元邪神って本当ですか!? 万能ギルド職員の業務日誌

紫南

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第八章 学校と研修

289 分かってくれてよかった

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レジュラが捕らえられ、ビジェはコウヤへ自身の事情を告白していた。

ビジェとしては、コウヤの傍に居ると決めた時。レジュラが見つかっても見つからなくてもどちらでも良いと思うようになっていた。

父母によって、半ば追い出されるようにレジュラを探すことを命じられたのが今から一年と少し前。

一族が望むスキルを持っていないという理由で、ビジェは跡取りの座から引きずり下ろされた。長男だからというおごりがあったというのが今になればわかる。努力が足りなかったのだ。

それでも命じられたということは、まだ期待されているということ。そう自分に言い聞かせ、国を出てしばらくは必死でレジュラを探して駆け回った。

慣れない土地での情報収集は、きっとスキル修得にも役立つ。センジュリン国には魔獣は少なく、戦う機会は少なかったが、こちらでは違う。これもきっと、役に立つことだと努力した。

しかし、言葉の修得は難しく、騙されて奴隷となった時。心は少し折れかけていた。やっぱり自分は跡取りには相応しくないのだと考えるようになった。

声が出ない状態にされてからは、そうしたことをグルグルと考える日々。心が死んでいくのがわかった。

だからだろう。コウヤに出会い、奴隷から解放された時。新しく生まれ変わったような気持ちになった。そうすると、固執していた一族での立場もどうでもよくなった。

ここで、新しい自分として生きていきたいと思えた。

コウヤの傍で様々なことを学び、望んでいたスキルがあっさり手に入ったことに気付くと、本当に国のこととかもどうでもよくなった。

そして、もしレジュラに会ったら立場など気にせず、言わなくてはならないことは遠慮なく言おうと思うようになった。

ビジェはコウヤの前で項垂うなだれるレジュラを見て、少しばかり同情していた。

それは、必死で立場にしがみつこうとしていた時の自分と同じだったからだ。

「それと、スキルや適性を重視する考えは、神教国のものです。センジュリン国は……半ば乗っ取られた状態といえるでしょう」
「っ、そんなっ……なら、なら、私は何のために……っ」

神官からビジェは、現在のセンジュリン国の現状を聞いていた。自分も神教国の考え方によって弾かれたのだと知って、少しばかり動揺した。しかし、それも長くは続かなかった。

ビジェには既に国を想う気持ちなど無くなっていたのだ。それよりももっと大切な、仕えたいと思える人と出会ってしまったのだから。

「私は……どこに帰ればいい……っ」

レジュラの言葉に、ビジェは無感動に答えていた。言わなくてはならないことを思い出したからだ。

「帰る場所などありません。あの日……神霊様を捕らえた時から……」
「っ……だが、あの時はっ、そうでなければ契約ができないと神官が……っ」
「なぜ、そちらを信じてしまったのですかっ。友だと言っていた神霊様を……なぜ裏切れたのですかっ。幼い頃から、支えてくれた神霊様を、なぜ縛ったのですか!」
「ッ……」

レジュラが目を瞠り、息を呑んだのが分かった。自分の誤ちに気付いたようだ。だが、今気付いても遅い。

「あなたは私に、小さな友人だと言って紹介してくださった。他の人に存在を知られれば、傷つけられてしまうかもしれないと、あの頃はとても心配していたはずです」
「っ……」
「従魔術など使わずとも、絆で結ばれた存在なのだと、嬉しそうに話された……っ、あの頃の思いを、なぜ忘れてしまったのですか!」

ビジェも思い出していた。レジュラが捕まったと聞いた時から色々と思い出し、考えた。

レジュラは優しく賢い王子だった。

国の現状を知り心を痛め、どうすればいいのかを常に考えるような、そんな王族として正しくあろうとした王子だった。ビジェがいつか心からの忠誠を誓いたいと願うような王子だったのだ。

