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第七章 ギルドと集団暴走

243 聖魔教会に来るのは初めてだよね

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今回も長い……
ご注意ください。

************

第三騎士団の者たちが気付いた時には、いつの間にか教会の敷地内に入っていた。

「え……」
「あ、教会……」
「大きい……」

驚いた。それだけ集中していたのだ。迷いなく進んでいく近衛騎士。ここまで来ると、歩みは緩やかになった。

『療薬院』と大きく書かれた建物に向かっていると気付いて、首を傾げる。

「教会と繋がっている?」
「『療薬院』って……?」
「あれは……入り口が分けてあるのか?」

二つの入り口があり、扉の枠が赤茶色と白で区別されている。その扉と扉の間には大きな窓口。コウヤのイメージで神社のお守りを売る授与所のようなものになった。そこには、巫女さんではなく緑色を基調とした制服を着た男女が二人控えている。

騎士のようにも見える制服だ。それと色違いのものをあの訓練の時に神官だという者達が着ていなかったかと、三人はついマジマジと見てしまった。

「聖魔教会に来るのは初めてだよね」
「あ、はい……」

話しかけられて咄嗟に答えた。父親から、新しく変わった教会には極力近付くなと言われていたのだ。貴族の粛清で捕まりはしなかったが、彼らの父親の多くが黒寄りのグレーである。よって、粛清の一因が教会だと気付き、息子達に注意したというわけだ。

粛清対象となった家の子息も居るが、何とか爵位を落とされたりと減刑されて残された者ばかり。そんな者たちもこれ以上、王の不興を買うわけにはいかないと必死だった。

そんな事情も、近衛騎士には筒抜けだ。

「まあ、君たちの父親なら近付かないで欲しいと言うだろうね。けど、騎士としては知っておいてよ。巡回中に急病人や怪我人が居たら、必ずここに運ぶこと。騎士や兵が運び込めば、まず治療費は発生しない。まあ、だからってやたらと運ぶのはダメだよ? 緊急性のある場合や、事件や事故に巻き込まれた人は問題ないけど」

これは聞いている老人への注意も入っている。騎士や兵達の手を借りれば無料になると聞けば、そうなるように仕向けようと考える者も出てくるだろう。

「ここにたどり着くのもマズイくらいの患者が出たら、とりあえずどこの教会でも良いから走ってね。神官様さえ捕まればなんとかなるから」
「はあ……」

あの神官達ならば、確かに何とかなりそうだと根拠もなく納得した。

「因みに治療費も大した金額じゃないんだ。一番下で銅貨二枚、上でも銀貨一枚くらいかな。その上って言うのも、入院した人で、数日の食事代と治療代合わせてってとこ」
「……宿代よりも安いのでは……?」
「そうだね~。この辺の宿だと最低でも一泊銀貨五枚でしょ? それも食事無しの素泊まりで」
「……安すぎませんか? 治療費ですよね? 一度の治療で身を売るしかない者も居ると聞きましたが……」
「教国の教会はね~。けど、ここはもう違うから」

出口は別らしく、そちらから出てくる者達は、誰もが嬉しそうに帰っていく。中には涙を流しながら喜ぶものもいた。

「使い方だけど、赤茶色の扉の方が外傷がある人が入る入り口。明らかに血が出てたり、骨折してたりするのはそっち。で、白色の扉の方が病気の人用。薬師に頼むやつ。どっちか分からない場合はあの真ん中の窓口で聞いて。まあ、間違って入っても入り口で教えてくれる人居るから大丈夫だけどね~」

そうして、赤茶色の入り口の方へ向かった。

入り口を入ると、見た目以上に中が広いことに驚く。入り口を分けてあるのだから、建物の半分くらいがこちらのスペースだと思って入ったのに、建物全部を使っているように見えた。

驚いていると、近衛騎士が入り口すぐにある窓口で声をかけられていた。

「こんにちは。スリに突き飛ばされた方なのですが」

そう言って騎士証を見せる。

「はい。腕の骨にヒビが入っているようですね。捻挫もあります。処置室三番の前でお待ちください。事情説明もお願いいたします」

手渡されていたのは『三-スミレ』というフダだった。それを持って『処置室三』と書かれた扉の前の長椅子に老人を下ろす。そして、近衛騎士は膝を突いて尋ねた。

「大丈夫ですか? ご気分が悪くなっているとかもありません?」
「だ、大丈夫です……こ、このような所にまで連れてきていただいて……」
「いえ。騎士として当然のことです。事情説明に行きますので、ここでお待ちください。緑色の制服を着たのがこの療薬院の者です。遠慮なく気分が悪くなれば声をかけてください」
「は、はい……っ」

