくれないんだと悲しむ結果になる。
「だからコウヤは、学ぶ場所をと考えてくれたのだろう?」
「っ……」
コウヤ自身、学園を創ることの本当の意味を忘れかけていたということに気付いた。
「っ……うん……人は反発することを覚えてしまった……だから……学ぶ場所は必要だと思ったんだ……最低限の読み書きや計算だけじゃない……いずれ、国のことを考えられる者が、一般にも広く増えるように……」
「うむ……私が気付いたのは、つい最近だ。ヤクス殿と学園の……学ぶことの有用性について話していた時にな。コウヤはそれを見越しているのではないかと」
王族の教師の一人、史学を教えるヤクス。彼はコウヤと一番、学園のことで話し合いをする。だから気付いたのかもしれない。何より、歴史を紐解く者だ。誰よりも理解しやすかったのだろう。
コウヤは不意に、自分の中にあった小さなしこりに気付いた。
「あ……俺……そっか……悔しかったんだ……」
「っ、コウヤ?」
「っ、どうしたんだ!?」
珍しく、泣きそうに歪んだ表情を見せるコウヤに、アビリス王とジルファスが慌てる。
そこに、ふわりと神気を纏った風が起きる。コウヤの後ろに、エリスリリアとリクトルスが現れたのだ。
「っ、なっ」
「あっ、エリス様、リクト様っ」
驚いてコウヤから一歩離れる二人とは違い、エリスリリアとリクトルスは、コウヤを両側から抱きしめた。そして、エリスリリアがアビリス王にウインクする。
「よくやったわ、アビーちゃん」
「っ、は……あ……」
アビーちゃん呼びも動揺するが、褒められたことに戸惑うようだ。
「分からないって顔ね。ふふっ。コウヤちゃんは、自分に厳しいのよ。聖も魔も持ってるから、魔に傾き過ぎないようにって、無意識に制限かけちゃってるのよね~」
「え……俺……そんなこと……」
本人に自覚はない。だから、エリスリリア達は心配していた。また同じことが起きないように、どう自覚を促すべきかをずっと考えていたのだ。
「してるのよ。神は特に振り幅が大きいしね~」
「本当に自覚なかったんだね。コウヤくん、自分がなぜ、昔あんなに暴れたか考えてごらん」
「暴れた……」
邪神として、おかしくなってしまったこと。その原因。
「コウヤちゃんはねえ。溜めこんじゃうのよ。だから、その発散も兼ねて、私たちはダンゴちゃん達をつけたの。コウヤちゃんの代わりに、理不尽だ! って暴れてもいいようにね」
ダンゴ達の役目は、護衛だけでなく、コウヤを傷付けるものを粛清するためだったらしい。確かに、代わりに怒ってくれていたなと思い出す。
「悔しいって思っちゃダメだと思ったんだよ。全部受け入れなきゃダメだってね。コウヤくんは良い子すぎるんだよ。神だからって、そこまで清廉である必要はないんだ。親だって、たまには理不尽に怒るだろう? だから子どもも、親も自分たちと同じだって理解していく」
「甘やかし過ぎてもいけないのよ。だから、コウヤちゃんが居なくなって、突然自立しろって放っておいたら、色々と停滞しちゃったでしょ?」
「あ……」
加護の力がなくなったとはいえ、ある程度は人の力だけでもできるはずなのだ。努力し、才能を開花させることだって、神の力は必要ない。
コウルリーヤが討たれた後、ゼストラーク達も干渉を止めたが、それが原因ではないのだ。
「コウヤちゃんに甘えてたのね。加護が得られるようにって、努力する子もいなくなったのも原因ね。まったく、本当にバカな子たちなんだからっ」
エリスリリアは抱きついたまま、頬を膨らませる。そこで、リクトルスが離れ、笑みを見せた。しかし、その目は全く笑っていないのが分かる。
「リクト兄?」
「ふふふ。コウヤくん、知りたくないですか? そのおバカさん達を唆した奴らが誰か」
「唆した?」
エリスリリアも体を離し、腰に手を当てて、気持ち胸を張る。
「ようやく分かったのよっ。コウヤちゃんを悪者にしたのが誰なのか」
「どういうこと?」
首を傾げるコウヤと同じように、アビリス王とジルファスも不思議そうにする。
「コウヤを……邪神とした者ということですか?」
ジルファスの問いかけに、リクトルスが頷いた。
「そうです。人……だけではなかったようです。先導したのは当時の神教会の幹部。それと、彼らが裏で崇めていた本当の邪神によるものだったのです」
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