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第七章 ギルドと集団暴走
247 夢で終わってくれるかな……
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気付けば、かなり減った冒険者達も遠巻きに見ており、職員が申し訳なさそうにこちらを見ていた。多分、声をかけようとしていたのだろう。その第一声がコレだった。
「それ、王都でもできませんかっ……」
「ん?」
振り返るコウヤに、職員達の目は向いていた。タリスではなく、コウヤにだ。
「えっと……?」
どういう状況だろうかと考えていれば、近付いてきていた職員がもう一歩近付いてきた。
「その、失礼ですが……ユースール支部のコウヤ様ではありませんか?」
「……様……コウヤは俺ですけど」
なぜに様付けだろうかと首を捻る。その間の職員達の反応は様々だ。
『うそっ。本当に!?』
『ど、どうしようっ。本物!』
『噂通りカワイイ!』
『マジかっ。本当にアレがギルドの神童!?』
『あのグラムさんとかが頭上がらないっていってた人だよな!! 本当にまだ子どもじゃんっ』
女性達は手を取り合って喜び、男性達は拳を、握って興奮している。
「…….なんでしょうかコレは……」
「あ、あのっ、お、お話をっ。ギルドマスターの所にお願いします!!」
勢いよく頭を下げられ、コウヤはタリスへ判断を仰ごうとそちらへ目を向けた。
「いいんじゃない?」
軽く言ってくれる。だが、結局はここへ来た目的からしてもギルドマスターには話をしなくてはならないと諦める。
「え……あ~……なら、その前にあの辺のZ依頼の資料を見せてもらってもいいですか?」
「Z依頼? あ、塩漬けの……雑用依頼ですか?」
雑用依頼といわれるものを、本来の『Z依頼』ときちんと言うのはユースールだけだ。なので、職員も一瞬なんのことか分からなかったようだ。
ここでようやく、コウヤの意識も切り替わる。ここはユースールとは違うのだと。
「はい。お願いできますか?」
「分かりました! 後ほどお届けいたします!」
すぐに指示を出してくれていた。ではこちらですと言われて近衛騎士も連れて付いていく。だが、職員としては、コウヤとタリスだけのつもりだったようだ。
「あの……そちらのお連れ様は……依頼完了の手続きをされないのですか?」
「これも相談したいので、このまま一緒に行かせてもらいます。大丈夫ですよ。彼らは非番の近衛騎士です」
「っ、そうでしたか。失礼いたしました!」
ギルドの仲間内の話をするのに、ただの冒険者を連れていくというのは嫌なはずだ。だが騎士ならば、相談というのも国に関係があるかもしれない。拒絶できるものではないと判断したようだ。
ギルドマスターの部屋に入ると、ガタイの良いこれぞ冒険者のギルドマスターという見た目の男性が立ち上がって迎え入れてくれた。
「これは、タリス師匠! お久しぶりです!」
「うわあ、そっか、ここの王都支部のマスター、君だったね。久し振り、ルナちゃん」
「っ……その呼び方やめてくださいと言っているのに……」
「やだなあ。君みたいな見た目の厳つい子、ちょっとでも周りの子が親しみやすいようにしてるんじゃない」
「……お気遣いアリガトウゴザイマス」
嫌そうだった。
「ほらほら、もっと愛想よくして。この子がコウヤちゃんだよ」
「っ、おおっ。噂は聞いているよ。ユースール支部が破綻しなかったのは君のお陰だとなっ。ここのギルドマスターでルナッカーダだ。よろしく」
「はじめまして。よろしくお願いします」
大きな手を差し出され、握手をしてソファに座るよう勧められる。近衛騎士達は、当たり前のようにコウヤの後ろに控えた。一緒に座ろうと言おうとしたのだが、三人ともがこのままでと目で訴えてくる。ならば仕方がない。
そして、先ほどから気になる視線が一つ。ルナッカーダの補佐の一人なのだろうか。部屋に控えていたコウヤともそれほど変わらない青年が一人。何も言わずにルナッカーダの後ろについた。
「先にこっちの話をしていいかな?」
「ええ。何かありましたか」
タリスも少々剣のある視線をその青年から感じながらも、話を始めた。
「うん。まず確認するけど、ここってペット担当いる?」
「へ? 居ませんけど?」
「そう。まあいいよ。ねえ、この子見て思うことある?」
