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第九章
357 今一度考えようと思う
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昼過ぎ。
コウヤは夕方から冒険者ギルドでの仕事があるため、辞去の挨拶のために、この城へ来る時用にと用意された普段着に着替えて、アビリス王とジルファスの居る執務室に来ていた。
「王子達はミラお祖母様が引き受けてくれましたし、心配ないと思いますが、次に来られるのは三日後になります」
体と心の整理をするためにも、フレスタ達には、もう少しゆっくりしてもらう。他の子ども達は、様子を見て、順次教会の孤児院の方に引き取っていく。
「あと、ニールの叔父さんのサニールさんですけど、そちらも落ち着いてから事情を聞くことになっていますので、それまで城で保護をお願いします。オスローが話をしたそうにしてましたし、ニールが遠慮しても、そのまま留めておいてください」
サニールとというより、その弟子として側にいた者と共にいた妖精のことを、オスロリーリェは知っていたらしく、サニールに聞きたいこともあるようだった。
ニールは最初、きちんと回復して言葉も問題なく喋れるようになるまで、屋敷にと言っていた。しかし、ニールの父親で、サニールの兄である人が今回の件を聞いて、剣も奪られたサニールに対して怒っていたらしく、連れ帰ると十中八九、大喧嘩になると判断されたため、城で保護することになったのだ。
白夜部隊の調べによると、現在は膠着状態にあるようだが、神教国へ宣戦布告した代表の一人が、サニールの弟子であることを受け、保護という形を取ったのだ。
「では、仕事に行ってきます」
報告は以上と、コウヤはニコリと微笑む。
「コウヤ……働き過ぎじゃないかい?」
そんなコウヤを見て、ジルファスが心配そうに近付いて来た。
「ふふふ。その言葉はジル父さんにお返ししますよ。職場が自宅だと、区切り付け難いですからね。特に責任者は、休みでも何があれば動かないといけませんし、俺から見ると、ジル父さんやお祖父様の方が働き過ぎな気がします」
「え……ああ……そう……かな?」
アビリス王も首を傾げていた。二人に自覚はないだろう。王子として生まれたジルファスもアビリス王も、生まれた時からここが職場で、王子という職業に就いてしまっている。
時に家族との団欒さえ仕事の内。そんな生活が最初から当たり前だったのだ。しかし、まだこの国の王族は、冒険者として活動する場合があるため、ハメの外し方も知っている。他の王家よりはいいのかもしれない。
「王族は大変ですね。貴族もですけど、あまり外に出る機会もありませんし、外に出たとしても視察とか、結局は仕事になりますからね」
王侯貴族は、外に遊びに出ることも簡単には出来ないのだと、リルファムとシンリームを見てコウヤはその不自由さを改めて知った。
「そう考えると……あの王子達が気の毒に思えてきます。彼らにとっての世界は、王宮内で完結していたんでしょう。だから、外に出ることが追い出された、切り捨てられたと思えるものになっている……」
彼らは、外にある世界を知らなかった。だから、突然外に放り出されて、大いに戸惑ったはずだ。まだ使命があったから迷わずここまで来られただけで、それもなければ絶望し、動けなくなっていただろう。
それは、コウヤがかつてユースールで見てきた人たちと同じだった。だから、コウヤは強引にでも、彼らの居場所をと侍従の道を示したのだ。
ジルファスも改めて、彼らの立場から考えてみたようだ。
「……そうだね。切り捨てられたわけではないと、今日分かったけれど、表情は暗かったからね。あの年頃の時の私なら、これで自由だって喜んだと思うんだけど」
これに、アビリス王が声を立てて笑った。
「ははっ。確かに、あの子達くらいの年頃の時分のお前ならば、両手を上げて解放を喜んだだろうな。あの頃が一番、カトレアがおかしかった。まあ、お前はそれがなくても、出て行きそうだったがな。その頃には、私の体調が悪くなって、どうにも捨て置けなくなったのだろう?」
「ち、父上っ、捨て置くなど……いえ、まあ、その……出られる準備はしてましたけどね」
「そらみろ」
アビリス王達にとっては、もう笑い話。ジルファスは、それこそ王家から出て、冒険者になるつもりだったらしい。
「その場合、ミラお祖母様も飛び出していそうですね」
