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第九章
334 言い訳は用意しているのよ!
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王都の拡張工事と、スラムの解体が終わり、学園の建設着工の予定を立てようとする頃。いよいよ、コウヤの王子としてのお披露目が目前に迫ってきていた。
「……あの……ミラお祖母様? さすがにこんなに服は要らないのですが……」
コウヤはこの一週間ほど、ギルドのユースールでの研修や学園に関することに忙しく、王宮に来ても、まともにミラルファ達と顔を合わせることもなかった。だからこの日、王宮にコウヤのためにと用意された部屋に来たのも久し振りだった。
この部屋も、まともに滞在することは稀であったので、まさか、衣装部屋がいつの間にか半分以上も埋まっていることに気付いて驚いたのだ。
「そんなっ。そんなことないわ! コウヤさんはギルドの制服ばかり着ているし、ほとんど普段着は持っていないって聞いているものっ」
確かに、着まわせるようにと考えて最低限の三着分くらいが精々だ。この王宮に来る時も、聖魔教の神官服に似た服を着てくるようにしている。もちろん、顔パスなのでギルドの制服でも問題なく入れるが、そこは遠慮していた。
「それでも……俺は男ですし……」
女性のように、一度着たドレスは着ないなんて考えなくていいはず。嵩張りそうなものでもない。それなのに、広い部屋が半分も服で埋まっているのだ。その上、出会って何年も経っているわけでもない。量が多いと思うのは当然だった。
「それに一応、まだこれから成長期なんですが……」
年齢的には中学生男子。特に男の子は、一年生と三年生で見た目が別人レベルで変わるのだから、すぐに今のサイズでは着れなくなる可能性が高い。
「いいのよ! 大きくなったらまた用意するわ! だから、遠慮なく大きくなってちょうだい」
「いえ……でも、もったいない……」
庶民には考えられない贅沢だ。神であった時も、服装なんていつも一緒だった。汚れないのだから替えるなんて考えはない。だから、毎日違う服を着てもひと月、ふた月過ごせるだけの服など、見たこともなかった。
「まだまだよ! でもそうねえ。コウヤさんなら、気にすると思ったから、一応、言い訳は用意しているのよ!」
「言い訳……ですか」
言い訳と言い切ってしまうミラルファ。こういう時は最近、ベニ達に似てきたなと思ってしまう。
「ふふふ~。この服はデザインの練習よ! そして、針子達のスキルアップ訓練の一環よ! お陰で、裁縫スキルが【極】になった子が出てきたわ! ドレスも一日で二着は作れるって、狂喜乱舞していたわ!」
「……それはすごいですね……シンデレラもびっくりです……」
ドレスを二着なんて普通、徹夜しても一着の半分も終わらないだろうことを考えれば凄まじい速さだ。スキルによって正確さも出るはずなので、やっつけ仕事にもならない。完璧なドレスが出来上がる。それは楽しいだろう。
「だから、もったいなくないわ! さあ、今日はこれにしましょうね!」
「……はい……」
見事な言い訳に負けた。
目の前の部屋は、まるで個人専用の服屋。ショッピングモールのテナントを二つ、三つぶち抜きで使っているような印象。贅沢で、もったいないと思う。だが、結果も出てしまっているのだ。もう嫌とは言えなかった。
受け取った服に早速着替えることにする。
今は、コウヤ付きの侍女さえ未だ選定中。よって、城で服を選んだりするのは今のところ、ミラルファやイスリナになっている。時折、城への報告のついでにとついてくるサーナの場合もある。
「着替え、お祖母様が手伝うわよ?」
「自分で出来ますよ。ジル父さんもそういうの嫌いませんか?」
「……よく分かったわねえ。あの子も、あまり侍女に手を焼かせなかったみたい。まあ、あの頃はカトレアからの刺客の件もあったからね~」
「それがありましたね……」
危険を避けるため、あまり他人の手を煩わせることがないように努力したのだろう。そもそも、冒険者にもなる王族だ。自分のことは自分でやる精神が根付いていたらしい。お陰で、特に怪しまれることもなく、侍女など、身近な所から近付いてくる凶刃を退けられていたようだ。
