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第八章 学校と研修
288 諦めていないみたい
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コウヤはビジェが用意してくれた椅子に座った。その両側には、ビジェとヴェルフが当然のように立った。
レジュラという名の青年は、そんな明らかにコウヤを守るために側に侍るビジェと神官を見て動揺する。しかし、真っ直ぐに見つめてくるコウヤに気付き、ベッドの上に正座して言葉を選びながら話を始めた。
立場の違いを理解したのか、はたまたコウヤの笑顔にやられたからか、言葉も丁寧だった。
「私の生まれたセンジュリン国は、他国との関係を長く絶ってきました……」
この国、トルヴァランがある大陸とは違う島国。それがセンジュリン国だ。
王家はあるが、地方貴族達で内戦を繰り返し、領地を奪い合っていた。内戦で常に慌ただしく地図が書き変わるような国と、苦労して海を渡ってでも関わり合いになりたいと思う国はなく、長くそのまま孤立していたのだ。
「地方貴族達の諍いに、冒険者達も巻き込み、それをきっかけとして国から冒険者ギルドが撤退することになりました……」
冒険者達は国に所属するものではない。だから、貴族達はそんな彼らを利用した。彼らを間者に仕立て上げたり、問題を起こさせて争う原因を作り出したのだ。
謂れなき罪を捏造されることなど日常茶飯事。これにより、冒険者ギルドは撤退を決めた。
その地方貴族達が、冒険者の存在意義を理解できていなかったのだと思い知った時には既に遅かった。
「冒険者が居なくなったことで、各地にあった迷宮が頻繁に氾濫を起こすようになりました……諍いどころではなくなり、いくつもの町や村が消えたのです……」
迷宮の存在は、貴族達には重要ではなかった。けれど、迷宮産の物が手に入り難くなったと気づいた時には、手遅れだったのだ。
コウヤもさすがに呆れた。本当に貴族達は領地の奪い合いにしか興味がなかったようだ。
「確か……あの大陸は野生の魔獣が少なかったですね……ただ、迷宮が多いとは聞いています。迷宮の探索をする冒険者が居なくなっては、物流も滞るでしょう。よく氾濫が起きるまで気付かないなんてことになりましたね」
「……民達は相当苦労していたようです。自分たちで迷宮に潜っていたとも聞いています」
「危険でしょうに……国は気付かなかったのですか?」
一般人が迷宮に入るのは危険なことだと分かるはずだ。けれど、それをしなければ生きていけないほど、困窮していたのだろう。
「……貴族達の諍いで、民達も少なからず命を落としていましたので……」
「迷宮で命を落としていても、不思議に思わなかったと? よく国が滅びないものですね」
いくらコウヤでも、王家を軽蔑せずにはいられなかった。それが分かったのだろう。レジュラは少し声を大きくする。
「っ、だ、だから、私はせめて迷宮を管理できるようになろうとっ」
「迷宮は人が管理できるものではありません。神でさえできないものです」
出来ていたら、精霊達にあのような思いはさせていない。けれどレジュラは否定する。
「出来る! 神霊様……神の遣いによって、迷宮は管理されているのだから!」
「……」
確かに精霊によって迷宮は管理されている。しかし、それは精霊が生きるためのもの。人と共存するための大切な存在意義。だからこそ、人の都合によって左右してはならないものだ。
「だから、神霊様を使役できれば、迷宮は管理できる! そう聖女様が仰ったのだ! 我が国を哀れに思った神からの神託だと!」
「……聖女……」
予想はしていた。
「その神官はどの教会の者です?」
「聖女が居るのは神教会だけでしょう。我が国では、王家から何人も聖女を出している。神聖な地だからこそ、迷宮が多い」
「……」