レジュラが行方不明になったと知り、ビジェは父母に探せと命じられるまでもなく、探そうと思っていた。

神霊を守るために契約をしたのだと信じたかったからだ。けれど、別の考えもあった。

あれほど国のことを思っていたのだ。国のためならばもしかしたら友人である神霊さえも利用することを考えるかもしれない。

そして何より、それほどまでに国を思えるレジュラが、そんな間違いを犯してまで王子であろうとする彼が、継承権を剥奪されたと知れば壊れてしまうと思った。

それでもこうして責めるのは、消えた神霊に心を痛めているコウヤの前で、誤ちを認めて欲しいからだ。

そうすればきっと、コウヤは手を差し伸べてくれる。そう思うからだった。

レジュラは、震えながらぽつぽつと話しはじめた。

「っ……ふ、相応しくないと……言われた……っ王子である私が従魔術の適性を持つなど……っ、それが……悔しかった……っ」
「……」

ビジェも耳にしたことがあった。こちらの大陸と同じで、従魔術を扱える者はとても少なかった。

魔獣がほとんど人里に出てこないということもあり、価値の低い能力だったのだ。それ故に、その価値がレジュラの次期王としての資質のマイナス要素となった。

「争いをやめさせる……そうして、民達が穏やかに暮らせる国にしたい……っ、けれど、王族としての権威では、もはや地方貴族たちは止まらない。だから……っ」

ビジェはもう何も言えなかった。

強く王位を望み、国を憂えたその心はそのままだと知れて、失望した心が少しだけ緩む。

そこに優しく、穏やかな響きの声がかけられた。

「あなたは、王の資質もお持ちですよ」
「っ……」

はっと顔を上げるレジュラ。同時にビジェもコウヤを見る。

「国のため、民のためと誰かを犠牲にしなくてはならない判断も出来ている」
「……わ、私は……っ」

少しだけレジュラの瞳に力が戻る。

「あなたの国を想う気持ちは本物でしょう」
「っ……」

その目から、涙が溢れ出す。誰もそれを認める人はいなかった。そうして認められることを、レジュラが望んでいたのも知っている。ビジェ自身がそうであったのだから。

「ですが、誤りもあります」
「……はい……っ」

レジュラもわかっているのだ。友人を犠牲にしてまでやるべきことではなかったと。

「国を治める者は、確かに多数を生かすために少数を切り捨てることも考えなくてはなりません。それは国というものを守るための考えとして間違ってはいません。そうあなたは教えられてきたはずですから」
「そう……です……っ」

絞り出すように、そう告げるレジュラ。ビジェも、レジュラが良き王にと常に前向きに学んできたことを知っている。

「あなたは正しく学んでおられた。それは認められなくてはならないことですね」
「っ……私はっ……」

コウヤに微笑まれれば、充分だ。例え父母に、国の者に認められなくても、心は救われる。

けれど、ビジェは知っている。コウヤは優しいだけではない。

「ただ……それは後に、どうにもならないほど追い詰められた時に下す判断でなくてはなりません。あなたはもう、分かっていますよね? 友人を犠牲にする判断は間違っていたと」
「っ、はいっ、私はっ、私はなんてことをしたのかっ……申し訳ない……っ、どうして私はっ……っ」

本当の意味で、レジュラはようやく自分の過ちを認めた。

「王族や貴族は、常に考えることを求められます。だからこそ、多くの知識を得るために学ぶ環境を与えられている。資質は生まれだけで決めるものではありません。正しく努力し、積み重ねて作り上げていくものです。あなたは、途中でそれを投げ出してしまったようなもの……せっかく積み上げたものを、勝手な思い込みで崩してしまった」

レジュラだけではない。ビジェもコウヤを見つめて、自身の過去を見つめ直す。

「常に疑問を持ち、何が最善かを考えること。何か不測の事態が起きた場合、すぐに修正して次の策を考えること。そもそも、不測の事態を想定しておくこと。ずっと考えなくてはならないんです。思考を止めてはいけません」

そこまでしなくてはならない責任ある立場。

「誰かに任せることも必要ですが、任せてはならない時、投げてはならない事柄に気付けるようにならなくてはならない……王とは、貴族とは、大変な役目を負っているのです。特に、あなたの国は……あなたは、ここまで誤ってはならなかった」
「っ……はい……今ならば分かります。私は、周りに認められることに囚われていた……本当の意味で、国のことを考えてはいませんでした……だから、あの子を犠牲にしてしまった……」

