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第八章 学校と研修
297 呼び方ですか?
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その日の夕食時。
コウヤを含めた王族が揃っていた。
「コウヤ。教師達とはどうだった?」
正面に座ったジルファスが嬉しそうに話しかける。息子に今日の出来事を聞けるというのを、ジルファスは内心、感動しながら受け入れていた。
コウヤはそれを察して、ニコリと笑う。
「とても良い先生方で、楽しいお茶会でした。それぞれの分野を、本当にお好きなのが伝わってきて、何より勤勉でいらっしゃる」
聞いていたアビリス王は目を丸くしていた。
「あの曲者揃いの教師達と、きちんと会話ができたのか……」
「最初は少し、顔には出されませんでしたが、不満そうではありましたね。頑固な所があるのは、年齢的にもおかしくはありませんし。それでも教師ですね。最後は認めてくださったようです」
「……もっと手こずると思っていたんだがな……」
ジルファスも同意見だったらしく、頷いていた。しかし、アルキスはそれを笑い飛ばす。
「あのテルザをただのジジイにしたコウヤだぜ? 軽ーく捻って転がせるに決まってんじゃねえか」
「アルキス様。もう少し言葉は選んでください」
「あ、悪い」
コウヤやジルファス達だけならば良いが、ここにはリルファムも居るのだから。
「でも、コウヤ君はすごいと思ったよ」
シンリームが今日の出来事を思い出すように視線を宙に投げる。
「今まで、もっと厳格で冷たいイメージしかなかったから、今日のお茶会も少し心配だったんだ。会話なんて続くかなって」
「わたしも、先生はもっとこわい人だとおもってました」
リルファムはまだあの教師達がついたばかり。少し怖かったようだ。教師として、教えるべきことだけを話していたのだろう。そういう印象になるのは仕方がない。
「そうですねえ。遊びが少ないのはあるのかもしれません。リル殿下やシン様に限った事ではなく、いつまでにここまでという明確な計画が立て難い。それでも、最低限ここまでは必ず教え込まなくてはならないというラインはあるのでしょう」
修めるべき範囲は決まっているが、それをいつまでにと決められない。
「最近は特に、不安かもしれません。いつまで教えられる子どもとしていて良いのか分かりませんからね。突然、当主に指名されたり、後継者候補が抜けたりするんですから。教師としてその時に『まだここまでしか教えていません』なんて言いたくないですからね」
「確かにそうねえ。それは教師達の矜持を傷付けかねないわ……」
ミラルファの言葉に、アビリス王達もハッとした。
「そういうことか……シンリームの場合も、リルファムも、いつまで王子でいられるか分からない。だから、詰め込んでいたと……」
「ええ。シン様の場合は、次期王に指名される可能性もありました。だから、せめて一日でも早く全てを修めてもらわなくてはならないと焦っていたのでしょう。カトレアさんも急かせたかもしれません」
「以前のあの子ならやるわね」
ジルファスと同じ土俵に上げるために、年齢の差を埋めるためにと、詰め込み続けていたのだろう。王族は特に、他の貴族よりも多くの知識が必要になるのだから。
「ジルファス様が次期王に指名されたことで、リル殿下相手にも、時間がないと焦っていたかもしれません」
二度目のリル殿下と聞きリルファムはムッとむくれた。それを不思議そうに見ながらイスリナが答える。
「そうかもしれないわ。難しくなったと言っていたものね」
「……わからないことはふえてきてました……」
リルファムもきちんと答えた。
「王都を見て確認したのですが、学校とか、学園はないのですか?」
コウヤは何度か王都へ来て、何かと見て回ったが、それらしい建物がない気がしていたのだ。
これに答えたのはミラルファだ。
「それよっ。教会に学校をって話があったじゃない? ケスティナ国には、『研究学舎』っていうのがあるのだけれど、それとも違うみたいで驚いたわ」
このヴァンリエルから西に二つ行った国がケスティナ国だ。そこは魔法師が多く、その魔法師達がそれぞれ国に役に立つ魔法の研究をするための学舎が『研究学舎』だ。