「でも、コウヤさん付きの侍女は、本当にどうしましょうねえ。立候補する者はたくさんいるのだけど……」
「いるんですか?」
「当たり前よ。年齢も幅広くてね~。下は十代から、上は五十代だったわ」
「へえ……」
それは確かに幅広い。
「それも、下の子達でさえ、甘い考えじゃないのよ」
「どういうことです?」
「単純に、コウヤさんに見染められたいとかでもないってこと」
「あ……そういう……」
そういうこともあるのかと、コウヤは今更ながらに気付かされた。確かに、庶子とはいえ、母親は聖女。コウヤは他の正統な王子にも見劣りしない血筋を持っているのだ。これが知っている女達は、決して足踏みしないだろう。
この頃には、長く行方が分からなかった王子のお披露目があることは、広く民達にも知られていた。その母親は聖女ファムリアであることも公表していたのだ。
「立候補してきた子達の調査は、サーナさん達が引き受けてくださったのよ。コウヤさんに気に入られたいっていうのが、少しでも見えたら落としてもらうつもりだったのだけど……十五人、誰も落ちなかったの」
「サーナさん達が調べても?」
「そうなの。他にも不純な動機があればとサーナさん達も思ったみたいだけど、それもなくて……」
「……」
十代の子達でさえ、そんな動機は影ほども見当たらなかったという。
「純粋にコウヤさんの存在を知って、お仕えしたいってことらしいのよ。で、第一試験は合格ってことで、今は第二試験に挑んでいるわ」
「試験?」
第一試験が、サーナ達の調査だったのだろう。そして、現在が採用の第二試験らしい。
「何してるの?」
「体を鍛えてる」
「……そうですか……」
分かってしまった。最近、サーナが機嫌よく王都にある教会の訓練場に行くと聞いたのだ。多分、ソレだ。
指定された服装に着替えて、すっかり王子様になったコウヤは、侍女達のことはミラルファ達に任せようと切り替え、部屋に届けられていた報告書に目を通し始めた。
「そういえば、コウヤさんの連れて来られた文官の子達、お披露目の時まで居てくれるんですってねえ」
「はい。レンス様にも、きちんと許可は取ったと言っていましたから、あちらに問題はないんですけど……」
ユースールの方に不都合はない。コウヤが文官の派遣を提案したこともあり、少し心配していたのだが、ユースールの方の仕事もきちんと回っていた。しかし、こちらには問題があるかもしれない。
「元々のこの城の文官さん達……倒れたりしていませんか? ひと月前に確認したら、すっかり別人になっていたんですけど、良かったんでしょうか」
仕事もろくに出来ず、偉そうにふんぞり返っていた者たちは、初めの一週間が過ぎる頃には、泣きべそをかきながら椅子に縛り付けられていた。その手には、ペンが括り付けられており、その日の内に任される仕事を終わらせなければ外してもらえなかったらしい。
しかも、全力でやって、きっちり定時でギリギリ終われる量を測られて指導されていた。
他にも、口を動かす暇があるならばと、城中を書類を持って走り回らされていたりする者もいたらしい。
「大丈夫よ。最近は、ベルナディオの方も落ち着いているし、機嫌が良いもの。『使えなかった奴らが使えるようになりましたねえ』って笑ってたわよ」
「……それ、本当に大丈夫ですか?」
コウヤには、ベルナディオから出てくる言葉とは思えなかった。しかし、そこは付き合いの長いミラルファだ。本当らしい。
「大丈夫、大丈夫。ふふふっ。昔のベルに戻ったみたいだって、あの人も涙目になっていたわ」
「……」
どんな意味で涙目になったのだろう。心配になった。思わず愛称呼びに戻ってしまうほど、昔の様子に近付いているのかもしれない。
「えっと……今日は泊まることになるので、お祖父様やジル父さんに挨拶してきますね……」
ついでに顔色を確認しよう。病気や怪我はどうにかできるが、心までは保証できないのだから。
「あら。忘れていたわ。なら、一緒に行きましょう♪」
「はい」
「ふふふ。ねえ、コウヤさん」
「はい……」
隣を歩きながら、ミラルファは笑顔を向けてきた。その笑みは、心の底から楽しいと感じているものだと分かる。
