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第五章 王家と守護者と誓約
184 楽しかったね
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王城で別れを告げた次の日。
テルザの屋敷の周辺の土地を、コウヤは確認していた。
「もうこの辺の土地は触っていい?」
「周りの家の解体ですか?」
「うん。軽くやっておこうと思って」
「区画確認がこの後ございますが、家の解体でしたら大丈夫です。こちらが鍵石になります。入り口の赤い布に同じ模様がありますので」
「うわ。さすが王都。結界布をちゃんと使ってるんだね」
受け取ったのは八つの石。無人となり、廃棄された家は扉が外され、そこにこの石と対になる結界布が暖簾のようにかけられる。
これによって、家を傷ませることなくそのままの状態を維持できる。家は住まなければ傷んで最悪の場合、倒壊する。それを防ぐためだ。他者の侵入も防ぐ。
ただ、これは時を止める結界だ。コウヤの亜空間収納と同じ。今は作り方さえわからなくなっており、数に限りがあるため大変高価だ。王都ぐらいにしかない。
王都では人が増えているため、すぐに解体、建築というわけにはいかない。使えるならば空き家はそのまま使ってもらうのが一般的だ。
解体するにも技術がいる。王都は家がとにかく密集していたりするので、そのレベルが高くなる。更に、建物を建てるのは時間がかかるのが普通だ。
この工期中の騒音や資材の置き場所などで、半日とせずに苦情が殺到する。そのせいで建物の修繕はしても、建築はまずしない。やりたくてもやれないのが現実だ。
貴族の屋敷ならば文句も言えないので、建てるのに害は減るが、嫌がられるのは避けられない。
「コウヤ様に心配は不要とは思いますが、お気をつけください」
「うん。大丈夫だよ」
そうして、コウヤは一時間で八つの家を解体した。当然、驚いたのはこの辺り一帯の家を管理していた不動産ギルドだ。
「……昨日まで……いや、朝までここには確かに家があったはずですけど……」
八つにプラス宮廷薬師であるテルザの屋敷の九つの家の担当は三人。そして、大口の契約ということでギルド長も、区画確認の立会いに来たのだが、テルザの屋敷を真ん中にポツンと残し、更地になってしまった場所を口を開けたまま見つめる。
体は力が抜けているが、頭はフル回転中らしく、目が忙しなく動いていた。そんな大混乱中の彼らに、コウヤはいつも通りの様子で話しかける。
「こんにちは。区画確認も、この方が分かりやすいかと思いまして、記石も見えるようにしておきました」
「はあ……」
ギルド長がなんとも力無い声で返事をした。
記石とはいわゆる土地の境界を示す『境界杭』だ。この世界では土地に定着する特殊な魔石を使う。土に埋もれてしまったり、塀などで隠す場合が多いので、あると思って掘らなければ見つからない。
整地もしっかりとやったコウヤはこれも見えるようにしておいたのだ。
「あと、これが結界布と鍵石です。確認ください」
「はっ、あ、ありがとうございます。失礼いたします」
正しく対になっているものだと確認し、八つあることも確かめてから職員たちは頷く。
「確認いたしました」
「では、俺はこの後、帰る用意があるので、ジザさんお願いしますね」
「はい。お任せください」
「では、失礼します」
コウヤは、この家に残るジザルスに後を任せ、家の中に入って行った。
残された不動産ギルドの職員はそれを呆然と見送る。
「し、しっかりした坊ちゃんですなあ」
ギルド長がそれを口にすると、ジザルスは誇らしげに答えた。
「ええ。時に大人達の方が指示を待ってしまいます。中々こちらを頼ってはいただけないので寂しさと情けなさもあるのですが、任せる所は任せてくださるので、こういう時は全力で応えるようにしております」
「なるほど。坊ちゃんの倍は年ですが、私の息子もあれくらいしっかりしてくれたらと思ってしまいますよ。いやあ、羨ましい!」
「ありがとうございます」
コウヤを本気で褒めているらしいので、ジザルスも上機嫌だ。
「それにしても……なんの苦情もなくここまで綺麗に更地にされるとは……ご迷惑でなければ、どちらの組かお教えいただけませんか」
組というのは大工のこと。王都には五つの組がある。ギルド長も、ここまでの仕事ができる組に心当たりはなかった。
「先ほどのやり取りでお気付きかと思っていましたが……」
「先ほど……っ、ま、まさか……坊ちゃんが……?」
「はい。在住されている地で大工仕事を手伝われることもありまして、このようなことは片手間でもこなされます。実際、これも一時間程で完了されました」
「「「「っ、一時間!?」」」」
驚愕する一同を前に、ジザルスはニコニコと良い笑顔を浮かべていた。だが、次の瞬間、目を細め鋭い視線を向けた。
「とはいえ、引き抜き等の勧誘はご勘弁くださいね?」
「は、はい!」
「では、確認をお願いいたします」
「承知しました!」
こうして、ジザルスは釘を刺しつつ立会いをスムーズに終えたのだ。
◆ ◆ ◆
「じゃあ、セイばあさま。俺はレンス様達を連れて一度帰るね。明後日また迎えに来るよ」
「うむ。もう少しここの調整をしておきたいのでなあ」
セイが滞在するテルザの屋敷は壊さず、敷地の端に転移魔法で移動させた。さすがに転移は人には無理だとされているので、それに近い移動の魔法だと言って誤魔化しておいた。
