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1巻
1-2
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「さてと、キメラは食べられる所がないけど、素材としては使えるね。とりあえず血抜きしよ」
魔獣や魔物の『素材として使える部分』というのは、ギルド職員ならば一通り知っているべきことだ。仕事に誇りを持っているコウヤは、それらの知識も豊富だった。
コウヤが手を広げて前に突き出すと、空中に光で魔法陣が描かれた。キメラの血の出ている首元と腹にも、同じ紋様の魔法陣が出現する。すると、そこから血が吸い出され、目の前の魔法陣の前に玉となって集まってくる。
「血も薬に使えるし、冷凍保存」
ある程度の大きさのキューブにして凍らせ、固めたら、それを亜空間へ収納する。亜空間とは、この次元とはズレた空間のこと。特別に魔法で作り上げた小さな世界だ。ただし、生き物が生きられる環境ではなく、無生物を保管するための倉庫のようなものだった。
一般的な魔法師では、これはできない。魔法を極め、理解し、更にはそれに見合った多大な魔力を扱えなくては発現することのできない特別な魔法だった。
「あとは……ん?」
一瞬、キメラの遺骸を見て違和感を覚えて、動きを止める。
「なんだろう? まぁ、いいか。後の作業は暇になったらやろう。このまま収納!」
何か気になったが、あまりゆっくりもしていられないと思い出す。亜空間に入れておけば、状態は永久に保たれる。臭いも漏れないし便利だ。
キメラの血で汚れた地を、他の魔獣が寄ってこないように魔法で浄化し、なかったものとする。そして、町に戻るべく歩き出した。
「あ~、お腹空いた。朝ごはんまだだったっけ」
まさに、コウヤにとってキメラ退治は朝飯前となっていたのだ。
◆ ◆ ◆
町に着いたのはそれから十分後。
空腹を感じてから、コウヤとしてはのんびりな速さで移動した。
キメラのいた場所は、町から直線距離で五キロほど離れているので、それだけで異常さが分かる。
コウヤの徒歩とは、飛んで跳ねて進むこと。本人としてはスキップだと認識していた。
だが、スキップでは通常一メートルも跳ばないし、平坦な地面ではなく、主に木の枝から枝に飛び移るので、普通ではない。意外と普通に走るよりも速いと思っている。
本人はいたって普通の散歩気分なのだが、町では浮かれた人と思われるわけにはいかないので、普段は気を付けていた。そのため、それが異常で、スキップではないことを指摘できる者は誰一人としていない。
「おはようございます。ご苦労様です」
町の外縁を守る、顔馴染みの門番に元気良く挨拶をする。
「ん? ああ、コウヤか。そういえば、休憩中に出て行くのを見たって他のやつが言ってたな。また仕事を押し付けられたのか?」
コウヤがギルド職員の制服を着ていることもあり、彼は数度の顔合わせですぐに覚えてくれた気のいいお兄さんだ。因みに二十代独身。
丁度コウヤがギルドで働き始めた頃にこの町の兵士になった人で、よく気にかけてくれる。町ですれ違うとお菓子をくれるなど、弟のように思ってくれているらしい。
コウヤが出て行く時は休憩中だったようで、違う人が眠そうに門に立っていた。彼は町であったエリアハイヒールの騒ぎや、その時ギルドにいた冒険者達を全員転がした騒動には気付いてはいないのだろう。
何より、ここは西門。特に人通りの少ない門だ。この先には特に強い魔獣や魔物の棲む森があるだけの、未開の地の方角なのだから。
「今回は仕事じゃないよ。俺が自分でね」
「そうか? コウヤはもうちょっと周りを頼るべきだぞ? あんなギルド、早く辞めちまえよ」
この町の人々は冒険者ギルドに良いイメージを持っていない。普通に見ても、十二歳の子どもが一日中、休みもなく働いていればおかしいと思うのは当然だ。
「でも、お仕事なくなっちゃうし」
「いつも言ってるだろ? お前は計算もできるし愛想も良いから、その辺の商家でもすぐに雇ってもらえるさ」
「そうかなあ……」
自分に何が向いているかなど、コウヤにはいまいち分からない。何より、文句を言いながらも続けているのはそれなりに理由がある。
「でも、ギルド職員ってカッコイイし、毎日の仕事は楽しいんだよ?」
「……コウヤがいいならいいが……」
釈然としない表情を向けられながら、コウヤはカードを提示して町へと入った。
門番はコウヤの無邪気な様子のせいで、わざわざこの西門から出入りするという理由を特に気に留めなかった。
本来ならば、冒険者でもAランク以上のパーティしか向かわない森のある方向だ。その森から出てきたところを見ていなかったため、他の人通りの多い門を避けてこっちに来たんだなというくらいにしか思わなかったようだ。
時折、この辺りの外壁沿いに出来る薬草を摘みに来るので、それだと思ったのだろう。不審に思われなくて良かった、とコウヤは胸を撫で下ろす。
