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第七章 ギルドと集団暴走

248 貴族家の子でしょ?

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執務室を出る時、一緒に来た職員もついて来る。廊下を進みながら、その職員の顔色を見てコウヤは声をかけた。

タリスが珍しく怒っていたのだ。それがルナッカーダとこの職員にも多少向けられていた。

「酷い顔色ですね。マスターがすみません」
「え、あ、そ、そんなっ、コウヤ様は悪くないです! その……ソルマは前々から、我々職員の中でも合わない者がおりまして……」

どうやら、事務仕事は出来るが同僚とのコミュニケーション能力に欠けるらしい。

コウヤには随分と余裕のない人だなと感じるくらいだった。

「なるほど……見たところ、彼は貴族家の出ですしね。冒険者ギルドに就職するなんて、珍しい方です。苦労されたのかもしれません」
「っ……お分かりに?」
「え? ええ。貴族家で育った方特有の魔力波動でしたから」
「……魔力波動……」

職員のまばたきが止まった。そんな彼の心情を読み取ったらしい近衛騎士が困った顔を見せる。

「コウヤ様……その魔力波動は普通分からないとお話ししましたよ?」
「そういえば……?」

ユースールに彼らが滞在していた時に、知っていたら便利だし、魔力感知のスキルが伸びるからと教えたのだ。だが、当然だがこれは簡単ではない。

「我々の中でも、それが分かるようになったのはまだ数人です。城に住んでいる我々で、です。普通は分かりませんからね?」

一様に困った顔をされて、コウヤは首を傾げた。その間に近衛騎士の一人が職員を正気付かせる。その会話がこれだ。

「すみません。コウヤ様のことは気になさらず、ペット探しの依頼の処理をお願いします」
「あ、はいっ。一旦、全て下げさせていただけばよろしいんですね?」
「ええ。恐らくコウヤ様のことです。全部処理できますから」
「……はあ……」

職員は混乱しながらも、受付の方に向かって行った。

一方のコウヤの方の会話は続いている。

「分かるようになったんですねっ。どうですか? 王都だと特に使い道あると思うんですけど」

貴族家の関係者を感知できるならば、捕縛の時や保護する場合にも役に立つと思ったのだ。貴族の問題は多いと聞いている。しかし、コウヤは彼らの立場を忘れていた。

「コウヤ様。俺ら、近衛騎士ですよ?」
「……あ」

事件の時に出動するような役職ではなかった。

「あ~……ユースールだと、たまに訳ありな貴族家の方を保護するのに役に立ってるんで、普通に誰でも使えればと思ってました」

ユースールは誰にとっても最後の砦だ。没落して行き場所を求めて来た元貴族にも、犯罪に巻き込まれて逃げてきた貴族にとっても。だから、ユースールでは門番が特に持っているべき必須スキルだった。

「もちろん、王都でも巡回するような他の騎士団でならば役に立つでしょうね。あ、でも一度、非番の時に犯罪組織を相手にしているところに行き合って、その時に逃げていく幹部を捕まえるのに役に立ちましたよ」
「それ、俺もやりました。一番に逃げてくのが、やっぱ貴族なんですよ~」

この場にいる三人は、なんとか集中すればそれが感じ取れるだけの力はつけていたようだ。

ここで、職員と話していた近衛騎士も戻ってくる。コウヤは、すっかり人の少なくなったギルドホールの端にあるテーブルに向かっていた。

「すごいですね! なら、今回のペット探しもすぐに終わりそうです! 因みに、熟練度は何ですか?」
「大です」
「俺も」
「俺もです」
「なら、今回ので【極】までいけるかもしれませんね。そこに上がると、気配察知のスキルと合わせて使えるようになるので、人か魔獣の違いや、個体のだいたいの大きさや強さとかも把握できるようになって便利ですよ?」
「「「極?」」」

揃って立ち止まってしまった三人を不思議に思ってコウヤは振り返る。

「はい。ん? あ、もしかして【大】までだと思ってます?」
「……人族の限界はそこだと思ってましたけど……」
「そっか。人族ではここ数百年出てないんでしたっけ。ユースールだと領兵の人はだいたい一つくらい【極】まで行ってるのがあるので、忘れてました」
「「「……ユースール、やっぱりおかしい……」」」

