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第八章 学校と研修

307 少し潔癖過ぎる

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見上げられるその瞳を見たコウヤは、おやと思った。

「もしかして、魔眼ですか?」
「っ……はい。纏った光で、その人の人となりが分かる……ようです……」

それを聞いて、コウヤの目が優しく緩んだ。

「あなたはその力ときちんと向き合えたんですね」
「向き合えて……いるのでしょうか……」

コウヤは不安そうに瞳を揺らす青年の頭を撫でていた。ずっと辛かっただろう。これまでを思って大丈夫だと微笑んだ。

「ええ。あなたを取り巻く色は、暖かな夕陽の色です。迷ってもきちんと答えを出して人として正しい方へと、自制しながらも進んできた人の色ですよ」
「ッ、見えるのですか……っ」
「見ようと思えば」

それを聞いて、ブランナの目は涙で潤んだ。

これはスキルではなく、能力だ。本来ならば【可視化魔眼】とステータスに出るが、コウヤは世界を把握する力として、世界管理者権限の中に含まれてしまっている。

この【可視化魔眼】の内容は様々で、ブランナのようにその人の内面が色として見える場合や、扱える魔力属性や魔力量が色や光具合で分かったりする場合もある。

これは後天的に発現するもので、能力の適性を持っていても条件が満たされないと発現しない。

ほとんどの場合はまだ幼い子どもの頃に出てくるもので、発現するまではステータスにも表れなかった。

魔眼は育てるのが難しく、更にはその能力に目をつけて利用しようとする者がいるため、あまり良い能力とは思われていない。

本来、他の人には見えないものが見えるのだ。側に居ても、同じ景色が見えないというのは、辛いものがある。決して分かち合えないのだから、心も病んでいく。そんな事情もあり、魔眼持ちはあまり長く生きないとも言われていた。

だからこそ、ブランナは涙を流す。堪えきれなくなった感情が溢れ出していた。両膝を突き、彼は涙を恥ずかしそうに腕で拭う。けれど、止められないようだ。

「も、申し訳っ、ありませっ……っ」

ずっと我慢してきたのだろうと感じられた。コウヤは見ていられなくてそっと彼の頭を抱き込む。

「良いんですよ。ちゃんと吐き出してください。咎めたりしませんから」

制御できない魔眼に振り回され、早々に気が触れる者もいる。特に、ブランナのように感情が見えてしまう者は、外面と内面の差を見せつけられて混乱し、臆病になる。

嗚咽を零しながらも、ブランナは伝えようとしていた。

「こわ、怖かったのですっ……っ、聖騎士になって、外にっ……外に出てっ……何が本当なのかっ……分からなくてっ……っ」

彼が自分を見失わずにいられたのは、ただ単に環境が特殊だったからだ。幼い頃からひと処に留め、洗脳紛いの教育を受けてきたため、周りの子ども達は感情が希薄で、ほとんど本心を偽ることもなかった。だから、それが内面を映しているのだとわかっても、混乱することはなかったのだ。

辛くなったのは外に出てからだ。あの国の司教達は貴族並みに本心を隠し、野心を持つ。ブランナは、誰を信じたら良いのか分からなくなっていった。けれど、明らかに自分しか見えないこの能力を明かせば、どうなるかも分からなかった。

「同じっ……同じ能力を持つ者がっ……居ると、教会で聞いたことがっ……なくてっ……っ、知られたら、どうなるかと……っ」

教会で今のステータスを確認されなかったのは何よりの幸運だった。教会に入る時にはステータスをきちんと調べられるのだが、その後に発現したのだろう。

隠そうと必死になった結果、隠蔽のスキルも運良く手に入れ、それによって魔眼を隠すことができた。魔眼と隠蔽のスキルを隠してしまえば、最初の登録時のステータスと変わらないため、特に目をつけられることもなくいられたのだ。

けれど、どれだけ情報を集めても同じような能力の者が居ると聞いたことはなく、これが神に反く力だと言われたらと怯えて過ごしてきたようだ。

彼はずっとおかしいと思われないように装う必要があった。そうして能力に呑まれないように、必死に争い続けてきたのだろう。並の精神力ではない。それは誇るべきだ。

よしよしと抱きしめながら頭を撫でる。そうして、言い聞かせるように告げた。

「よく耐えましたね。もう心配しなくていいですよ。これから、きちんとその能力を制御できるようにしましょう」
「っ、せい……ぎょ……っ」
「ええ。今度は見えなくなることに不安になるでしょう。間違いなく、その力はあなたの一部になっているんです」

見えなければ良いのにと思った事は一度や二度ではないだろう。受け入れようと努力し、向き合ってきたブランナも、ふとすると考えたはずだ。

「あなたはきちんと向き合えている。だから、今度は受け入れましょう。そのお手伝いをさせてください」

身じろいだブランナから、少し身を離した。恐る恐る顔を上げる彼と目が合う。

「なぜ……」

なぜ、そこまでしてくれようとするのかとその目は語っていた。だから、コウヤは答えを口にする。

「魔眼は、あなたの魂が強く望んだものです。その願いを聞き、適性を判断して授けられる」
「……」

呆然とブランナはコウヤの言葉を聞いていた。彼はきっとコウヤの正体に気付いている。

「人の可能性を信じたいんです。あなたは決して、特別を望んだわけではない……その力で誰かの役に立ちたいと願ていた。孤独を厭わず、賛同を得られなくても目を逸らさずに前を向くと誓って」
「……っ」
「今のあなたは知らないでしょう。魔眼を持って生まれた者たちが、その誓いを覚えてはいません。だから、理不尽だと思うこともある。それでも、発現する条件はかつてと同じ想いを抱くこと。その力を望んだ時の想いと同じものを……思い出せますか?」
「発現した……時の……」

