元邪神って本当ですか!? 万能ギルド職員の業務日誌

紫南

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第七章 ギルドと集団暴走

267 その目で見てもらいたい

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若い冒険者達は怒り立っていた。

「お前らはいつだって、お前らの都合のいいように俺らを使ってきたんだ。もう二度とお前らなんかに使われてたまるかよ!」
「俺らは知ってんだ! 怪我したおやっさん達を、お前らは教会に売っただろ!」
「ち、ちがっ」

今にも掴みかかろうとする冒険者を、兵達が間に立って防いでくれていた。それを見て、コウヤは眉を寄せた。

「すみません。少し失礼します」
「あ、ああ……いや、我々も行こう」
「ありがとうございます」
「っ……仕事だからな」

素直に礼を告げるコウヤに、兵隊長達は気まずげに目を晒していた。何よりもこの時、ギルドに協力できないことがもどかしいのは彼らなのかもしれない。それを感じてコウヤは申し訳ない気持ちになった。

向かう間も、言い合いは続いている。

「違わねえよ! あの金にがめつい教会に売られて、暮らしていけるわけねえだろ! お前らが化粧だ宝石だって騒いでる時っ……おやっさんはパン一つも手に入れられずに倒れてたんだぞ!」
「わ、私達は……っ」

冒険者達の言い分も分かる。ここの教会が治療費と言ってかなりの大金を要求していることは、予想できる。

その時。静かだが強い声が響いた。

「やめないか。お前たち」
「っ、おやっさんっ、けど!」
「おい。坊主ども、テイユのおやっさんのことを思うのも分かるが、この場で言うもんじゃねえ」
「けどよお!」

片腕や片足のない壮年の強面の男性達が、若い冒険者達をいさめた。

「黙れっ、つってんだよ!」
「っ、だって俺ら……っ」

引けないことなのだろう。若い冒険者達はそれでも言い募ろうとした。

そこで、コウヤが手を叩く。


パン、パン!


広場に響いたその音で、全員が注目した。手を合わせたまま、コウヤは注意する。

「はい。そこまでにしてください。今が緊急時だということを理解していますよね?」
「っ、な、なんだよ、お前」
「俺はユースール支部のコウヤです。あなたは冒険者ですね? 力が有り余っているようですし、冒険者ギルドからの依頼。受けていただけませんか?」
「なんで俺らが、お前みたいなガキに指示されなきゃならないんだ」
「そうだぞ。ガキが偉そうに出張って来てんじゃねえよ」

そこで、兵隊長達もこの冒険者達に苛ついたらしい。

「っ、お前たち……っ」

何か言おうとする彼らに気付いて、コウヤが手を上げそれを遮る。ここで兵隊長が口を出してはまた面倒なことになるのは明らかだ。

何より、コウヤもイラついていた。

「ではあなた方はここに居て下さい。動く気がないのならば、口を閉じて黙って座っていてください」
「なっ!」
「ガキが俺らにっ」
「黙れと言ったんです」
「「「「「っ!!」」」」」

コウヤは彼らを威圧した。住民達とは少し離れて固まっているので都合が良い。お仲間達もまとめて威圧しておく。

「自身では前線に立てない。せめてこの避難所でもしもの時に住民達を守ろうとするならば良い。ですが……前線に立つ冒険者達の支援を邪魔するのならば話は別です。規定違反とみなします」
「なっ、俺らが何したと……」

先ほどよりも小さな声だったが、不満は不満らしい。

「第三十項『緊急時における乱闘騒ぎなど、支援妨害と認められた場合、捕縛及び、処分決定まで一時冒険者資格の停止』これに該当します」
「っ、何言ってんだ! 乱闘なんてしてねえだろ! なんでこれくらいのことで処分されないといけないんだ!」

コウヤも負けずに声を張り上げた。いい加減、時間の無駄だ。

「今この時! 前線で戦う冒険者達は命を賭けているんです。その冒険者達を支援する我々の手を止めている。この一分、一秒を争う時に、あなた方はくだらない言い合いをしているのです! 小休止の間の食事の支援がこれで一分遅れれば、その分の休息時間や怪我の回復時間が遅れるんです!」
「っ……」

ほんの一分の時間が、運命を分ける時だってある。

「一人欠ければ、そこで怪我をしなくても良かったはずの人が怪我をするかもしれない。その人に倒されるはずだった魔獣が、門にまで到達するかもしれない。あなた方は、その責任が取れますか」
「……っ」

広場は静まり返っていた。住民達も、それほどのことなのだと理解していく。

ここまできたならばとコウヤは続ける。

「今戦っている冒険者の方達は、別に戦う必要はありません。この場であなた方に強要しないのと同じです。多くの冒険者達はこの場に家族を持ってはいません。すぐにこの町から出て行くこともできる。それでも命を賭けて現場に立っているのは、ここに居る戦いとは無縁の生活をしてきた住民達や、あなた方を守るためです」

戦う術を持つならばと、自分達がやらねばと前に立っている。多くの冒険者達にとって、今回のBランクの集団暴走スタンピードは未知の脅威だ。死を覚悟しながらも立ち向かっていた。

コウヤはここで、住民達へ静かに頭を下げた。

「あなた方を守ろうとしている冒険者達に、ほんの少しで構いません。支援をいただきたい。パン一つでも構いません。畑に捨てられた出荷できない野菜でも構わない。彼らの命を繋ぐ支援を……どうか、お願いいたします」
「っ……」

