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第八章 学校と研修

287 傲慢なのかな……

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ようやくベルセンでの集団暴走スタンピードにおける報告書が揃い。落ち着いたのが昨日。

それらが落ち着いたら、エリスリリアのした提案も通るということになっていた。そうして、二日ほど休むように言われて教会へ向かっていたところ、ダンゴがそれに反応した。

《っ……あの子が消えるでしゅ……》
「あの子……会いに行こう」
《はいでしゅ……》

その精霊はリエラに捕らえられた青年の『使役の くさび 』によって使役されていた。そうして、迷宮の核に干渉し、今回の集団暴走スタンピードを引き起こしたのだ。

精霊はあの集団暴走スタンピードの最中、青年ごとユースールに運び込まれていた。そして『使役の楔』を解除し、一番手近な『書架の迷宮』の精霊達に預けたのだ。

精霊は大地と契約するもの。人との契約には資格が要る。それを『使役の楔』によって無理矢理為していたのだ。精霊はとても弱っていた。

大地の核である迷宮のコアの傍に居ることで、多少は回復できると踏んでのことだったのだが、やはり弱り過ぎていたらしい。

コウヤはダンゴを連れて『書架の迷宮』の最奥へ飛んだ。

「……」
《しっかりするでしゅよっ》

ダンゴが駆け寄って声をかける。ふくふくと丸くなる本来の精霊の姿は見る影もなく、痩せ細って痛々しい。既に輪郭が崩れだしていた。

コウヤは膝を突いて覗き込んだ。すると。薄らと目を開ける。

「無理しちゃダメだよ」
《……っ》

それは声にならない声だった。届いた思いは『申し訳ない』『ごめんなさい』だった。使役されていたとしても、意識はあるのだ。自身がした事に罪悪感を感じているのだろう。

「君は悪くないよ」
《っ……》

ホロホロと涙を零す。もう、頭を上げる気力さえないそんな様子に、コウヤは耐えられなかった。

そっと手を伸ばし、熱を伝えるように触れる。今にも掻き消えてしまう状態だ。慎重に触れた。

「辛かったね。気付いてあげられなくてごめんね。もう大丈夫だよ。誰も怒っていないから。誰も傷ついていないよ。だから、ゆっくり眠ってそれで……また戻っておいで」
《っ、っ…………》

ホッと息をしたように感じた。優しい子だった。自身が引き起こした氾濫や集団暴走スタンピードによって誰かを傷付けてしまうことを恐れていたのだろう。

その子は静かに消えていった。

《……主さま……っ》
「うん……」

コウヤとダンゴの周りには、この『書架の迷宮』を管理する精霊達が集まっていた。そうして、消えた子の居た場所をじっと見つめている。

そうして、立ち上がったコウヤに視線を移す。円な瞳が全てコウヤを見ていた。

「ありがとう。見送ってくれて」

ふわりと笑うコウヤに、精霊達は一匹(?)ずつ慰めるように浮かび上がって頬に擦り寄る。

「ふふ。大丈夫。悲しいけど、きっとまた会えるから」

精霊達に慰められ、コウヤとダンゴは迷宮を後にした。

教会に戻り、聖堂の椅子に腰掛けて心を落ち着かせる。そろそろ、青年の目が覚めるのだ。きちんと、なぜあんなことをしたのか理由を聞かなくてはならない。

頭を空にするように、感情を一時的に追い出すように、背もたれに身を預け、淡く神気で輝く四円柱しえんじを見つめる。

すると、ふと隣に神気を感じた。顔を向ける寸前、頭にそっと手を添えられた。

「……っ、ゼストパパ……」
「悲しいのか」

確認されて、散らしたはずの感情が戻ってくる。誤魔化すなということなのだろう。ダンゴは、いつの間にか消えていた。気配は教会の奥。ベニ達の部屋だ。気を遣ってくれたのだろう。