ビジェも同じだと反省する。そして、何より王族や貴族がそうであらねばならないのだと理解した。

「そんな難しい顔をしないで。今までのは理想ですよ。そう在るべきだという教えです。人は完璧ではありません。神だって理想はあっても、完璧ではないんです。それで良いと思います」

コウヤが少し自嘲気味に笑っているように見えた。

「一人で完璧を目指しても、周りが理解しなければ、それはいつまでも歪な未完成なもの。あなたは助けを求めて良かったのです。一人で考えて、判断してはならなかった。人の世は、沢山の人が集まって完成されていくものだと俺は思います。王も貴族も、一人で立ってはならない。自分たちだけでもいけない」

自分たちの中で完結してはならないのだと、理解できた。

「あの子にも……精霊にも聞けばよかったんですよ」
「……え……」

レジュラはそんなこと、考えてもみなかったという表情をしていた。

「あなたとあの子には、誓約よりも確かな絆があったはずです。精霊は……本来、人を警戒します。とても臆病で、思慮深い。そんな精霊と、資格もなしに友人として付き合えていた。それはとても、希有な関係です」

ビジェは、ダンゴを知っている。だから、人を警戒すると聞いても、あまりピンとこなかった。だが、それはきっとダンゴが特別な存在だからだ。他に出会うことなどないのだから。

「それを……っ、私は裏切ったのですね……大して親しくもない聖女や神官の口車に乗って……」
「そうですね……」
「私は、もっと周りを見るべきだった……」
「そうです。ビジェも探していましたよ」
「ビジェ……すまなかった……っ」

レジュラは、深く体を折って頭を下げた。王子としての矜恃はあったはずだ。しかし今、確かに心から反省をして、自然に頭を下げた。それにビジェは面食らう。

これまでにもこんなことは何度かあった。この聖魔教の神官も、傲慢な貴族や商人に頭を下げさせるのだ。それをコウヤもというのが納得しながらも驚いてしまう。

「……っ」

次に頭を上げた時、レジュラはコウヤへ真っ直ぐに目を向けた。

「どのような罰でも受ける。自身の力を試すために、他国の民達に手を出したのだ……その上、あの子を死なせてしまった……償いをしなくてはなりません……」

目を伏せる。その様子にも、覚悟が見て取れた。最初の時とは全く雰囲気も違う。自身ときちんと向き合っているのが分かった。

コウヤも満足げにふわりと笑い。その笑みに、レジュラもビジェも顔を赤くした。

「ちゃんと、分かってくれてよかった」
「っ……はい……ありがとうございました……」
「うん。あの子のことも、忘れないで。想いを持ち続けてほしい」
「はいっ……はい……っ」

そうして、今度はそのままうずくまり、レジュラはしばらく声を上げて泣き続けた。

レジュラはこの部屋に留まる間。朝、昼、夕の祈りの時間には神霊への謝罪と、安らかな眠りを想い祈り続けた。

数日後、そんな様子を知ったコウヤは、晴れやかにビジェの隣で笑った。

「これで、あの子もまた戻って来たいって願ってくれるかな」
「戻って……こられるのですか……」
「うん」

嬉しそうな声と表情に、ビジェは唖然とする。

「ふふ。戻ってきたあの子が、会いたいって望んだら、会わせてあげなくちゃね」
「……ふっ……はいっ」

今度は楽しげに笑うコウヤ。それを見て、ビジェは改めて思った。

厳しいだけでもなく、優しいだけでもない。けれど、きちんと心を救い上げてくれる。

「……ありがとうございます……」
「うん? ふふっ」

笑いながら、教会からギルドへ向かうコウヤ。そんな姿を、ビジェは眩しげに見つめ、追いつくべく足を速めた。

「お側に……」

自分は居てもいいだろうか。そんな思いが何度も湧き上がってくる。そんな時、コウヤはいつも振り向いてくれた。

そして、今回も。

「どうしたの? ビジェ。早く行くよー」
「っ、はい!」

努力しなければと思うのだ。ずっと側にいるために。あの神官達もしているのだから。

「負けません」

決意は強くなっていた。

**********
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