「あそこは、魔法師としてそれなりに実力を付けた人が研究のために集まるのよね。けど、聖魔教会で言われたのは、子ども達を中心に読み書きや、最初の基本的な知識を教えるための場所ってことだったわ」
それを聞いて、コウヤは確信を得た。学校という知識がないのだと。コウルリーヤとして世界を回っていた時はあった。だが、この時代にはないらしい。
それは、コウルリーヤが討たれたことで、神々が怒り、人を減らしたためだ。子ども達も労働力としなくてはならなくなり、学校に行かせる余裕がなかった。貴族達も、国を存続させるために駆け回り、子ども達の教育にまで手を回す余裕がなかったのだ。そして、学校というものが消えた。
「そうです。基本、基礎となることを教えるのが目的ですから。全員が同じスタートラインに立って、分かる子は分からない子に教えて、教師は複数人を相手に教えていきます」
「複数の子ども達を一人で見るってことかい?」
「ええ。もちろん、人によって理解する速さは違うと思います。その足りない所は個人で頑張るか、理解できた子どもに聞いたり、授業外に教師に尋ねたりして解決していくんです」
自分から人に尋ねる、関わるという経験は必要だろう。
「基本的に教えるのは同じ知識なのですし、それ以上を求めるならば、それこそ個々に教師を別で雇えば良いですよね。教師の方も、基本知識は学校の教師に任せていれば、自分の研究もできますし、その先を知りたいと穿った質問などされれば力も入るでしょう」
今日の教師達でも分かるように、彼らは未だに学ぶことに貪欲だ。そして、同じ景色を見える者を求めている。
普段との印象が違ったのは、教師達も基本的な所を教えることが楽しくないからだろう。だから淡々と教えることになる。それは、生徒達も楽しくはない。
「子ども達をひと所に集めてしまうということか……」
「はい。ゼフィルさんにお聞きしましたが、今回、仮の領主として赴任した人たち。次男以降の方々の中でも、知識量がバラバラらしいです。それこそ、教師をろくに付けてもらえなかった者もいるらしくて」
読み書きはできるし、簡単な計算もできるが、領をまとめるための知識は持っていないのが多いらしい。
「ですが、今回の事もあるように、もしかしたら、長男以外が後を継がなくてはならない場合も出ますよね。今までも事故などで仕方なくということもあったと思います。そこで、差が出ていると、困りませんか?」
「確かに……苦労したという者の話を聞いたことはあるな……」
血筋を重んじるのが貴族だ。次男以降にも、長男に何かあればお鉢は回ってくる。だが、それを想定せず、長男だけに教育に力を入れていた所は、知識が足りずに苦労することがあった。
「でも、学校という基礎を教えてくれる場所に、長男、次男関係なく、男女の別もなく子ども達全てを通わせたら、この問題はなくなると思いませんか? 補佐をするにも、知っているべきものはあります。女性でも、知っていて悪い知識はないです」
「女性も……」
これも珍しいのだろう。貴族の女性は多少の算学と神学、それと礼儀作法やダンスが主らしい。もちろん、礼儀作法とダンス以外はその家によって程度が違う。
「頭を使わないのはもったいないですよ。その知識を生かすかどうかは、その人次第ですし。男性によっては自分よりも聡い女性は嫌だとか思うかもしれませんが、そうでない方も居るでしょう。学ぶことを知れば市井などに興味を持ったり、それによって物の価値を知って、無駄遣いとかしなくなったりするかもしれませんね。市井では、ほとんどの女性が夫婦のお財布を握ってますし」
クスクス笑えば、外を知る大人たちは、なるほどと少し遠い目をしていた。
「女性は家を守るものと言いますけど、ある程度の知識がないとダメだと思いませんか? それこそ、聡い女性が正しく家を守ってくれますよ」
「それは確かにあるわ。漠然と『家を守る』って言われても、困るわよね。私の友人からも、そういう話が出るわ」
ミラルファとイスリナは頷き合う。『女は従順に』とか『黙っていればいい』とか言われるが、それだって考える力がなくてはダメだ。無知な着飾ることしか知らない女性は、空気の読めないバカになるしかない。それはそのまま嫁いだ家の不利だ。
「あとはそうですね……ミラ様やイスリナ様は未来の王妃として、最初から多くを学ばれたと思います。それを全ての女性達に適応したら、シン様も恋愛結婚ができるかもしれません」
