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第七章 ギルドと集団暴走
242 しなくても分かるんだよ
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倍近くになってしまった……
お時間がある時にどうぞ。
************
騎士達は自然と耳に意識を集中していく。
事情を知らない周りは何が起きるのかと緊張しているため、不自然なほど食堂は静まり返っていた。
ただし、他の近衛騎士団の者たちの大半が自分達に割り当てられたスペースでニヤニヤしていた。
「お前たち。コウヤ様からの伝言だ」
「「「「「っ……」」」」」
第三騎士団の者たちが揃って顔を上げた。食事の手も止める。まるで、上官の言葉をしっかりと心に留め置こうとする姿勢だ。それだけで、周りは驚く。
かつてそんな姿勢を第三騎士団の者たちが見せたことはない。相手が上官であっても、まず有り得なかったのだ。王などごくわずかな相手にのみ発揮されていても、表向きだけだと分かる雰囲気があったのだから。
見ていた騎士達の中に、すこしばかりの間、息を止めたものは多かった。
背後で起きているそんな様子には気付がない振りで、近衛騎士達は目の前の第三騎士団の者達の態度に満足げに頷く。
「『今日はゆっくり休んでください。明日より、この国の誇りある騎士としての皆さんの姿を見られることを楽しみにしています』とのことだ。町の巡回の時も気を抜くなよ」
「っ、はい。あ、伝言ありがとうございますっ」
わざわざ立ち上がって頭をしっかりと下げた。これに、見ていた事情の分からない者たちの大半が遠慮なく白目を剥く。
コウヤや神官達に鍛えられた近衛騎士達の気配察知スキルは今や(極)に届こうとしている。そのため、意識していれば後ろに居る者たちがどんな表情をしているのか雰囲気から読み取ることができる。
当然だが気絶しそうなほどの白目を剥く表情が手に取るように分かった。それがおかしくて、吹き出しそうになりながらも近衛騎士は伝える。
「っ、いや、いいさ。それと、これは同じコウヤ様の訓練を受けた者としての言葉と思ってくれ」
「はい。なんでしょう」
こんな受け答えも、今までは絶対に有り得なかった。それを感慨深く思いながら、大事なことを教える。もう後ろの雰囲気は無視だ。集中できない。
「今日の訓練。コウヤ様は言ったはずだ。訓練が終われば、お前達は騎士として必要な力を手にできると。それを今後、どうするかはお前たち次第だと。覚えているか?」
「っ、もちろんです! 何も、何一つ忘れていません!」
少し怒ったように言い切る彼らに、近衛騎士は手で待ったをかける。
「落ち着け。忘れていないならいい。いいか? 全部忘れるな。騎士として今後も在り続けると誓うのならば、今の気持ちを忘れてはダメだ。もしも、コウヤ様の願いを、意思を踏みにじることになったならば、我々はお前達を何があろうと全力で排除する」
「「「「「ッ!!」」」」」
確かな殺気。凍り付くような強いものだった。それが、近衛騎士達から第三騎士団にのみ注がれる。だが、すぐにそれは霧散した。
「忘れるな。それを踏まえた上で……部屋に戻ったらステータスを確認してみるといい。恐らく、お前達が今後、騎士として生きて行くために必要なものが、そこには揃っているはずだ。決して驕るなよ」
「明日以降も、今のお前達であることを願うよ」
「興奮して寝不足になるなよ~」
「訓練、見直せよ?」
「たまには手合わせしてやるからなっ」
そうそれぞれ言い置いて、近衛騎士達は自分たちのスペースに向かった。
言われた意味にぐるぐると思考を回しながら、食事を終えた第三騎士団の者たちは騎士団の宿舎へと戻る。
眠る前。今日の訓練で汚れてしまった訓練着を宿舎付きの世話係に任せず儀式のように手ずから洗い、誰ともなく談話室へ集まった。
