元邪神って本当ですか!? 万能ギルド職員の業務日誌

紫南

文字の大きさ
上 下
214 / 475
第八章 学校と研修

319 緊張感ないなあ

しおりを挟む
コウヤは冒険者達が迷宮の入り口まで到達する気配を感じてタリスに声をかけて飛び立った。

「マスター。そろそろみたいなので行って来ます」

今回は集団暴走スタンピードの研修のようなもののつもりで集まっている。

この百年ほどは、トルヴァラン国内でも数年に一度はどこかしらの迷宮で集団暴走スタンピードは起きていた。

しかし、それでも万全に対処できる場合は少ない。コウヤ達がベルセンでやったように、作戦を立てて対処するというところまでは中々出来ないのが現状だ。

E、Fランクのものならば、町の冒険者が総出で事に当たれば問題なく終わる。Dランク以下は、放出される時間も回数も少ないので、被害もそれほど出ないのだ。

町からその迷宮が遠い場合などは『ちょっといつもより獲物が多いな』との感想を持つくらいの小規模なもので終わる。後になって迷宮の集団暴走スタンピードだったと発覚して終わることもあった。

対処できなくなるのがCランクから。そもそも、それが分かっているため、Cランク以上の迷宮は氾濫を起こさないように近くのギルドで依頼数を調整する。

冒険者が定期的に一定数出入りしていれば、まず現状維持で保たれるのだから。

だが、稀に精霊達の鬱憤うっぷんが溜まりすぎるとそれらに関係なく集団暴走スタンピードは起こる。

その時にどういった行動をしなくてはならないのか。知っていても、実際にやってみないとスムーズに行かないことは多い。

よって今回、その実際のところを分かりやすく知る良い機会なのだ。

「すごい。きっちり掃討しながら進んでる……あ、でもCランクくらいなら、ユースールの人たちにはちょっと物足りないのかな……」

なぜか、氾濫したのが一番早かったBランクの迷宮が沈黙したのだ。数分毎にいくつかのCランクの迷宮は集団暴走スタンピードを起こしていったので、いつBランクの迷宮も動くかと警戒していたのだが、兆候は見られない。

今回の迷宮に向かっての討伐マラソンは、リクトルスの提案だったらしい。

仮にBランクの迷宮が集団暴走スタンピードを起こしたところで、対処できる要員を連れてきていたというのもある。

「リクト兄が鍛えてるんだもんな~」

最初はお気に入りを中心にだったが、リクトルスによりユースールの冒険者や兵士達は鍛えられた。

ベルセンで起きたあの集団暴走スタンピードの規模のものが来たとしても、余裕を持って彼らだけで対処できるくらいになっている。

恐らく、それだけの実力が付いていることに本人たちは気付いていない。

リクトルス達の居る場所の上空にたどり着いたコウヤは、下を見て首を傾げた。

「何してるんだろう……」

冒険者達が迷宮の出入り口に張り付いて、まるで出待ち状態のようにソワソワしている。

「ん? え、ん? 石?」

迷宮内を覗き込んでいた冒険者達が、来たと目を輝かせた。そして、一斉に手にしている石が投げ込まれる。

「……」

当たった者が嬉しそうにアピールし、周りが悔しそうにしながらも騒ぐ。

「……的当てゲーム? そういえば、投擲がどうのって聞こえてたっけ……」

リクトルスの声は、森いっぱいに広がった冒険者達に聞こえるよう拡声されていた。冒険者達の声は横に伝播していっただけなのであまり聴こえてこなかったが、リクトルスが投擲スキルについて話していたのは微かにコウヤには聴こえていた。