「はあ……黒ネコ……ん? ネコ? っ、まさかっ」
「グリーンアイみたいだよ。成獣になってもネコにしか見えないから現役の頃も結構騙されたよね~」
「……はい……」
このグリーンアイ。威嚇したり興奮すると目が金から緑に変わる。見た目は本当にネコにしか見えないのだ。だが、立派な魔獣。緑に光る瞳は、魔力を練り上げている時の色だ。
体毛は茶や灰色など様々。それこそ、ネコと同じだ。これにより、低ランクの冒険者が一度や二度痛い目に合うのは通過儀礼のようなものになっている。それほど強くはないが、身体能力は高く素早い。そして、噛み癖があってすごく痛い。
「でね? 従魔契約の痕跡もないこの子が、普通にペット探しの依頼に出されてたんだけど、受領前の調査ってどうなってる?」
「っ……確認します!!」
事の重大さを理解したらしく、ルナッカーダは、同じく青くなったここまで案内して控えていた職員に指示を出す。
駆け出していったのを確認して、ルナッカーダはコウヤに頭を下げた。
「申し訳ない! 怪我はなかっただろうかっ」
「あ、俺ではなく、こちらの方たちが依頼を受けたので」
「そ、そうか。怪我は?」
「ありません」
ピシッと敬礼するように背筋を伸ばし、籠を持っていた近衛騎士が答えると、ルナッカーダは少しほっとしていた。しかし、その後ろの青年は違う。今にも何か叫び出しそうなほど険しい視線を送ってきている。
「っ……」
「……?」
コウヤはなぜそれほど敵意を向けられるのか分からない。そろそろこの視線に、テンキ達が我慢ならなくなってきていることを感じながら、そんなテンキ達を指先であやして落ち着かせる。
近衛騎士達も不快なのだろう。そちらに一切視線を向けないようにしているようだ。だが、意識は油断なく向けている。
そこに、出ていった職員が書類を抱えて戻ってきた。
「あ、あの。こちらがコウヤ様の言われた雑用依頼の資料です。それとこれが、こちらのペット探しの……」
「拝見します」
コウヤはそれらに全て目を通した。青年の視線は鬱陶しいが無視だ。資料を読み終わり、それをテーブルに置くと同時にタリスが尋ねる。
「どう?」
「怪しいのが多いですね。ペット探しが四十二件。その内三十五件は多分、魔獣です。小型ばかりなので、町中に潜んでいる可能性は高いですね。ただ、受領して最長で五ヶ月経っています。確か……」
コウヤは後ろを振り向いて近衛騎士へ確認する。
「何件か町中の魔獣被害も出てるんですよね?」
「はい。非番の時に兵が対応する所を見たことがあります。照会しますか」
「さすがにしてる……」
職員へ目を向けると、首を横に振られた。
「する必要がありそうですね。それと、再調査の記録はありますか?」
「あ、あの。ペット探しの依頼は……半年で破棄することになっていますので、再調査は……」
「あ~……」
「うん。ペット探しの依頼は支部によって対応任せてるもんね。ユースールでは?」
コウヤが半ば頭を抱えていると、タリスが尋ねる。
「そうですね……ペット探しの依頼については、俺が入った頃は三ヶ月で問答無用で破棄でしたね。辺境なので、外壁の外に出てしまったらまず生きていませんし……」
この世界の生き物は数ヶ月安全な場所で過ごせることを知るだけで、外で生きられなくなる。もちろん、知能の高いものならば違うが、ペットと間違われるような弱い個体では仕方がない。外に出たら他の魔獣に負けるだろう。もちろん、従魔となれば別ではある。
「なので、時間をかけてられないんです。受領前の調査で一日、領兵の方にも報告します。そこで見つかる時が今は多いですね。それで、依頼として処理後三日置いて、四日目で再度調査。ここでたいていは解決してます。それで一週間毎に再調査を入れて、三ヶ月で破棄です」
「……ペット担当……大変じゃない?」
ちょっと思っていたのと違うなという顔をしたタリスに、コウヤはクスリと笑った。普通の人からしたらきっと面倒だと思うだろう。だが、そこは適材適所だ。
「従魔術が得意な方が楽しんでやってますよ。新たな生きがいだって。間違って魔獣をペットだと思ってた飼い主には、めちゃくちゃ怒るんで怖いですけど。でも、素質があれば従魔術を教えてきちんと登録させてます。お陰で、ユースールでは着々と若い従魔術師が育ってますよ」
「何それ……確かに、従魔の登録がえらく多いなとは思ったけど。パックンちゃん達の人気効果だけじゃなかったの?」