この時、受付嬢達も頭を下げていた。

すると、住民達の中から歩み出る人たちがいた。

「俺の店にある今夜使うつもりだったパンや食材をもらってくれ」
「宿屋なんだけど……お客もそんなに入らなかったから、余りそうなのを持ってきてもいいかい?」
「畑の野菜、全部持ってってくれ!」
「調理する場所を確保してくれるんなら、俺が作るぞ」
「なら私も! ちゃんとしたもの食べてもらわないと」

すぐそこだから取って来ると言って、走り出した人も居た。

「ありがとうございます!」

笑顔を向ければ、恥ずかしそうにしながら強引に近くにいた若い兵を連れて行った親父さんもいた。

兵隊長達も思うところがあったのだろう。何人かの兵を荷物持ちと護衛として動かしているのが分かった。

「すみません。人手を割かせてしまって」
「いや……必要ならば、その場で臨機応変に対応するというのは許されているからな……」
「先ほどはすまなかった……私も君を子どもだと侮って……」
「これほど現場を理解しているギルド職員はいないだろうな……冒険者達が羨ましい」

気まずげに目をそらしながらではあったが、兵隊長達はそう言って、指示を出しに離れて行った。

すると、兵隊長達に代わり、壮年の冒険者達がコウヤに近付いてきた。その後ろには、俯いたままの若い冒険者達がついてきている。

「すまなかった。どうか、俺らを使って欲しい」
「こいつらも反省している。良いだろうか」
「腕はねえけど、まだ力はあるつもりだ」

何かに諦めたような目をしていたはずの男たちは、今や戦いに向かう者のように目をギラつかせていた。

「助かります。物資がある程度まとまったものから、東門の方へ運ぶ必要もあります。頼んでもよろしいですか?」
「もちろんだ。こいつらにやらせるよ。若けえのを遊ばせとくのはもったいねえ」
「ふふ。そうですね」

コウヤが笑えば、壮年の男たちは若い冒険者達の背や肩を叩いて散らばって行った。残された若い冒険者達は、小さく頭を下げる。

「悪かった……俺ら……こんな時に……」
「あいつらが気に入らねえって、ずっと言いたかったから……」
「分かってますよ。彼女たちの今までの勤務態度については、今回のことが落ち着き次第、反省させます。今は……今の彼女たちを見てやってください。そして、あなた方の働きを見せつけてやってください。彼女たちは知らないんです。あなた方のことを。ギルド職員でありながら、冒険者というものを紙面や情報でしか知らない。だから、見せてやってください。動いているあなた達の姿を」
「……分かった」

ようやく、彼らは顔をしっかりと上げた。

「あなた方も、東門に行って戦いを見てきてください。いつか、あなた達もそこに立つかもしれない前線を」
「……うん……」
「見てくる」
「いつかのために」

絶望するかもしれない。無理だと心が折れるかもしれない。けれど、こんな時だからこそ知ることができる現実だ。大丈夫。その折れそうになる心を支えるのもギルド職員の仕事なのだから。

彼らも、コウヤのそばを離れて行った。

残っているのは、いつの間にか近くに来ていたゼフィルと、息を殺して後ろで控えることしかできなかったオーリだけだ。

少しだけ怯えているオーリを振り向く。

「あ……っ」

彼女は今までの行動を誰よりも恥じていた。それが分かるから、コウヤもキツくならないように気を付ける。

「オーリさん。あなた方にも、前線を見てもらいます。あなた方が支えなくてはならない『冒険者』というものをその目で見てもらいたいんです」
「っ、はい……」
「彼らを戦いではない所で、どう助けるべきか……それを考えてください」
「……わかりましたっ」

顔を上げたオーリの顔色は悪かったが、それでも自身を奮い立たせようとしていた。

「あなたにはここのまとめ役をお願いします。流れは分かってますね?」
「っ、はい!」
「では、俺は教会の方を見てきます」
「わかりましたっ」

一礼して、オーリは受付嬢達の元へ走っていった。

「コウヤ様。お伝えしなくてはならないことがあります」

ゼフィルが改まって声をかけてきた。何を言いたいのか予想はついている。だから、顔を向けることなく先んじて口を開いた。

「他の避難所のことですね?」
「っ、知って……おられたのですか……」

ずっと、ゼフィルはいつ伝えようかと考えていたのだろう。振り向いた時、彼の表情は強張っていた。

「以前、ベルセンから来た冒険者の方に聞いたことがあって……『あそこは、四方にスラムが出来たから、もしもの時に避難所が確保できないだろうな』と」
「……その通りです……」

集団暴走スタンピードについての講習会の時。そう何気なくセクタが言っていたのだ。

「東と北のスラムに住む方々はどうしました?」
「兵隊長が言うには……動いていないと……中には西の方へ移動した者もいるそうですが、ほんの一部のようです……」
「……」

スラムに住む者たちは、大半が生きることさえ諦めた者たちだ。生きる気力がない彼らは、動く気はないだろう。

「兵の方では……無理でしょうね……神官に動いてもらいましょう。ですが、全ては救えないかもしれません」
「分かっております。お手を煩わせ、申し訳ありません……」

ゼフィルは悔しそうに顔をしかめた。これで、戦っている冒険者への治癒魔法の手がいくつか減ることになるのだ。支援妨害といってもいい。先ほどの若い冒険者達の比ではないだろう。

「そういうところを上手く調整するのも、俺の仕事です。任せてください。ですから……ここのことは頼みます」
「はい。お任せください」

何よりも、不安に感じている住民達を頼む。

コウヤが去ってすぐ、集まった食糧や物資を東門へ届けはじめる。

これにより、一度目の集団暴走スタンピードが終わる時には、十分な食糧が東門に集まっていた。

だが、この時。前線に立っていたベルセンの冒険者達のほとんどは、恐怖と怪我で立ち上がることができなくなっていたのだ。

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三日空きます。
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