そうコウヤが笑ったら、アビリス王は肩を落とし、ジルファスは気まずげに目をそらした。雰囲気が変わったことに、コウヤは目を瞬かせた。
「どうしました?」
「いや……さすがコウヤ。よく分かっている。アレはな……はっきりと宣言したことがあってな……」
アビリス王が額を押さえる。
「私の体調がおかしくなりはじめた頃が、カトレアの周りが騒がしくなっていたもので、それにミラルファはかなり腹を立てておったようだ」
カトレアの父である侯爵を筆頭にして、多くの貴族が第二王子派に傾きかけていたらしい。
「だが、私も思うように動けない状態だ。それを気にしてくれたのだろう。回復するまでは側にいるとは言ってくれたのだが……」
「回復するまで……ですか?」
これは、きちんとカトレアを制御できていなかった夫であるアビリス王にも、ミラルファは腹を立てたのだなと察した。そして、ミラルファならばこう言うだろうと思ったのは当たっていたようだ。
「そう。治ったらジルファスと一緒に出て行くからと……宣言されたのだ……」
「……ミラお祖母様らしいですね」
「う、うむ……思うように動けぬことよりも、そちらの方が堪えた……」
そこで心が折れそうだったアビリス王だが、ミラルファもジルファスも、辛い思いをしながらもこれまで側に居てくれていたのだと、考えを改めたという。
「努力をしない、すぐに諦める者には、誰も手を貸してはくれないものだと、昔ミラに言われたことがあってな……これは、見捨てられんように努力するしかないと思ったものだ」
少しでも長く、無理をしてでも国を乱さないように、それを、アビリス王は病と闘いながら考え続けていた。だからこそ、かなり際どい状況にまでなっていたのだ。
他の王達と、術をかけられたのは同じ時期。だが、恐らくアビリス王の治療をあの時に始めていなければ、今頃はもう間に合わなかっただろう。それだけ、ギリギリまで王として責務をまっとうしようと努力していたのだ。
「薬が出来たと知った時。努力した甲斐があったと泣きそうになった。その後も、完全に治るまでに、ミラをどうやって引き留めるか、必死で考えたよ」
「ふふふ。その甲斐は本当にあったみたいですね」
「ああ……いや、コウヤが来てくれたことが、一番大きいかもしれんな」
「俺ですか?」
アビリス王が向ける目を見て、コウヤは、少し前に、王宮内の雰囲気が変わったことについて、お礼を言った時のミラルファと同じだなと感じた。心から、感謝を向ける目だった。
「コウヤが居てくれて良かった……生まれてきてくれてありがとう」
「っ……お祖父様……」
そんなことを、コウヤは言われたことがなかった。正確には、言葉にしてというのがはじめてだ。
アビリス王は、その言葉がきちんとコウヤに届いたことを確認したあと、目を少し伏せる。
「この国は変わった……多くを変えてくれた。それに甘えてばかりでは、過去の過ちを繰り返すことになるだろう……」
「……」
かつての、コウルリーヤが、人々に与えた恩恵。それに人々は甘え、そして裏切った。同じことが、起きないとは言えない。
「ベニ大司教達も示してくれている道を……その先へ行くための努力を、私は惜しまないつもりだ。今日、改めて思ったのだ……我々は、他国に無関心になり過ぎた。それが、神教国をここまで助長させることになったのだろう」
アビリス王は、そのことにようやく気付いた。ベニ達が強引に示した道。これで動かなければ、もう人に期待はできない。そこまで考えていた。しかし、ここで一人、気付く者が生まれた。それが、どれほどコウヤやゼストラーク達にとって嬉しいことか。
コウヤは泣きそうになりながらも笑みを浮かべる。それに、アビリス王が驚いて駆け寄ってきた。
「コウヤ? 私はおかしなことを言っただろうか?」
「いいえ……いいえ、お祖父様。嬉しいのです。人はまだ、これから変わっていける。やり直せる……それが確信できたから……」
「コウヤ……」
本当はコウヤも不安だったのだ。全て受け入れようとしてくれるアビリス王やジルファス達を振り回している自覚もある。けれど、それも全て認めてくれている。それがとても嬉しかった。
「ありがとうございます。お祖父様」
「礼など不要だろう。これは私たちの問題だ。だから、コウヤの願う未来の……いや、この世界の未来のために、今一度考えようと思う。私たちにも手伝わせてほしい」