「やっぱり似合わないのかな? 最近、辞めろってよく言われるなあ」
制服も気に入っており、普通に仕事は楽しい。そうでなければ、時間外労働になっていることに気付かず、黙々と仕事をしたりはしない。確かに疲れや待遇の不満はあるが、仕事自体は好きなのだ。
実際、コウヤの仕事振りはすごい。同じ十二歳の子どもは当然だが、十年勤務した職員も脱帽する働きぶりだ。ギルドマスターに褒められることがないので、自分ではすごいことだと認識していないだけだった。
計算は速いし、人の顔と名前は一度で覚える。一度読んだ文書はページ数まで覚えてしまうし、効率重視で、空き時間が出来ないほど、仕事の優先順位も正しく埋める。ただし、どうでもいいと判断したことはすぐに忘れるし、自分のことは二の次、三の次と後退していくので、それは問題だ。
この時、既に仕事のことが頭の大半を占めており、空腹のことなど忘れているのが良い例だった。
「ま、いいか。とりあえず、これで治療祭りは終了するし、昨日の書類整理の続きだ!」
気合いを入れて、辿り着いたギルドに入ると、全ての視線がコウヤへと集まった。
「あれぇ?」
その視線の種類は、いつもとは少々異質なものに感じられた。
「なんか、怖がられてる?」
一言で表すならば『不安』だろうか。
「コ、コウヤ……どこに……」
同僚である青年の職員が、恐る恐るといった様子で話し掛けてきた。そこで、そういえばと思い出す。
「あ、ペーパーナイフ! あのまま借りてっちゃったんだ。ごめんなさい。汚れて使い物にならなくなったから、俺のを使ってください」
コウヤが見事キメラを仕留めたペーパーナイフは、彼の物だった。といっても、ギルドの支給品だ。
早朝、いい加減治療のために呼び出されるのにうんざりしていたコウヤが、ある冒険者の傷を、明らかに喧嘩のものだろうと指摘したのが事のきっかけだった。『さっさと治せ』だの『ギルド職員なら俺らを優先して当然だ』などと言われ、面倒臭くなったコウヤは、ここで【エリアハイヒール】を使った。
そして、これで文句はないだろうと帰りかけたところで『こんなことができるなら最初からやれ』とか『これからはこうしないと、教会に売り飛ばすぞ』と迫られ、キレたのだ。
前世の見よう見まねで、いざという時のために練習していた柔道の技がここで咄嗟に出た。最初に綺麗に決まったのは巴投げだ。
室内で魔法を使うと危ないし、剣なんて抜いたら他にも怪我人が出る。職員としての意識があったため、完全に肉弾戦だった。そうして、全員をもう一度怪我人にしたところで、元を絶とうと考えた。もうキメラを倒すことしか頭になかった。
そして、ここを出る時、辛うじて立ち上がった冒険者の一人が、咄嗟に机の上にあったペーパーナイフを投げつけてきたのだ。それをそのまま持って行ったというわけだ。やはり、日頃から使っているために、フィットして良かった。思わずそれを剣代わりに使ってしまうほどに。
ペーパーナイフの主である青年は、首を横に振る。
「そ、そうじゃなくて」
「ん? 暴れたけど、ちゃんと椅子とか机とか備品は壊してないはずですよ? 何か壊れてました? それなら直しますよ?」
ギルド内にあるテーブルや椅子、壁などは、壊した者が弁償することになっている。普段から冒険者達はよく喧嘩して色々壊すので、それらをギルドが対処していては予算が足りない。
これは冒険者ギルドのルールだ。踏み倒そうなんて考えてはいけない。その場合は、しっかりと取り立てている。そして、直せる物であれば直すのがコウヤの仕事の一つだった。
「いや。備品は大丈夫だ。その、怪我は……ないみたいだな。今、本部から査察が来ていて」
「査察?」
そんな予定があっただろうかと脳内検索をかける。しかし、そんな予定は聞いていない。普段から上からの業務連絡はないが、査察が入って困るのはギルドマスターや上層部だ。彼らの勝手な予定でないのは確かだった。
「あ、だから皆さん、静かにしてるんですね。良かった。暴れちゃったから、怖がられたのかと思いました」
「……」
ギルド職員が冒険者達に怯えられてしまっては、仕事がやり辛くなる。同僚達も怖がっているのではなく、その査察のせいで少し青い顔をしているのだと、コウヤは一人納得する。
「査察って、仕事しない方がいいんですかね? でも、受付滞っちゃいますよね。そっか、だから皆さんもまだお仕事行けてないんですねっ」
「お、おう……」
この時間ならば、冒険者達が一番仕事を始めるのに集まってくる頃だ。だが、集まってはいても、一向に受付が進まないので、出発できないでいるのだろうと予想した。
「このままだと困りません? なんとか、受付だけでも回さないと。やっちゃダメなんですか?」
業務を完全に停止しなくてはならない査察なのかと同僚へ尋ねる。すると、奥から一人の見知らぬ職員がやってきた。
「受付などの表の業務はしてもらって構いませんよ」
同じギルドの制服。だが、襟元を見れば、それがギルドでも上の立場にある者だと分かる。本部のチーフクラスの職員だ。