ブランナは落ち着いて記憶を探るように目を伏せた。そして思い出したと顔を上げる。

「……守りたいと……願いました。悪意を向けられていると気付いて……救ってくれたあの方の……ファムリア様の騎士になりたかった」
「そう……ありがとうございます。今の騎士となったあなたを見たら、母も喜ぶでしょう。なら、息子としても、お手伝いしなくては怒られてしまいますね」
「っ……」

ふわりと嬉しそうに笑うコウヤ。本心をそのまま映した笑みに、ブランナは見惚れた。

「っ……あなたの心はいつでも美しい……あの日、顕現されたあなたを見て心を打たれました。神はこんなにも美しい存在なのだと……邪神などとっ……そんなはずがない……っ、こんなにも清廉な色を纏うあなたが……っ」

やはり察していたようだと分かり、コウヤはクスリと笑った。

「嘘を嫌うあなたに、そこまで言われると照れますね」

神はまず嘘をかない。言わない、言えない、はぐらかすことはあるが、偽る事はない。それが自然なことだった。だが、それが人には難しい。

とはいえ、人にとっては嘘を吐くことも自然なこと。コウヤ達神もそれを完全に否定したりはしない。嘘も方便。時に人の心を救う優しい嘘もあるのだから。

「けど、少し潔癖過ぎるかもしれませんね」
「……っ」
「責めていませんよ。ただ、全てにおいて清廉であれと人に望むのはやり過ぎです。あなたの見える世界に惑わされるのは良くない。これ以上、生き難くはなりたくないでしょう?」

コウヤは冗談のように告げる。これにより、一瞬強張ったブランナもまた落ち着きを取り戻す。

「ふふ。少しハメを外すことも覚えた方が良さそうですね」

これにルディエも賛同する。

「真面目過ぎる騎士なんて、鬱陶しいし」
「それを考えると近衛の人たちって、バランス良いよね」
「最近は特にハメを外すのは上手くなったかも。というか、脳筋気味」
「それは元々あっただよ。まあ、先頭がアルキス様だしね」
「あの人はもう少し王族っぽくなっても良いと思う」
「「「確かに」」」

ばば様達が賛同した。サーナとジザルスも頷いている。

こんな会話に、目を瞬かせるブランナ。最後に残っていた緊張感も消えたようだ。

「そういうことなので、しばらくここで暮らしてみてください。あなたの居た教会とは少し……いえ、大分? かなり? 違うと思いますけど」
「は、はい……」

コウヤと一緒には居られないようだと察して、ブランナは分かりやすく肩を落とした。しかし、コウヤは彼の想いを無下にするつもりはない。

「慣れたら、俺の護衛に加わってくれますか? 要らないと言うのが難しい立場になってしまいましたから、あなたのお申し出は有り難いです。ただ、今のままでは辛い思いをすることになるでしょう。だから、その魔眼と上手に付き合えるようになってください。大丈夫。ここにはあなたと同じ魔眼を持った人も居ますからね」
「っ……はい。はいっ、精進します。そして、必ずお側に参ります!」
「ええ。待っていますね」
「はい!」

そうなると、誰に任せようかなとコウヤは少し考え、決めた。

「ルーくん、マウラさんに付いてもらっていいかな」
「うん。アレもそいつと同じ出だし、魔眼持ちだから適任だと思う。面倒見も良い方」
「なら、お願いするよ」

マウラを呼ぼうとした所で扉の外から声が響いた。

『失礼します。マウラです』
「入りな」

ベニが許可を出すと、扉を少し開いてマウラが入ってきた。魔眼の影響もあり、昔から前髪を少し伸ばしがちらしい。オッドアイという事情もあり、気味悪がられないようにと、左側は完全に前髪で隠してしまっている。だが、決して下を向くようなことはしない。

「お呼びかと」

これにルディエが答える。

「そいつの教育を頼む。訓練にも参加させろ。兄さんの護衛候補だ」
「承知しました。マウラです。まずは施設の案内をしましょう。コウヤ様、失礼いたします」
「うん。お願いね」
「はい」
「ブランナ。無理はしないように」
「っ、はい!」

そうして、ブランナはマウラについて部屋を出て行った。それを見送ってすぐ、ベニが口を開く。

「さてと……残ったお嬢ちゃんはどうしようかねえ」
「っ、ご、拷問とか……ですか……?」

視線が集まったことで、リスティアンは身を縮こませる。守ってくれるはずだった騎士が居なくなったのは心細いだろう。主人替えまで目の前でされたのだから。ただ、相手がコウヤならば仕方ないとリスティアンも納得したので、恨んだりはしていないようだ。

「人聞きが悪いねえ」
「拷問なんぞせんでも喋らせられるわ」
「どれだけ面白い情報を持っているだろうねえ」
「「「楽しみだわ」」」
「ひっ……」

これは、既にかなり楽しんでいる。ばば様達に任せれば問題はないなとルディエ達と顔を合わせて頷き合った。

もうリスティアンの存在は半ば忘れ、ルディエが側に寄ってくる。

「そういえば、テンキが人化出来るようになったって、ユースールで騒ぎになってたよ?」
「え?」

それは騒ぎになるなと瞠目し、コウヤは急いで帰ることにしたのだ。

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読んでくださりありがとうございます◎
三日空きます。
よろしくお願いします◎
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