今までは立派な談話室があっても揃うことなんてなかった。共同で使うとか、貴族の出である彼らにはそういうのに馴染めなかったのだ。だから、こうして集まったのは初めてで、小隊としてではなく全員で、仕事に関係なく話をするという経験もない。
そんな中、騎士団長が口を開いた。
「……近衛の言った言葉……ステータス、確認したか?」
「まだです……」
「ちょっとなんか……怖いっていうか……」
「なら、今……一斉に見てみないか?」
「そ、そうだな」
それでも、勇気が要った。騎士に必要な力。それが何なのか、彼らには想像もできなかった。それ以前に、もしも自分にそれがなかったら。騎士になる資格がないとしたら。
失敗や失態など、彼らは全てこれまで家の力でなかったことに出来た。だから、余計に怖い。
取り返しの付かないもの。それを知ることになる。声が震えていた。
「「「「「っ、ステータスオープン」」」」」
そして、それを確認して目を見開いた。
「す、スキルが……っ」
明らかに増えていた。騎士の資格と言われる身体強化も(中)だ。そんなことあり得ない。間違いなく自分たちは親のコネで騎士団に入った。だから、騎士として持っていなくてはならない身体強化も(小)でしかなかった。
そもそも、剣術スキルさえ(中)止まり。実戦もそれほどしないし、近年は戦争もない。そんな中で熟練度が上がることも、新たにスキルが手に入ることもありえないのだ。
「訓練で……たった一度の訓練で熟練度は上がるものなのか?」
「ないだろ。父上からも、叔父上からも一度もそんな話聞いたことがない」
「私もだ……父上ならば、自慢するはずだ……」
「私もそう思う……」
身体強化スキル(中)は全員が手に入れていると分かったが、それ以外のスキルについては誰も口にはしない。今までならば自慢しただろう。だが、自分が持っていないものを仲間が持っていると知るのが怖い。
とはいえ、コウヤは平等に手に入るように調整していた。
彼らが今回手に入れたのは『身体強化(中)』、『気配察知(小)』、『危険察知(中)』、『索敵強化(小)』だ。これは最低限、騎士が持っているべきもの。
落ち着くまでに時間がかかった。あっという間に就寝規定時間だ。守ったことはほとんどないが、それでもノロノロと立ち上がる。
「……近衛に確認してみることにする」
「そ、そうですね……近衛なら」
「話……聞いてくれるでしょうか……」
「頼むさ……頭を下げてな。教えを請うんだ。それくらいするべきだろう」
そんな事、今まで思ってもみなかった。自分が頭を下げるなんてあってはならない。頭を下げるというのは、非を認めること。自分が下だと示すことだと思っていたのだから。
「はい。それに、今度……次があったら、あの方にもきちんとお礼を言わねばなりませんね……あのような態度を取った我々に笑って接してくれるなど……」
思い出すのはコウヤの笑顔。怖いものもあったが、それよりも見惚れてしまうほどのあの笑顔が脳裏に焼き付いている。
心から向けられたことに充足感を感じるあの笑みを忘れたら、きっと絶望すると思えた。
「……冒険者ギルド職員と言っていましたね……」
「あの笑みが、冒険者達に向けられているのかと思うと悔しいな……」
「冒険者って……強いんでしょうか」
「……少なくとも、あの方が所属する冒険者ギルドはすごいのかもしれない……」
色々と考えてしまう。立ち上がった面々も、座り直していた。
「冒険者ギルドか……見たことないな……」
「……避けていたからな……」
「行ってみたいな。きちんと知らないといけない気がする。『魔獣被害が出る時は冒険者と連携を取る』というのがある……まあ、今までそんなもの必要ないと思っていたが……知るべきだろうな……」
バカにしていた冒険者達。そんな彼らのことも、知るべきなのだとようやく理解した。
「なんでバカにしてたんだっけ」
「なんでだろう……父上が言っていたから……? そうか……俺、実態も知らずにバカにしてたのか……」
「私もだ……無能だと……そう父上が言うから、決めつけていた」
「違う……んだろうな」
「ああ……知らなくてはな。あの方に近付くためにも……」
そうして、何日かが過ぎた。