動揺しているらしい。当然だろうと第三騎士団の面々は思う。突然こんな別世界に連れて来られたら驚くに決まっている。

だが、そんな老人も近衛騎士の笑みで落ち着いてきたらしい。本当に大丈夫だと思えたのだろう。こういう時の笑顔の効果は凄いのだなと知った。これからはすまし顔ではなく、笑顔の練習もしようと心にしっかり留め置いた。

そこへ、緑色の制服を着た男性が近付いてくる。奇妙な物を押していた。

「失礼いたします。移動用の車椅子をお持ちしました。手を貸しますので、ゆっくりとこちらへ座ってください」

車椅子と呼んだものに老人を乗せる。なるほど椅子の車かと納得した。

「私は事情説明に参ります。この三人を付けておきますのでご安心を」
「は、はい……何から何まで……」

三人と呼ばれて目を瞬かせる。

「言われたように誘導してくれる? このフダ持ってて。あとで合流するから」
「は、はい。承知しました!」

不安だが仕方がない。ここで自分たちが不安がっていては、せっかく落ち着いた老人も不安になるだろう。そう正しく気付けたことに、三人は気付いていない。

近衛騎士が入って行ったのは入り口の窓口の隣。あそこで事情を話すのかと確認しておく。こんなことも、彼らはきちんと意識できるようになっていた。初めて見るものが多過ぎて混乱しているが、何も聞き漏らさないように、忘れないようにと無意識の内に気を付けるようになっているのだ。

彼らは気付いていない。近衛騎士を必死で追いかけはじめてから、一部の集中力は切れていないのだ。思考が切り替わっている。

近衛騎士が部屋の中に消えるとすぐに『処置室三』のドアから緑色の制服を着た者が出てきた。

「番号フダ『三-スミレ』をお持ちの方~」
「あ、はい!」

呼ばれて咄嗟に返事ができたことに驚いていると、すぐに中にと促される。

「フダを回収いたします」

フダを手渡した。広く横にスライドするドア。それにも目を奪われるが、一刻も早く老人の治療をと中へ入った。一人は恐々と車椅子を押す。

中には布があり、それもドアと同じようにスライドした。閉じられたのを確認すると、案内に出てきた緑色の制服を着た男が老人の前に座る。

「治療神官のクーシです。さっそく治療に入らせていただきます」

頭を下げた後、すぐに治癒魔法で治していく。時間にして一分もかかっていない。

「右腕の骨にヒビと右足首の捻挫。腰に打ち身がありましたが完治しております。ただ……栄養状態が良くありませんねえ。骨もモロくなっています。失礼ですが、ご一緒に暮らしておられる方はいらっしゃいますか?」
「へ、あ、いえ……妻が半年前に病で逝ってからは一人です……」
「お食事は日に何度です?」
「一度……月に一度、知り合い達に食料を分けてもらって……」

目を向けたのは、騎士の一人が持っていた食材の入った籠。その月に一度のが今日だったようだ。

「なるほど……食欲はありますか?」
「あまり……なので、少なくても問題なく……」
「そうですか。では、お薬を処方させていただきます。それと、そちらの食材を教会の食堂の方に寄付してください」
「っ!?」

老人がビクリと肩を揺らした。それはあんまりだ。これを取り上げるつもりかと、以前の教会の印象から一気に頭に血が昇った。

「なっ、神官様!? それはどうゆうつもりだ!!」

そこで落ち着けというように手で制された。一瞬見えた強い眼光に気付き、反射的に口を噤む。あの時の神官の顔がチラついた。この人も強者だと本能が告げる。

「落ち着いてください。そちらの食材を見るに、ひと月は到底保ちません。鮮度もそうですが、量も足りない。お腹の調子も悪くなるのではありませんか?」
「あ……はい……なので、食べるのも少なくなってしまって……」
「ですので、それを食堂の方に渡していただければ、ひと月分にはならないかもしれませんが、その食材に見合った日数の食事を無料で提供いたします。恐らく、半月近くは大丈夫でしょう。体の調子が良くなれば、お仕事もできるかもしれませんし、そうして日銭を稼げるようになればこちらの食堂での食事の代金にも当てられます」