ここ二百年ほどでかなり廃れてしまったらしい従魔術。それが、ユースールでは珍しくないものになりつつある。それは、間違ってペットとなっていた魔獣と正しく契約させることで増えたのだ。パックン達の人気も確かにあるが、コウヤのは特殊な例だと誰もが理解している。
「もちろん、いつかはパックン達みたいな従魔と契約するんだってやる気になってる子は多いですよ。ハリーくんとかが子ども達の第一の目標みたいです」
「なにそれ……コウヤちゃんの言うハリーくんって、ジャイアントハリーのことでしょ? 高いよ目標!」
子ども達の夢は大きい。
「一番の夢がハリーくんを従魔にした大工さんらしいので」
「就職希望、ドラム組一択!?」
「いえ、ケルちゃんを従魔にして門番っていうのもありました」
「要塞でも守るの!?」
「あ、ブラッドホースで騎士にって子もいましたね」
「……夢で終わってくれるかな……」
「ユースールの子ども達は、夢は必ず叶えるものっていいますよ」
「そうゆうとこ……っ、そうゆうとこあるっ」
ユースールでは、現実主義な子どもが多い。厳しさを大人から聞き、想像する力もある。そして、一度は挫折しながらも、夢を現実にしてきた大人達が沢山いるというのも大きい。なので、夢として口にしたことは人生の第一目標。叶えるために努力は惜しまない。
そんな会話は、近衛騎士やルナッカーダや職員には興味深いものだったのだが、青年だけは違ったようだ。
「っ、先ほどからなんの話をしているのですか。くだらない話に付き合うほど暇ではありませんよっ」
「こら、よさないかソルマ……」
「ですがマスター! こんな子どもになにが出来ると!? 後ろの冒険者達に守られているようなやつです。冒険者に心配される職員とか……ありえない!」
多分、これはユースールの訴えに来た冒険者のことも入っているのだろうと察した。コウヤがどう言おうかと考えていると、先に口を開いたのは近衛騎士だった。
「失礼な! コウヤ様は我々よりも遥かにお強い!!」
「そうだよ。心配されてるんじゃなくて慕われてるんだ。その違いもわからないのか?」
「だいたい、コウヤ様を守るとか……おこがましくて言えるわけがない!」
「……何を言って……」
青年は本気で訳が分からないという顔をしていた。
「まあ、君みたいな子には分からないだろうね~」
「っ……」
タリスも肘をついて下から睨め付ける。その瞳を見れば牽制もあるが、何よりも面白いと思っているのが分かった。
恐らくだが、タリスは甘えた考えを持った者や、見た目だけで決めつける人が嫌いだ。実力主義の元冒険者。それも最前線に立っていたタリスだからこそ、こういった者が気に入らない。
とはいえ、タリスも大人だ。あからさまに気に入らないという態度は出さない。
そう。態度では。
「見た目とかで下に見るようなのが、職員とかやめてくれる? 冒険者達もいい顔しないでしょ。なんでこんな子置いてるの? 不愉快なんだけど」
「っ……な、なんっ……」
青年は何を言われたのかすぐに理解できなかったようだ。だって、笑顔なのだ。普通に世間話をしているおじいちゃんにしか見えない。
「っ、し、師匠……申し訳ありません……これはその……事務能力が高いので補佐に……」
「表に出さないから良いって? この仕事ナメてんの?」
「そ、そんなことは!」
普通に喧嘩を売り出したタリスに、コウヤは目を瞬かせた。
「マスター? 機嫌悪いです?」
「うんっ。すごーく♪」
「……」
「コウヤちゃん、少し席外してくれる?」
「う~ん、分かりました。なら、これ片付けてきます。一度リセットした方が良さそうですから」
何か色々溜まっていそうだ。ルナッカーダは弟子のようだし、良いかなと頷いた。
「あ、そう? なら、一時間くらいしたら帰ってきてね?」
「分かりました。すみませんが、このペット関係の依頼、全部処理させてもらいますね」
「へ……?」
オロオロしている職員にそう告げる。それから、近衛騎士に顔を向けた。
「付き合ってもらえます? 訓練にもなりますよ?」
「「「っ、喜んで!!」」」
「ふふ。では、行ってきます」
「うん。程々にね~♪」
「マスターもですよ?」
「は~い」
ビシっと敬礼して、嬉しそうについてくる近衛騎士の三人とパックン達を連れて、コウヤは部屋を後にしたのだ。