コウヤはテーブルの上に地図を広げた。B紙サイズの王都の詳細地図だ。

「ちょっ……っ!?」
「何て物を出してるんですか!?」
「……もうホント……頼みますよ……」

当然だが、詳細な地図は個人で持てるものではないので驚くのも仕方がない。

「ん? ああ、大丈夫です。皆さんにしか見えないように結界張りましたから」
「「「なら良いです」」」

切り替えも早くなってきた三人だ。

コウヤは付箋の束を手にしており、それを一枚ずつ地図に貼り付けていく。

「……コウヤ様、それは印をしているのですか?」
「うん。王都内にある魔獣や魔物の反応がある場所ね。赤い付箋が複数固まってるとこ。こうやって見ると……結構いるね」
「……結構なんて言葉で片付けられませんよ……既に五十件くらいでは!?」

コウヤは何の迷いもなく付箋を貼り付けていくため、あっという間に五十件を超えていた。

近衛騎士達は、なぜコウヤがこの場でそれが分かるのかとか、そういうことはもう口にしないし、疑問にも思わない。これも慣れだ。

「う~ん。全部で六十八件ですね。じゃあ、魔力感知でここのギルドに近いこの辺を感じてみてください」
「分かりました……」

もう色々とツッコむのも無駄だと諦めた三人は、魔力感知スキルを発動させる。訓練なんだと思えば、余計なことを考えなくて済むと、彼らは身にしみて分かっている。

その間に、コウヤは王都地図を四分の一に区切り、B4サイズくらいの紙に転写する。時間にして、一、ニ分。感知できたようだ。

「っ、五つ。確認しました」
「できた。六つ……いける」
「俺も……できたっ、五つ!」

五つ、六つと聞いて、感知可能な範囲を割り出しておく。この様子ならば、途中で【極】に到達できそうだと安心する。

「ならこの二枚。南側を三人で手分けしてお願いします。従魔術が使われているかどうかは、テンキ達に確認してもらってください。テンキ、パックン、ダンゴ、三人について行って。捕まえたペットの保護もお願い。眠らせて……ここに部屋を用意してもらうから、そこに集めてね」
《承知しました》
《分かったでしゅ!》
《いいよー ♪( ´▽`) 》

コウヤは集めて来るペットを保護できる部屋を借りるため職員に話しかけていく。なるべく人目につかない部屋をお願いした。

「……でしたら、こちらの部屋をお使いください」
「うん。広さも良さそうです。一応、安全のため柵を作っておきますね。俺の従魔が見つけ次第随時ここに特殊な能力で連れて来ますが、気にせずお仕事続けてください」
「わ、分かりました」
「終わったら声をかけますから。あ、あと、マスターにお茶をお願いできますか? そろそろ落ち着く頃なので。このお茶とお菓子持って行ってください」
「あ、はい……」

コウヤは水筒と焼き菓子類が入った籠を手渡し、近衛騎士達とギルドを出て行った。

三十分後、職員はふと気になって部屋を覗く。そこに眠らされたペット達が三十匹近く転がっているのを見て仰天することになるのだが、そんなことを予想できるわけがなかった。

◆  ◆  ◆

コウヤ達が部屋から出て行った後、執務室に残ったタリスは、静かに怒っていた。

目を向けられている青年は、身動きできずにいる。堪らずルナッカーダが恐る恐る口を開いた。

「し、師匠……こいつはその……っ」
「貴族家の子でしょ? どこの子?」
「っ、!」
「お分かりに……っ?」

ルナッカーダと青年は目を見開いていた。それに目を細め、タリスはソファに身を沈める。

「コウヤちゃんならどこの家の子かまで分かったかもしれないけど、僕だと鑑定を使ってもまだ貴族家で教育を受けた子かそうじゃないかしか分からないんだよね」
「そ、それ、なぜ分かるんですか?」
「コウヤちゃんが教えてくれたの。貴族家特有? 秘伝? の魔法訓練があるでしょ。それが魔力波動に影響があって、自然に魔法を会得していく人と違いが出るんだってさ」
「っ、そんなことが……」