「あ、ではすぐに受付業務を開始しますね!」
笑顔で応えて、コウヤは受付の窓口の一つに座った。
受付の担当の席に座った彼は至っていつも通りだ。
「さぁ、どうぞ。今日はとっても良い天気ですよ。薬草採取にも、討伐にももってこいです!」
からりとした朝の空気の中を移動して来て、嫌なことは全て忘れてしまえたのだから保証する。
コウヤが笑顔を振り撒けば、どこか緊張した様子だった冒険者達の肩の力が抜けた。そして、いつものように依頼書片手に向かってくる。
「そ、そうだな。これを頼む」
「はい。これは追加報酬もありますので、多少多くなっても大丈夫ですよ。お気を付けて」
「おう、行ってくるぜ」
一人見送ると、次々に冒険者達がやって来る。冒険者達はコウヤが強いことを知っている。逆らってはいけないレベルだということも。
知っている理由は、分かりやすい。ギルドの備品を壊した際、修理代を踏み倒していく冒険者達へきっちり取り立てに行くのがコウヤだからだ。
あとは喧嘩の仲裁や交渉事の助っ人など、荒事も笑顔で解決するのだから見た目に騙されてはいけない。生死の判断を誤らない冒険者だからこそ、コウヤの実力を本能で理解しているのだ。
今回、コウヤがキレて投げ飛ばした冒険者達は、他から流れてきた素行の悪い者達だったので、それを知らなかった。そんな彼らは実は今、ギルドの端と地下牢で震えている。査察官の指示によるものだが、コウヤはそれを知らない。
「東の街道からこちらの町に向かう途中に盗賊が出るそうなので、充分に気を付けてくださいね」
「マジか、他の道はないか?」
コウヤは日頃から多くの情報を収集している。その半分くらいはスキルの『世界管理者権限』によるもので、周囲約五十キロの情報がその場で収集できてしまう。
「急ぐんですか? お兄さん達のパーティなら実力的にも問題ないと思うんですけど」
「別口で届け物があってな……」
コウヤは困惑する冒険者の顔を確認して、オリジナルで作成した地図を取り出した。
「それなら、こっちからこう行ってください。この道はインクベアが出るんですけど、お兄さん達のパーティなら避けられますよね?」
インクベアは、緑色の熊だ。それほど凶暴ではないし、小さい。嫌がらせをするのが大好きな『悪戯好きなクマさん』で、泥や樹液などを手や足、体に付けて、近付いてきた人に塗りつけたり、投げつけたりするのだ。上手く逃げないと、物凄く汚れる。とはいえ、慣れた冒険者ならば、食べ物で気を引くなどして避けることは可能だ。
このパーティも、以前しっかりコツを掴んだと話していたので大丈夫だろう。
「なるほど。それなら行ける。サンキューな!」
「お気を付けて」
かなりの人が出て行った。コウヤは手が空いたところで受付を閉め、今度は依頼の整理にかかる。
依頼のオーダーボードには、様々な依頼が書かれた紙が貼り付けられている。一通り、撫でるように見つめると、今度は締め切り期限の近い依頼書を探し出す。
このギルドでは、病院のカルテ整理棚のように、依頼書の原紙を種類ごとにまとめ、壁に作られた棚に差し込んでいる。最初は穴を開けて紐で綴じる形で保管されていたため、見返したり、依頼が達成されたものをチェックしたりするのが大変だったのだ。そこを改善したのがコウヤだった。
お陰で格段に効率が良くなり、少人数でも何とか回せる状態になった。因みに、この棚を作ったのもコウヤだ。
コウヤはひょいひょいとそこから目的のものを抜き出し、作業用の机に持ってくると、内容を確認していく。
「あ、これってやっちゃダメなやつかな?」
表の業務は良いと言われたのだが、これは違うかもしれない。どうしようかと近くにいた査察官に尋ねることにする。彼らは隠密スキルでも持っているのか、意識を向けるまでとても気配が薄かった。
「あの、この作業なんですけど」
「っ、へ⁉」
声を掛けると、査察官はあからさまに驚いた顔をした。同じようにコウヤの同僚も、それまで意識に引っかからなかった査察官に気付いてびくりと体を震わせる。
「わ、私に気付くなんて……い、いえ、ごめんなさいね。期限切れのチェックね。大丈夫よ。ただ、処理したものは別に分かるようにしておいてもらえる?」
同僚達が青い顔をしていたのはこのためだ。気配を消してギルド内に散らばっている査察官達は、まず見つけられない。本部の中でも特に隠密スキルの高い者達なのだ。見つけられるのは、気配察知スキルが彼らの隠密スキルよりも高い場合と、レベルに格段に差がある場合のみ。
コウヤは両方だ。気配察知スキルは『世界管理者権限』に集約されており、レベルは、最上位の冒険者でもあり得ない300超え。よって、コウヤには本当に自然に、同僚達の邪魔にならないよう作業する査察官の姿が最初から見えていたのである。
「分かりました。なら、昨日までの完了記録の整理も大丈夫ですか? そっちも除けておきます」