「え、私!?」
「アルキス様だって、それなりに学のある女性をと思っておいでだったでしょう?」
「っ、なんで知ってる!?」
「え? アルキス様言いましたよ。『立場的にも、兄のためにも学がねえとダメなんだよな~』って、酔っ払ってましたけど」
「マジか! マジかよ……」
アルキスは恥ずかしそうに頭を抱える。初めて会った時、一緒に迷宮などに行って、宿屋に泊まった時にそう口にしていたのを覚えている。
王弟と知った今ならば分かる。王位争いが起きないよう、彼には妻候補を初めから用意しなかったのだろう。アルキスが逃げていたのもある。けれど、王弟だ。相手はそれなりに出来る女性でなければならない。
「アルキス……そうだったのか。いや、今からでも候補を」
「おいおいっ。いいって! そ、それに俺も考えてないわけじゃないし……」
「ん?」
アルキスがコウヤの方へ視線を投げる。恐らく、コウヤの知っている相手なのだろう。そういえば、キイと文通がどうのと言っていたなと思い出す。だが、それは口にしない方がいいだろう。
「ちょっと、アルキス! 相手がいるの!? どこのどなたなの!?」
「ちょっ、ちょい落ち着いてくれっ。い、いつかちゃんとするから……」
「……分かったわ」
思わぬ所で大火事が起きる所だったが、鎮火したらしい。まあいいかと、火種を持ち込んだコウヤは気にせず続けた。
「なので、学校には女性も行けるようにすべきです。そこでお見合い以外の出会いがあるかもしれませんしね。お妃候補もよりどりみどりになりますよ」
「コウヤお前……まあ、いいや……」
「ふふ。アルキス様も考えてたんですね。良かったです」
「おう……けど、確かに俺も、女が同じ知識をつけるってのは良いと思うぞ。舞踏会とか出ると、ペラペラと考えなしに家のこと喋ったり、出てくるのは悪口とかばっかで、中身ねえんだもんよ」
それが嫌で、アルキスは舞踏会にはほとんど出ないらしい。
「あれなら、冒険者の女達の方が頭いいぜ。もう、目が違う」
「何も考えてない人の目って、分かりますよね」
「それだ。目に出るんだよな」
アルキスとしみじみと話すコウヤ。それを見て、何よりコウヤの相手になれる者は居るのだろうかとジルファス達は考える。
現状、無理だとすぐに結論が出た。王妃候補並みの知識は必要だと思えたからだ。
そして、学校の有用性を実感した。
「学校を作ろう」
「コウヤ。学校について、概要などまとめてもらえないだろうか」
「構いませんよ。良ければ、ヤクス先生達とも話してみます。あの方々にも協力していただければ、学校についての理解も得られやすいでしょうし」
ヤクス達から理解が得られれば、他の教師達へ広がるだろう。そうすれば、貴族達も受け入れやすくなる。
「そうだな。忙しいだろうが、頼む」
「はい」
ギルドの仕事はあるが、最近は休みも多いので、それほど忙しくない。コウヤにとっては余裕だ。
「ところでコウヤ……」
「なんですか? ジルファス様」
ジルファスが悲しそうな顔をしていた。
「うん……それ……その、呼び方……」
「呼び方ですか?」
「そうよ! 私のことはお祖母様って呼んでくれてたじゃないっ。ミラルファ様なんて呼ばれるのは寂しいわ」
「え、あ~……」
「わたしも……リルでんかって……リルってよんでくれなきゃイヤですよっ」
リルファムは泣きそうだった。
「え、あ、すみません、リル。ミラお祖母様」
「私は!?」
ジルファスが身を乗り出す。これには困った。
「えっと……表に出る時は父上とお呼びしますよ?」
「他人行儀……」
本気で残念そうに肩を落とされた。
「そう言われましても……言い慣れないですからね……パパとか、父さんとかは言い慣れてますけど」
「それ、ゼストラーク様はパパだよね? え、父さんって呼べる人がいるの!? 誰!?」
衝撃だったらしい。思わず立ち上がっていた。
「えっと……あ、これ言ったことないですね。俺、ここに生まれ変わる前に、違う世界に転生してるんです」
「……」
「……」
「……」
「……?」
「「「えぇぇぇぇっ!?」」」
何事かと、部屋の外にいた騎士達も飛び込んでくるほどの驚きぶりだった。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
三日空きます。
今年最後の投稿です。