単に島国だからだ。細かく狭い範囲で領地が分かれているため、冒険者ギルドもこの大陸の比ではないほどいくつもあった。それにより、冒険者達はくまなく島中に散らばった。
人が集まる場所の近くに小さな迷宮はできやすく、また、精霊達も島国という狭い範囲で散らばったために迷宮はいくつもできたのだ。
また、人の居住地が多く確保されていることにより、空白の場所が少ないというのも原因の一つだ。魔獣も棲家を追われたため、迷宮の利用価値は高くなった。人との共存のため、精霊達も気合いが入るというもの。
そんな、島国ならではの事情により、迷宮が多いのだが、理解できるものではないだろう。たからこそ、神教会のもっともらしい理由付けが常識になってしまったようだ。
コウヤが内心でため息を吐いていると、それまで黙って控えていた神官のヴェルフは我慢ならなかったようだ。
「あの教会に、神はここ数百年、神託を下ろしてはおりません。それと、迷宮が多いのは土地柄です。決して、神聖などと思わぬことです」
「っ、な、なにを! 聖女の生まれる国だぞ!」
「ステータスに(仮)と出るような聖女は本物ではありません」
「は?」
「あ、そっか」
コウヤは納得した。
「聖女や神子は、神が任命するものです。一応は神官となっている者が複数人『聖女』と任命すればステータスに『聖女』と出ます。ですが、正確に鑑定した場合、その『聖女』の後に(仮)と出るはずです」
「仮……」
「それと、これは神に直接確認したことですが、直近で最後の神の認めた聖女はコウヤ様のお母上であるファムリア様だけです。今、神教会の抱える五人の聖女は自称している者でしかありません。あなたは『自称聖女』に騙されたのですよ」
「……聖女が……自称……」
『自称聖女』なんて、胡散臭さ過ぎる。レジュラもそう感じたのだろう。言葉を失くしていた。
少しばかりコウヤも同情する。
「あの教会は歴史だけはありますからね。精霊のことについての資料も、少なからずあったのでしょう。それを都合よく解釈して口にしたというところでしょうか……『使役の楔』もその自称聖女から?」
「……はい……」
「なるほど……」
コウヤはヴェルフを見上げる。すると、彼は頷き、ドアが開いたままになっている部屋の外へと視線を飛ばした。
気配が動いたのを感じ、コウヤは再び青年へ目を向ける。青年はコウヤをじっと見ていたのだろう。何かを指示したことに気付いたようだ。これに苦笑を向ける。
「『使役の楔』は現在、そう易々とに手に入るものではないんです。たまたま手に入れたのか、はじめから精霊に使うために準備していたのか……少し調べる必要があります。あなただけではないかもしれないですし」
「……」
ここ数日で、コウヤも調べものをしていた。それは、他にも人為的に起きた氾濫や集団暴走がないかどうか。十数年遡って、冒険者ギルドの記録を確認したのだが、それらしいものはなかった。
ダンゴも精霊達のネットワークを駆使して、他にも犠牲になった子がいないか確認していたのだ。何匹か拐われそうになった子はいたようで、これ以降警戒するようにと伝えた。
コウヤは、もう一つ確認すべきことがあったと思い出す。
「ところで、あなたの国から、このトルヴァランは遠いですよね? 間にいくつか国もあります。なぜ、ここに来たのですか? 確認したところ、あなたが引き起こしたのは、辺境の端にある『咆哮の迷宮』と今回の『大蛇の迷宮』です。どうしてこの二つを選んだのですか?」
「……なるべく人里から離れた迷宮で試したかった……それと……神官が言ったのだ……この辺りは神の地。浄化するためにも、神霊の力でやるべきだと……」
「……諦めていないみたいですね……」
神教国は、遠く離れたこの辺境を手に入れようと何度も画策していた。ユースールの評判を落とそうと目論んだり、もっと教会を建てるべきだとレンスフィートに面会を求めていた。
この地はコウルリーヤが最期を迎えた地だ。追い詰められて消えた土地。更には、コウヤが産まれた地だ。神気や魔力がかなり多い。よって、魔獣や魔物達は大きく強くなる。人の手が入り難くなった土地だ。