アビリス王の言葉に、ジルファスも頷いてコウヤへ目を向けた。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
三日空きます。
よろしくお願いします◎
コウヤは夕方から冒険者ギルドでの仕事があるため、辞去の挨拶のために、この城へ来る時用にと用意された普段着に着替えて、アビリス王とジルファスの居る執務室に来ていた。
「王子達はミラお祖母様が引き受けてくれましたし、心配ないと思いますが、次に来られるのは三日後になります」
体と心の整理をするためにも、フレスタ達には、もう少しゆっくりしてもらう。他の子ども達は、様子を見て、順次教会の孤児院の方に引き取っていく。
「あと、ニールの叔父さんのサニールさんですけど、そちらも落ち着いてから事情を聞くことになっていますので、それまで城で保護をお願いします。オスローが話をしたそうにしてましたし、ニールが遠慮しても、そのまま留めておいてください」
サニールとというより、その弟子として側にいた者と共にいた妖精のことを、オスロリーリェは知っていたらしく、サニールに聞きたいこともあるようだった。
ニールは最初、きちんと回復して言葉も問題なく喋れるようになるまで、屋敷にと言っていた。しかし、ニールの父親で、サニールの兄である人が今回の件を聞いて、剣も奪られたサニールに対して怒っていたらしく、連れ帰ると十中八九、大喧嘩になると判断されたため、城で保護することになったのだ。
白夜部隊の調べによると、現在は膠着状態にあるようだが、神教国へ宣戦布告した代表の一人が、サニールの弟子であることを受け、保護という形を取ったのだ。
「では、仕事に行ってきます」
報告は以上と、コウヤはニコリと微笑む。
「コウヤ……働き過ぎじゃないかい?」
そんなコウヤを見て、ジルファスが心配そうに近付いて来た。
「ふふふ。その言葉はジル父さんにお返ししますよ。職場が自宅だと、区切り付け難いですからね。特に責任者は、休みでも何があれば動かないといけませんし、俺から見ると、ジル父さんやお祖父様の方が働き過ぎな気がします」
「え……ああ……そう……かな?」
アビリス王も首を傾げていた。二人に自覚はないだろう。王子として生まれたジルファスもアビリス王も、生まれた時からここが職場で、王子という職業に就いてしまっている。
時に家族との団欒さえ仕事の内。そんな生活が最初から当たり前だったのだ。しかし、まだこの国の王族は、冒険者として活動する場合があるため、ハメの外し方も知っている。他の王家よりはいいのかもしれない。
「王族は大変ですね。貴族もですけど、あまり外に出る機会もありませんし、外に出たとしても視察とか、結局は仕事になりますからね」
王侯貴族は、外に遊びに出ることも簡単には出来ないのだと、リルファムとシンリームを見てコウヤはその不自由さを改めて知った。
「そう考えると……あの王子達が気の毒に思えてきます。彼らにとっての世界は、王宮内で完結していたんでしょう。だから、外に出ることが追い出された、切り捨てられたと思えるものになっている……」
彼らは、外にある世界を知らなかった。だから、突然外に放り出されて、大いに戸惑ったはずだ。まだ使命があったから迷わずここまで来られただけで、それもなければ絶望し、動けなくなっていただろう。
それは、コウヤがかつてユースールで見てきた人たちと同じだった。だから、コウヤは強引にでも、彼らの居場所をと侍従の道を示したのだ。
ジルファスも改めて、彼らの立場から考えてみたようだ。
「……そうだね。切り捨てられたわけではないと、今日分かったけれど、表情は暗かったからね。あの年頃の時の私なら、これで自由だって喜んだと思うんだけど」
これに、アビリス王が声を立てて笑った。
「ははっ。確かに、あの子達くらいの年頃の時分のお前ならば、両手を上げて解放を喜んだだろうな。あの頃が一番、カトレアがおかしかった。まあ、お前はそれがなくても、出て行きそうだったがな。その頃には、私の体調が悪くなって、どうにも捨て置けなくなったのだろう?」
「ち、父上っ、捨て置くなど……いえ、まあ、その……出られる準備はしてましたけどね」
「そらみろ」
アビリス王達にとっては、もう笑い話。ジルファスは、それこそ王家から出て、冒険者になるつもりだったらしい。
「その場合、ミラお祖母様も飛び出していそうですね」
そうコウヤが笑ったら、アビリス王は肩を落とし、ジルファスは気まずげに目をそらした。雰囲気が変わったことに、コウヤは目を瞬かせた。