達成された依頼は、依頼人への報告書を作成しなくてはならない。採取などの場合は、どうやって、どこで受け渡しをするかでも違う。ギルドから連絡して取りに来てもらう場合と、直接届けるものがあり、それの仕分けも仕事の一つだ。
「え、ええ……大丈夫だけど……あなたが一人でやるの?」
その女性の査察官は、近くにいるコウヤの同僚二人へとチラチラと目を向ける。二人とも受付にいるので、この作業が今できるのはコウヤだけだ。
「俺が一番早いみたいで。昼までには終わらせないと、配達に間に合わないですし」
「そ、そう? やっぱりおかしいわね……」
ボソリと呟いて思案顔をするその女性に、コウヤは首を傾げる。
「どうかしました?」
「っ、いいえ……仕事を続けてちょうだい」
「はい!」
元気良く返事をすると、気合いが入る。
けれど、笑顔だったのはここまでだ。高い集中力を発揮したコウヤは、猛然と書類をチェックしていく。期限切れのものは、依頼人へ納期の延長をするかどうかという伺いと、追加報酬額の案や代替案などを記す。
それらを終えると、次に依頼が完了したもののチェックだ。配達に回すものと完了であるとの手紙を用意するものに分けて、完了通知届けを先に作成していく。それを持って配達部署へ向かった。
配達の方は、それなりに梱包も必要だ。集められた依頼品を整理し、一つずつ届け先を確認して割り振っていく。
そして、ここにも査察官がいた。
「あの、配達は行っても大丈夫ですか?」
「っ⁉ うおっ、びっくりしたぁ。うん。一応、こっちで先に確認させてもらうけど」
「分かりました。なら、これ今日の配達分です。チェックお願いします」
「あ、ああ……昼過ぎまでに終わらせておくよ」
「ありがとうございます!」
なぜ自分に気付けたのだろうと査察官が首を捻る中、コウヤはこれならば今日の業務に問題なさそうだと安心して部署を出て行った。
表に戻ったコウヤは、そこで重要なことを思い出す。
「あっ、キメラのも下げなきゃ」
いそいそとオーダーボードに向かい、キメラ討伐の依頼書を回収する。それを見ていた冒険者の一人が声を掛けてきた。コウヤがギルドで働き始める前からの顔馴染みのおじさんだ。
「それ、どうすんだ? ランク指定上げるのか?」
今でもパーティAランク指定。それ以上になるとこの町には受けられる者がいなくなる。その場合は、合同パーティでの依頼となるだろう。
因みに、ランクは地球でのアルファベットが使われており、順番もあまり変わらない。これは、神であったコウヤだから知っていることだが、多くの世界がこれを採用している。順番は下からH、G、F、E、D、C、B、A。そして、その上に追加されて出来たのがSランク。これが最上ランクだ。
現在、現役ソロでのSランクはいない。記録を確認しても、歴史上認定されたのは五人ほど。今の時代に生きている元Sランクは、冒険者ギルドの統括をしているはずだ。
六人までの冒険者で登録されるパーティのランクは、全員の能力を総合して付けられるため、ソロでAランクの者が半数以上を占めていれば、Sランク認定される。ただし、Aランクになれる者がそもそも少ないため、現在も活動中のSランクパーティは世界に十もないのが現状だ。
それなのにSランクパーティへの依頼に切り替えるのか、という問いにコウヤは首を振った。
「いえ、もう倒したので」
「……は?」
ギルド内の音が消えた。
「ちょっ、コ、コウヤ、今なんて?」
全員の視線が集まる。今日はよく注目されるなと呑気に思いながら、コウヤは笑顔で答えた。
「今朝、俺キレたじゃないですか。その勢いで倒してきちゃったんです。あの辺にキメラは一体だけだったんで、違う子じゃないと思うんですけど?」
「んん⁉」
半数がよろめき、倒れた。残りは頭を振ってから遠い所を見ている。
「どうかしました? あ、喉の調子が悪いなら風邪の引き始めかもしれませんし、薬湯を淹れましょうか」
冒険者の体調を気にかけるのも仕事のうちだと思っているコウヤは、おじさんが止めようと手を伸ばすのにも気付かず、そのまま給湯室に駆け込み、すぐに薬湯を淹れて戻ってきた。
「はい、どうぞ」
「あ、ああ……ありがとう……落ち着いたよ……」
「良かったです。あっ」
「ど、どうした⁉」
周りの冒険者達も、今度は何だと顔を上げる。
「朝ごはん食べてませんでした……お腹空いた」
「そ、そうか……丁度昼飯時だし、おいちゃんとご飯に行くか?」
「いいんですか? 行きます! 休憩お願いしま~す!」
「……行ってらっしゃい」
いつもはコウヤが不在だと不安で渋る同僚も、反射的に了解してくれた。査察官がいることで上層部も出てこないようだし、食事の途中で戻れとも言われないだろう。何より、気の良いこのおじさんならば、きっと追い返してくれる。
嬉しそうに、先ほど外したキメラの討伐依頼書を、受付の自身の席に置いてくるコウヤの後ろでは、その冒険者のおじさんと査察官が話していた。
「詳しく聞いてくるんで」
「お願いします」
「おう、コウヤ、行くぞ」
「は~い!」
