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第八章 学校と研修
296 楽しくなりそうですね
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コウヤは難しい顔でこちらの様子を窺い見ていた語学の教師と目を合わせる。
「リコル子爵家の方というのは、あなたでしょうか」
確認すると、小さく頷いた。
「……そうです。ミルス・リコルです」
「突然すみません。前任のバルラ殿と懇意にしていた方から、あなたとバルラ殿に手紙を預かっていまして」
「叔父上と……」
「ええ。こちらです」
不審がるミルスへきちんと封筒に入って封をされているバルラ宛てのものと、ミルス宛ての半分に折られただけの紙を差し出した。両方とも、ゲンが書いたものだ。
「どうぞ。あなた宛てのものは今読んでいただいても構いませんよ」
「……拝見します……っ、え……」
ミルスは半分に折りたたまれていた紙を開いて、すぐに目を見開いた。こちらは、コウヤも見ている。
「こ、これは本当なのですか……?」
若干、声が震えていた。ゴクリと喉を鳴らして、そのままミルスは続ける。
「古代語が読めるのですか……?」
「はい。発音まで可能です」
「そっ、それをどうやって証明するのですかっ」
誰も知らない古代語の発音。わからないから解明されなかったこと。証明と言っても無理はある。だが、この世界では証明できるものがあった。
「迷宮品の中に、このようなものがあります」
コウヤが取り出したのは、少年の手のひらより一回り大きな四角い三センチほどの厚さの板だ。鉱石で出来ており、中心に魔石が埋め込まれている。
時折、様々な迷宮の宝箱から他の物と一緒に出るソレは、長く何なのか分からない物となっていた。だが、一応は迷宮から出た物として冒険者ギルドが保管していたのだ。とはいえ、それほど値が付くわけではないので、冒険者も持ち帰らない者が多い。
「これは、特殊な魔導具にセットすると、宝箱から一緒に出てきた物の説明を音声でしてくれる解説具なんです」
「……まさか……」
察したようだ。
「ええ。古代語の場合も多分にしてあります。もちろん、その他の言語も色々です」
その時代毎の、入っていた物の作られた時の説明が吹き込まれている。
これは昔からの仕様で、まさかギルドの方に伝わっていないとは思っていなかった。
もちろん、コウヤの方もこれの存在を忘れていたのだ。知れたのは、新人の冒険者達がそれを持ってきたから。
ベテラン勢からすれば、それはゴミのようなもの。引き取りの値段も素材の値としての銀貨ニ枚ほどだ。新人達にはそれでも値が付くものとして良かったらしいが、コウヤはおかしいと思った。
後で確認したのだが、コウルリーヤが消えてから紛失していったらしい。これには精霊やパックンが関わっていたようだ。
「これを読み取るための魔導具が失伝していましたが、何とか復元することができました。それで、語学の権威と言われるバルラ殿に、冒険者ギルドから解明の依頼を出したいとの話が出ているのですが」
「そ、それは、私も参加できないでしょうかっ」
少し腰を浮かせて発言するミルス。その表情だけでも、興味津々で興奮しているのがわかった。
「その……叔父は事故で片足を失くしていまして……最近はほとんど寝たきりなのです」
「そうでしたか。ですが、恐らくそれの治療についても、そちらの手紙に書かれているはずです。もちろん、あなたが協力していただけるというのは、ギルドにとっても歓迎するところでしょう」
「本当ですか!」
飛び上がって喜ぶ。しかし、さすがに場所を思い出したのか、すぐに座り直して小さくなった。
「失礼しました……っ」
教師達の中で一番若いというのもあるのだろう。興奮したことが恥ずかしいと思っていそうだった。
「ふふ。語学がとてもお好きなのですね」
「っ、はい……年甲斐もなく……お恥ずかしい」
「いいえ。きっと他の方々も分かると思いますよ。自身が修めようとする分野に新しい発見があると分かれば、興奮して当然です。それだけ真っ直ぐに向き合っておられる証拠でしょう」
小さな発見であっても、新発見は嬉しいものだ。新しく研究できるものが見つかったりすれば、遠のいた道の先に喜びを感じる。それが、学問としてのものを修めようとする者の特性だろう。
間違いなく、この場に居るのはそういう人種のはずだ。
これに、ヤクスも大きく頷く。