自分たちから頼むことが初めてな彼らには仕方のないこと。
その日、非番の者達は同じく非番らしい近衛騎士をようやく捕まえることができた。
事情を知らない近衛騎士に頼むのは難しく、あの食堂で声をかけてきた近衛騎士を探していたのだ。そうして、運良く今日見つけたというわけだ。
数日の声かけの失敗は外に出る時間もある。かなり朝早くに非番の近衛騎士は寮を出ていたのだ。非番の日に朝早く起きる習慣はなく、これには驚いた。
寮を出るのを待ち伏せし、頭を下げてお願いする。そうして冒険者ギルドへと無事向かうことができたのだ。
非番の近衛騎士の中には、実戦を積むために冒険者になって休日に実戦訓練に出かける者が多い。今回もそうやってギルドに向かう予定だったらしい。
同行したのは第三騎士団の三人と近衛騎士の二人。この組み合わせに、巡回中の騎士や兵が密かに二度見していたのには近衛騎士達しか気付いていない。
近衛騎士達は、予定を変えて冒険者というものを説明してくれる。ギルドの中も見て、どんな依頼があるのかも教えてくれた。ついでだからと近衛騎士が受けたのはもう何日も放置されている迷子のペットを探す依頼。
それに目を丸くしたら、二人は笑っていた。
「まあ、お前らにとっては笑える依頼かもしれんが、依頼人にとっては真剣なものだ。いわゆる雑用系の下の方の依頼は、王都では特に放置されやすくてな。俺らやアルキス様達が見つけたら受けることにしてる」
「え……王族が……」
信じられなかった。
それから、町を歩くことになった。
「冒険者って……ただの荒くれ者だとばかり思っていました……」
「そういうのが居ないわけじゃないからな。まあ、お前らの家の関係だと、付き合えるのはそっち系だろうが」
「あ……」
近衛騎士達は昨日から全く遠慮がない。とはいえ、そう言われて前までは怒っていただろうが、今は不思議と嫌味のように聞こえたとしても不快ではない。申し訳なさの方が勝るのだ。
「……父上が雇うのは……確かに、そういう者たちでした……あんな、しっかりとした防具も剣も持っていないような……」
今日見て知った。恐らく、今まで家と関係を持っていたのはランクの低い者たち。数だけ揃えて使っていたのだろう。全部の冒険者がそうだと決めつけていたことに自分たちが驚いた。
「王都はな~、しっかりと職員のサポートが行き届いていないようだし、ああいう奴らの方が多いんだよな~。問題も起こすから、巡回するお前らも印象悪いだろ」
「……はい……」
問題が起きていても、所詮は下賤のものたちの問題だと、第三騎士団の者たちは見逃してきた。彼らにとって巡回とは、ただの息抜きの散歩だったのだ。それが恥ずかしいことだと今ならば分かる。
そんな様子も、近衛騎士には手に取るように分かった。だが、あえてそれには触れずに続ける。
「本来なら、冒険者が起こす問題は冒険者ギルドの管轄だ。もちろん、犯罪についてはこちらの仕事になるがな」
「ですが、冒険者ギルドの職員が巡回……とかはしないのでしょう?」
そんなことをしている様子は、どれだけ思い出してみてもなかったと疑問を浮かべる。
「しなくても分かるんだよ。熟練のギルド職員なら。そういう問題を起こしそうな奴の雰囲気を感じ取って、大事を起こす前に更生させるんだってさ」
「……そんなことが……」
可能なのかと、それはまるで魔法のようだと目を見開く。だが、今日見たギルド職員達は、そんなことができるようには感じられなかった。
「できる人は少ないだろうな。荒事担当の職員とマスターぐらいが持っているのが精々だ。長年の勘みたいなものもあるらしいしな。だが……お前ら、手に入れただろ『気配察知』、『危険察知』、『索敵強化』の三つ」
「っ、あ……」
「なんで……」
「っ、それ…….」
なぜ知っているのかと驚く。同じ団の者にも明かせなかったソレを言い当てられて内心焦る。だが、近衛騎士はなんてことないように答えた。当然だ。それが騎士の持つべきものなのだから。
「あの三つの熟練度を上げていくと、そのうち分かるようになるんだ。バカをやりそうな奴の気配がな。例えばあいつ」
