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第九章

339 すぐに会えますよっ

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フレスタは同じ境遇、それも同じ年頃ということで、ディスタと協力して話を聞き出していたらしい。その中で、一番初めにやってきたという少年へ不安げに視線を向けた。

「あの少年なのですが……あの国の教会に居たようなのです」
「教会に……」

一人だけ、他の子ども達とは離れて、部屋の端で膝を抱えている少年。髪色と瞳の色が、ジルファスに似ていた。

「見た目で選ばれたと。あまり治癒魔法の適性も高くなかったため、いい扱いを受けていなかったようです。自由になる代償に、城に入り込み、本当の聖女と王子の子どもを外に誘い出すように言われたと言っていました」
「……」

それを聞いて、コウヤはその少年の方へ足を向けた。

「コウヤ様っ」

ニールが止めようと手を伸ばしたようだが、チラリと振り向いて目で制しておく。それを受けて、ニールは踏み出しかけた足を止めた。大人は警戒する可能性がある。だから、ニールにはその場に居てもらう。

コウヤはその少年の前で膝を突いた。

俯いていた少年は、視界に入ったコウヤの足を見て、ビクリと体を振るわせ、恐る恐る顔を上げる。

目が合ったところで、コウヤはフワリと微笑むと、それを見て少年は、見惚れたようなため息をついた。

「俺はコウヤ。君は?」
「っ、スノルです……」
「スノル。色々と聞きたいことがあります。いいですか?」
「……っ……」

コクリと頷いたスノル。そこに、心配したフレスタとディスタが近付いてくる。フレスタ達の背を押したのはニールだろうと思いながら、話を続ける。心配は心配のようだ。

「君の探していた子どもは俺のことです。どこに連れてくるように言われていますか?」
「っ、わ、わた、わたしは……っ」

怯える様子を見せたスノルの手に、コウヤはそっと触れる。少し震えているのは、半分は恐怖だろう。けれど、もう半分は疲労から体調も悪そうだ。早く話を終わらせて、休ませるべきだとコウヤは判断した。

「君と一緒に来た方も、きちんとこちらで保護します。それは約束しましょう。君も、戻ることを望まないのならば、あちらの手の届かない場所で暮らせるようにしてみせます。どうか信じて」
「っ……」

どうしたらと迷う様子が見て取れる。ならばと、思い出したことを口にする。

「そちらではどう伝わっているか分かりませんが、実は少し前にあちらの聖女の一人が保護を求めて来ているんです。今では、楽しそうに聖魔教会で孤児院の子ども達と元気に遊んでいますよ」
「……聖女……リスティアン様?」
「ええ。そういうお名前だったと思います。ブランナという聖騎士と共に」

ブランナはコウヤが教会に行くと、かなりの確率でわざわざ挨拶に出てくる。だから、しっかり名は覚えていた。彼は現在、ユースールの教会の方に居る。

一方、リスティアンはこの王都の教会の孤児院で、テルザの補佐をしている。三日に一度は、療薬院で神官の助手もしながら薬学についても勉強をしており、ついでに食堂の方で料理も教えてもらっているようだ。

『これが花嫁修業ですね!』と言いながら、嬉々として働きまくっているらしい。これには誰も何も答えていないという。笑顔で肯定も否定もしない。そして、なぜかあれから一度もコウヤは顔を合わせられていなかった。

話に聞く限り元気なようなので大丈夫だろうという判断だ。どうも、意図的に誰かがリスティアンとコウヤを出会わないようにしている気がする。特にコウヤの方で不都合はないので、ずっとこのままだろう。

追手が来るかもなんて心配も、リスティアンの中には最早皆無。それはそれでどうかと思うが、それだけ聖魔教会を信頼しているということだ。スノルもきっと安心できるだろう。

そこでコウヤは気付いた。この少年、年齢は十ニ頃だと思うが、とても小柄だ。そして、膝を抱えていたことでこれまで気付かなかった違和感に気付く。

「スノル……君、女の子?」
「えっ」
「女の子?」
「っ!!」

フレスタとディスタが驚きの声を上げ、スノルが息を呑む。しかし、すぐに泣きそうな顔で白状した。

「そう……です……っ、適当なのが居ないから、お前が行けと……っ、きちんと出来たら……リスティアン様の居場所を教えてくれると言われて……っ」
「彼女付きだったの?」
「はい……ほ、他の聖女の方は……こ、怖くてっ……すぐに叩かれて、追い出されたんです……っ、リスティアン様だけが……居ても良いと言ってくれました……」

他の聖女と聞いて、センジュリン国に居た聖女を思い出す。コウヤの認識では、選民意識も高く、自尊心も天井知らずで露出狂気味な人。あれが聖女の標準装備ならば、少しの失敗も許さないだろう。

スノルはこうして話していても、すぐに目線を下げてしまう。性格もあるだろうが、聖女達に折檻でもされたかもしれない。自信もなにも無くなっているように見えた。何より失敗を恐れ、罰を恐れている人の目だった。

「君が望むなら、彼女にも会えますよ」
「っ、で、でも、わ、私、あなたを攫おうと……っ、一国の王子を……っ」

今の彼女は、罰を恐れるのと同じくらい、罪の意識を感じている。

そんな彼女に、出来るだけ優しく告げた。

「守護妖精の加護のあるこの王都に入れたんです。君が命じられた行動に迷いを持ち、今はもうそれをするべきではないと考えている。そうではありませんか?」
「っ……私……っ、無理だって……そんなことっ……神は許さないって思っ……思って……っ」