しかし、神官達にとっては最高の土地だった。神気があるため、加護の力が増す。それは治癒魔法の強化を意味する。
力が弱まっている今、この地は神教国にとって最も手に入れたいと願う場所だった。
ここでヴェルフが現状を伝える。
「他国では、我々聖魔教の者は、本当は力がなく、土地の力によって人々を騙しているのだという話が広まっているようです」
「それ、この国の人は信じるのかな?」
コウヤはクスリと笑って確認する。ヴェルフも笑っていた。それはもう、惚れ惚れするほどの良い笑顔。無表情は夢だったのかと思えるもの。
「ふふふ。そのようなホラを吹く者達には、鼻で笑って返すそうです。『だったら出て行け』と。他領でも、既に助けを求めてこのユースールか王都へ来た者も多いですから」
そういった者たちが領に戻り、話を広め、確認のためにそれを聞いた冒険者達が移動する。そうして戻ってきて本当だと証言し、神教会との違いを広める。
これにより、短期間でトルヴァラン国内の神教会に対する不満が爆発した。
多くの領主は独自で動き、そこで神教会が隠していた不正や人道に反する行いを知り、捕縛しているらしい。
国からの抗議も何度も入れており、周辺国ではこれを聞き、もしや自分たちの国でもと思い至った。裏で白夜部隊も数名動いていることもあり、ここ数日、神教国には頭の痛い日々が続いている。
これにより、レジュラが捕らえられたという情報は隠されているのだ。
「予想より早く、あの教会をどうにかできそうだね」
「もちろんです。エリス様だけでなく、ゼスト様とリクト様も不快だと仰った……何より、コウヤ様のお母様を手にかけようとした者たちです。我々が許せるはずがありません」
「……そこも怒ってくれたんだ?」
コウヤはパチリと目を瞬かせる。すると、ヴェルフは当然だと深く頷いた。そして、懐かしげに目を細める。見た目の年齢はコウヤとそれほど変わらないのだが、実際に生きてきた時間は長い。そこには、年長者の子どもを慰る色が見て取れた。
「我々の意識は深く沈んでおりましたが、ファムリア様にお会いした時の事は不思議と覚えているのです。おそらく、コウヤ様を身篭られる前。我々は神教国の者に追われているあの方の道案内をしました」
「……そうなの?」
ルディエもそれは口にしていなかった。けれど、時折コウヤの瞳や髪を見て、遠い誰かを見ているような様子は感じていた。
「あの方は真の聖女でした。正しく神に認められた……我々と同じ存在。だから分かりました。神教国が、我々と同じように捕らえて使おうとしていたことに……ですから、ルディエ様も手を貸しました」
捕まえさせてなるものかと、逃したのだ。神教国に対する嫌がらせの一環でもあった。
「コウヤ様にお会いした時。何よりもあの方の存在を探しました。我々が得られなかった家族を得るという幸福を見たかった……それが叶わなかったと知り、悲しかった」
「でも、神教国を出ようと思わなければ、俺は生まれなかったはずです」
反抗して神教国を出なければ、ジルファスとの出会いはなかったのだから。
「いいえ……当時を調べました。神教国は、自分たちの権威を示すため、度々病や怪我人を作っていたのです。ファムリア様の最期のお務めも、そこから起きています」
「……そんなことを……っ」
これにはコウヤも驚いた。ゼストラーク達にも気付かれずどうやってと疑問に思う。だが、ふと思いついたのは、国王達の病の原因だ。まさかと考えをまとめる前に、ヴェルフは言葉を続けていた。
「今回の彼のしたことも、それの延長……本気で精霊を従わせられるとは思っていなかったでしょう。もちろん、できれば良しと思っていたかもしれません」
「怪我人を出そうとしていた……教会の権威を示すために……」
「調査結果から、そう判断いたしました」
色々と納得できてしまった。
コウヤが顔をしかめている間に、ヴェルフはレジュラへ告げた。