目を向けた先で、老人を突き飛ばし駆けてくる男が居た。
それに向けて近衛騎士は一気に駆けると、投げ飛ばして拘束した。
「盗んだものから手を離せ」
「っ、く、くそ……っ」
あっという間の出来事で、第三騎士団の三人は呆気にとられていた。正気に戻ったのは、もう一人の近衛騎士が優しく転ばされた老人を抱き起こしてかける声を聞いたからだ。
「痛いのは腕ですか? 足も捻っているかもしれません。大丈夫。教会に行きましょう。私は近衛騎士のものです。お運びいたします。背負いますがよろしいですか?」
「あ、き、騎士様……っ、そんなこと……」
「ご心配なく。ああ、荷物は彼らに持ってもらいますね」
言われて三人は弾かれたように動く。散乱したのは食材だった。タマゴは割れてしまっているし、野菜も折れていた。
そこに、こちらも非番なのだろう。一人の近衛騎士が駆けてくる。
「大丈夫か? えらく散らかったなあ。ここは綺麗にしてやる。ダメになったのはタマゴくらいか。野菜は折れてるのも拾ってくれ」
「は、はい!」
使えないかもしれないと思った野菜も、転がっている籠に入れていく。なるべく土を落としているのは無意識だ。今までならば汚いと目を向けることすらしなかっただろう。
回収が終わると、後から来た近衛騎士が魔法で全てを綺麗にした。籠の中の野菜も、第三騎士達の手も。生活魔法と呼ばれるものだ。
「よし、綺麗になったな」
「……生活魔法……使うんですね……」
「ん? 当然だろ。あ~……第三か。お前らにとっては、使用人たちの使う魔法だもんなあ。きちんと使えるようにしといた方が楽だぞ。仕事を奪うのは良くないんだろうが……騎士が他人の手を煩わせるとか恥ずかしいだろ。最低限、自分たちのことは自分でやらんと」
「「「……っ」」」
そうだと顔を赤くした。
そんな自覚さえ持てなかった自分たちが酷く恥ずかしい。だが、そんな三人は放っておいて、近衛騎士は今や男の上に気楽に座っているもう一人の近衛騎士に声をかけた。下半身を完全に封じられているため、男は動けず抵抗を諦めたらしい。
「そいつ、冒険者か?」
「Dランクだってよ」
「うわあ。やっぱ、程度が落ちてるよな? これ、コウヤ様に報告しといた方が良くないか? 昨日聞いた奴なんてCだぜ。基準が甘くなってんのか? ユースールじゃあ考えられんだろ」
「だよな……教会行くか」
「怪我人も居るしな。引き渡しは……あ、いたいた。すぐ呼んでくるわ」
近衛騎士は路地に入って行き、すぐに兵を三人引き連れて戻ってきた。
「もしかして……気配で?」
「お、スキルの使い方分かった? まだまだユースールの兵達には及ばないけど、半径で二百メートルくらいの範囲なら、気配で兵や騎士を見つけられるんだよ」
老人を背負った近衛騎士がそう歩み寄って教えてくれた。
「先行くよ」
「おう」
「ペット探しながら行くわ」
二人の近衛騎士に任せて、老人を背負った近衛騎士が歩き出す。
「お前らも行くよ~。お腹も空いたし、教会の食堂にお邪魔しよう。あなたもどうですか? 怪我が治ったら食事をしましょう」
「あ……はい……」
老人に声をかけながら進んでいく近衛騎士。それを、老人の荷物を持って追いかける。少し早足で驚いた。これに気付いたのだろう。少し振り返った近衛騎士が笑った。
「あ、早い? ちょうどいいから、スキル使いながらついてきてね。人とぶつからないように」
「「「っ、はい!」」」
そうかと頷き合う。そうして、三人はスキルの使い方を試行錯誤しながら必死で近衛騎士を追ったのだ。
************
読んでくださりありがとうございます◎
終わらなかった……もう少し続きます。
二日空きます。
よろしくお願いします◎
お時間がある時にどうぞ。
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騎士達は自然と耳に意識を集中していく。
事情を知らない周りは何が起きるのかと緊張しているため、不自然なほど食堂は静まり返っていた。
