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第九章
348 気楽にしてくれていいから
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コウヤが知っているのは、不安そうに怯える青年の姿。その青年は今、柔らかい表情をしていた。顔色もずっといいものになっている。
「確か……レジュラさんでしたね」
「っ、あ、はい! お、お久しぶりです、コウヤ様っ」
彼は、センジュリン国の第一王子だった人だ。ベルセンの集団暴走の件で捕まって、それから聖魔教会で下働きというか、神官達の手伝いを率先してやっていた。
この国とも、聖魔教会での奉仕活動を罰として与えると決められたのだ。許されないのは、聖魔教会の目の届かない所に行くことだけ。とはいえ、白夜部隊や、今いる大半の神官達の目から逃れられるわけもなく、普通に外出も許されている。
彼は今回、ビジェと共に、逃げてきた神教国の住民達を連れてきたようだ。先ほど、列の整理をしていた一人が彼だった。
そして、もう一人。ビジェが紹介する。どことなくビジェと似ているような気がした。
「コウヤ様。紹介が遅れました。弟のレイジェです」
「っ……よろしくお願いします……」
彼は俯き加減に、そう小さく口に出した。そこで、コウヤはふと疑問に思った。
「レイジェさんは、あの国に居ませんでしたよね? どちらに?」
冒険者ギルドで国に乗り込んで行った時。彼は居なかったはずだ。お仕置きした王侯貴族の側でも見ていないし、あの国に居なかったように思う。
ビジェが頷いた。
「レイジェは、聖騎士になるようにと指示され、先日まで神教国に居たのです……それで……彼らとこの国に来ました」
彼らと目を向けたのは、神教国から逃れて来たという人たちの列だ。
それからビジェは、はっとしたように弁明する。
「もちろん、大司教様達にも確認いただき、あの国の策略などないというのも調べておりますっ」
これは後から報告として聞くことだが、レイジェは聖属性の力が強いことから、厳しく洗脳紛いのこともされていたらしい。しかし、本人は違和感を感じていたようで、更には母国であるセンジュリン国を属国とするという話などを聞いてしまったらしい。
それにより、独房に入れられ、何やら実験にも使われていたという。精神的に病み、弱っていたところを国を出ようとしていた一行が見つけ、そのまま攫うように連れてきたのだという。
聖魔教会に逃げ込んだことで、治療を受けて体の不調は少し改善され、ビジェやレジュラが側にいることで、精神的なものも大分落ち着いてきたようだ。今回は、少しでも連れ出してくれた人達の力になろうと手伝いをしてくれているのだという。
「心配してないよ。でも、指示ってあの聖女を名乗っていた人から? いつからあの国に?」
神教国とビジェが口にした時、分かりやすく肩が跳ねるのが見えた。怯えたように顔を伏せる。
「一年ほど前だと……」
「……」
確認するようにビジェがレイジェの方を向くが、彼は顔を伏せたままだった。少し震えているように見えるのは、気のせいではない。怯えた感情が感じられた。
これ以上は今は聞くべきではないと判断する。
「そうでしたか……今はあの国には近付かない方が良いですし、ここにはビジェも居ますからね。何か困ったことがあったら言ってください」
「……ありがとうございます……っ」
深く頭を下げるレイジェ。ビジェや一時的にでも仕えていただろうレジュラも居るのだ。大丈夫だろう。因みに、センジュリン国での一件の後に聞いたが、ビジェ達の両親は亡くなっていたらしい。
だが、確認はしていないと言う。あの国に居座っていた聖女が神教国とを行き来する時の護衛としてついて行き、そのまま病にかかったからと帰って来なかったというのだ。そこで亡くなったと戻ってきた聖女が言ったとか。
間違いなく怪しいので、今回のことで白夜部隊でついでに真相を調べることになっていた。とはいえ一応は、ビジェの身内は弟妹だけになっていた。
「ビジェ、なるべく二人の側に居るようにね」
