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第九章

345 呪いだ

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その男性は、コウヤの目には憔悴しているように見えた。だから、ニールが殴り飛ばすと同時に、衝撃を少し和らげる結界を張った。

男が倒れた所で、それに気付いたのだろう。ニールがハッとして振り返る。

「も、申し訳ありません……カッとなって……」

コウヤの意思に反する行動だったと、ニールは萎縮した。明らかに動揺するニールというのは珍しく、少し笑いながら歩み寄る。

「珍しいね。何にそんなに怒ったの?」
「その……剣が……違ったので……酒代にでもしたんじゃないかと……あれは……家に伝わる特別なものの一つでして……」

剣士にとって大事な剣を酒代にしてしまうような人なのかと、もう一度、今は座り込んでいる男性を見る。

そこで思い出したのは、まだコウヤが幼い頃にばばさま達を訪ねてきた彼が持っていた二振りの剣のこと。彼は二刀流の使い手だったはずだ。

コウヤはまだ、かつての記憶も曖昧だったが、確かにその剣に惹かれたのだけは覚えている。その剣が内包していた力に惹かれたのだ。

「剣……あ、本当だ。聖と魔の魔装武器だったのに……持ってないね?」

ゼストラークと、かつて魔工神として魔法を極めていたコウルリーヤで創り上げた武器。それは、属性魔力を付与した特別な武器だ。当然のように、使い手は武器の方が選ぶ。

「ん? ニールの所は騎士の家系だったよね? 二刀流なの?」

少なくとも、ニールは二刀流ではなかったので、不思議に思った。この時、男性はビジェに手を貸されて立ちあがろうとしていた。それをチラチラと見ながら、ニールが答える。

「成人前に、国に仕える場合は騎士の剣を。冒険者など、外で生きる場合は二刀流を修めるのが我が家の伝統です……」
「へえ~。なら、ニールも少しは二刀流出来る?」
「少しです……私はその……早くに国に仕えることに決めていましたので……」

何か他にも理由がありそうだが、言いたくなさそうなのでそこは置いておく。

面白い家もあるんだなと感心していれば、ようやくニールも落ち着いてきたらしい。男性の方も、こちらへ目を向けていた。

「こんにちは。昔、少しだけ顔を合わせたと思いますが、コウヤといいます。ベニばあさま達の友人のサニールさんでしたよね」
「っ……」

サニールは思い出したのか、目を丸くして驚いたようにパクパクと口を動かす。そこでコウヤは違和感に気付く。

「ん? あの……もしかして、声が出ないんですか?」
「え?」

ニールも驚いて確認するため、サニールを見た。すると、サニールはコクリと肩を落として頷く。他にも、コウヤの記憶とは異なる所があったので、それも指摘する。

「筋肉が大分落ちましたね? もっと……アルキス様くらいあったと思うんですけど。どうですか? ニール」
「え、ええ……私が殴ったくらいではびくともしないはずでしたから……」

殴り倒せるとは思っていなかったらしい。

「ビジェと会った時はどうでした?」
「……もう少し大きかったように感じます……」
「……」

落ち込んだ様子のサニール。年齢は五十半ばを過ぎる頃だろうか。そうして、何気なくコウヤは体の状態を知るために鑑定を使った。

「ん? あ……これ、まじないだ」
まじないっ?」
「っ!!」

思わず聞き返したニールに続き、サニール自身も驚いた表情をしていることから、彼も知らなかったらしいと分かる。

「う~ん。とりあえず、ちょっと落ち着ける所に行こうか。あそこ、休憩所のはずだから、そこに」
「あ、はい……」
「ビジェ、そのままサニールさんを支えていってくれる? 歩くのも辛そうだから」
「はい」

どうも、ニールはサニールと距離を置きたがっているように見える。いつもならば、真っ先に動いてくれるのに、今日は鈍い。二人の間に、何かあるのかもしれない。もちろん、大事な剣を持っていないというのも、まだ少し怒っているのだろう。

アルキス達も気になるらしく、一緒に移動となった。リルファムやシンリームは、この現場の様子を先ほどからキョロキョロと見回している。二人でアレはなんだろう、何をしているんだろうと話ているのも聞こえていた。もうしばらく、そうしていてもらおう。

テーブルと椅子のある一画。交代で休憩を取る場所でもあるため、バラバラと座っている者もいた。給水サーバーも置いてある。

サニールの前にコウヤが座り、ニールはコウヤの後ろに立つ。ビジェはサニールをいつでも支えられるようにとその隣に控えた。

「改めてサニールさんの状態を見させてもらってもいいですか?」
「……っ」

頷くのを確認して、状態を見る。

「このまじないのせいで、声も出なくなっているみたいですね……」
「……そのような術があるのですか?」

ニールが不安そうな顔を向けた。

「うん。まじないって言っても、魔法の一つなんだけどね。元は、自分の力を一時的に他人に貸し与えるっていう付与魔法の一種だったんだ。鑑定のスキルを貸したりとか」

これを聞いて、リルファムが無邪気な声を上げた。

「それ、しってます! 『ザウラとサウザの眼』ですねっ」
「そうです。リル、よく知ってましたね」
「はい!」

それは物語の一つ。素直に褒められて嬉しいという表情のリルファムに癒されながら、話を続ける。

「まさに、あのお話の元になった魔法です。兄のザウラは鑑定のスキルで、魔獣の弱点となると属性を看破できた。けれど、戦いの中で目が見えなくなり、弟のサウザにその能力、眼を貸し与えることで、魔獣に打ち勝ち、生き抜いていくという物語です。これは双子だったからという理由付けがありましたが、元はこの魔法から着想を得た物語です」

この世界の物語は、ほとんどが実際にあったことから出来ている。

「この貸与たいよ魔法は名前の通り、返却されることを前提として、スキルや能力を貸し与えることのできる魔法です。もちろん、魔法なので発動時間には限りがあります」

貸し与える方の魔力が切れれば、それまでだ。それほど長い間は無理。戦いの場でも、ここぞと言う時に使うものだった。

「ですが、何事も抜け道を見つけて悪さしようと考える者が出るものです……それが、この魔法に誓約を組み合わせるというものでした」
「誓約……ですか……まさか、貸し与えたものをそのまま……」

察しの良いニールは、分かりやすく顔色を変えた。

「そうです。魔力発動を止めたら、そのままそちらのものになるという強力な誓約で縛ったものだったんです」
「っ、それは……それほど強い誓約など……」
「人にはできません。それなりの対価も必要になりますからね」

スキルや能力を固定するのだから、それらを本来手に入れるために必要となる時間や、経験などの対価だ。安いものではない。

「なので、それほど広まりませんでした。ですが、知る者がいないわけではない。そこから、他人の能力を奪い取る魔法ができてしまったんです。さすがにこれは看過することはできません。だから、それをまじないとして制限をかけました」

神として、こればかりは見過ごすことはできなかった。誓約は、まだ破棄させる方法もあった。何より、誓約させなければいいのだ。しかし、これは違う。取られる方の意思は完全に無視される。だから決してやってはならないとしたのだ。

「もしも使った場合、その代償となるものは、奪った者のこれまでの年数の寿命。それと、数ヶ月以内に、奪ったものを含めた全てのスキルや能力が消滅することです」
「っ!!」

これには誰もが息を呑んだ。スキルが確認出来る世界だからこそ、その恐ろしさは容易に想像できた。

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読んでくださりありがとうございます◎
三日空きます。
よろしくお願いします◎
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