ただし、他の近衛騎士団の者たちの大半が自分達に割り当てられたスペースでニヤニヤしていた。
「お前たち。コウヤ様からの伝言だ」
「「「「「っ……」」」」」
第三騎士団の者たちが揃って顔を上げた。食事の手も止める。まるで、上官の言葉をしっかりと心に留め置こうとする姿勢だ。それだけで、周りは驚く。
かつてそんな姿勢を第三騎士団の者たちが見せたことはない。相手が上官であっても、まず有り得なかったのだ。王などごくわずかな相手にのみ発揮されていても、表向きだけだと分かる雰囲気があったのだから。
見ていた騎士達の中に、すこしばかりの間、息を止めたものは多かった。
背後で起きているそんな様子には気付がない振りで、近衛騎士達は目の前の第三騎士団の者達の態度に満足げに頷く。
「『今日はゆっくり休んでください。明日より、この国の誇りある騎士としての皆さんの姿を見られることを楽しみにしています』とのことだ。町の巡回の時も気を抜くなよ」
「っ、はい。あ、伝言ありがとうございますっ」
わざわざ立ち上がって頭をしっかりと下げた。これに、見ていた事情の分からない者たちの大半が遠慮なく白目を剥く。
コウヤや神官達に鍛えられた近衛騎士達の気配察知スキルは今や(極)に届こうとしている。そのため、意識していれば後ろに居る者たちがどんな表情をしているのか雰囲気から読み取ることができる。
当然だが気絶しそうなほどの白目を剥く表情が手に取るように分かった。それがおかしくて、吹き出しそうになりながらも近衛騎士は伝える。
「っ、いや、いいさ。それと、これは同じコウヤ様の訓練を受けた者としての言葉と思ってくれ」
「はい。なんでしょう」
こんな受け答えも、今までは絶対に有り得なかった。それを感慨深く思いながら、大事なことを教える。もう後ろの雰囲気は無視だ。集中できない。
「今日の訓練。コウヤ様は言ったはずだ。訓練が終われば、お前達は騎士として必要な力を手にできると。それを今後、どうするかはお前たち次第だと。覚えているか?」
「っ、もちろんです! 何も、何一つ忘れていません!」
少し怒ったように言い切る彼らに、近衛騎士は手で待ったをかける。
「落ち着け。忘れていないならいい。いいか? 全部忘れるな。騎士として今後も在り続けると誓うのならば、今の気持ちを忘れてはダメだ。もしも、コウヤ様の願いを、意思を踏みにじることになったならば、我々はお前達を何があろうと全力で排除する」
「「「「「ッ!!」」」」」
確かな殺気。凍り付くような強いものだった。それが、近衛騎士達から第三騎士団にのみ注がれる。だが、すぐにそれは霧散した。
「忘れるな。それを踏まえた上で……部屋に戻ったらステータスを確認してみるといい。恐らく、お前達が今後、騎士として生きて行くために必要なものが、そこには揃っているはずだ。決して驕るなよ」
「明日以降も、今のお前達であることを願うよ」
「興奮して寝不足になるなよ~」
「訓練、見直せよ?」
「たまには手合わせしてやるからなっ」
そうそれぞれ言い置いて、近衛騎士達は自分たちのスペースに向かった。
言われた意味にぐるぐると思考を回しながら、食事を終えた第三騎士団の者たちは騎士団の宿舎へと戻る。
眠る前。今日の訓練で汚れてしまった訓練着を宿舎付きの世話係に任せず儀式のように手ずから洗い、誰ともなく談話室へ集まった。
今までは立派な談話室があっても揃うことなんてなかった。共同で使うとか、貴族の出である彼らにはそういうのに馴染めなかったのだ。だから、こうして集まったのは初めてで、小隊としてではなく全員で、仕事に関係なく話をするという経験もない。
そんな中、騎士団長が口を開いた。
「……近衛の言った言葉……ステータス、確認したか?」
「まだです……」
「ちょっとなんか……怖いっていうか……」
「なら、今……一斉に見てみないか?」
「そ、そうだな」
それでも、勇気が要った。騎士に必要な力。それが何なのか、彼らには想像もできなかった。それ以前に、もしも自分にそれがなかったら。騎士になる資格がないとしたら。