「センジュリン国へ調査に向かったところ、あなたは死んだことになっていました」
「っ、え……」
レジュラは唐突に突きつけられた報告に目を丸くする。
「ビジェの扱いを確認するためでしたが、その中であった報告によると『第一王子のレジュラ王子は療養先のシュクで集団暴走にあい死亡。次期王に第二王子が指名された』とのことです。城を出た時点で病を理由に継承権は剥奪されていたようですし、最初からあなたを利用するために近付いたのでしょうね」
「うそ……っ、うそだ……っ」
レジュラは頭を抱えてしまった。彼には従魔術の適性があった。恐らく、それを見込んだのだろう。
そして、これはビジェに聞いていた。
センジュリン国は、特にここ数年スキルや適性を重視するようになったという。それによって、跡取りであったビジェも家から切り捨てられたのだと。
「……なんか……神教国が裏で暗躍してたっぽいね」
「はい。何より、センジュリン国は神教国が望む争いの多い国です。自分たちの権威を示すのにこれほど理想的な国もないでしょう。その上、自国出身の聖女が居るのです。受け入れも抵抗がありません」
寧ろ、自国から出た聖女がいるのだと熱狂的に迎え入れていた。
「それと、スキルや適性を重視する考えは、神教国のものです。センジュリン国は……半ば乗っ取られた状態といえるでしょう」
「っ、そんなっ……なら、なら、私は何のために……っ」
レジュラはようやく理解した。自分は本当に利用されただけなのだということを。
「私は……どこに帰ればいい……っ」
これに答えたのはビジェだった。
「帰る場所などありません。あの日……神霊様を捕らえた時から……」
「っ……だが、あの時はっ、そうでなければ契約ができないと神官が……っ」
「なぜ、そちらを信じてしまったのですかっ。友だと言っていた神霊様を……なぜ裏切れたのですかっ。幼い頃から、支えてくれた神霊様を、なぜ縛ったのですか!」
「ッ……」
はっとレジュラは息を呑んだ。
彼は、あの精霊と幼い頃に出会い、交友を結んでいたらしかった。それを、神教国に利用されたのだ。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
二日空きます。
よろしくお願いします◎
レジュラという名の青年は、そんな明らかにコウヤを守るために側に侍るビジェと神官を見て動揺する。しかし、真っ直ぐに見つめてくるコウヤに気付き、ベッドの上に正座して言葉を選びながら話を始めた。
立場の違いを理解したのか、はたまたコウヤの笑顔にやられたからか、言葉も丁寧だった。
「私の生まれたセンジュリン国は、他国との関係を長く絶ってきました……」
この国、トルヴァランがある大陸とは違う島国。それがセンジュリン国だ。
王家はあるが、地方貴族達で内戦を繰り返し、領地を奪い合っていた。内戦で常に慌ただしく地図が書き変わるような国と、苦労して海を渡ってでも関わり合いになりたいと思う国はなく、長くそのまま孤立していたのだ。
「地方貴族達の諍いに、冒険者達も巻き込み、それをきっかけとして国から冒険者ギルドが撤退することになりました……」
冒険者達は国に所属するものではない。だから、貴族達はそんな彼らを利用した。彼らを間者に仕立て上げたり、問題を起こさせて争う原因を作り出したのだ。
謂れなき罪を捏造されることなど日常茶飯事。これにより、冒険者ギルドは撤退を決めた。
その地方貴族達が、冒険者の存在意義を理解できていなかったのだと思い知った時には既に遅かった。
「冒険者が居なくなったことで、各地にあった迷宮が頻繁に氾濫を起こすようになりました……諍いどころではなくなり、いくつもの町や村が消えたのです……」
迷宮の存在は、貴族達には重要ではなかった。けれど、迷宮産の物が手に入り難くなったと気づいた時には、手遅れだったのだ。
コウヤもさすがに呆れた。本当に貴族達は領地の奪い合いにしか興味がなかったようだ。