「っ……どうかな……悔しい……っていうのもありそう……もっと早く、あの子を解放してあげたかった……」
「……」

ゼストラークは静かにそれを聞いてくれている。そうすると、グルグルと渦巻いていた感情が解れていく。ぐちゃぐちゃと絡まっていた感情の糸が何なのかが分かってくる。

「これって、傲慢なのかな……俺なら、気付いてあげられたかもしれないって思うんだ……そうしたら、あの子があんなに傷付かずに済んだかもしれない……」

何が悔しいか。口にすると、それが理解できた。『咆哮の迷宮』での一件で、原因を探っていれば、今回の集団暴走スタンピードは止められただろう。

そうすれば、あれほどあの精霊も弱ることはなかった。消えることはなかったかもしれない。

「もし……って、考えは好きじゃないんだ……後悔するのは必要で、教訓にすることは悪いことじゃない……けど……」

ゼストラークへ顔を向ける。そこにあるのは、全てを受け入れてくれる優しさと、確かな答えを持つ強い意志の宿る瞳。

「神は後悔なんてしちゃダメでしょ?」
「……どうして、そう思う」
「結果をきちんと受け止められないとダメだって思うんだ。全てに責任を持つべきだから」
「……」

ゼストラークはゆっくりとコウヤから視線を外し、四円柱へ目を向ける。

「神だとて迷いもする。私も迷う」
「ゼストパパが?」

コウヤには想像できなかった。いつだって泰然と構えているのがゼストラークで、コウヤの憧れなのだから。

「世界を管理することも、治めることも完璧なことなどない。型にはめることも、枠を固定することもすべきではないからだ」
「……」

コウヤはただ、ゼストラークの横顔を見つめ続けた。すると、ふとまたゼストラークが目を合わせた。その目には、褒めるような喜びがあった。

「もしと考えられるのは、余白があった証拠だ。決して型通りではない、可能性を秘めていることの証。だが、選び取れるのは一本の道のみだ。それは結果として受け入れねばならない。そうでなくては、選び取る過程で失ったもの、得たものを全て否定することになる」

今回の場合は、精霊の死だ。そして、集団暴走スタンピードによって得た冒険者達の絆や経験。ベルセンの者たちの出した答えだ。

「神がしてはならないのは、後悔ではなく、否定することだ。後悔さえも、否定してはならん。今に繋がった道を否定することだけはするな」
「……うん……そっか……っ」

ならば少し悲しんでもいいかもしれない。そう思ったら、涙が滲んでいた。

そんなコウヤの頭をゼストラークは再び撫でた。とても嬉しそうに、誇らしそうに笑みを浮かべる。その様子は成長した息子を褒める父親だった。

離れて様子を窺っていた神官達も微笑まし気に見つめる。

「感情を殺すことはない。確かに、我々は神として絶大な力を持っている。だが、それも必要な力だ。私もリクトやエリスも人と関わることを決めた。だから……次は止めてやれる。こうして、いつでも傍に来てやれる。もう少し、お前はわがままでもいい」
「っ……わがままって……なんだろう?」

首を傾げれば、ゼストラークは困りながらも笑った。

「好きにしろということだ。私やリクト達も好きにしているからな」
「う~んと……うん。わかった。多分、我慢しないってことだね?」
「まあ、そうだな」

数日前のエリスリリアの発言を思い出す。冒険者ギルドで働くというやつだ。確かに、あれはわがままと言えるだろうと納得する。

「ゼストパパも好きにする?」
「ああ。これからドラム組で採用面接でも受けてくるかと考えている」

これが神官達にも聞こえたらしい。息を呑む音が聞こえた。

「そっか……うん。分かった。なら、コレを棟梁さんに渡してくれる?」
「これは……なるほど。ベルセンの教会の設計図か」
「うん。ダメ?」
「いや。行ってこよう」

立ち上がったゼストラークの瞳にあったのは、抑えきれない興奮と好奇心だ。確かに我慢していないらしい。

そこにタイミングを計っていたようにベニがやって来る。会話も聞こえていたらしい。止める気はないようだ。

「ゼスト様。よろしければご案内いたしましょう」
「いいのか?」
「もちろんです」
「では頼む。コウヤ。怒ることも我慢するな」
「うん」

青年が目を覚ました。胸にある苛立ちは正しく向けようと思う。あの精霊の代わりに、怒ることも必要だ。

ゼストラークがベニと聖堂を出て行くのを見送って、コウヤは地下へ向かった。

因みに、ドラム組へ向かったゼストラークが棟梁に真面目に採用面接を願い出た所で、棟梁がまた白目を剥いたと聞いたのはこの翌日だった。

*********
読んでくださりありがとうございます◎
三日空きます。
よろしくお願いします◎
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