失敗や失態など、彼らは全てこれまで家の力でなかったことに出来た。だから、余計に怖い。
取り返しの付かないもの。それを知ることになる。声が震えていた。
「「「「「っ、ステータスオープン」」」」」
そして、それを確認して目を見開いた。
「す、スキルが……っ」
明らかに増えていた。騎士の資格と言われる身体強化も(中)だ。そんなことあり得ない。間違いなく自分たちは親のコネで騎士団に入った。だから、騎士として持っていなくてはならない身体強化も(小)でしかなかった。
そもそも、剣術スキルさえ(中)止まり。実戦もそれほどしないし、近年は戦争もない。そんな中で熟練度が上がることも、新たにスキルが手に入ることもありえないのだ。
「訓練で……たった一度の訓練で熟練度は上がるものなのか?」
「ないだろ。父上からも、叔父上からも一度もそんな話聞いたことがない」
「私もだ……父上ならば、自慢するはずだ……」
「私もそう思う……」
身体強化スキル(中)は全員が手に入れていると分かったが、それ以外のスキルについては誰も口にはしない。今までならば自慢しただろう。だが、自分が持っていないものを仲間が持っていると知るのが怖い。
とはいえ、コウヤは平等に手に入るように調整していた。
彼らが今回手に入れたのは『身体強化(中)』、『気配察知(小)』、『危険察知(中)』、『索敵強化(小)』だ。これは最低限、騎士が持っているべきもの。
落ち着くまでに時間がかかった。あっという間に就寝規定時間だ。守ったことはほとんどないが、それでもノロノロと立ち上がる。
「……近衛に確認してみることにする」
「そ、そうですね……近衛なら」
「話……聞いてくれるでしょうか……」
「頼むさ……頭を下げてな。教えを請うんだ。それくらいするべきだろう」
そんな事、今まで思ってもみなかった。自分が頭を下げるなんてあってはならない。頭を下げるというのは、非を認めること。自分が下だと示すことだと思っていたのだから。
「はい。それに、今度……次があったら、あの方にもきちんとお礼を言わねばなりませんね……あのような態度を取った我々に笑って接してくれるなど……」
思い出すのはコウヤの笑顔。怖いものもあったが、それよりも見惚れてしまうほどのあの笑顔が脳裏に焼き付いている。
心から向けられたことに充足感を感じるあの笑みを忘れたら、きっと絶望すると思えた。
「……冒険者ギルド職員と言っていましたね……」
「あの笑みが、冒険者達に向けられているのかと思うと悔しいな……」
「冒険者って……強いんでしょうか」
「……少なくとも、あの方が所属する冒険者ギルドはすごいのかもしれない……」
色々と考えてしまう。立ち上がった面々も、座り直していた。
「冒険者ギルドか……見たことないな……」
「……避けていたからな……」
「行ってみたいな。きちんと知らないといけない気がする。『魔獣被害が出る時は冒険者と連携を取る』というのがある……まあ、今までそんなもの必要ないと思っていたが……知るべきだろうな……」
バカにしていた冒険者達。そんな彼らのことも、知るべきなのだとようやく理解した。
「なんでバカにしてたんだっけ」
「なんでだろう……父上が言っていたから……? そうか……俺、実態も知らずにバカにしてたのか……」
「私もだ……無能だと……そう父上が言うから、決めつけていた」
「違う……んだろうな」
「ああ……知らなくてはな。あの方に近付くためにも……」
そうして、何日かが過ぎた。
自分たちから頼むことが初めてな彼らには仕方のないこと。
その日、非番の者達は同じく非番らしい近衛騎士をようやく捕まえることができた。
事情を知らない近衛騎士に頼むのは難しく、あの食堂で声をかけてきた近衛騎士を探していたのだ。そうして、運良く今日見つけたというわけだ。
数日の声かけの失敗は外に出る時間もある。かなり朝早くに非番の近衛騎士は寮を出ていたのだ。非番の日に朝早く起きる習慣はなく、これには驚いた。