「確か……あの大陸は野生の魔獣が少なかったですね……ただ、迷宮が多いとは聞いています。迷宮の探索をする冒険者が居なくなっては、物流も滞るでしょう。よく氾濫が起きるまで気付かないなんてことになりましたね」
「……民達は相当苦労していたようです。自分たちで迷宮に潜っていたとも聞いています」
「危険でしょうに……国は気付かなかったのですか?」
一般人が迷宮に入るのは危険なことだと分かるはずだ。けれど、それをしなければ生きていけないほど、困窮していたのだろう。
「……貴族達の諍いで、民達も少なからず命を落としていましたので……」
「迷宮で命を落としていても、不思議に思わなかったと? よく国が滅びないものですね」
いくらコウヤでも、王家を軽蔑せずにはいられなかった。それが分かったのだろう。レジュラは少し声を大きくする。
「っ、だ、だから、私はせめて迷宮を管理できるようになろうとっ」
「迷宮は人が管理できるものではありません。神でさえできないものです」
出来ていたら、精霊達にあのような思いはさせていない。けれどレジュラは否定する。
「出来る! 神霊様……神の遣いによって、迷宮は管理されているのだから!」
「……」
確かに精霊によって迷宮は管理されている。しかし、それは精霊が生きるためのもの。人と共存するための大切な存在意義。だからこそ、人の都合によって左右してはならないものだ。
「だから、神霊様を使役できれば、迷宮は管理できる! そう聖女様が仰ったのだ! 我が国を哀れに思った神からの神託だと!」
「……聖女……」
予想はしていた。
「その神官はどの教会の者です?」
「聖女が居るのは神教会だけでしょう。我が国では、王家から何人も聖女を出している。神聖な地だからこそ、迷宮が多い」
「……」
単に島国だからだ。細かく狭い範囲で領地が分かれているため、冒険者ギルドもこの大陸の比ではないほどいくつもあった。それにより、冒険者達はくまなく島中に散らばった。
人が集まる場所の近くに小さな迷宮はできやすく、また、精霊達も島国という狭い範囲で散らばったために迷宮はいくつもできたのだ。
また、人の居住地が多く確保されていることにより、空白の場所が少ないというのも原因の一つだ。魔獣も棲家を追われたため、迷宮の利用価値は高くなった。人との共存のため、精霊達も気合いが入るというもの。
そんな、島国ならではの事情により、迷宮が多いのだが、理解できるものではないだろう。たからこそ、神教会のもっともらしい理由付けが常識になってしまったようだ。
コウヤが内心でため息を吐いていると、それまで黙って控えていた神官のヴェルフは我慢ならなかったようだ。
「あの教会に、神はここ数百年、神託を下ろしてはおりません。それと、迷宮が多いのは土地柄です。決して、神聖などと思わぬことです」
「っ、な、なにを! 聖女の生まれる国だぞ!」
「ステータスに(仮)と出るような聖女は本物ではありません」
「は?」
「あ、そっか」
コウヤは納得した。
「聖女や神子は、神が任命するものです。一応は神官となっている者が複数人『聖女』と任命すればステータスに『聖女』と出ます。ですが、正確に鑑定した場合、その『聖女』の後に(仮)と出るはずです」
「仮……」
「それと、これは神に直接確認したことですが、直近で最後の神の認めた聖女はコウヤ様のお母上であるファムリア様だけです。今、神教会の抱える五人の聖女は自称している者でしかありません。あなたは『自称聖女』に騙されたのですよ」
「……聖女が……自称……」
『自称聖女』なんて、胡散臭さ過ぎる。レジュラもそう感じたのだろう。言葉を失くしていた。
少しばかりコウヤも同情する。
「あの教会は歴史だけはありますからね。精霊のことについての資料も、少なからずあったのでしょう。それを都合よく解釈して口にしたというところでしょうか……『使役の楔』もその自称聖女から?」
「……はい……」
「なるほど……」
コウヤはヴェルフを見上げる。すると、彼は頷き、ドアが開いたままになっている部屋の外へと視線を飛ばした。