よいお年をお迎えください。
また来年よろしくお願いします◎
コウヤを含めた王族が揃っていた。
「コウヤ。教師達とはどうだった?」
正面に座ったジルファスが嬉しそうに話しかける。息子に今日の出来事を聞けるというのを、ジルファスは内心、感動しながら受け入れていた。
コウヤはそれを察して、ニコリと笑う。
「とても良い先生方で、楽しいお茶会でした。それぞれの分野を、本当にお好きなのが伝わってきて、何より勤勉でいらっしゃる」
聞いていたアビリス王は目を丸くしていた。
「あの曲者揃いの教師達と、きちんと会話ができたのか……」
「最初は少し、顔には出されませんでしたが、不満そうではありましたね。頑固な所があるのは、年齢的にもおかしくはありませんし。それでも教師ですね。最後は認めてくださったようです」
「……もっと手こずると思っていたんだがな……」
ジルファスも同意見だったらしく、頷いていた。しかし、アルキスはそれを笑い飛ばす。
「あのテルザをただのジジイにしたコウヤだぜ? 軽ーく捻って転がせるに決まってんじゃねえか」
「アルキス様。もう少し言葉は選んでください」
「あ、悪い」
コウヤやジルファス達だけならば良いが、ここにはリルファムも居るのだから。
「でも、コウヤ君はすごいと思ったよ」
シンリームが今日の出来事を思い出すように視線を宙に投げる。
「今まで、もっと厳格で冷たいイメージしかなかったから、今日のお茶会も少し心配だったんだ。会話なんて続くかなって」
「わたしも、先生はもっとこわい人だとおもってました」
リルファムはまだあの教師達がついたばかり。少し怖かったようだ。教師として、教えるべきことだけを話していたのだろう。そういう印象になるのは仕方がない。
「そうですねえ。遊びが少ないのはあるのかもしれません。リル殿下やシン様に限った事ではなく、いつまでにここまでという明確な計画が立て難い。それでも、最低限ここまでは必ず教え込まなくてはならないというラインはあるのでしょう」
修めるべき範囲は決まっているが、それをいつまでにと決められない。
「最近は特に、不安かもしれません。いつまで教えられる子どもとしていて良いのか分かりませんからね。突然、当主に指名されたり、後継者候補が抜けたりするんですから。教師としてその時に『まだここまでしか教えていません』なんて言いたくないですからね」
「確かにそうねえ。それは教師達の矜持を傷付けかねないわ……」
ミラルファの言葉に、アビリス王達もハッとした。
「そういうことか……シンリームの場合も、リルファムも、いつまで王子でいられるか分からない。だから、詰め込んでいたと……」
「ええ。シン様の場合は、次期王に指名される可能性もありました。だから、せめて一日でも早く全てを修めてもらわなくてはならないと焦っていたのでしょう。カトレアさんも急かせたかもしれません」
「以前のあの子ならやるわね」
ジルファスと同じ土俵に上げるために、年齢の差を埋めるためにと、詰め込み続けていたのだろう。王族は特に、他の貴族よりも多くの知識が必要になるのだから。
「ジルファス様が次期王に指名されたことで、リル殿下相手にも、時間がないと焦っていたかもしれません」
二度目のリル殿下と聞きリルファムはムッとむくれた。それを不思議そうに見ながらイスリナが答える。
「そうかもしれないわ。難しくなったと言っていたものね」
「……わからないことはふえてきてました……」
リルファムもきちんと答えた。
「王都を見て確認したのですが、学校とか、学園はないのですか?」
コウヤは何度か王都へ来て、何かと見て回ったが、それらしい建物がない気がしていたのだ。
これに答えたのはミラルファだ。
「それよっ。教会に学校をって話があったじゃない? ケスティナ国には、『研究学舎』っていうのがあるのだけれど、それとも違うみたいで驚いたわ」
このヴァンリエルから西に二つ行った国がケスティナ国だ。そこは魔法師が多く、その魔法師達がそれぞれ国に役に立つ魔法の研究をするための学舎が『研究学舎』だ。
「あそこは、魔法師としてそれなりに実力を付けた人が研究のために集まるのよね。けど、聖魔教会で言われたのは、子ども達を中心に読み書きや、最初の基本的な知識を教えるための場所ってことだったわ」