面倒見の良いおじさんについて、コウヤは様々な感情が籠った視線に見送られながらギルドを出て行った。
魔獣や魔物の『素材として使える部分』というのは、ギルド職員ならば一通り知っているべきことだ。仕事に誇りを持っているコウヤは、それらの知識も豊富だった。
コウヤが手を広げて前に突き出すと、空中に光で魔法陣が描かれた。キメラの血の出ている首元と腹にも、同じ紋様の魔法陣が出現する。すると、そこから血が吸い出され、目の前の魔法陣の前に玉となって集まってくる。
「血も薬に使えるし、冷凍保存」
ある程度の大きさのキューブにして凍らせ、固めたら、それを亜空間へ収納する。亜空間とは、この次元とはズレた空間のこと。特別に魔法で作り上げた小さな世界だ。ただし、生き物が生きられる環境ではなく、無生物を保管するための倉庫のようなものだった。
一般的な魔法師では、これはできない。魔法を極め、理解し、更にはそれに見合った多大な魔力を扱えなくては発現することのできない特別な魔法だった。
「あとは……ん?」
一瞬、キメラの遺骸を見て違和感を覚えて、動きを止める。
「なんだろう? まぁ、いいか。後の作業は暇になったらやろう。このまま収納!」
何か気になったが、あまりゆっくりもしていられないと思い出す。亜空間に入れておけば、状態は永久に保たれる。臭いも漏れないし便利だ。
キメラの血で汚れた地を、他の魔獣が寄ってこないように魔法で浄化し、なかったものとする。そして、町に戻るべく歩き出した。
「あ~、お腹空いた。朝ごはんまだだったっけ」
まさに、コウヤにとってキメラ退治は朝飯前となっていたのだ。
◆ ◆ ◆
町に着いたのはそれから十分後。
空腹を感じてから、コウヤとしてはのんびりな速さで移動した。
キメラのいた場所は、町から直線距離で五キロほど離れているので、それだけで異常さが分かる。
コウヤの徒歩とは、飛んで跳ねて進むこと。本人としてはスキップだと認識していた。
だが、スキップでは通常一メートルも跳ばないし、平坦な地面ではなく、主に木の枝から枝に飛び移るので、普通ではない。意外と普通に走るよりも速いと思っている。
本人はいたって普通の散歩気分なのだが、町では浮かれた人と思われるわけにはいかないので、普段は気を付けていた。そのため、それが異常で、スキップではないことを指摘できる者は誰一人としていない。
「おはようございます。ご苦労様です」
町の外縁を守る、顔馴染みの門番に元気良く挨拶をする。
「ん? ああ、コウヤか。そういえば、休憩中に出て行くのを見たって他のやつが言ってたな。また仕事を押し付けられたのか?」
コウヤがギルド職員の制服を着ていることもあり、彼は数度の顔合わせですぐに覚えてくれた気のいいお兄さんだ。因みに二十代独身。
丁度コウヤがギルドで働き始めた頃にこの町の兵士になった人で、よく気にかけてくれる。町ですれ違うとお菓子をくれるなど、弟のように思ってくれているらしい。
コウヤが出て行く時は休憩中だったようで、違う人が眠そうに門に立っていた。彼は町であったエリアハイヒールの騒ぎや、その時ギルドにいた冒険者達を全員転がした騒動には気付いてはいないのだろう。
何より、ここは西門。特に人通りの少ない門だ。この先には特に強い魔獣や魔物の棲む森があるだけの、未開の地の方角なのだから。
「今回は仕事じゃないよ。俺が自分でね」
「そうか? コウヤはもうちょっと周りを頼るべきだぞ? あんなギルド、早く辞めちまえよ」
この町の人々は冒険者ギルドに良いイメージを持っていない。普通に見ても、十二歳の子どもが一日中、休みもなく働いていればおかしいと思うのは当然だ。
「でも、お仕事なくなっちゃうし」
「いつも言ってるだろ? お前は計算もできるし愛想も良いから、その辺の商家でもすぐに雇ってもらえるさ」
「そうかなあ……」
自分に何が向いているかなど、コウヤにはいまいち分からない。何より、文句を言いながらも続けているのはそれなりに理由がある。
「でも、ギルド職員ってカッコイイし、毎日の仕事は楽しいんだよ?」
「……コウヤがいいならいいが……」
釈然としない表情を向けられながら、コウヤはカードを提示して町へと入った。
門番はコウヤの無邪気な様子のせいで、わざわざこの西門から出入りするという理由を特に気に留めなかった。
本来ならば、冒険者でもAランク以上のパーティしか向かわない森のある方向だ。その森から出てきたところを見ていなかったため、他の人通りの多い門を避けてこっちに来たんだなというくらいにしか思わなかったようだ。
時折、この辺りの外壁沿いに出来る薬草を摘みに来るので、それだと思ったのだろう。不審に思われなくて良かった、とコウヤは胸を撫で下ろす。
「やっぱり似合わないのかな? 最近、辞めろってよく言われるなあ」
制服も気に入っており、普通に仕事は楽しい。そうでなければ、時間外労働になっていることに気付かず、黙々と仕事をしたりはしない。確かに疲れや待遇の不満はあるが、仕事自体は好きなのだ。