寮を出るのを待ち伏せし、頭を下げてお願いする。そうして冒険者ギルドへと無事向かうことができたのだ。
非番の近衛騎士の中には、実戦を積むために冒険者になって休日に実戦訓練に出かける者が多い。今回もそうやってギルドに向かう予定だったらしい。
同行したのは第三騎士団の三人と近衛騎士の二人。この組み合わせに、巡回中の騎士や兵が密かに二度見していたのには近衛騎士達しか気付いていない。
近衛騎士達は、予定を変えて冒険者というものを説明してくれる。ギルドの中も見て、どんな依頼があるのかも教えてくれた。ついでだからと近衛騎士が受けたのはもう何日も放置されている迷子のペットを探す依頼。
それに目を丸くしたら、二人は笑っていた。
「まあ、お前らにとっては笑える依頼かもしれんが、依頼人にとっては真剣なものだ。いわゆる雑用系の下の方の依頼は、王都では特に放置されやすくてな。俺らやアルキス様達が見つけたら受けることにしてる」
「え……王族が……」
信じられなかった。
それから、町を歩くことになった。
「冒険者って……ただの荒くれ者だとばかり思っていました……」
「そういうのが居ないわけじゃないからな。まあ、お前らの家の関係だと、付き合えるのはそっち系だろうが」
「あ……」
近衛騎士達は昨日から全く遠慮がない。とはいえ、そう言われて前までは怒っていただろうが、今は不思議と嫌味のように聞こえたとしても不快ではない。申し訳なさの方が勝るのだ。
「……父上が雇うのは……確かに、そういう者たちでした……あんな、しっかりとした防具も剣も持っていないような……」
今日見て知った。恐らく、今まで家と関係を持っていたのはランクの低い者たち。数だけ揃えて使っていたのだろう。全部の冒険者がそうだと決めつけていたことに自分たちが驚いた。
「王都はな~、しっかりと職員のサポートが行き届いていないようだし、ああいう奴らの方が多いんだよな~。問題も起こすから、巡回するお前らも印象悪いだろ」
「……はい……」
問題が起きていても、所詮は下賤のものたちの問題だと、第三騎士団の者たちは見逃してきた。彼らにとって巡回とは、ただの息抜きの散歩だったのだ。それが恥ずかしいことだと今ならば分かる。
そんな様子も、近衛騎士には手に取るように分かった。だが、あえてそれには触れずに続ける。
「本来なら、冒険者が起こす問題は冒険者ギルドの管轄だ。もちろん、犯罪についてはこちらの仕事になるがな」
「ですが、冒険者ギルドの職員が巡回……とかはしないのでしょう?」
そんなことをしている様子は、どれだけ思い出してみてもなかったと疑問を浮かべる。
「しなくても分かるんだよ。熟練のギルド職員なら。そういう問題を起こしそうな奴の雰囲気を感じ取って、大事を起こす前に更生させるんだってさ」
「……そんなことが……」
可能なのかと、それはまるで魔法のようだと目を見開く。だが、今日見たギルド職員達は、そんなことができるようには感じられなかった。
「できる人は少ないだろうな。荒事担当の職員とマスターぐらいが持っているのが精々だ。長年の勘みたいなものもあるらしいしな。だが……お前ら、手に入れただろ『気配察知』、『危険察知』、『索敵強化』の三つ」
「っ、あ……」
「なんで……」
「っ、それ…….」
なぜ知っているのかと驚く。同じ団の者にも明かせなかったソレを言い当てられて内心焦る。だが、近衛騎士はなんてことないように答えた。当然だ。それが騎士の持つべきものなのだから。
「あの三つの熟練度を上げていくと、そのうち分かるようになるんだ。バカをやりそうな奴の気配がな。例えばあいつ」
目を向けた先で、老人を突き飛ばし駆けてくる男が居た。
それに向けて近衛騎士は一気に駆けると、投げ飛ばして拘束した。
「盗んだものから手を離せ」
「っ、く、くそ……っ」
あっという間の出来事で、第三騎士団の三人は呆気にとられていた。正気に戻ったのは、もう一人の近衛騎士が優しく転ばされた老人を抱き起こしてかける声を聞いたからだ。
「痛いのは腕ですか? 足も捻っているかもしれません。大丈夫。教会に行きましょう。私は近衛騎士のものです。お運びいたします。背負いますがよろしいですか?」