「その通りですね。私も興味があります。新たな史実が見えてくるかもしれません。何より、古代語が理解できれば、解読出来ずに保管されている書物を読み解くことができますから。スクエラ殿も、そう言ったものを溜めておられましたね」
スクエラと呼ばれたのは、法学の教師だ。こちらは嬉しそうに目元を和らげていた。
「ええ。法学書は専門の用語もございますから、特に読み解くのが困難で。それが進むかもしれないのですね」
「それを言われましたら、私も……昔の聖典がいくつかありますので」
「ヘルトローア殿も、溜め込んでおられましたか。これは楽しみですねえ」
神学担当のヘルトローアも少し興奮気味だった。話に入らないのは算学の教師だけ。この部屋に来てからずっと、ほとんど表情が動いていなかった。
他の教師達が楽しそうに話す中、つまらなさそうだ。
ならばと、コウヤはその教師へ声をかける。
「算学では、算盤はお使いになっていますか?」
「……そろばん……いいえ……聞いたことがありません……」
「そうでしたか。商業ギルドには登録出来ているのですけれど、やはり少し鈍いですね……」
ユースールでは、既に領城から各店に導入されており、孤児院兼学舎での算学はこれを用いている。
「これがその算盤です。それと、こちらが教本になります。ご覧になってみませんか?」
「……拝見します……」
算盤は渡さず、先ずは教本だけ渡した。
「……」
二ページ目に入ってから、息を止めたように真剣にそれに見入る様子に、他の教師達も気になったようだ。
「皆さんもご覧になりますか?」
「よろしいですか?」
「ええ。教本はいくつも持っていますので」
いつでも誰にでも教えられるようにと、持ち歩いているのだ。特に、文字が読めなくても数字は読めるということもあり、図解で分かりやすくしているため、それこそどんな人にも勧められる教本だった。
一番に顔を上げた算学の教師は、先程とは打って変わって、キラキラとした目をしていた。
「こ、これはスゴイ。どちらで手に入れられるのでしょうかっ」
「よろしければ、お譲りしますよ。まだこちらの商業ギルドでは販売先も決まっていなさそうですから」
「そうなのですか……いや、ですが……よろしいのですか?」
「構いません。こちらをどうぞ。予備で持ち歩いている分ですので、受け取ってください」
驚かせないようにと、鞄から取り出して見せる。見せているだけで、先程の教本も亜空間から出している。
今日はギルドの制服ではないが、腰にはいつも提げている小さな鞄がついていた。
明らかにその大きさは入らない物なのだが、アイテムボックス的な魔法の鞄はあるので、問題ない。
「皆さんにも、よろしければ後日お待ちします。やはり、広げるには皆さんのような方々からの方が良いですしね」
ヤスク達も教本を読んで理解し、興味を持ってくれたようだ。
「これは算学が楽しくなりそうですね」
「ふふ。音が鳴るのも楽しくて、子どもでも理解できるものなので、聖魔教会に預けられる子ども達も楽しそうに勉強してくれます」
「子どもでもというのが素晴らしいですね」
習い事の初めは『読み、書き、そろばん』と言ったように、幼い頃からできる、理解しやすいものというのもわかってもらえたらしい。
「基本的なことを覚えてしまえば、難しくはありませんからね。ユースールの文官は、常時これを持ち歩いていますよ」
「そういえば、そのユースールの文官が来られると耳に挟みましたが」
「ええ。今日から派遣されています」
随分と気安くなってきたようで、コウヤは安心する。
「文かんさんたちがきているんですか?」
リルファムも話に加わってきた。
「来てますよ。なので、リルやシン様も数日は近衛の方々と城内も移動してくださいね。危ないので」
「アブナイ……ですか?」
「え? なんで危ないの?」
二人とも首を傾げて見せる。教師達も不思議に思っているようなので、きちんと説明しておくことにした。
「しばらくは乱闘騒ぎがあるのではないかと。武官の経験もある方が大半なので、手や足が出やすくて」
「……えっと……それ、文官なの?」
シンリームが混乱しながらも確認する。これにコウヤはしっかり頷いた。
「きちんと仕事の出来る文官さんです。剣は持ち込ませていませんし、刃傷沙汰はダメだと念を押しましたので、酷いことにはならないと思いますけど……コレをすっかり忘れていました」
「コレって……そろばん?」
「はい」
今は算学の教師の元にある算盤。それに目を向けて、コウヤは大丈夫かなと呟いた。
「ユースールでは、もう算盤は当たり前になっているんですけど、文官さん達の中で改造するのが流行ってまして」
「改造?」
