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第七章 ギルドと集団暴走

272 応援が来ました!

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現在深夜0時を回った所。三度目の集団暴走スタンピードの真っ最中だ。もう十五分程でようやく半分の折り返しとなる。

「いいですか。集団暴走スタンピードは半分の時間、折り返しの所で一旦そうと分かるように迷宮が放出を弱めてくれます。ここで油断する冒険者も多いです」

コウヤは城壁の上で、見学するベルセンの冒険者や職員達に向かって解説していた。

「職員の方は、発生時に出会えなくても、その半分の辺りから計測を始められるように心がけてください。冒険者の方も、ランクが上がり、金銭的な余裕ができたら、必ず計測の魔導具を手に入れてください」

実際の集団暴走スタンピードを体験できる機会だ。実体験しているため、覚えようという気もある。

一人の冒険者が手を上げた。年齢は三十頃だろうか、中堅だろう。

「ご質問ですね。どうぞ」
「その魔導具の値段はどれくらいですか?」

真面目な質問が増えてきており、コウヤは嬉しくなる。ニヤケそうになりながら計測機を手にして見せる。

「正規の値段でしたら金貨一枚から五枚です。ただ、冒険者ギルドによっては、引退する冒険者からそれを買い取り、中古品として大体、大銀貨六枚から八枚くらいで譲ることができるよう対応しています」
「ウチのギルドだと……ないんだろうな……」
「……」

職員達が肩を落とす。それが物語っていた。そのフォローというわけではないが、コウヤはクスリと笑った。

「残念ながら、現状あまり実施しているギルドはありません。魔導具自体が高価なイメージですし、手入れも必要になりますからね。何より、重要な使い所である集団暴走スタンピードはそれほど起きるものではありません。こうして現実にならなければ、どうしても危機感は生まれません。手に入れようと思えないでしょう」
「ま、まあ……高い魔導具を備えるとか……ちょっと……」

冒険者達は、その日暮らしが出来ればいいと思っているのだ。生き残るため、または見栄とかプライドとかで武具にお金を使っても、必要となるか分からない物を備えのために持っておくというのは考えられない。

「ですが、とても大事なことですよ? 皆さんは、万が一のために薬を買うはずです。ですが、薬は劣化しますよね。でも、最低限は備えとして持っておくでしょう。それと変わりません」
「いや。でも、値段が違うし」
「そうですね。ただ、れっきとした魔導具ですから、薬のような消耗品ではありません。斥候時に、時間を決めて動くこともできます。移動時間を計ったり、待ち合わせ時間を厳守しなくてはならない依頼でも役に立つでしょう」

ユースールでは、訓練に使っている。もちろん、個人でもだ。

「冒険者の方は時間にルーズになりがちです。ですが、ランクが上がれば貴族や大商人の依頼も受けるようになるでしょう。その時にも重宝することになると思います。使い捨てではないんです。それこそ、百年、二百年保つものですから」
「……」

それならと思う者たちが大半だろう。眉をひそめるものはかなり減った。逆に小さく頷く者が多い。

「では、中間の魔獣が減るというところを良く見ておいてください。上から見ると一目瞭然です。その間の前線の対応も確認してください」

一旦コウヤは離れる。この後半組も、真剣に戦場を見つめている。戦っている時は必死だ。一歩間違えば死が近づくのだから、なりふり構っていられない。

だが、ここから見るとよく分かる。心構えが出来ている前線のユースール組は、一人一人が考えて行動していた。それだけでも余裕が感じられる。それを確認して、コウヤは嬉しくなる。

「やっぱりさすがですね。特に疲れも残ってない」

一度目の半分辺りからの参戦だったとはいえ、三度目の今も、ほとんど士気も下がっておらず、未だ楽しそうに魔獣を取り合っていたりする。

テンキが最前線で指揮をしており、飛翔スキルを全開にしたダンゴを紐でくっ付けたパックンが、飛びながら後方で支援している。

パックンは危なそうな人へ向けて薬瓶を放ったり、コウヤから目一杯もらった治癒魔法弾を放ったりしていた。そして、十分毎に空へ残り時間の表示を出す。これは本来、後方支援の魔法師がやる仕事だ。

「まだまだ余裕そうで良かった」

クスリと笑う。そこへ、町の方から声が聞こえていたことに気付いた。

「っ……しょぉぉぉぉっ」
「ん?」

振り返ったコウヤの目に、松明や魔法で照らされる光を弾く金が飛び込んできた。

「へ?」
「「「師匠ぉぉぉぉっ!」」」
「うわぁっ」

びっくりして引いた。

金色が五体ということは、魔法師も五人。いつもは白い宮廷魔法師のローブを着けているが、今回は灰色や黒だ。一般的な魔法師のローブの色だった。いかにも『お忍びです』という違和感がある。

「フロウルさんのエミールも居る……ってことは……」

第一魔法師隊長との肩書きを持つ、宮廷魔法師筆頭が来てしまったことに、コウヤは笑みをヒクつかせた。

そして、コウヤの下。外壁の下に辿り着いた彼らは手を大きく振りながら声を張り上げる。深夜テンションだろうか。かなり興奮気味だ。

「コウヤ師匠ぉぉぉ! お手伝いに参りましたぁぁぁ」
「えっと……」

下にいる兵や職員達が何事だと注目していた。

コウヤは咳払いをしてから声を届ける魔法で彼らに伝える。

「どうしたんですか? お仕事は?」

これに魔法師達は飛び上がってのアピールをやめ、同じように声を届けてくる。離れていても、普通に向かい合って会話をしているくらいの声で問題ない。とはいえ、深夜テンションは健在だ。