「……分かりました」
少し間があったが、大丈夫だろう。
「それじゃあ、城に戻りましょう」
アルキス達に告げて、現場を後にしたのだ。
◆ ◆ ◆
一夜明け、エルフ達が宣戦布告したとの報告は、冒険者ギルドを通して、大陸中に今朝までには広まったらしい。だが、これと言った情報はないままだった。
この日、コウヤは朝食が済んでしばらくしてから、部屋で他国の王子であるフレスタとディスタの二人を招き、話を聞くことになっていた。
「こちらの申し出を聞き入れてくださり感謝いたします」
年長のフレスタが頭を下げて言い、それに続いてディスタも丁寧に頭を下げる。
この場には、アビリス王とジルファス、アルキス、ベルナディオ宰相もいる。そして、昨晩の内に戻ってきたベニ、ルディエも来ていた。
本来ならば、きちんとした謁見の後、面会する部屋でとなるのだが、今回の相手はお付きの者も年老いた者一人。それも身分など偽り、秘密裏に国に入ってきた未成年の王子二人だ。
正式な書面もないため、一国の王への面会には礼儀にも反している。そのため、保護したという程で、気にしたコウヤが話を聞きたがったとして、コウヤの部屋に集まったというわけだ。未成年の他国の王子を他の大多数の貴族の目からも守れるだろう。
入ってもらっている部屋からも近い。体力的にも不安のある王子達は、正式な謁見には耐えられなさそうなのでとコウヤが提案したのだ。
「寧ろ、こんな大人数になってごめんね? でも気楽にしてくれていいから。ですよね? お祖父様」
ニコニコと笑いながらアビリス王に振る。ここで王と呼ぶのではなく『お祖父様』と呼んだことで、私的なものだと印象付けておく。
それよりも『お祖父様』と呼ばれたことで、アビリス王は嬉しそうに言葉をかけた。未だにコウヤにそう呼ばれるのは嬉しいらしい。
「っ、もちろんだ。正式なものではないから、親戚や友人の家に相談に来たというくらいの気安さで構わない。さあ、座ってくれ」
「そんなっ……っ、ありがとうございますっ」
「ありがとうございます……っ」
感激した様子でフレスタとディスタは、勧められた椅子に座る。椅子を引いたのは、ニールと人化したテンキだった。
因みに、部屋の隅には、フレスタとディスタと共に来た老人二人と、もう一人の幼い他国の王子の付き人であった老人を椅子に座らせていた。困惑しているようだが、心配はないと言い聞かせている。アビリスの様子から、彼らもこの対応に感謝を示し、座りながらだが深く頭を下げていた。
「さて、それぞれ、病についた身内のために来られたと聞いているが、どのような様子か改めて伺おう」
「はい!」
話を聞くと、やはりアビリス王のかつての状態と同じであることは確実だった。聞き終えたアビリス王は、コウヤに尋ねる。
「コウヤ。治療法はアレしかないだろうか。神官殿達の治癒魔法では……」
「そうですね……体力も落ちているでしょうし、長い間そのままだったのなら、体も慣れてしまって治癒魔法の効きも良くないんです。何より、この病は、魔力に作用したものですから、そこに魔法での治療はよくないです」
薬での治療しか効かないだろう。
「そうなると……三ヶ月ほどかかるな」
「はい。なので……」
ここからは、王子達へ顔を向ける。
「薬を渡して、それで大丈夫とは言えません。この治療には、正しい知識を持った薬師が必要です」
丁寧に、子どもでも分かるように話す。特に、勘違いしていそうな所を強調する。
「薬を一回飲んで治る病ではないんです」
「え……」
「っ……」
二人だけでなく、付き人達も予想していなかったのだろう。現代で一般的に出回っている薬は、一度で効果を求めるものだ。解毒薬でも体力や魔力の回復薬でもそうだ。何度にも分けて飲むという考えはない。
「状態を看ながら三ヶ月。それも効果の劣化の早い薬です。現地で材料となるものを採取して、すぐに製薬し、飲んでもらう。そうしなくては、治らないものなんです。なので、今回、薬をお渡しして、それで治るというものではありません」
「……」
「そんな……」