それを聞いて、コウヤは確信を得た。学校という知識がないのだと。コウルリーヤとして世界を回っていた時はあった。だが、この時代にはないらしい。
それは、コウルリーヤが討たれたことで、神々が怒り、人を減らしたためだ。子ども達も労働力としなくてはならなくなり、学校に行かせる余裕がなかった。貴族達も、国を存続させるために駆け回り、子ども達の教育にまで手を回す余裕がなかったのだ。そして、学校というものが消えた。
「そうです。基本、基礎となることを教えるのが目的ですから。全員が同じスタートラインに立って、分かる子は分からない子に教えて、教師は複数人を相手に教えていきます」
「複数の子ども達を一人で見るってことかい?」
「ええ。もちろん、人によって理解する速さは違うと思います。その足りない所は個人で頑張るか、理解できた子どもに聞いたり、授業外に教師に尋ねたりして解決していくんです」
自分から人に尋ねる、関わるという経験は必要だろう。
「基本的に教えるのは同じ知識なのですし、それ以上を求めるならば、それこそ個々に教師を別で雇えば良いですよね。教師の方も、基本知識は学校の教師に任せていれば、自分の研究もできますし、その先を知りたいと穿った質問などされれば力も入るでしょう」
今日の教師達でも分かるように、彼らは未だに学ぶことに貪欲だ。そして、同じ景色を見える者を求めている。
普段との印象が違ったのは、教師達も基本的な所を教えることが楽しくないからだろう。だから淡々と教えることになる。それは、生徒達も楽しくはない。
「子ども達をひと所に集めてしまうということか……」
「はい。ゼフィルさんにお聞きしましたが、今回、仮の領主として赴任した人たち。次男以降の方々の中でも、知識量がバラバラらしいです。それこそ、教師をろくに付けてもらえなかった者もいるらしくて」
読み書きはできるし、簡単な計算もできるが、領をまとめるための知識は持っていないのが多いらしい。
「ですが、今回の事もあるように、もしかしたら、長男以外が後を継がなくてはならない場合も出ますよね。今までも事故などで仕方なくということもあったと思います。そこで、差が出ていると、困りませんか?」
「確かに……苦労したという者の話を聞いたことはあるな……」
血筋を重んじるのが貴族だ。次男以降にも、長男に何かあればお鉢は回ってくる。だが、それを想定せず、長男だけに教育に力を入れていた所は、知識が足りずに苦労することがあった。
「でも、学校という基礎を教えてくれる場所に、長男、次男関係なく、男女の別もなく子ども達全てを通わせたら、この問題はなくなると思いませんか? 補佐をするにも、知っているべきものはあります。女性でも、知っていて悪い知識はないです」
「女性も……」
これも珍しいのだろう。貴族の女性は多少の算学と神学、それと礼儀作法やダンスが主らしい。もちろん、礼儀作法とダンス以外はその家によって程度が違う。
「頭を使わないのはもったいないですよ。その知識を生かすかどうかは、その人次第ですし。男性によっては自分よりも聡い女性は嫌だとか思うかもしれませんが、そうでない方も居るでしょう。学ぶことを知れば市井などに興味を持ったり、それによって物の価値を知って、無駄遣いとかしなくなったりするかもしれませんね。市井では、ほとんどの女性が夫婦のお財布を握ってますし」
クスクス笑えば、外を知る大人たちは、なるほどと少し遠い目をしていた。
「女性は家を守るものと言いますけど、ある程度の知識がないとダメだと思いませんか? それこそ、聡い女性が正しく家を守ってくれますよ」
「それは確かにあるわ。漠然と『家を守る』って言われても、困るわよね。私の友人からも、そういう話が出るわ」
ミラルファとイスリナは頷き合う。『女は従順に』とか『黙っていればいい』とか言われるが、それだって考える力がなくてはダメだ。無知な着飾ることしか知らない女性は、空気の読めないバカになるしかない。それはそのまま嫁いだ家の不利だ。
「あとはそうですね……ミラ様やイスリナ様は未来の王妃として、最初から多くを学ばれたと思います。それを全ての女性達に適応したら、シン様も恋愛結婚ができるかもしれません」
「え、私!?」
「アルキス様だって、それなりに学のある女性をと思っておいでだったでしょう?」
「っ、なんで知ってる!?」