気配が動いたのを感じ、コウヤは再び青年へ目を向ける。青年はコウヤをじっと見ていたのだろう。何かを指示したことに気付いたようだ。これに苦笑を向ける。
「『使役の楔』は現在、そう易々とに手に入るものではないんです。たまたま手に入れたのか、はじめから精霊に使うために準備していたのか……少し調べる必要があります。あなただけではないかもしれないですし」
「……」
ここ数日で、コウヤも調べものをしていた。それは、他にも人為的に起きた氾濫や集団暴走がないかどうか。十数年遡って、冒険者ギルドの記録を確認したのだが、それらしいものはなかった。
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コウヤは、もう一つ確認すべきことがあったと思い出す。
「ところで、あなたの国から、このトルヴァランは遠いですよね? 間にいくつか国もあります。なぜ、ここに来たのですか? 確認したところ、あなたが引き起こしたのは、辺境の端にある『咆哮の迷宮』と今回の『大蛇の迷宮』です。どうしてこの二つを選んだのですか?」
「……なるべく人里から離れた迷宮で試したかった……それと……神官が言ったのだ……この辺りは神の地。浄化するためにも、神霊の力でやるべきだと……」
「……諦めていないみたいですね……」
神教国は、遠く離れたこの辺境を手に入れようと何度も画策していた。ユースールの評判を落とそうと目論んだり、もっと教会を建てるべきだとレンスフィートに面会を求めていた。
この地はコウルリーヤが最期を迎えた地だ。追い詰められて消えた土地。更には、コウヤが産まれた地だ。神気や魔力がかなり多い。よって、魔獣や魔物達は大きく強くなる。人の手が入り難くなった土地だ。
しかし、神官達にとっては最高の土地だった。神気があるため、加護の力が増す。それは治癒魔法の強化を意味する。
力が弱まっている今、この地は神教国にとって最も手に入れたいと願う場所だった。
ここでヴェルフが現状を伝える。
「他国では、我々聖魔教の者は、本当は力がなく、土地の力によって人々を騙しているのだという話が広まっているようです」
「それ、この国の人は信じるのかな?」
コウヤはクスリと笑って確認する。ヴェルフも笑っていた。それはもう、惚れ惚れするほどの良い笑顔。無表情は夢だったのかと思えるもの。
「ふふふ。そのようなホラを吹く者達には、鼻で笑って返すそうです。『だったら出て行け』と。他領でも、既に助けを求めてこのユースールか王都へ来た者も多いですから」
そういった者たちが領に戻り、話を広め、確認のためにそれを聞いた冒険者達が移動する。そうして戻ってきて本当だと証言し、神教会との違いを広める。
これにより、短期間でトルヴァラン国内の神教会に対する不満が爆発した。
多くの領主は独自で動き、そこで神教会が隠していた不正や人道に反する行いを知り、捕縛しているらしい。
国からの抗議も何度も入れており、周辺国ではこれを聞き、もしや自分たちの国でもと思い至った。裏で白夜部隊も数名動いていることもあり、ここ数日、神教国には頭の痛い日々が続いている。
これにより、レジュラが捕らえられたという情報は隠されているのだ。
「予想より早く、あの教会をどうにかできそうだね」
「もちろんです。エリス様だけでなく、ゼスト様とリクト様も不快だと仰った……何より、コウヤ様のお母様を手にかけようとした者たちです。我々が許せるはずがありません」
「……そこも怒ってくれたんだ?」
コウヤはパチリと目を瞬かせる。すると、ヴェルフは当然だと深く頷いた。そして、懐かしげに目を細める。見た目の年齢はコウヤとそれほど変わらないのだが、実際に生きてきた時間は長い。そこには、年長者の子どもを慰る色が見て取れた。
「我々の意識は深く沈んでおりましたが、ファムリア様にお会いした時の事は不思議と覚えているのです。おそらく、コウヤ様を身篭られる前。我々は神教国の者に追われているあの方の道案内をしました」