タリスも初めてこれを聞いた時は驚いたものだ。もっと若い頃に知っていたら役に立っただろうなと少し悔しく思った。これまでの長い人生、貴族との確執もいくつかあったのだから。

「ユースールってね、平民に身を落とすしかなかった貴族の子とか結構来るのよ。これを知ってると、すぐに対策が取れるでしょ。君みたいに融通利かない子も居るから、他の冒険者の子達とトラブるわけよ。職員も受付の子は、コウヤちゃんに教えられて分かる子多いんだ。登録の時とかにチェックできるようにね」
「「……っ」」

そんなことが可能なのかとルナッカーダと青年は必死で思考を巡らせていた。その有用性も理解していく。

実際、ユースールの冒険者ギルドと商業ギルドの職員は、貴族によるトラウマの一つや二つや三つ持っている者が多い。よって、貴族について敏感だ。コウヤに言わせれば、既に魔力波動の違いを感じ始めている状態だった。

そこで少しコツを教えてやればすぐに、魔力感知【大】を修得できてしまったのだ。貴族にも良い人は居るとヘルヴェルス達を知って分かっている彼らは、貴族家の者だと分かっても先入観で対応はしない。ただ、何かあった時にすぐ対応できる心構えができるようになった。

こんな話を聞いたタリスが、自分もと思うのは当然だろう。持ち前の性格もあり、出来るようになってしばらくは、魔力感知スキルで遊んでいた。そのため、現在タリスの魔力感知は【極】を越えようとしていた。もうグリーンアイをネコと勘違いはしない。

「で? 君、何を考えてうちの超優秀でとっても可愛いコウヤちゃんに突っかかってきてんのよ。ちゃんと僕が納得できる理由があるんだろうね?」
「っ、わ、私の方が……ギルドマスターの補佐もできる私の方が優秀です。周りに助けてもらわなくても何でもできっ……」

タリスは睨み付けて、再び青年を硬直させた。

「ルナちゃん……こんな考え子、他の職員にも迷惑でしょう」
「っ、申し訳ありません……っ、その……親友に託された子でして……最初からこうでは……ユースールに異動になったマイルズに懐いていたこともあり……その……」

ここでタリスは少しだけ納得した。睨むのはやめてやる。

「懐いてたお兄ちゃんを取られたと思ってるんだ? おバカだねえ」
「っ……っ、っ」

青年は本心を知られて顔を赤くした。

「はあ……もういいよ。お茶も来たみたいだし、バカバカしくなっちゃった」
「え……」

その時、ノックの音が響いた。入室の許可を出すと、良い香りがした。

「失礼します。お茶をお持ちしました」
「コウヤちゃんの?」
「あ、はい。そろそろ落ち着かれる頃だからと……」
「うん。タイミングばっちり。さすがコウヤちゃん。早くちょうだい」
「はい!」

そうして、まったりとお茶をして落ち着いたタリスは、ルナッカーダに提案した。

「よかったら、ユースールに来てみない? それこそ、マイルズちゃん達異動組も慣れてきたからね。そろそろ順番に各ギルドから研修に来てもらおうと思ってたんだ」
「っ! 私も伺っても構いませんか?」
「寧ろ、マスター達は絶対だよ」

ギルドを変えるには、ギルドマスター達の変えようとする意志と協力が必要だ。だからこそ、見てもらうべきだと考えていた。

「コウヤちゃんが戻って来るまでには時間も多少あるし、話詰めちゃおうか。通信の魔導具貸して。エルテも混ぜないと僕が怒られちゃうからね」
「す、すぐに用意いたします!」
「っ、わ、私がっ」

青年が動くよりも早く、ルナッカーダが興奮気味に立ち上がっていた。

すぐに動かず留まった青年に、タリスが声をかける。

「君も来ていいよ。言っておくけど、ウチのギルドはスゴいから。ほとんど全部コウヤちゃんの功績だよ。それを見て、知って、謝ってもらうから」
「っ……私は……っ」

今は聞く気はないと、タリスは青年から目をそらすのだった。

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二日空きます。
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