「そうなんです。ちょっと重くするとか、玉の素材を変えてみるとかはまだ良いんですけど、いつの間にかナイフを仕込んでたり、組み立て式にして、武器に変化したりと……ちょっと見ない内に、計算だけの用途で使用しなくなっていて……」
剣の代わりに腰に差すのは当たり前。それはコウヤも認めていた。だが、明らかに武器として持ち歩いている感がするようになり、首を傾げた。
「ユースールでは、効率重視の考え方が強くて、一つの物に二つ、三つ用途はあるべきだと……なので、他の文官さんの算盤には、興味本位で手を伸ばさないでくださいね」
「文かんさんに近付かないほうがいいです?」
リルファムは、文官が危険だと解釈したらしい。今回はそれでいい。
「そうですね。そうしてください。普通に上司の方とか殴り飛ばしていそうなので」
「……大丈夫なの……それ……」
シンリームの問いかけに、コウヤは笑顔で答えた。
「いえ。なので私が今日一日ここに滞在するんです。怪我人の治療をしないといけませんから」
「それ確定!? もう少し人選できなかったの?」
「いえ。これでもした方です。ベルナディオ宰相には言いましたが、純粋な文官はもっと抑えが利かないので、今頃はもう、城内の至る所で血を見てますよ」
「笑顔で言うことじゃないよね!?」
コウヤはそのまま淹れ直してもらった紅茶を飲む。とても落ち着いた。
「ちょっ、こんなのんびりしてて大丈夫!?」
「大丈夫ですよ。やり過ぎちゃった場合は、きちんと呼びに来ますから」
「そういう問題じゃないよ!?」
焦っても仕方がない。それに、加減は出来るメンバーしか連れてきていない。
「過去の恨み辛みもあると思いますから、発散はさせないと、体に悪いでしょう?」
「何かを溜め込むのは良くない……良くないって聞くけど……」
「心配しないでください。オスローがこの場を護っている以上、犯罪者でなければ死ぬことは稀ですから」
「今、稀って言ったよ!?」
「残念ながら、何事にも絶対はないんですよね」
「だから、なんでそんな呑気なの!?」
しばらくはシンリームがあわあわしていたが、コウヤの態度を見て、教師達も大丈夫だと感じて笑いだす。
こうして、心配事はあれど、和やかな初交流となったのだった。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
二日空きます。
よろしくお願いします◎
「リコル子爵家の方というのは、あなたでしょうか」
確認すると、小さく頷いた。
「……そうです。ミルス・リコルです」
「突然すみません。前任のバルラ殿と懇意にしていた方から、あなたとバルラ殿に手紙を預かっていまして」
「叔父上と……」
「ええ。こちらです」
不審がるミルスへきちんと封筒に入って封をされているバルラ宛てのものと、ミルス宛ての半分に折られただけの紙を差し出した。両方とも、ゲンが書いたものだ。
「どうぞ。あなた宛てのものは今読んでいただいても構いませんよ」
「……拝見します……っ、え……」
ミルスは半分に折りたたまれていた紙を開いて、すぐに目を見開いた。こちらは、コウヤも見ている。
「こ、これは本当なのですか……?」
若干、声が震えていた。ゴクリと喉を鳴らして、そのままミルスは続ける。
「古代語が読めるのですか……?」
「はい。発音まで可能です」
「そっ、それをどうやって証明するのですかっ」
誰も知らない古代語の発音。わからないから解明されなかったこと。証明と言っても無理はある。だが、この世界では証明できるものがあった。
「迷宮品の中に、このようなものがあります」
コウヤが取り出したのは、少年の手のひらより一回り大きな四角い三センチほどの厚さの板だ。鉱石で出来ており、中心に魔石が埋め込まれている。
時折、様々な迷宮の宝箱から他の物と一緒に出るソレは、長く何なのか分からない物となっていた。だが、一応は迷宮から出た物として冒険者ギルドが保管していたのだ。とはいえ、それほど値が付くわけではないので、冒険者も持ち帰らない者が多い。
「これは、特殊な魔導具にセットすると、宝箱から一緒に出てきた物の説明を音声でしてくれる解説具なんです」
「……まさか……」
察したようだ。
「ええ。古代語の場合も多分にしてあります。もちろん、その他の言語も色々です」
その時代毎の、入っていた物の作られた時の説明が吹き込まれている。
これは昔からの仕様で、まさかギルドの方に伝わっていないとは思っていなかった。
もちろん、コウヤの方もこれの存在を忘れていたのだ。知れたのは、新人の冒険者達がそれを持ってきたから。