実際、コウヤの仕事振りはすごい。同じ十二歳の子どもは当然だが、十年勤務した職員も脱帽する働きぶりだ。ギルドマスターに褒められることがないので、自分ではすごいことだと認識していないだけだった。
計算は速いし、人の顔と名前は一度で覚える。一度読んだ文書はページ数まで覚えてしまうし、効率重視で、空き時間が出来ないほど、仕事の優先順位も正しく埋める。ただし、どうでもいいと判断したことはすぐに忘れるし、自分のことは二の次、三の次と後退していくので、それは問題だ。
この時、既に仕事のことが頭の大半を占めており、空腹のことなど忘れているのが良い例だった。
「ま、いいか。とりあえず、これで治療祭りは終了するし、昨日の書類整理の続きだ!」
気合いを入れて、辿り着いたギルドに入ると、全ての視線がコウヤへと集まった。
「あれぇ?」
その視線の種類は、いつもとは少々異質なものに感じられた。
「なんか、怖がられてる?」
一言で表すならば『不安』だろうか。
「コ、コウヤ……どこに……」
同僚である青年の職員が、恐る恐るといった様子で話し掛けてきた。そこで、そういえばと思い出す。
「あ、ペーパーナイフ! あのまま借りてっちゃったんだ。ごめんなさい。汚れて使い物にならなくなったから、俺のを使ってください」
コウヤが見事キメラを仕留めたペーパーナイフは、彼の物だった。といっても、ギルドの支給品だ。
早朝、いい加減治療のために呼び出されるのにうんざりしていたコウヤが、ある冒険者の傷を、明らかに喧嘩のものだろうと指摘したのが事のきっかけだった。『さっさと治せ』だの『ギルド職員なら俺らを優先して当然だ』などと言われ、面倒臭くなったコウヤは、ここで【エリアハイヒール】を使った。
そして、これで文句はないだろうと帰りかけたところで『こんなことができるなら最初からやれ』とか『これからはこうしないと、教会に売り飛ばすぞ』と迫られ、キレたのだ。
前世の見よう見まねで、いざという時のために練習していた柔道の技がここで咄嗟に出た。最初に綺麗に決まったのは巴投げだ。
室内で魔法を使うと危ないし、剣なんて抜いたら他にも怪我人が出る。職員としての意識があったため、完全に肉弾戦だった。そうして、全員をもう一度怪我人にしたところで、元を絶とうと考えた。もうキメラを倒すことしか頭になかった。
そして、ここを出る時、辛うじて立ち上がった冒険者の一人が、咄嗟に机の上にあったペーパーナイフを投げつけてきたのだ。それをそのまま持って行ったというわけだ。やはり、日頃から使っているために、フィットして良かった。思わずそれを剣代わりに使ってしまうほどに。
ペーパーナイフの主である青年は、首を横に振る。
「そ、そうじゃなくて」
「ん? 暴れたけど、ちゃんと椅子とか机とか備品は壊してないはずですよ? 何か壊れてました? それなら直しますよ?」
ギルド内にあるテーブルや椅子、壁などは、壊した者が弁償することになっている。普段から冒険者達はよく喧嘩して色々壊すので、それらをギルドが対処していては予算が足りない。
これは冒険者ギルドのルールだ。踏み倒そうなんて考えてはいけない。その場合は、しっかりと取り立てている。そして、直せる物であれば直すのがコウヤの仕事の一つだった。
「いや。備品は大丈夫だ。その、怪我は……ないみたいだな。今、本部から査察が来ていて」
「査察?」
そんな予定があっただろうかと脳内検索をかける。しかし、そんな予定は聞いていない。普段から上からの業務連絡はないが、査察が入って困るのはギルドマスターや上層部だ。彼らの勝手な予定でないのは確かだった。
「あ、だから皆さん、静かにしてるんですね。良かった。暴れちゃったから、怖がられたのかと思いました」
「……」
ギルド職員が冒険者達に怯えられてしまっては、仕事がやり辛くなる。同僚達も怖がっているのではなく、その査察のせいで少し青い顔をしているのだと、コウヤは一人納得する。
「査察って、仕事しない方がいいんですかね? でも、受付滞っちゃいますよね。そっか、だから皆さんもまだお仕事行けてないんですねっ」
「お、おう……」
この時間ならば、冒険者達が一番仕事を始めるのに集まってくる頃だ。だが、集まってはいても、一向に受付が進まないので、出発できないでいるのだろうと予想した。
「このままだと困りません? なんとか、受付だけでも回さないと。やっちゃダメなんですか?」
業務を完全に停止しなくてはならない査察なのかと同僚へ尋ねる。すると、奥から一人の見知らぬ職員がやってきた。
「受付などの表の業務はしてもらって構いませんよ」
同じギルドの制服。だが、襟元を見れば、それがギルドでも上の立場にある者だと分かる。本部のチーフクラスの職員だ。
「あ、ではすぐに受付業務を開始しますね!」
笑顔で応えて、コウヤは受付の窓口の一つに座った。
受付の担当の席に座った彼は至っていつも通りだ。