きっと、スノルが成功するとは神教国の者達も思っていなかったはずだ。ただ不安をあおるためだけの捨て駒。

彼女がこうして捕まって、事情を話してしまうことも見込んで送り込まれたのだろう。この国の反応を見る様子見の意味もありそうだ。

「よく耐えましたね。もう何も心配しなくていいですよ」
「っ、でもっ、でもっ……私が失敗したら……っ、また次が……っ、弟が……」
「弟さんが居るんですか?」
「はいっ。だから、次は弟がっ」
「……」

コウヤは少し考える。

「弟さん、孤児院に?」
「はい……っ」
「お名前は? あと、年齢を」
「ルベル……です……十歳……」
「ルベルで十歳ですねっ」

そう確認して、コウヤは鞄から取り出すと見せかけて、亜空間に保管していた地図を出して床に広げる。

「っ!?」

突然の行動に、スノルは目を丸くしていた。それに気付きながらも、次に同じように名簿を取り出した。

「え~っと……その弟さんの居る孤児院の場所はここですか?」

指を差して確認するその地図は、神教国の詳細な地図だった。

「え? え? こ、これ……あっ、こ、ここです!」

あまりにも詳細なため、スノルにも分かったようだ。なんせ、一軒一軒に、世帯主の名前や店の名前、どんな店かも書き込まれているのだから分かりやすい。恐縮していた彼女も、驚きすぎて少し興奮気味に答えた。

この世界では、住所管理がなされていない。届け物は、目印となる店からどの方角に何軒目といった具合で特定していくのが基本で、そこに屋根の色や特定しやすい置き物や木などの特徴を伝えたりする。

因みにユースールでは、色の付いた石が道に等間隔で埋め込まれており、その色の通りで先ずは区別する。あとは区画毎で何軒目と特定できるようにしてあった。しっかりと区画整理が出来ているから可能となったものだ。

そんな状況だからこそ、これほど詳細に出来た地図にはさすがのニールも、近付かずにはいられなかったらしく、覗き込んで唖然としていた。

「……コウヤ様……これはいくらなんでも……正確すぎます……」

コウヤも実はどうかと思ったのだ。住宅地図はやり過ぎた。とはいえ、一応は敵国の認識だ。あって困らないだろう。航空写真で縮尺の確認もしてあるので、正確さには自信ありだ。良い仕事をしたと大変満足のできるものだった。

「いやあ、ルー君達が面白がって教えてくれるから、ついね。あったら便利かなって」
「それはもちろん便利ですが……因みに写しは……」
「あと三つ。ベニばあさまとサーナさん、ジザルスさんが持ってる。あ、この国の地図もあるから、それは後でお祖父様に渡さないと」
「……スノルさんといいましたか。何も心配要りません。何もなくとも数日で、神教国は落ちます」
「え……?」

ニールには、嬉々としてこの地図を広げ、神教国を笑いながら抑えにかかるベニ達の姿が想像できたようだ。

スノルが送り込まれた後、ベニ達は神教国に乗り込んでいっている。反応を見るなんて悠長なことを考えた神教国は、既に後手に回っているのだ。恐らく、仮にコウヤを攫うことに成功したとしても、戻った所で神教国はベニ達によって落とされているだろう。

まったく無駄な足掻きでしかない。

フレスタやディスタ達もその地図を覗き込み、興味深げにしているその間に、コウヤは名簿を確認していた。そして、中にその名前を見つける。

「あった。この孤児院に居たルベル君は昨日の内に、無事保護されています。保護された先は……ベルセンですね」
「……へ?」

数日前から、密かに神教国に入り込んだ白夜部隊が、気付かれないように孤児院や見放された病人達を保護し、この国の聖魔教会へ転移させているのだ。

「ベルセンなら、今はダンゴが居るから…………これでよし。すぐに会えますよっ」

ダンゴに念話で連絡して、すぐにと返事が来た。パックンやテンキも、コウヤが安全なこの城に居るならと、そちらの応援に行っているのだ。なんせ、実動部隊が優秀だ。後方支援の手が足りない。冒険者ギルドでもZ依頼として手伝いを募ってもらっているくらいなのだ。

「え? え?」

スノルは混乱中だった。

そして、すぐに牢の入り口から人化したダンゴが飛び込んできた。それも、十歳頃の少年を正面にぶら下げて。

《主さまあ! ご要望のルベルくんです!!》

これですよねと、表情を輝かせて少年ルベルくんを見せる。両脇に手を差し入れられ、連れて来られた少年は、何が起きているのか分からないといった様子で少し涙目だった。

「早かったねえ、ダンゴ」
《はい! 朝食も終えて、ゆっくりしている所でしたので!》

この子だと発見してすぐに、掻っ攫うようにして連れてきたようだ。

「ありがとう。どうかな。この子で合ってるかな?」

そうしてスノルを見る。彼女は口をポカンと開けていたが、なんとか返事をくれた。

「……合ってます……」
「お、お姉……ちゃん?」

ルベル少年もスノルを確認して呟く。どうやら本当に間違いないようだ。

コウヤはこれで解決だと手を合わせてニコリと笑った。

「よかったですねっ」
「……はい……」

スノルはコクンと頷く。一方、心配そうに見ていたフレスタやディスタ、他の少年達は、スピード解決にポカンとする。

「……どうなって……」
「……何これ……」

そして、ルベル少年が首を傾げる。

「……ここどこ……?」

説明せずに連れてきたのは間違いなかった。

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今後も頑張っていきます!

次回、三日空きます。
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