ベテラン勢からすれば、それはゴミのようなもの。引き取りの値段も素材の値としての銀貨ニ枚ほどだ。新人達にはそれでも値が付くものとして良かったらしいが、コウヤはおかしいと思った。
後で確認したのだが、コウルリーヤが消えてから紛失していったらしい。これには精霊やパックンが関わっていたようだ。
「これを読み取るための魔導具が失伝していましたが、何とか復元することができました。それで、語学の権威と言われるバルラ殿に、冒険者ギルドから解明の依頼を出したいとの話が出ているのですが」
「そ、それは、私も参加できないでしょうかっ」
少し腰を浮かせて発言するミルス。その表情だけでも、興味津々で興奮しているのがわかった。
「その……叔父は事故で片足を失くしていまして……最近はほとんど寝たきりなのです」
「そうでしたか。ですが、恐らくそれの治療についても、そちらの手紙に書かれているはずです。もちろん、あなたが協力していただけるというのは、ギルドにとっても歓迎するところでしょう」
「本当ですか!」
飛び上がって喜ぶ。しかし、さすがに場所を思い出したのか、すぐに座り直して小さくなった。
「失礼しました……っ」
教師達の中で一番若いというのもあるのだろう。興奮したことが恥ずかしいと思っていそうだった。
「ふふ。語学がとてもお好きなのですね」
「っ、はい……年甲斐もなく……お恥ずかしい」
「いいえ。きっと他の方々も分かると思いますよ。自身が修めようとする分野に新しい発見があると分かれば、興奮して当然です。それだけ真っ直ぐに向き合っておられる証拠でしょう」
小さな発見であっても、新発見は嬉しいものだ。新しく研究できるものが見つかったりすれば、遠のいた道の先に喜びを感じる。それが、学問としてのものを修めようとする者の特性だろう。
間違いなく、この場に居るのはそういう人種のはずだ。
これに、ヤクスも大きく頷く。
「その通りですね。私も興味があります。新たな史実が見えてくるかもしれません。何より、古代語が理解できれば、解読出来ずに保管されている書物を読み解くことができますから。スクエラ殿も、そう言ったものを溜めておられましたね」
スクエラと呼ばれたのは、法学の教師だ。こちらは嬉しそうに目元を和らげていた。
「ええ。法学書は専門の用語もございますから、特に読み解くのが困難で。それが進むかもしれないのですね」
「それを言われましたら、私も……昔の聖典がいくつかありますので」
「ヘルトローア殿も、溜め込んでおられましたか。これは楽しみですねえ」
神学担当のヘルトローアも少し興奮気味だった。話に入らないのは算学の教師だけ。この部屋に来てからずっと、ほとんど表情が動いていなかった。
他の教師達が楽しそうに話す中、つまらなさそうだ。
ならばと、コウヤはその教師へ声をかける。
「算学では、算盤はお使いになっていますか?」
「……そろばん……いいえ……聞いたことがありません……」
「そうでしたか。商業ギルドには登録出来ているのですけれど、やはり少し鈍いですね……」
ユースールでは、既に領城から各店に導入されており、孤児院兼学舎での算学はこれを用いている。
「これがその算盤です。それと、こちらが教本になります。ご覧になってみませんか?」
「……拝見します……」
算盤は渡さず、先ずは教本だけ渡した。
「……」
二ページ目に入ってから、息を止めたように真剣にそれに見入る様子に、他の教師達も気になったようだ。
「皆さんもご覧になりますか?」
「よろしいですか?」
「ええ。教本はいくつも持っていますので」
いつでも誰にでも教えられるようにと、持ち歩いているのだ。特に、文字が読めなくても数字は読めるということもあり、図解で分かりやすくしているため、それこそどんな人にも勧められる教本だった。
一番に顔を上げた算学の教師は、先程とは打って変わって、キラキラとした目をしていた。
「こ、これはスゴイ。どちらで手に入れられるのでしょうかっ」
「よろしければ、お譲りしますよ。まだこちらの商業ギルドでは販売先も決まっていなさそうですから」
「そうなのですか……いや、ですが……よろしいのですか?」
「構いません。こちらをどうぞ。予備で持ち歩いている分ですので、受け取ってください」
驚かせないようにと、鞄から取り出して見せる。見せているだけで、先程の教本も亜空間から出している。
今日はギルドの制服ではないが、腰にはいつも提げている小さな鞄がついていた。
明らかにその大きさは入らない物なのだが、アイテムボックス的な魔法の鞄はあるので、問題ない。