************
読んでくださりありがとうございます◎
三日空きます。
よろしくお願いします◎
「それ、王都でもできませんかっ……」
「ん?」
振り返るコウヤに、職員達の目は向いていた。タリスではなく、コウヤにだ。
「えっと……?」
どういう状況だろうかと考えていれば、近付いてきていた職員がもう一歩近付いてきた。
「その、失礼ですが……ユースール支部のコウヤ様ではありませんか?」
「……様……コウヤは俺ですけど」
なぜに様付けだろうかと首を捻る。その間の職員達の反応は様々だ。
『うそっ。本当に!?』
『ど、どうしようっ。本物!』
『噂通りカワイイ!』
『マジかっ。本当にアレがギルドの神童!?』
『あのグラムさんとかが頭上がらないっていってた人だよな!! 本当にまだ子どもじゃんっ』
女性達は手を取り合って喜び、男性達は拳を、握って興奮している。
「…….なんでしょうかコレは……」
「あ、あのっ、お、お話をっ。ギルドマスターの所にお願いします!!」
勢いよく頭を下げられ、コウヤはタリスへ判断を仰ごうとそちらへ目を向けた。
「いいんじゃない?」
軽く言ってくれる。だが、結局はここへ来た目的からしてもギルドマスターには話をしなくてはならないと諦める。
「え……あ~……なら、その前にあの辺のZ依頼の資料を見せてもらってもいいですか?」
「Z依頼? あ、塩漬けの……雑用依頼ですか?」
雑用依頼といわれるものを、本来の『Z依頼』ときちんと言うのはユースールだけだ。なので、職員も一瞬なんのことか分からなかったようだ。
ここでようやく、コウヤの意識も切り替わる。ここはユースールとは違うのだと。
「はい。お願いできますか?」
「分かりました! 後ほどお届けいたします!」
すぐに指示を出してくれていた。ではこちらですと言われて近衛騎士も連れて付いていく。だが、職員としては、コウヤとタリスだけのつもりだったようだ。
「あの……そちらのお連れ様は……依頼完了の手続きをされないのですか?」
「これも相談したいので、このまま一緒に行かせてもらいます。大丈夫ですよ。彼らは非番の近衛騎士です」
「っ、そうでしたか。失礼いたしました!」
ギルドの仲間内の話をするのに、ただの冒険者を連れていくというのは嫌なはずだ。だが騎士ならば、相談というのも国に関係があるかもしれない。拒絶できるものではないと判断したようだ。
ギルドマスターの部屋に入ると、ガタイの良いこれぞ冒険者のギルドマスターという見た目の男性が立ち上がって迎え入れてくれた。
「これは、タリス師匠! お久しぶりです!」
「うわあ、そっか、ここの王都支部のマスター、君だったね。久し振り、ルナちゃん」
「っ……その呼び方やめてくださいと言っているのに……」
「やだなあ。君みたいな見た目の厳つい子、ちょっとでも周りの子が親しみやすいようにしてるんじゃない」
「……お気遣いアリガトウゴザイマス」
嫌そうだった。
「ほらほら、もっと愛想よくして。この子がコウヤちゃんだよ」
「っ、おおっ。噂は聞いているよ。ユースール支部が破綻しなかったのは君のお陰だとなっ。ここのギルドマスターでルナッカーダだ。よろしく」
「はじめまして。よろしくお願いします」
大きな手を差し出され、握手をしてソファに座るよう勧められる。近衛騎士達は、当たり前のようにコウヤの後ろに控えた。一緒に座ろうと言おうとしたのだが、三人ともがこのままでと目で訴えてくる。ならば仕方がない。
そして、先ほどから気になる視線が一つ。ルナッカーダの補佐の一人なのだろうか。部屋に控えていたコウヤともそれほど変わらない青年が一人。何も言わずにルナッカーダの後ろについた。
「先にこっちの話をしていいかな?」
「ええ。何かありましたか」
タリスも少々剣のある視線をその青年から感じながらも、話を始めた。
「うん。まず確認するけど、ここってペット担当いる?」
「へ? 居ませんけど?」
「そう。まあいいよ。ねえ、この子見て思うことある?」
「はあ……黒ネコ……ん? ネコ? っ、まさかっ」
「グリーンアイみたいだよ。成獣になってもネコにしか見えないから現役の頃も結構騙されたよね~」
「……はい……」
このグリーンアイ。威嚇したり興奮すると目が金から緑に変わる。見た目は本当にネコにしか見えないのだ。だが、立派な魔獣。緑に光る瞳は、魔力を練り上げている時の色だ。