彼らは、この国に来て、その治療の薬を一本分けてもらい、それを持ち帰って解決すると思っていたのだろう。そんな簡単なことではないと聞き、呆然としていた。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
二日空きます。
よろしくお願いします◎
「確か……レジュラさんでしたね」
「っ、あ、はい! お、お久しぶりです、コウヤ様っ」
彼は、センジュリン国の第一王子だった人だ。ベルセンの集団暴走の件で捕まって、それから聖魔教会で下働きというか、神官達の手伝いを率先してやっていた。
この国とも、聖魔教会での奉仕活動を罰として与えると決められたのだ。許されないのは、聖魔教会の目の届かない所に行くことだけ。とはいえ、白夜部隊や、今いる大半の神官達の目から逃れられるわけもなく、普通に外出も許されている。
彼は今回、ビジェと共に、逃げてきた神教国の住民達を連れてきたようだ。先ほど、列の整理をしていた一人が彼だった。
そして、もう一人。ビジェが紹介する。どことなくビジェと似ているような気がした。
「コウヤ様。紹介が遅れました。弟のレイジェです」
「っ……よろしくお願いします……」
彼は俯き加減に、そう小さく口に出した。そこで、コウヤはふと疑問に思った。
「レイジェさんは、あの国に居ませんでしたよね? どちらに?」
冒険者ギルドで国に乗り込んで行った時。彼は居なかったはずだ。お仕置きした王侯貴族の側でも見ていないし、あの国に居なかったように思う。
ビジェが頷いた。
「レイジェは、聖騎士になるようにと指示され、先日まで神教国に居たのです……それで……彼らとこの国に来ました」
彼らと目を向けたのは、神教国から逃れて来たという人たちの列だ。
それからビジェは、はっとしたように弁明する。
「もちろん、大司教様達にも確認いただき、あの国の策略などないというのも調べておりますっ」
これは後から報告として聞くことだが、レイジェは聖属性の力が強いことから、厳しく洗脳紛いのこともされていたらしい。しかし、本人は違和感を感じていたようで、更には母国であるセンジュリン国を属国とするという話などを聞いてしまったらしい。
それにより、独房に入れられ、何やら実験にも使われていたという。精神的に病み、弱っていたところを国を出ようとしていた一行が見つけ、そのまま攫うように連れてきたのだという。
聖魔教会に逃げ込んだことで、治療を受けて体の不調は少し改善され、ビジェやレジュラが側にいることで、精神的なものも大分落ち着いてきたようだ。今回は、少しでも連れ出してくれた人達の力になろうと手伝いをしてくれているのだという。
「心配してないよ。でも、指示ってあの聖女を名乗っていた人から? いつからあの国に?」
神教国とビジェが口にした時、分かりやすく肩が跳ねるのが見えた。怯えたように顔を伏せる。
「一年ほど前だと……」
「……」
確認するようにビジェがレイジェの方を向くが、彼は顔を伏せたままだった。少し震えているように見えるのは、気のせいではない。怯えた感情が感じられた。
これ以上は今は聞くべきではないと判断する。
「そうでしたか……今はあの国には近付かない方が良いですし、ここにはビジェも居ますからね。何か困ったことがあったら言ってください」
「……ありがとうございます……っ」
深く頭を下げるレイジェ。ビジェや一時的にでも仕えていただろうレジュラも居るのだ。大丈夫だろう。因みに、センジュリン国での一件の後に聞いたが、ビジェ達の両親は亡くなっていたらしい。
だが、確認はしていないと言う。あの国に居座っていた聖女が神教国とを行き来する時の護衛としてついて行き、そのまま病にかかったからと帰って来なかったというのだ。そこで亡くなったと戻ってきた聖女が言ったとか。
間違いなく怪しいので、今回のことで白夜部隊でついでに真相を調べることになっていた。とはいえ一応は、ビジェの身内は弟妹だけになっていた。
「ビジェ、なるべく二人の側に居るようにね」
「……分かりました」
少し間があったが、大丈夫だろう。
「それじゃあ、城に戻りましょう」
アルキス達に告げて、現場を後にしたのだ。
◆ ◆ ◆