「さぁ、どうぞ。今日はとっても良い天気ですよ。薬草採取にも、討伐にももってこいです!」
からりとした朝の空気の中を移動して来て、嫌なことは全て忘れてしまえたのだから保証する。
コウヤが笑顔を振り撒けば、どこか緊張した様子だった冒険者達の肩の力が抜けた。そして、いつものように依頼書片手に向かってくる。
「そ、そうだな。これを頼む」
「はい。これは追加報酬もありますので、多少多くなっても大丈夫ですよ。お気を付けて」
「おう、行ってくるぜ」
一人見送ると、次々に冒険者達がやって来る。冒険者達はコウヤが強いことを知っている。逆らってはいけないレベルだということも。
知っている理由は、分かりやすい。ギルドの備品を壊した際、修理代を踏み倒していく冒険者達へきっちり取り立てに行くのがコウヤだからだ。
あとは喧嘩の仲裁や交渉事の助っ人など、荒事も笑顔で解決するのだから見た目に騙されてはいけない。生死の判断を誤らない冒険者だからこそ、コウヤの実力を本能で理解しているのだ。
今回、コウヤがキレて投げ飛ばした冒険者達は、他から流れてきた素行の悪い者達だったので、それを知らなかった。そんな彼らは実は今、ギルドの端と地下牢で震えている。査察官の指示によるものだが、コウヤはそれを知らない。
「東の街道からこちらの町に向かう途中に盗賊が出るそうなので、充分に気を付けてくださいね」
「マジか、他の道はないか?」
コウヤは日頃から多くの情報を収集している。その半分くらいはスキルの『世界管理者権限』によるもので、周囲約五十キロの情報がその場で収集できてしまう。
「急ぐんですか? お兄さん達のパーティなら実力的にも問題ないと思うんですけど」
「別口で届け物があってな……」
コウヤは困惑する冒険者の顔を確認して、オリジナルで作成した地図を取り出した。
「それなら、こっちからこう行ってください。この道はインクベアが出るんですけど、お兄さん達のパーティなら避けられますよね?」
インクベアは、緑色の熊だ。それほど凶暴ではないし、小さい。嫌がらせをするのが大好きな『悪戯好きなクマさん』で、泥や樹液などを手や足、体に付けて、近付いてきた人に塗りつけたり、投げつけたりするのだ。上手く逃げないと、物凄く汚れる。とはいえ、慣れた冒険者ならば、食べ物で気を引くなどして避けることは可能だ。
このパーティも、以前しっかりコツを掴んだと話していたので大丈夫だろう。
「なるほど。それなら行ける。サンキューな!」
「お気を付けて」
かなりの人が出て行った。コウヤは手が空いたところで受付を閉め、今度は依頼の整理にかかる。
依頼のオーダーボードには、様々な依頼が書かれた紙が貼り付けられている。一通り、撫でるように見つめると、今度は締め切り期限の近い依頼書を探し出す。
このギルドでは、病院のカルテ整理棚のように、依頼書の原紙を種類ごとにまとめ、壁に作られた棚に差し込んでいる。最初は穴を開けて紐で綴じる形で保管されていたため、見返したり、依頼が達成されたものをチェックしたりするのが大変だったのだ。そこを改善したのがコウヤだった。
お陰で格段に効率が良くなり、少人数でも何とか回せる状態になった。因みに、この棚を作ったのもコウヤだ。
コウヤはひょいひょいとそこから目的のものを抜き出し、作業用の机に持ってくると、内容を確認していく。
「あ、これってやっちゃダメなやつかな?」
表の業務は良いと言われたのだが、これは違うかもしれない。どうしようかと近くにいた査察官に尋ねることにする。彼らは隠密スキルでも持っているのか、意識を向けるまでとても気配が薄かった。
「あの、この作業なんですけど」
「っ、へ⁉」
声を掛けると、査察官はあからさまに驚いた顔をした。同じようにコウヤの同僚も、それまで意識に引っかからなかった査察官に気付いてびくりと体を震わせる。
「わ、私に気付くなんて……い、いえ、ごめんなさいね。期限切れのチェックね。大丈夫よ。ただ、処理したものは別に分かるようにしておいてもらえる?」
同僚達が青い顔をしていたのはこのためだ。気配を消してギルド内に散らばっている査察官達は、まず見つけられない。本部の中でも特に隠密スキルの高い者達なのだ。見つけられるのは、気配察知スキルが彼らの隠密スキルよりも高い場合と、レベルに格段に差がある場合のみ。
コウヤは両方だ。気配察知スキルは『世界管理者権限』に集約されており、レベルは、最上位の冒険者でもあり得ない300超え。よって、コウヤには本当に自然に、同僚達の邪魔にならないよう作業する査察官の姿が最初から見えていたのである。
「分かりました。なら、昨日までの完了記録の整理も大丈夫ですか? そっちも除けておきます」
達成された依頼は、依頼人への報告書を作成しなくてはならない。採取などの場合は、どうやって、どこで受け渡しをするかでも違う。ギルドから連絡して取りに来てもらう場合と、直接届けるものがあり、それの仕分けも仕事の一つだ。
「え、ええ……大丈夫だけど……あなたが一人でやるの?」