それを聞いて、停止しそうになる思考が必死で回転を促す。

「……では、食堂の一食の値段は」
「定食で銅貨五枚です。数日保つお弁当の販売と配達もあります。少食な方用のもので銅貨一枚で提供されていますよ」
「そ、そんな値段で……っ」
「はい。なので、一度ご検討ください。では、出口はあちらです。床の黒の線を辿ってください。薬事局でお薬を受け取ってもらいます。こちらのフダを窓口へ出してください。歩くのが不安でしたら車椅子のままで結構ですよ」
「わ、分かりました。あ、歩けます」
「お気をつけて」

床には、黒の線が真っ直ぐ伸びており、そこを老人を支えながら辿っていく。時折ふらりと体が傾ぎそうになっているのだ。これは食事が足りていないということなのだろう。

食べることに苦労したことがない三人には、それがとても痛ましく思えた。分かっていたはずだ。こうした食事もままならない人々が居るのだということを。

突き当たったのは窓口だ。そこで近衛騎士が待っていた。どうして分かったのだろうと思いながらも、その窓口にフダを出した。

「確認いたしました。こちらがお薬で水薬になっています。味が少し酸っぱいと感じるかもしれませんがひと瓶を毎食前に飲んでください。状態から一日二食で三日分出ています。瓶の方は捨てても構いませんが、建物の外に出ている窓口にお届けいただければ、ひと瓶を銭貨ニ枚と交換させていただきます」

銭貨は十枚で銅貨一枚になる。なので、瓶を返すだけで銅貨一枚と銭貨二枚が受け取れるようになっていた。これは絶対に返すだろう。平民がこの王都で一日で稼げるのはだいたい銅貨五枚~十枚なのだから。

「お昼はお済みですか?」
「い、いいえ……」
「でしたら、食堂をご利用ください。薬事指導として一食分お付けいたします。こちらのフダを食堂の窓口へ出してください。緑色の線を辿ってくだされば着きますので。今回の治療費も発生いたしません。出口でこちらのフダをお出しください。では、お大事に」
「あり、ありがとうございます……」

そうして、今度は緑色の線を辿ることになった。

「びっくりした?」
「え、ええ……なんですかここ……」
「療薬院だよ? ここの神官さん達は多才でね~。本当、びっくりするよね~」
「あれが全部……神官……?」

もうわけがわからなかった。

「それで? どうゆうことになった? その食材とかで何か提案されたでしょ」
「あ、はい。こちらの食堂に寄付することで、半月ほどの食事ができるとか聞きましたが……」
「うん。まあ、薬も処方されるくらいだから、健康状態も加味されて……うん。半月分くらいだろうね。ここの食堂、ほとんど冒険者達の寄付で賄えてるんだ。食材と食事の交換も可能でね。仮にお金がなくても、教会の掃除とか、草むしりとか畑の世話とか手伝うと食事させてもらえるんだよ」
「……それだけで?」
「正当な報酬だってさ」
「……」

そういうものなのかと納得しかけるが、老人が変な顔をしていたので、恐らくそれは普通のことではないのだろう。こんな他人の表情から情報を読み取るなんて初めてやった。

「食堂は他の王都にある教会にもあるよ。元教国の教会にね。だから、王都では飢える者が実質居なくなってる。最近、スラムには行ったか?」
「いいえ……その……行ったことがありません……」
「あ~、まあ、そうか。王都からスラムが消えつつあるんだよ。孤児も居ない」
「そう……いえば……」

みすぼらしいと吐き捨てるように目の端に映っていた孤児や浮浪者達を、ここ最近の巡回で見ていない気がした。

実は試験的に始めたのだが、びっくりするほど上手くいき過ぎて、国の力を借りなくてもスラムが無くなりそうなのだ。

これには提案したコウヤもびっくりしていた。最初は満服亭のような食事処を考えていたのだが、それだと土地を手に入れなくてはならない。ならば教会でいいじゃないかとなったのだ。