一夜明け、エルフ達が宣戦布告したとの報告は、冒険者ギルドを通して、大陸中に今朝までには広まったらしい。だが、これと言った情報はないままだった。
この日、コウヤは朝食が済んでしばらくしてから、部屋で他国の王子であるフレスタとディスタの二人を招き、話を聞くことになっていた。
「こちらの申し出を聞き入れてくださり感謝いたします」
年長のフレスタが頭を下げて言い、それに続いてディスタも丁寧に頭を下げる。
この場には、アビリス王とジルファス、アルキス、ベルナディオ宰相もいる。そして、昨晩の内に戻ってきたベニ、ルディエも来ていた。
本来ならば、きちんとした謁見の後、面会する部屋でとなるのだが、今回の相手はお付きの者も年老いた者一人。それも身分など偽り、秘密裏に国に入ってきた未成年の王子二人だ。
正式な書面もないため、一国の王への面会には礼儀にも反している。そのため、保護したという程で、気にしたコウヤが話を聞きたがったとして、コウヤの部屋に集まったというわけだ。未成年の他国の王子を他の大多数の貴族の目からも守れるだろう。
入ってもらっている部屋からも近い。体力的にも不安のある王子達は、正式な謁見には耐えられなさそうなのでとコウヤが提案したのだ。
「寧ろ、こんな大人数になってごめんね? でも気楽にしてくれていいから。ですよね? お祖父様」
ニコニコと笑いながらアビリス王に振る。ここで王と呼ぶのではなく『お祖父様』と呼んだことで、私的なものだと印象付けておく。
それよりも『お祖父様』と呼ばれたことで、アビリス王は嬉しそうに言葉をかけた。未だにコウヤにそう呼ばれるのは嬉しいらしい。
「っ、もちろんだ。正式なものではないから、親戚や友人の家に相談に来たというくらいの気安さで構わない。さあ、座ってくれ」
「そんなっ……っ、ありがとうございますっ」
「ありがとうございます……っ」
感激した様子でフレスタとディスタは、勧められた椅子に座る。椅子を引いたのは、ニールと人化したテンキだった。
因みに、部屋の隅には、フレスタとディスタと共に来た老人二人と、もう一人の幼い他国の王子の付き人であった老人を椅子に座らせていた。困惑しているようだが、心配はないと言い聞かせている。アビリスの様子から、彼らもこの対応に感謝を示し、座りながらだが深く頭を下げていた。
「さて、それぞれ、病についた身内のために来られたと聞いているが、どのような様子か改めて伺おう」
「はい!」
話を聞くと、やはりアビリス王のかつての状態と同じであることは確実だった。聞き終えたアビリス王は、コウヤに尋ねる。
「コウヤ。治療法はアレしかないだろうか。神官殿達の治癒魔法では……」
「そうですね……体力も落ちているでしょうし、長い間そのままだったのなら、体も慣れてしまって治癒魔法の効きも良くないんです。何より、この病は、魔力に作用したものですから、そこに魔法での治療はよくないです」
薬での治療しか効かないだろう。
「そうなると……三ヶ月ほどかかるな」
「はい。なので……」
ここからは、王子達へ顔を向ける。
「薬を渡して、それで大丈夫とは言えません。この治療には、正しい知識を持った薬師が必要です」
丁寧に、子どもでも分かるように話す。特に、勘違いしていそうな所を強調する。
「薬を一回飲んで治る病ではないんです」
「え……」
「っ……」
二人だけでなく、付き人達も予想していなかったのだろう。現代で一般的に出回っている薬は、一度で効果を求めるものだ。解毒薬でも体力や魔力の回復薬でもそうだ。何度にも分けて飲むという考えはない。
「状態を看ながら三ヶ月。それも効果の劣化の早い薬です。現地で材料となるものを採取して、すぐに製薬し、飲んでもらう。そうしなくては、治らないものなんです。なので、今回、薬をお渡しして、それで治るというものではありません」
「……」
「そんな……」
彼らは、この国に来て、その治療の薬を一本分けてもらい、それを持ち帰って解決すると思っていたのだろう。そんな簡単なことではないと聞き、呆然としていた。
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