その女性の査察官は、近くにいるコウヤの同僚二人へとチラチラと目を向ける。二人とも受付にいるので、この作業が今できるのはコウヤだけだ。
「俺が一番早いみたいで。昼までには終わらせないと、配達に間に合わないですし」
「そ、そう? やっぱりおかしいわね……」
ボソリと呟いて思案顔をするその女性に、コウヤは首を傾げる。
「どうかしました?」
「っ、いいえ……仕事を続けてちょうだい」
「はい!」
元気良く返事をすると、気合いが入る。
けれど、笑顔だったのはここまでだ。高い集中力を発揮したコウヤは、猛然と書類をチェックしていく。期限切れのものは、依頼人へ納期の延長をするかどうかという伺いと、追加報酬額の案や代替案などを記す。
それらを終えると、次に依頼が完了したもののチェックだ。配達に回すものと完了であるとの手紙を用意するものに分けて、完了通知届けを先に作成していく。それを持って配達部署へ向かった。
配達の方は、それなりに梱包も必要だ。集められた依頼品を整理し、一つずつ届け先を確認して割り振っていく。
そして、ここにも査察官がいた。
「あの、配達は行っても大丈夫ですか?」
「っ⁉ うおっ、びっくりしたぁ。うん。一応、こっちで先に確認させてもらうけど」
「分かりました。なら、これ今日の配達分です。チェックお願いします」
「あ、ああ……昼過ぎまでに終わらせておくよ」
「ありがとうございます!」
なぜ自分に気付けたのだろうと査察官が首を捻る中、コウヤはこれならば今日の業務に問題なさそうだと安心して部署を出て行った。
表に戻ったコウヤは、そこで重要なことを思い出す。
「あっ、キメラのも下げなきゃ」
いそいそとオーダーボードに向かい、キメラ討伐の依頼書を回収する。それを見ていた冒険者の一人が声を掛けてきた。コウヤがギルドで働き始める前からの顔馴染みのおじさんだ。
「それ、どうすんだ? ランク指定上げるのか?」
今でもパーティAランク指定。それ以上になるとこの町には受けられる者がいなくなる。その場合は、合同パーティでの依頼となるだろう。
因みに、ランクは地球でのアルファベットが使われており、順番もあまり変わらない。これは、神であったコウヤだから知っていることだが、多くの世界がこれを採用している。順番は下からH、G、F、E、D、C、B、A。そして、その上に追加されて出来たのがSランク。これが最上ランクだ。
現在、現役ソロでのSランクはいない。記録を確認しても、歴史上認定されたのは五人ほど。今の時代に生きている元Sランクは、冒険者ギルドの統括をしているはずだ。
六人までの冒険者で登録されるパーティのランクは、全員の能力を総合して付けられるため、ソロでAランクの者が半数以上を占めていれば、Sランク認定される。ただし、Aランクになれる者がそもそも少ないため、現在も活動中のSランクパーティは世界に十もないのが現状だ。
それなのにSランクパーティへの依頼に切り替えるのか、という問いにコウヤは首を振った。
「いえ、もう倒したので」
「……は?」
ギルド内の音が消えた。
「ちょっ、コ、コウヤ、今なんて?」
全員の視線が集まる。今日はよく注目されるなと呑気に思いながら、コウヤは笑顔で答えた。
「今朝、俺キレたじゃないですか。その勢いで倒してきちゃったんです。あの辺にキメラは一体だけだったんで、違う子じゃないと思うんですけど?」
「んん⁉」
半数がよろめき、倒れた。残りは頭を振ってから遠い所を見ている。
「どうかしました? あ、喉の調子が悪いなら風邪の引き始めかもしれませんし、薬湯を淹れましょうか」
冒険者の体調を気にかけるのも仕事のうちだと思っているコウヤは、おじさんが止めようと手を伸ばすのにも気付かず、そのまま給湯室に駆け込み、すぐに薬湯を淹れて戻ってきた。
「はい、どうぞ」
「あ、ああ……ありがとう……落ち着いたよ……」
「良かったです。あっ」
「ど、どうした⁉」
周りの冒険者達も、今度は何だと顔を上げる。
「朝ごはん食べてませんでした……お腹空いた」
「そ、そうか……丁度昼飯時だし、おいちゃんとご飯に行くか?」
「いいんですか? 行きます! 休憩お願いしま~す!」
「……行ってらっしゃい」
いつもはコウヤが不在だと不安で渋る同僚も、反射的に了解してくれた。査察官がいることで上層部も出てこないようだし、食事の途中で戻れとも言われないだろう。何より、気の良いこのおじさんならば、きっと追い返してくれる。
嬉しそうに、先ほど外したキメラの討伐依頼書を、受付の自身の席に置いてくるコウヤの後ろでは、その冒険者のおじさんと査察官が話していた。
「詳しく聞いてくるんで」
「お願いします」
「おう、コウヤ、行くぞ」
「は~い!」
面倒見の良いおじさんについて、コウヤは様々な感情が籠った視線に見送られながらギルドを出て行った。
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