「え? アルキス様言いましたよ。『立場的にも、兄のためにも学がねえとダメなんだよな~』って、酔っ払ってましたけど」
「マジか! マジかよ……」
アルキスは恥ずかしそうに頭を抱える。初めて会った時、一緒に迷宮などに行って、宿屋に泊まった時にそう口にしていたのを覚えている。
王弟と知った今ならば分かる。王位争いが起きないよう、彼には妻候補を初めから用意しなかったのだろう。アルキスが逃げていたのもある。けれど、王弟だ。相手はそれなりに出来る女性でなければならない。
「アルキス……そうだったのか。いや、今からでも候補を」
「おいおいっ。いいって! そ、それに俺も考えてないわけじゃないし……」
「ん?」
アルキスがコウヤの方へ視線を投げる。恐らく、コウヤの知っている相手なのだろう。そういえば、キイと文通がどうのと言っていたなと思い出す。だが、それは口にしない方がいいだろう。
「ちょっと、アルキス! 相手がいるの!? どこのどなたなの!?」
「ちょっ、ちょい落ち着いてくれっ。い、いつかちゃんとするから……」
「……分かったわ」
思わぬ所で大火事が起きる所だったが、鎮火したらしい。まあいいかと、火種を持ち込んだコウヤは気にせず続けた。
「なので、学校には女性も行けるようにすべきです。そこでお見合い以外の出会いがあるかもしれませんしね。お妃候補もよりどりみどりになりますよ」
「コウヤお前……まあ、いいや……」
「ふふ。アルキス様も考えてたんですね。良かったです」
「おう……けど、確かに俺も、女が同じ知識をつけるってのは良いと思うぞ。舞踏会とか出ると、ペラペラと考えなしに家のこと喋ったり、出てくるのは悪口とかばっかで、中身ねえんだもんよ」
それが嫌で、アルキスは舞踏会にはほとんど出ないらしい。
「あれなら、冒険者の女達の方が頭いいぜ。もう、目が違う」
「何も考えてない人の目って、分かりますよね」
「それだ。目に出るんだよな」
アルキスとしみじみと話すコウヤ。それを見て、何よりコウヤの相手になれる者は居るのだろうかとジルファス達は考える。
現状、無理だとすぐに結論が出た。王妃候補並みの知識は必要だと思えたからだ。
そして、学校の有用性を実感した。
「学校を作ろう」
「コウヤ。学校について、概要などまとめてもらえないだろうか」
「構いませんよ。良ければ、ヤクス先生達とも話してみます。あの方々にも協力していただければ、学校についての理解も得られやすいでしょうし」
ヤクス達から理解が得られれば、他の教師達へ広がるだろう。そうすれば、貴族達も受け入れやすくなる。
「そうだな。忙しいだろうが、頼む」
「はい」
ギルドの仕事はあるが、最近は休みも多いので、それほど忙しくない。コウヤにとっては余裕だ。
「ところでコウヤ……」
「なんですか? ジルファス様」
ジルファスが悲しそうな顔をしていた。
「うん……それ……その、呼び方……」
「呼び方ですか?」
「そうよ! 私のことはお祖母様って呼んでくれてたじゃないっ。ミラルファ様なんて呼ばれるのは寂しいわ」
「え、あ~……」
「わたしも……リルでんかって……リルってよんでくれなきゃイヤですよっ」
リルファムは泣きそうだった。
「え、あ、すみません、リル。ミラお祖母様」
「私は!?」
ジルファスが身を乗り出す。これには困った。
「えっと……表に出る時は父上とお呼びしますよ?」
「他人行儀……」
本気で残念そうに肩を落とされた。
「そう言われましても……言い慣れないですからね……パパとか、父さんとかは言い慣れてますけど」
「それ、ゼストラーク様はパパだよね? え、父さんって呼べる人がいるの!? 誰!?」
衝撃だったらしい。思わず立ち上がっていた。
「えっと……あ、これ言ったことないですね。俺、ここに生まれ変わる前に、違う世界に転生してるんです」
「……」
「……」
「……」
「……?」
「「「えぇぇぇぇっ!?」」」
何事かと、部屋の外にいた騎士達も飛び込んでくるほどの驚きぶりだった。
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読んでくださりありがとうございます◎
三日空きます。
今年最後の投稿です。
よいお年をお迎えください。
また来年よろしくお願いします◎
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