「……そうなの?」
ルディエもそれは口にしていなかった。けれど、時折コウヤの瞳や髪を見て、遠い誰かを見ているような様子は感じていた。
「あの方は真の聖女でした。正しく神に認められた……我々と同じ存在。だから分かりました。神教国が、我々と同じように捕らえて使おうとしていたことに……ですから、ルディエ様も手を貸しました」
捕まえさせてなるものかと、逃したのだ。神教国に対する嫌がらせの一環でもあった。
「コウヤ様にお会いした時。何よりもあの方の存在を探しました。我々が得られなかった家族を得るという幸福を見たかった……それが叶わなかったと知り、悲しかった」
「でも、神教国を出ようと思わなければ、俺は生まれなかったはずです」
反抗して神教国を出なければ、ジルファスとの出会いはなかったのだから。
「いいえ……当時を調べました。神教国は、自分たちの権威を示すため、度々病や怪我人を作っていたのです。ファムリア様の最期のお務めも、そこから起きています」
「……そんなことを……っ」
これにはコウヤも驚いた。ゼストラーク達にも気付かれずどうやってと疑問に思う。だが、ふと思いついたのは、国王達の病の原因だ。まさかと考えをまとめる前に、ヴェルフは言葉を続けていた。
「今回の彼のしたことも、それの延長……本気で精霊を従わせられるとは思っていなかったでしょう。もちろん、できれば良しと思っていたかもしれません」
「怪我人を出そうとしていた……教会の権威を示すために……」
「調査結果から、そう判断いたしました」
色々と納得できてしまった。
コウヤが顔をしかめている間に、ヴェルフはレジュラへ告げた。
「センジュリン国へ調査に向かったところ、あなたは死んだことになっていました」
「っ、え……」
レジュラは唐突に突きつけられた報告に目を丸くする。
「ビジェの扱いを確認するためでしたが、その中であった報告によると『第一王子のレジュラ王子は療養先のシュクで集団暴走にあい死亡。次期王に第二王子が指名された』とのことです。城を出た時点で病を理由に継承権は剥奪されていたようですし、最初からあなたを利用するために近付いたのでしょうね」
「うそ……っ、うそだ……っ」
レジュラは頭を抱えてしまった。彼には従魔術の適性があった。恐らく、それを見込んだのだろう。
そして、これはビジェに聞いていた。
センジュリン国は、特にここ数年スキルや適性を重視するようになったという。それによって、跡取りであったビジェも家から切り捨てられたのだと。
「……なんか……神教国が裏で暗躍してたっぽいね」
「はい。何より、センジュリン国は神教国が望む争いの多い国です。自分たちの権威を示すのにこれほど理想的な国もないでしょう。その上、自国出身の聖女が居るのです。受け入れも抵抗がありません」
寧ろ、自国から出た聖女がいるのだと熱狂的に迎え入れていた。
「それと、スキルや適性を重視する考えは、神教国のものです。センジュリン国は……半ば乗っ取られた状態といえるでしょう」
「っ、そんなっ……なら、なら、私は何のために……っ」
レジュラはようやく理解した。自分は本当に利用されただけなのだということを。
「私は……どこに帰ればいい……っ」
これに答えたのはビジェだった。
「帰る場所などありません。あの日……神霊様を捕らえた時から……」
「っ……だが、あの時はっ、そうでなければ契約ができないと神官が……っ」
「なぜ、そちらを信じてしまったのですかっ。友だと言っていた神霊様を……なぜ裏切れたのですかっ。幼い頃から、支えてくれた神霊様を、なぜ縛ったのですか!」
「ッ……」
はっとレジュラは息を呑んだ。
彼は、あの精霊と幼い頃に出会い、交友を結んでいたらしかった。それを、神教国に利用されたのだ。
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