「皆さんにも、よろしければ後日お待ちします。やはり、広げるには皆さんのような方々からの方が良いですしね」
ヤスク達も教本を読んで理解し、興味を持ってくれたようだ。
「これは算学が楽しくなりそうですね」
「ふふ。音が鳴るのも楽しくて、子どもでも理解できるものなので、聖魔教会に預けられる子ども達も楽しそうに勉強してくれます」
「子どもでもというのが素晴らしいですね」
習い事の初めは『読み、書き、そろばん』と言ったように、幼い頃からできる、理解しやすいものというのもわかってもらえたらしい。
「基本的なことを覚えてしまえば、難しくはありませんからね。ユースールの文官は、常時これを持ち歩いていますよ」
「そういえば、そのユースールの文官が来られると耳に挟みましたが」
「ええ。今日から派遣されています」
随分と気安くなってきたようで、コウヤは安心する。
「文かんさんたちがきているんですか?」
リルファムも話に加わってきた。
「来てますよ。なので、リルやシン様も数日は近衛の方々と城内も移動してくださいね。危ないので」
「アブナイ……ですか?」
「え? なんで危ないの?」
二人とも首を傾げて見せる。教師達も不思議に思っているようなので、きちんと説明しておくことにした。
「しばらくは乱闘騒ぎがあるのではないかと。武官の経験もある方が大半なので、手や足が出やすくて」
「……えっと……それ、文官なの?」
シンリームが混乱しながらも確認する。これにコウヤはしっかり頷いた。
「きちんと仕事の出来る文官さんです。剣は持ち込ませていませんし、刃傷沙汰はダメだと念を押しましたので、酷いことにはならないと思いますけど……コレをすっかり忘れていました」
「コレって……そろばん?」
「はい」
今は算学の教師の元にある算盤。それに目を向けて、コウヤは大丈夫かなと呟いた。
「ユースールでは、もう算盤は当たり前になっているんですけど、文官さん達の中で改造するのが流行ってまして」
「改造?」
「そうなんです。ちょっと重くするとか、玉の素材を変えてみるとかはまだ良いんですけど、いつの間にかナイフを仕込んでたり、組み立て式にして、武器に変化したりと……ちょっと見ない内に、計算だけの用途で使用しなくなっていて……」
剣の代わりに腰に差すのは当たり前。それはコウヤも認めていた。だが、明らかに武器として持ち歩いている感がするようになり、首を傾げた。
「ユースールでは、効率重視の考え方が強くて、一つの物に二つ、三つ用途はあるべきだと……なので、他の文官さんの算盤には、興味本位で手を伸ばさないでくださいね」
「文かんさんに近付かないほうがいいです?」
リルファムは、文官が危険だと解釈したらしい。今回はそれでいい。
「そうですね。そうしてください。普通に上司の方とか殴り飛ばしていそうなので」
「……大丈夫なの……それ……」
シンリームの問いかけに、コウヤは笑顔で答えた。
「いえ。なので私が今日一日ここに滞在するんです。怪我人の治療をしないといけませんから」
「それ確定!? もう少し人選できなかったの?」
「いえ。これでもした方です。ベルナディオ宰相には言いましたが、純粋な文官はもっと抑えが利かないので、今頃はもう、城内の至る所で血を見てますよ」
「笑顔で言うことじゃないよね!?」
コウヤはそのまま淹れ直してもらった紅茶を飲む。とても落ち着いた。
「ちょっ、こんなのんびりしてて大丈夫!?」
「大丈夫ですよ。やり過ぎちゃった場合は、きちんと呼びに来ますから」
「そういう問題じゃないよ!?」
焦っても仕方がない。それに、加減は出来るメンバーしか連れてきていない。
「過去の恨み辛みもあると思いますから、発散はさせないと、体に悪いでしょう?」
「何かを溜め込むのは良くない……良くないって聞くけど……」
「心配しないでください。オスローがこの場を護っている以上、犯罪者でなければ死ぬことは稀ですから」
「今、稀って言ったよ!?」
「残念ながら、何事にも絶対はないんですよね」
「だから、なんでそんな呑気なの!?」
しばらくはシンリームがあわあわしていたが、コウヤの態度を見て、教師達も大丈夫だと感じて笑いだす。
こうして、心配事はあれど、和やかな初交流となったのだった。
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読んでくださりありがとうございます◎
二日空きます。
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