「あ、き、騎士様……っ、そんなこと……」
「ご心配なく。ああ、荷物は彼らに持ってもらいますね」
言われて三人は弾かれたように動く。散乱したのは食材だった。タマゴは割れてしまっているし、野菜も折れていた。
そこに、こちらも非番なのだろう。一人の近衛騎士が駆けてくる。
「大丈夫か? えらく散らかったなあ。ここは綺麗にしてやる。ダメになったのはタマゴくらいか。野菜は折れてるのも拾ってくれ」
「は、はい!」
使えないかもしれないと思った野菜も、転がっている籠に入れていく。なるべく土を落としているのは無意識だ。今までならば汚いと目を向けることすらしなかっただろう。
回収が終わると、後から来た近衛騎士が魔法で全てを綺麗にした。籠の中の野菜も、第三騎士達の手も。生活魔法と呼ばれるものだ。
「よし、綺麗になったな」
「……生活魔法……使うんですね……」
「ん? 当然だろ。あ~……第三か。お前らにとっては、使用人たちの使う魔法だもんなあ。きちんと使えるようにしといた方が楽だぞ。仕事を奪うのは良くないんだろうが……騎士が他人の手を煩わせるとか恥ずかしいだろ。最低限、自分たちのことは自分でやらんと」
「「「……っ」」」
そうだと顔を赤くした。
そんな自覚さえ持てなかった自分たちが酷く恥ずかしい。だが、そんな三人は放っておいて、近衛騎士は今や男の上に気楽に座っているもう一人の近衛騎士に声をかけた。下半身を完全に封じられているため、男は動けず抵抗を諦めたらしい。
「そいつ、冒険者か?」
「Dランクだってよ」
「うわあ。やっぱ、程度が落ちてるよな? これ、コウヤ様に報告しといた方が良くないか? 昨日聞いた奴なんてCだぜ。基準が甘くなってんのか? ユースールじゃあ考えられんだろ」
「だよな……教会行くか」
「怪我人も居るしな。引き渡しは……あ、いたいた。すぐ呼んでくるわ」
近衛騎士は路地に入って行き、すぐに兵を三人引き連れて戻ってきた。
「もしかして……気配で?」
「お、スキルの使い方分かった? まだまだユースールの兵達には及ばないけど、半径で二百メートルくらいの範囲なら、気配で兵や騎士を見つけられるんだよ」
老人を背負った近衛騎士がそう歩み寄って教えてくれた。
「先行くよ」
「おう」
「ペット探しながら行くわ」
二人の近衛騎士に任せて、老人を背負った近衛騎士が歩き出す。
「お前らも行くよ~。お腹も空いたし、教会の食堂にお邪魔しよう。あなたもどうですか? 怪我が治ったら食事をしましょう」
「あ……はい……」
老人に声をかけながら進んでいく近衛騎士。それを、老人の荷物を持って追いかける。少し早足で驚いた。これに気付いたのだろう。少し振り返った近衛騎士が笑った。
「あ、早い? ちょうどいいから、スキル使いながらついてきてね。人とぶつからないように」
「「「っ、はい!」」」
そうかと頷き合う。そうして、三人はスキルの使い方を試行錯誤しながら必死で近衛騎士を追ったのだ。
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読んでくださりありがとうございます◎
終わらなかった……もう少し続きます。
二日空きます。
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悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。
かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。
※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。
※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です
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