「私、今とっても楽しいのよ」
わざわざコウヤの前にまわり込んだミラルファは、そう言ってその笑顔を更に深めたのだ。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
二日空きます。
よろしくお願いします◎
「……あの……ミラお祖母様? さすがにこんなに服は要らないのですが……」
コウヤはこの一週間ほど、ギルドのユースールでの研修や学園に関することに忙しく、王宮に来ても、まともにミラルファ達と顔を合わせることもなかった。だからこの日、王宮にコウヤのためにと用意された部屋に来たのも久し振りだった。
この部屋も、まともに滞在することは稀であったので、まさか、衣装部屋がいつの間にか半分以上も埋まっていることに気付いて驚いたのだ。
「そんなっ。そんなことないわ! コウヤさんはギルドの制服ばかり着ているし、ほとんど普段着は持っていないって聞いているものっ」
確かに、着まわせるようにと考えて最低限の三着分くらいが精々だ。この王宮に来る時も、聖魔教の神官服に似た服を着てくるようにしている。もちろん、顔パスなのでギルドの制服でも問題なく入れるが、そこは遠慮していた。
「それでも……俺は男ですし……」
女性のように、一度着たドレスは着ないなんて考えなくていいはず。嵩張りそうなものでもない。それなのに、広い部屋が半分も服で埋まっているのだ。その上、出会って何年も経っているわけでもない。量が多いと思うのは当然だった。
「それに一応、まだこれから成長期なんですが……」
年齢的には中学生男子。特に男の子は、一年生と三年生で見た目が別人レベルで変わるのだから、すぐに今のサイズでは着れなくなる可能性が高い。
「いいのよ! 大きくなったらまた用意するわ! だから、遠慮なく大きくなってちょうだい」
「いえ……でも、もったいない……」
庶民には考えられない贅沢だ。神であった時も、服装なんていつも一緒だった。汚れないのだから替えるなんて考えはない。だから、毎日違う服を着てもひと月、ふた月過ごせるだけの服など、見たこともなかった。
「まだまだよ! でもそうねえ。コウヤさんなら、気にすると思ったから、一応、言い訳は用意しているのよ!」
「言い訳……ですか」
言い訳と言い切ってしまうミラルファ。こういう時は最近、ベニ達に似てきたなと思ってしまう。
「ふふふ~。この服はデザインの練習よ! そして、針子達のスキルアップ訓練の一環よ! お陰で、裁縫スキルが【極】になった子が出てきたわ! ドレスも一日で二着は作れるって、狂喜乱舞していたわ!」
「……それはすごいですね……シンデレラもびっくりです……」
ドレスを二着なんて普通、徹夜しても一着の半分も終わらないだろうことを考えれば凄まじい速さだ。スキルによって正確さも出るはずなので、やっつけ仕事にもならない。完璧なドレスが出来上がる。それは楽しいだろう。
「だから、もったいなくないわ! さあ、今日はこれにしましょうね!」
「……はい……」
見事な言い訳に負けた。
目の前の部屋は、まるで個人専用の服屋。ショッピングモールのテナントを二つ、三つぶち抜きで使っているような印象。贅沢で、もったいないと思う。だが、結果も出てしまっているのだ。もう嫌とは言えなかった。
受け取った服に早速着替えることにする。
今は、コウヤ付きの侍女さえ未だ選定中。よって、城で服を選んだりするのは今のところ、ミラルファやイスリナになっている。時折、城への報告のついでにとついてくるサーナの場合もある。
「着替え、お祖母様が手伝うわよ?」
「自分で出来ますよ。ジル父さんもそういうの嫌いませんか?」
「……よく分かったわねえ。あの子も、あまり侍女に手を焼かせなかったみたい。まあ、あの頃はカトレアからの刺客の件もあったからね~」
「それがありましたね……」
危険を避けるため、あまり他人の手を煩わせることがないように努力したのだろう。そもそも、冒険者にもなる王族だ。自分のことは自分でやる精神が根付いていたらしい。お陰で、特に怪しまれることもなく、侍女など、身近な所から近付いてくる凶刃を退けられていたようだ。
「でも、コウヤさん付きの侍女は、本当にどうしましょうねえ。立候補する者はたくさんいるのだけど……」