「非番です! 私たちも冒険者として登録していますので、今回は冒険者としての参加です!」
「なるほど……分かりました。まだ後二回ありますから、人が増えるのは助かります。こちらへは直接?」

この質問に答えたのは、後から来たアルキスだった。その周りには見慣れた近衛騎士の三人が居る。彼らも非番のようだと諦めた。

「直接だ」

ニヤリと悪戯いたずらが成功した子どものように愉快げに笑うアルキスの表情が、離れていても分かった。

「アルキス様までとは……分かりました。フレイさん! 誓約書を。参戦の手続きお願いします」
「はい!」

下にいたこのベルセンギルド職員のフレイに頼む。対応するギルドの所属と応援要請を受けたギルドの所属でもない冒険者が参加する場合、誓約書にサインが必要になる。

見送っていたコウヤへ、見学していたオーリが申し訳なさそうに声をかけてきた。

「あの……こ、コウヤさん。誓約書ってなんですか……?」
「ん? ああ。集団暴走スタンピードや緊急時の特別なものです」

これに、他の職員や数人の冒険者達も目を向けていた。彼らは疑問に思ったことや、聞いたことのないことを知ろうと必死だ。

「今回の場合だと、このベルセン所属の方と、応援要請を受けたユースールの冒険者以外の方の参加申請書といえるものです」
「外から来た方の……」
「今回は夜ですから、時間的にあまりないと思いますけど、昼間だったら多かったかもしれませんね。このベルセンへ来ようとしていた冒険者の方が対象です」

冒険者は拠点を移動することも多い。よって、運悪く集団暴走スタンピード中の町に旅の途中で立ち寄ることになり、そこで参戦することになった場合に、誓約書を書いてもらうことになる。

「昔、薬や食料などの支援物資を当然のように受け取って、混乱に乗じて町から逃げる人が居たんです。これ、もし小休止の時とかに知ったら、絶対に士気が落ちますよね」
「あ……そんなことがあったら確かに……それを防止するため?」
「ええ。我々、ギルド職員は戦う冒険者の方の心も守るべきですから」
「なるほど……」

冒険者達にとっては、第一が自分達の身。第二に世話になっている町だ。どれだけ苦しい戦いでも、世話になった町や人を守ろうと必死に戦う。故郷でなくても生活している町は『奪われたくない場所』なのだから。

しかし、他所から来た者はそうではない。いつだって離脱しても心が痛まない。

危なくなったら速攻逃げても、知っている者も居ないのだから構わないと、ある意味気楽に考える。

それでは困るのだ。必死で戦っている冒険者達のモチベーションを下げられては困る。

だから誓約書を書いてもらうことになったのだ。内容は別に難しくはない。当然のものだ。


1、集団暴走スタンピードの対応に参加し、ギルド職員及び、指揮を執る者の指示に従うこと。

2、最後まで出て行ってはならない。全てが終わった時、ギルドでこの誓約書を破棄するまで、この場に留まり続けること。


たったこれだけだ。強制力を持ってしまうため、嫌がる冒険者は多いが、その最低限のルールを守れないならば信用できない。この混乱の中で勝手をされるのは危険だし、困るのだ。

「誓約書はこの集団暴走スタンピードに参加するというものなので、終わったらギルドでこの誓約書を破棄します。破棄できていない場合、その方が亡くなった可能性を考えて捜索を出します。なので逃げられません。その強制力が嫌で、断る方が多いみたいですね。内容を知れば、それほど難しく考える必要もないと思うんですけど……」
「その……それも、もしかして規約に?」
「ええ。載ってますよ」
「……確認しておきます」

オーリだけでなく、聞いていた冒険者達もそっと顔を背けてから頷いていたので、確認してくれるだろう。

「さて、魔法師の方もですけど、アルキス様も来られたなら、最後の作戦を調整しないといけませんね~」
「アルキス様? も、もしかして、王弟殿下の……っ、Aランクのアルキス様ですか?」

アルキスはかなり有名だ。オーリも興奮気味に詰め寄ってきていた。

「え、ええ。そのアルキス様です。非番の近衛騎士と宮廷魔法師まで連れてきてくれたみたいです。かなり心に余裕が出来そうですね」
「っ、こ、近衛騎士様と宮廷魔法師様っ!? え!? あ、あれ? さ、さっき、コウヤさんを師匠と……」
「お気になさらず。知り合い程度の認識でお願いしますね」
「は、はい……」

笑顔のコウヤに、オーリや周りの者は何も言えなくなった。これ幸いと、コウヤはちょうど移動してきたタリスへ声をかける。

「あ、マスター!! 応援が来ました! 作戦練り直しましょうっ」
「ん??? あれを練り直すほどの応援って、司教でも来た?」

これに、周りが『司教って司教?』とか混乱している。それに構わず、コウヤは笑顔でタリスへ駆け寄って行った。

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二日空きます。
よろしくお願いします◎
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