体毛は茶や灰色など様々。それこそ、ネコと同じだ。これにより、低ランクの冒険者が一度や二度痛い目に合うのは通過儀礼のようなものになっている。それほど強くはないが、身体能力は高く素早い。そして、噛み癖があってすごく痛い。
「でね? 従魔契約の痕跡もないこの子が、普通にペット探しの依頼に出されてたんだけど、受領前の調査ってどうなってる?」
「っ……確認します!!」
事の重大さを理解したらしく、ルナッカーダは、同じく青くなったここまで案内して控えていた職員に指示を出す。
駆け出していったのを確認して、ルナッカーダはコウヤに頭を下げた。
「申し訳ない! 怪我はなかっただろうかっ」
「あ、俺ではなく、こちらの方たちが依頼を受けたので」
「そ、そうか。怪我は?」
「ありません」
ピシッと敬礼するように背筋を伸ばし、籠を持っていた近衛騎士が答えると、ルナッカーダは少しほっとしていた。しかし、その後ろの青年は違う。今にも何か叫び出しそうなほど険しい視線を送ってきている。
「っ……」
「……?」
コウヤはなぜそれほど敵意を向けられるのか分からない。そろそろこの視線に、テンキ達が我慢ならなくなってきていることを感じながら、そんなテンキ達を指先であやして落ち着かせる。
近衛騎士達も不快なのだろう。そちらに一切視線を向けないようにしているようだ。だが、意識は油断なく向けている。
そこに、出ていった職員が書類を抱えて戻ってきた。
「あ、あの。こちらがコウヤ様の言われた雑用依頼の資料です。それとこれが、こちらのペット探しの……」
「拝見します」
コウヤはそれらに全て目を通した。青年の視線は鬱陶しいが無視だ。資料を読み終わり、それをテーブルに置くと同時にタリスが尋ねる。
「どう?」
「怪しいのが多いですね。ペット探しが四十二件。その内三十五件は多分、魔獣です。小型ばかりなので、町中に潜んでいる可能性は高いですね。ただ、受領して最長で五ヶ月経っています。確か……」
コウヤは後ろを振り向いて近衛騎士へ確認する。
「何件か町中の魔獣被害も出てるんですよね?」
「はい。非番の時に兵が対応する所を見たことがあります。照会しますか」
「さすがにしてる……」
職員へ目を向けると、首を横に振られた。
「する必要がありそうですね。それと、再調査の記録はありますか?」
「あ、あの。ペット探しの依頼は……半年で破棄することになっていますので、再調査は……」
「あ~……」
「うん。ペット探しの依頼は支部によって対応任せてるもんね。ユースールでは?」
コウヤが半ば頭を抱えていると、タリスが尋ねる。
「そうですね……ペット探しの依頼については、俺が入った頃は三ヶ月で問答無用で破棄でしたね。辺境なので、外壁の外に出てしまったらまず生きていませんし……」
この世界の生き物は数ヶ月安全な場所で過ごせることを知るだけで、外で生きられなくなる。もちろん、知能の高いものならば違うが、ペットと間違われるような弱い個体では仕方がない。外に出たら他の魔獣に負けるだろう。もちろん、従魔となれば別ではある。
「なので、時間をかけてられないんです。受領前の調査で一日、領兵の方にも報告します。そこで見つかる時が今は多いですね。それで、依頼として処理後三日置いて、四日目で再度調査。ここでたいていは解決してます。それで一週間毎に再調査を入れて、三ヶ月で破棄です」
「……ペット担当……大変じゃない?」
ちょっと思っていたのと違うなという顔をしたタリスに、コウヤはクスリと笑った。普通の人からしたらきっと面倒だと思うだろう。だが、そこは適材適所だ。
「従魔術が得意な方が楽しんでやってますよ。新たな生きがいだって。間違って魔獣をペットだと思ってた飼い主には、めちゃくちゃ怒るんで怖いですけど。でも、素質があれば従魔術を教えてきちんと登録させてます。お陰で、ユースールでは着々と若い従魔術師が育ってますよ」
「何それ……確かに、従魔の登録がえらく多いなとは思ったけど。パックンちゃん達の人気効果だけじゃなかったの?」
ここ二百年ほどでかなり廃れてしまったらしい従魔術。それが、ユースールでは珍しくないものになりつつある。それは、間違ってペットとなっていた魔獣と正しく契約させることで増えたのだ。パックン達の人気も確かにあるが、コウヤのは特殊な例だと誰もが理解している。