「いるんですか?」
「当たり前よ。年齢も幅広くてね~。下は十代から、上は五十代だったわ」
「へえ……」
それは確かに幅広い。
「それも、下の子達でさえ、甘い考えじゃないのよ」
「どういうことです?」
「単純に、コウヤさんに見染められたいとかでもないってこと」
「あ……そういう……」
そういうこともあるのかと、コウヤは今更ながらに気付かされた。確かに、庶子とはいえ、母親は聖女。コウヤは他の正統な王子にも見劣りしない血筋を持っているのだ。これが知っている女達は、決して足踏みしないだろう。
この頃には、長く行方が分からなかった王子のお披露目があることは、広く民達にも知られていた。その母親は聖女ファムリアであることも公表していたのだ。
「立候補してきた子達の調査は、サーナさん達が引き受けてくださったのよ。コウヤさんに気に入られたいっていうのが、少しでも見えたら落としてもらうつもりだったのだけど……十五人、誰も落ちなかったの」
「サーナさん達が調べても?」
「そうなの。他にも不純な動機があればとサーナさん達も思ったみたいだけど、それもなくて……」
「……」
十代の子達でさえ、そんな動機は影ほども見当たらなかったという。
「純粋にコウヤさんの存在を知って、お仕えしたいってことらしいのよ。で、第一試験は合格ってことで、今は第二試験に挑んでいるわ」
「試験?」
第一試験が、サーナ達の調査だったのだろう。そして、現在が採用の第二試験らしい。
「何してるの?」
「体を鍛えてる」
「……そうですか……」
分かってしまった。最近、サーナが機嫌よく王都にある教会の訓練場に行くと聞いたのだ。多分、ソレだ。
指定された服装に着替えて、すっかり王子様になったコウヤは、侍女達のことはミラルファ達に任せようと切り替え、部屋に届けられていた報告書に目を通し始めた。
「そういえば、コウヤさんの連れて来られた文官の子達、お披露目の時まで居てくれるんですってねえ」
「はい。レンス様にも、きちんと許可は取ったと言っていましたから、あちらに問題はないんですけど……」
ユースールの方に不都合はない。コウヤが文官の派遣を提案したこともあり、少し心配していたのだが、ユースールの方の仕事もきちんと回っていた。しかし、こちらには問題があるかもしれない。
「元々のこの城の文官さん達……倒れたりしていませんか? ひと月前に確認したら、すっかり別人になっていたんですけど、良かったんでしょうか」
仕事もろくに出来ず、偉そうにふんぞり返っていた者たちは、初めの一週間が過ぎる頃には、泣きべそをかきながら椅子に縛り付けられていた。その手には、ペンが括り付けられており、その日の内に任される仕事を終わらせなければ外してもらえなかったらしい。
しかも、全力でやって、きっちり定時でギリギリ終われる量を測られて指導されていた。
他にも、口を動かす暇があるならばと、城中を書類を持って走り回らされていたりする者もいたらしい。
「大丈夫よ。最近は、ベルナディオの方も落ち着いているし、機嫌が良いもの。『使えなかった奴らが使えるようになりましたねえ』って笑ってたわよ」
「……それ、本当に大丈夫ですか?」
コウヤには、ベルナディオから出てくる言葉とは思えなかった。しかし、そこは付き合いの長いミラルファだ。本当らしい。
「大丈夫、大丈夫。ふふふっ。昔のベルに戻ったみたいだって、あの人も涙目になっていたわ」
「……」
どんな意味で涙目になったのだろう。心配になった。思わず愛称呼びに戻ってしまうほど、昔の様子に近付いているのかもしれない。
「えっと……今日は泊まることになるので、お祖父様やジル父さんに挨拶してきますね……」
ついでに顔色を確認しよう。病気や怪我はどうにかできるが、心までは保証できないのだから。
「あら。忘れていたわ。なら、一緒に行きましょう♪」
「はい」
「ふふふ。ねえ、コウヤさん」
「はい……」
隣を歩きながら、ミラルファは笑顔を向けてきた。その笑みは、心の底から楽しいと感じているものだと分かる。
「私、今とっても楽しいのよ」
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