因みに、魔獣を狩ったりするのに神官も混ざっている。運動と息抜きの一環だ。食材は余るほど手に入っていた。

「大人は怪我が治って冒険者に戻ったり、職を見つけるのに神官様達が指導するし、孤児達は成人するまで教会が保護してる。ほら、声聞こえるでしょ」
「……っ」

楽しそうな子どもの声がどこからか微かに聞こえていた。相当の人数が居そうだ。

「そんで、ここが食堂」

教会の敷地の四分の一を使った大きな食堂。中はおかしな広さだった。

「え? あれ? なんでこんなに広く……そういえば、さっきも……」
「ああ、説明してなかったな。最高の大工が作ったここの建物は全部が空間拡張されてて、外から見た大きさの数倍の広さが設定されてるんだ」
「……意味がわかりません……」
「だよね~」

分からなくてもいいよと言われても、本気でわけが分からなかった。

窓口でフダを渡す。窓口は六つあった。

「薬事指導ですね。お薬お預かりいたします」
「はい……」
「一回分をお預かりいたしました。ご本人様はこちらの番号フダをお持ちください。他の方々はお食事されますか?」
「はい。四人分の定食で」
「では、お選びください。本日は四種ございます」

差し出された四角い板を見て驚いた。もう、今日だけでどれだけ驚いたかわからない。

そこには、四つのメニュー。本物かと思えるほど美しく描かれた絵があった。実際は写真だ。定食の写真が四種類載っていた。

「四種類もあるの? やった。運がいい! あ、これってエビフライ?」
「はい」
「ならそれ。飲み物は温かい焙じ茶で。お前らも早く選んで」
「え、は、はい!」

混乱しながらも、それらをせっかくだしと近衛騎士が頼んだものとは違う三種類を選んだ。驚き慣れてきたのかもしれない。それぞれ銅貨五枚を払った。昼食代にしては破格だ。

引き換えにもらったフダを手に進み、適当な席に座った。すると、長テーブルの真ん中辺りにフダとぴったり合うような窪みがあるのに気付く。

「ここの窪みにフダをはめておくと、食事を持ってきてくれるんだ」
「……すごい……」

周りを見回す時間もなく、すぐに料理が運ばれてきた。何段かの棚の付いた台を押してメイドのような服を着た女性がやってきたのだ。通路が広く取られているのは、そのせいかと理解する。

「お待たせいたしました。ご用意させていただきます」

それぞれのフダで管理しているらしく、選んだ料理が目の前に並んだ。

老人だけは別メニューで、薬が置かれている。

「お薬を、先にお飲みください」
「はい……っ、苦くない……薬……?」
「ふふ。こちらのお薬は初めてでいらっしゃいますか?」
「はい」
「飲みやすく作られていますので、味が良いのです。なので、飲み過ぎないようにご注意ください。処方されたお薬が効きやすいメニューとなっておりますので、今後お薬を飲まれる間にご来店される場合は、窓口でお薬があることをお話しください。専用でご用意させていただきます。お値段は銅貨一枚となります」

固形物が少なく、胃腸の弱い人に優しいのだろう。だが、きちんと美味しそうだった。

「お飲みものはおかわり自由です。青いカートを引いた者を呼び止めてください。お食事が終わられましたら、フダを外してそのままお出口へ。そこで回収させていただきます。途中で席を立たれる場合はフダを動かさないでください。外して回収した時点で片付けさせていただきます。では、ごゆっくりお楽しみくださいませ」

もう我慢できなかった。

「よし、食べよう」
「「「はい!」」」
「はい……っ」

絶品だった。

びっくりするぐらい美味しかった。

そこへ、途中で別れた二人の近衛騎士達がやってきた。

「おっ、もう食べてるし」
「腹へったわ……」

近衛騎士の一人は、四角い籠を持っていた。中に生き物が入っているようだ。

「あ、ペット見つかったんだ?」
「お~……なんとかな」
「俺まで巻き込まれたし」
「いいじゃんか。代わりにおごってやったろ?」
「ここ、銅貨五枚だろうが」

無事にスリを兵に引き渡した後、一緒にペット探してに付き合ったらしい。そして、ここの支払いをおごったようだ。

「美味いんだからいいだろ。お前らもここ、美味いだろ?」
「とても……とても美味しいです」
「こんなの初めて食べます……」
「あの値段でとか……おかしいですよ」

量も大満足なボリュームだ。

もう手が止まらない。そこに、穏やかな声が響いた。

「あれ? 皆さん非番ですか?」
「「「コウヤ様っ」」」
「「「っ!?」」」

それは、十三歳の本来の姿に戻ったコウヤだった。

************
読んでくださりありがとうございます◎
やっと……コウヤ君にたどり着いた……
三日空きます。
よろしくお願いします◎
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