「もちろん、いつかはパックン達みたいな従魔と契約するんだってやる気になってる子は多いですよ。ハリーくんとかが子ども達の第一の目標みたいです」
「なにそれ……コウヤちゃんの言うハリーくんって、ジャイアントハリーのことでしょ? 高いよ目標!」
子ども達の夢は大きい。
「一番の夢がハリーくんを従魔にした大工さんらしいので」
「就職希望、ドラム組一択!?」
「いえ、ケルちゃんを従魔にして門番っていうのもありました」
「要塞でも守るの!?」
「あ、ブラッドホースで騎士にって子もいましたね」
「……夢で終わってくれるかな……」
「ユースールの子ども達は、夢は必ず叶えるものっていいますよ」
「そうゆうとこ……っ、そうゆうとこあるっ」
ユースールでは、現実主義な子どもが多い。厳しさを大人から聞き、想像する力もある。そして、一度は挫折しながらも、夢を現実にしてきた大人達が沢山いるというのも大きい。なので、夢として口にしたことは人生の第一目標。叶えるために努力は惜しまない。
そんな会話は、近衛騎士やルナッカーダや職員には興味深いものだったのだが、青年だけは違ったようだ。
「っ、先ほどからなんの話をしているのですか。くだらない話に付き合うほど暇ではありませんよっ」
「こら、よさないかソルマ……」
「ですがマスター! こんな子どもになにが出来ると!? 後ろの冒険者達に守られているようなやつです。冒険者に心配される職員とか……ありえない!」
多分、これはユースールの訴えに来た冒険者のことも入っているのだろうと察した。コウヤがどう言おうかと考えていると、先に口を開いたのは近衛騎士だった。
「失礼な! コウヤ様は我々よりも遥かにお強い!!」
「そうだよ。心配されてるんじゃなくて慕われてるんだ。その違いもわからないのか?」
「だいたい、コウヤ様を守るとか……おこがましくて言えるわけがない!」
「……何を言って……」
青年は本気で訳が分からないという顔をしていた。
「まあ、君みたいな子には分からないだろうね~」
「っ……」
タリスも肘をついて下から睨め付ける。その瞳を見れば牽制もあるが、何よりも面白いと思っているのが分かった。
恐らくだが、タリスは甘えた考えを持った者や、見た目だけで決めつける人が嫌いだ。実力主義の元冒険者。それも最前線に立っていたタリスだからこそ、こういった者が気に入らない。
とはいえ、タリスも大人だ。あからさまに気に入らないという態度は出さない。
そう。態度では。
「見た目とかで下に見るようなのが、職員とかやめてくれる? 冒険者達もいい顔しないでしょ。なんでこんな子置いてるの? 不愉快なんだけど」
「っ……な、なんっ……」
青年は何を言われたのかすぐに理解できなかったようだ。だって、笑顔なのだ。普通に世間話をしているおじいちゃんにしか見えない。
「っ、し、師匠……申し訳ありません……これはその……事務能力が高いので補佐に……」
「表に出さないから良いって? この仕事ナメてんの?」
「そ、そんなことは!」
普通に喧嘩を売り出したタリスに、コウヤは目を瞬かせた。
「マスター? 機嫌悪いです?」
「うんっ。すごーく♪」
「……」
「コウヤちゃん、少し席外してくれる?」
「う~ん、分かりました。なら、これ片付けてきます。一度リセットした方が良さそうですから」
何か色々溜まっていそうだ。ルナッカーダは弟子のようだし、良いかなと頷いた。
「あ、そう? なら、一時間くらいしたら帰ってきてね?」
「分かりました。すみませんが、このペット関係の依頼、全部処理させてもらいますね」
「へ……?」
オロオロしている職員にそう告げる。それから、近衛騎士に顔を向けた。
「付き合ってもらえます? 訓練にもなりますよ?」
「「「っ、喜んで!!」」」
「ふふ。では、行ってきます」
「うん。程々にね~♪」
「マスターもですよ?」
「は~い」
ビシっと敬礼して、嬉しそうについてくる近衛騎士の三人とパックン達を連れて、コウヤは部屋を後にしたのだ。
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これは魔物、魔族、そして魔王と一緒に暮らし、いずれ世界最強のテイマー、冒険者として名をとどろかせる俺の物語
2月28日HOTランキング9位!
3月1日HOTランキング6位!
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