「……緊張感ないな……まあ、訓練のつもりだしね」

コウヤが冒険者を呼ぶように指示しなければ、先程の放出で町は半分くらい削られていただろう。そして、次には耐えられない。

そこを訓練場として使って助かるのだから、良い事だ。

「う~ん。これであらかた一度目が終了かな。だいたい二十分ってところか」

時間も程々だ。三十分も間の休息が取れれば、これくらいの規模のものならばユースール組は遊びの範囲内とするだろう。

説明するのにも問題はない。

コウヤが降り立つと、投擲に夢中になっていたユースール組を後ろから見ていた冒険者達が呆然としたままコウヤへ視線を向ける。

「え……可愛い……」
「ん?」
「女神さま……っ」
「んん?」

薄暗いからなのか、ありえない戦いに頭が麻痺しているのか。謎の言葉が聞こえてくる。

それらに首を傾げていると、また『可愛いっ』とか聞こえてきたが気にしない。ユースール組が声をかけてきた。

「お、コウヤ。一回目、終わったぞ」
「めっちゃ楽しかった」
「なあ、終わったらで良いから、飯頼むな」
「あ、屋台部隊出るか?」

元気だ。本当に余裕そうで、コウヤも嬉しくなった。

「ふふ。先ずは回数とか確認してからですよ。ほら。皆さんも実際に見るのは初めての方が多いでしょう?」

そう言って、コウヤは迷宮の扉の側面に回る。そして、そこに現れた石板の映像を、現在開け放たれている全ての迷宮の扉の前に映し出した。そこには、冒険者達が集まっている。

コウヤは拡声の魔法もかけて説明を始めた。

「それでは、説明を始めます。ご覧になっているこれが氾濫が起きると迷宮の側面に現れる【予告板】です。それぞれの迷宮で確認してみてください」

ここで少し時間を取る。

この場の冒険者達も実物を確認する。

「へえ、なんか訳わからん模様もあるな」
「確かに、これは普段見ないよな」
「いつ出てくるんだ?」
「氾濫が起きた時だろ?」
「だから、氾濫ってなる時っていつだよ」
「ああん? そんなもん、知るか!」
「だから聞いてんだろが!」

活気盛んなのは良い事だと、コウヤはニコニコしながらこれらを眺めている。コウヤはこういった場合、助けに入らない。それを分かっているユースール組は、大規模にならないように当事者達を少し除けることにしている。

「おい。こいつらそっちにやれ」
「ほ~い。あ、あんま遠くはダメだぞ」
「魔法師で遮音系のスキル上げたいやつは?」
「はいはい! やりまーす!」
「あ、俺記録やるから中入れて」
「はいよ」

こうしてコウヤが冒険者達の自主性に任せた所、上手く回るようになった。記録係まで付けるようになったのは、ギルドに問題があったからだ。後に問題になった時の証拠として確認出来るようにするという考えは、コウヤに迷惑をかけないために出来た対処法だった。

これを見て、リクトルスは苦笑する。

「知ってはいましたが……コウヤくんの影響力……教育成果はすごいですね……」
「え? 俺? 特に何もしてないよ?」
「そうですよね……自覚なしですよね……」

コウヤ的には、本当に何もしなかっただけだ。喧嘩も時には必要だし、周りを巻き込まなければ良いと思っている。戦争はダメだが決闘は良いという認識だ。

譲れないものは冒険者なら特にあっても良い。それが冒険者ギルド職員として感じたことだった。

「はあ……そろそろ確認終わったんじゃありませんか?」
「あ、そうだね」

リクトルスに促されて、コウヤはまた拡声の魔法で説明を始める。

「次に確認していただくのは……」
「あ、待ってください。コウヤくんは説明だけでいいです」
「ん?」

なぜかリクトルスから待ったが入った。どうやら、映像や拡声の魔法をやってくれるらしい。

そして、リクトルスに切り替えた途端、全ての迷宮の前で歓声が上がった。

「おおっ。コウヤも映ってる!」
「やっぱり可愛い!」
「今日は一段と良くないか? 久しぶりだからか?」
「……ん?」

見上げる先で見える映像は二枚。その一枚はコウヤも映っていた。きちんと石板も映り込むアングルだ。その隣に増えた映像は、石板のアップ。

「えっと……」
「これでいいですね。さあ、始めてください」
「あ、はい……」

目の前にいるリクトルスが実物と映像をしきりに眺めてから、満足げに頷いていた。

なんだか授業参観か発表会に来た保護者のようだと感じながら、コウヤは石板の説明を再開した。

**********
読んでくださりありがとうございます◎
三日空きます。
よろしくお願いします◎
しおりを挟む
感想 2,775

あなたにおすすめの小説

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―

Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜+おまけSS

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! アルファポリス恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 連載希望のコメントをいただきましたので、 連載に向け準備中です。 *他サイトでも公開中 なろう日間総合ランキング2位に入りました!

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。

重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。 あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。 よくある聖女追放ものです。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。