「どうしました?」
「いや……さすがコウヤ。よく分かっている。アレはな……はっきりと宣言したことがあってな……」
アビリス王が額を押さえる。
「私の体調がおかしくなりはじめた頃が、カトレアの周りが騒がしくなっていたもので、それにミラルファはかなり腹を立てておったようだ」
カトレアの父である侯爵を筆頭にして、多くの貴族が第二王子派に傾きかけていたらしい。
「だが、私も思うように動けない状態だ。それを気にしてくれたのだろう。回復するまでは側にいるとは言ってくれたのだが……」
「回復するまで……ですか?」
これは、きちんとカトレアを制御できていなかった夫であるアビリス王にも、ミラルファは腹を立てたのだなと察した。そして、ミラルファならばこう言うだろうと思ったのは当たっていたようだ。
「そう。治ったらジルファスと一緒に出て行くからと……宣言されたのだ……」
「……ミラお祖母様らしいですね」
「う、うむ……思うように動けぬことよりも、そちらの方が堪えた……」
そこで心が折れそうだったアビリス王だが、ミラルファもジルファスも、辛い思いをしながらもこれまで側に居てくれていたのだと、考えを改めたという。
「努力をしない、すぐに諦める者には、誰も手を貸してはくれないものだと、昔ミラに言われたことがあってな……これは、見捨てられんように努力するしかないと思ったものだ」
少しでも長く、無理をしてでも国を乱さないように、それを、アビリス王は病と闘いながら考え続けていた。だからこそ、かなり際どい状況にまでなっていたのだ。
他の王達と、術をかけられたのは同じ時期。だが、恐らくアビリス王の治療をあの時に始めていなければ、今頃はもう間に合わなかっただろう。それだけ、ギリギリまで王として責務をまっとうしようと努力していたのだ。
「薬が出来たと知った時。努力した甲斐があったと泣きそうになった。その後も、完全に治るまでに、ミラをどうやって引き留めるか、必死で考えたよ」
「ふふふ。その甲斐は本当にあったみたいですね」
「ああ……いや、コウヤが来てくれたことが、一番大きいかもしれんな」
「俺ですか?」
アビリス王が向ける目を見て、コウヤは、少し前に、王宮内の雰囲気が変わったことについて、お礼を言った時のミラルファと同じだなと感じた。心から、感謝を向ける目だった。
「コウヤが居てくれて良かった……生まれてきてくれてありがとう」
「っ……お祖父様……」
そんなことを、コウヤは言われたことがなかった。正確には、言葉にしてというのがはじめてだ。
アビリス王は、その言葉がきちんとコウヤに届いたことを確認したあと、目を少し伏せる。
「この国は変わった……多くを変えてくれた。それに甘えてばかりでは、過去の過ちを繰り返すことになるだろう……」
「……」
かつての、コウルリーヤが、人々に与えた恩恵。それに人々は甘え、そして裏切った。同じことが、起きないとは言えない。
「ベニ大司教達も示してくれている道を……その先へ行くための努力を、私は惜しまないつもりだ。今日、改めて思ったのだ……我々は、他国に無関心になり過ぎた。それが、神教国をここまで助長させることになったのだろう」
アビリス王は、そのことにようやく気付いた。ベニ達が強引に示した道。これで動かなければ、もう人に期待はできない。そこまで考えていた。しかし、ここで一人、気付く者が生まれた。それが、どれほどコウヤやゼストラーク達にとって嬉しいことか。
コウヤは泣きそうになりながらも笑みを浮かべる。それに、アビリス王が驚いて駆け寄ってきた。
「コウヤ? 私はおかしなことを言っただろうか?」
「いいえ……いいえ、お祖父様。嬉しいのです。人はまだ、これから変わっていける。やり直せる……それが確信できたから……」
「コウヤ……」
本当はコウヤも不安だったのだ。全て受け入れようとしてくれるアビリス王やジルファス達を振り回している自覚もある。けれど、それも全て認めてくれている。それがとても嬉しかった。
「ありがとうございます。お祖父様」
「礼など不要だろう。これは私たちの問題だ。だから、コウヤの願う未来の……いや、この世界の未来のために、今一度考えようと思う。私たちにも手伝わせてほしい」
アビリス王の言葉に、ジルファスも頷いてコウヤへ目を向けた。
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