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第六章 新教会のお披露目

192 よく今まで頑張ったね

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リウムに二杯目のフルーツティを淹れる。それを二口飲んでようやく、落ち着きを取り戻したらしい。

「まさか、眷獣様がいらっしゃるとは……それに、神子様まで……真に神に認められた神教ということですね」
「ははっ。そうであればと祈っておるよ」
「ご謙遜を」

笑顔も見えるようになったリウムを見て、コウヤもほっとした。だが、リウムはふっと表情を陰らせて少しだけ顔を俯かせる。

「本当にお恥ずかしくも卑しい話なのですが……毎日が苦しくて……神からいただいた加護も十全に活かせなくなっていく自分が不甲斐なく思っておりました」

リウムは、エリスリリアの加護を持っていた。だからこそ、治癒魔法が使える。だが、酷使し過ぎて体がその力に耐えられなくなってきていたのだ。何よりも、この力を否定したくなっていたという。

「弱り、助けを求めてきた人々から金を巻き上げるという行為が浅ましく思えました……それでも命じる上が許せなくて……変えられない私自身が許せませんでした……」

一日を生きることさえ必死になっている人々から、その糧となるべきものを奪うことが心苦しかったのだ。何も知らなければ良かったかもしれない。それこそ、幼い頃から引き取られていたなら、周りと同じように何も感じる事なく、当然の事と思ってお金をもらっていただろう。

だが、彼は人々の暮らしを知っていた。十歳頃までは両親と暮らしていたという。だからこそ、生活の苦しさも知っていたらしい。そして、彼は両親に売られたのだ。貧しさ故に。

「だから、最近はずっと神に願っていたのです……どうか『神官殺し』と呼ばれる者をここに遣わしてくださいと……私や、愚かな神官達を消して欲しいと……」
「「……」」

さすがにベニとコウヤは驚いた。そこまで追い詰められていたということにもだが、ルディエ達がまるで救世主のように考えられていたということにだ。だが、実際にはそう考えていた神官達は多い。ユースールに教会から抜けてやって来ている神官達はそういう者たちだ。

「このようなことを考えることはとても罪深い……ですが、もうそれしかないと思っていたのです」
「……本当に罪深いのは、あんたにそんなことを考えさせた者達だよ。だが……そうだねえ……この状況をあの子らが知っていても、これくらいでは動かんよ。何もしないあんたらに腹を立てるだけさね」
「っ……ベニ様は、神官殺しを知っていらっしゃるのですか?」
「まあね。あの子らの中にも優先順位がある。どれだけ祈っても、手は出さんさ。残念だけどねえ」
「……そうですか……」

冷たく突き放すような言葉だが、これによって、リウムは現実に立ち返ったようだ。

「愚かな妄想だったのですね……」

肩を落とすリウムを見て、コウヤは苦笑した。

「そんな風に仰らないでください。祈ることによって、あなたは今まで頑張ってこられたのでしょう? それならば、無駄なことではありません」
「そう……でしょうか……」
「そうだねえ。神に助けてくれと祈ることは悪いことじゃない。奇跡はね……自分の力で引き寄せるもんだ」
「自分で……」

リウムは顔を上げ、ベニを見つめた。

「神は最初から、私らに乗り越える力を授けてくださっている。この世に生まれ、ここまで生きてきた中で、自身の中で育てたものが必ずあるのさ。それに気付けるかどうかが大切でね……祈り、気づき、それを引き出す。それは紛れもなく、己の力だ。自身の中で見つけられることを、神は信じて見守ってくださる……」

ベニは四円柱を握り、そのまま祈りの形を取る。

「私らと会おうと思った。それが既に己の中にあった何かが囁いて導き出した選択だ。だからきっと、今この時を、神は微笑んで見てくださっているよ」
「っ……神よ……感謝いたします……」

涙を流しながら、リウムも祈りを捧げる。そんな二人の様子を、コウヤは微笑ましく見つめていた。

二人が手をほどき、ゆっくりと顔を上げた時、ドアがノックされた。

「失礼いたします……その……っ、あっ」
《お待たせいたしました》

どう言えば良いのか分からなかったらしい若い神官をよそに、テンキが構わずドアを開けたらしい。

ドアの前にいたのは、八人の男女だった。

《あなたたち、早くお入りなさい》

テンキに急かされ、ぞろぞろと入ってきてドアを閉めた。

「あの……我々は……」

困っているらしい彼らに、ベニが立ち上がる。

「よう来たね。どう聞いている?」
「あ、あの……新たな神教に入れていただけると……ここから出ることを助けてくださるとお聞きしました……本当に?」
「もちろんだよ。出たいかい?」
「はい!」

彼らの中で最も年上なのは、リウムよりも上の壮年の男性だ。彼は弱っているらしい少女に肩を貸していた。若い青年神官が、その壮年の男と目配せあいながら返事をする。

後ろに続く者達が全員、強く頷いた。皆一様に疲れが見える顔をしているが、ここを出られると思うからか、心なしか顔色はよくなっていっている。

「そうと決まれば、さっさとこんな空気の悪い場所からはおさらばさね。大丈夫だよ。しばらくはユースールで体を休めると良い。誰にも手出しはさせないからね」
「あ、ありがとうございます!」

思わずといったように涙を流す。完全に泣き崩れる女性達もいた。そんな彼らを、ベニがゆっくり歩み寄って慰めていた。

「よく今まで頑張ったね」
「っ、ふぅっ、ひっ、あ、ありがとっ、ありがとうございますっ」

そんな様子を見つめていると、足下にテンキがやってくる。

「テンキ、これで全部なんだね?」
《はい。抜かりはありません。あの泣き崩れている二人と、震えている後ろの少年は地下牢におりました》
「えっ、そう……栄養状態も酷そうだ。すぐに出よう」
《はっ!》

だが、これだけの人数を姿が見えなくなったとしても、一緒にぞろぞろと移動するのは大変だ。外に向かうほど、それなりに警備の者もいる。何より、外に出たとして、町中を歩くというのも、今の彼らには無理かもしれない。

「そうだな……うん。ベニ、大司教。城の地下に一度転移しましょう。そこで一旦、食事と手当てを。それと……ここの状態を見ると中央も……」
「なるほど。確かにね。あんた達、このまま出ても大丈夫かい? どうしても持って行きたい物とかないかい?」

誰もが何もないと答えた。彼らは何も与えられず、何も手にしてはいなかった。だが、それならばすぐにでも出ていける。

「何人か白夜部隊の人を呼ぶね。オスローも居るから大丈夫だよ。預けたらすぐ戻って来るね」
「では、もう少し待っておるよ」
《私はベニ様とここに》
「うん。よろしく」

そうして、リウム達が転移と聞いて意味が分からないと目を瞬かせる中、説明もせずにさっさとベニとテンキだけを残し、城の地下へと転移したのだった。

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読んでくださりありがとうございます◎
次回、来年1日の予定です。

よいお年をお迎えください◎
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