屋台部隊も来ることに決まったので、旅人用に用意する宿舎を建てる予定の場所に、コンテナハウスを並べておいた。これですぐに作業に取りかかれるだろう。
セイとテルザの補佐をしていたジザルスを残し、ビジェを回収してコウヤ達は王都を出る。しばらく進み、街道からも外れた場所に、今日ユースールに帰る者たちが集まった。
「こんな所で、一体何をするんだ?」
ビジェやゼット、レンスフィートのお供の者達はしきりに首を傾げていた。
「こ、コウヤ。まさか、ヘルが言っていたアレか?」
「多分そうです。何も心配要りませんよ」
「心配以前の問題だ……」
レンスフィートの顔には、不安しかないとあった。息子であるヘルヴェルスから聞いているため、移動手段の予想はしていた。とはいえ、他にも手があると知るよりは良いかもしれないと頭を切り替えた。
「これが『闇飛行船マンタ』です。乗ってください」
「「「「「っ、ええぇぇぇぇっ!!」」」」」
叫ぶ声を咄嗟に風魔法で上に逃しながら、何とか全員を乗り込ませた。因みに、馬車類は貨物用のハッチを開け、そこから搬入だ。
屋台部隊をこれで運ぶのだと説明するため、そこからゼットだけを伴って入る。ビジェはルディエとレンスフィート達を任せた。ただし、コウヤの背中には、眠ってしまったレナルカがいる。
「ゼットさん、どうですか。これなら屋台部隊ごと移動できるでしょう? 馬車なら五十台入りますよ!」
「……」
自信満々で両手を広げて貨物庫を見せるコウヤに、ゼットの目は虚ろだった。
「お前なあ……昔っから言ってるだろ! 量産できんものはなるべく自重しろって!」
この言葉を頭に置くならば、一切自重しなかった冒険者ギルドや教会の各施設は、あれでも自重した方であると言える。
ゼットは商業ギルドのマスターだ。コウヤのように次から次へと新しいものや考えを生み出す者に、自重されては困る。大いにその能力を発揮してくれというのが商業ギルドの見せるべき姿勢だ。
しかし、ゼットや今のユースールの商業ギルドの職員達は、コウヤが要らぬトラブルに巻き込まれないようにと慎重だ。コウヤという、ユースールの中でも大切で特殊な存在を、間違っても他の商業ギルドの職員に捕まえられたりしないように気を付けている。
欲望に忠実な商人が多くなった現代で、コウヤは最高級の獲物。その才を搾り取られないよう、自重しろと常々言い聞かせてきたのだ。守るのにも限度があるというのは、最近のゼット達の認識だった。
「大丈夫ですよ! 今は特に、テンキも居ますしね。パックンやダンゴだけでも十分だったんですけど、何かあった時に最高の隠れ家を用意できます。逃げる準備はいつでもできてますよ」
「……わかった。一層、気を引き締めるわ……」
「ん?」
これはユースールのためだとゼットは決意を新たにする。
ルディエや白夜部隊だけでも、ベニ達だけでも、十分にコウヤを逃し、隠すことができる。彼らが本気になってしまえば、ゼット達は手も足も出ない。
レンスフィートもゼットも、ユースールの者達皆が、もうコウヤなしでは何も希望を見出せないのだ。隠れられないようにと気合いを入れるのは当然だ。
「レンス様にも相談して……できれば王達に注意してもらうか……こっちは早急に王都のギルドより評判と地位を上げんとな……屋台部隊を出すならマリアに王都の商人を探ってもらって、確か神官に商人の息子が二人居たな。よし!」
コウヤの後をついて船内を歩きながら、ゼットは一人計画を練っていた。それをコウヤは仕事熱心だなと感心しながら聞いている。
マリアというのは、マリアーナという、ドレッドヘアの屋台部隊のまとめ役のお姉さんだ。姐さんと呼びたくなる性格で、ゼットの婚約者だ。それを思い出してコウヤはゼットに声をかける。
「そうだ! ゼットさん。そろそろ結婚しませんか?」
「なっ、はぁ!? なんだ、突然」
「いやあ。それが、前の教会の結婚式は、ばあさま達に言わせれば略式も略式みたいで、キイばあさまがそういうの厳しいんですよ。前例を作るためにも、正式な結婚式を教会で挙げて欲しいんです」
「……なんで俺?」
そう言われても、ゼットにはよくわからないだろう。庶民の結婚は、教会に言って宣誓するだけ。その後、飲んで騒げばそれが結婚式だ。当然だと思っていたものが、ベニ達には略式だったという。
ゼットにしてみれば『結婚式って何?』だ。
「ゼットさんとマリアーナさんは、もう秒読みに入ってるって皆さん言ってますよ?」
「っ……いや、だが……」
「もちろん、ゼットさんを一番にしようとしているのには訳があります」
「なんだ……?」
少し警戒するのは仕方ない。コウヤは自重をどっかに忘れてきているのだから。
「ウエディングプランナーをって……いえ。これはゼットさんの結婚が決まったらお話しますねっ」
「……分かった……」
丁度操縦室に着いたので、話はここまでだ。
「それにしても、すげぇ……」
先に来ていたレンスフィート達も、驚きながら大きな窓から外を見ていた。
「そろそろ出発しますよ」
《出航準備! でしゅ!》
ダンゴが船長だ。全てのハッチを閉める。
《主様……こんなものを作ってしまうとは……》
「どうかな、テンキ。カッコいいでしょ?」
《それは……はい。ですが、本当にこれが飛ぶのですか?》
「うん。ほら」
ふわりという感覚もなく、地上から飛び立ったマンタは、大地の景色を小さくしていく。
《これはすごい……ですが……主様を乗せて飛ぶのは私の特権だったのですが……》
「あ、そうだね。でも、テンキとはまた違った感じだしね。また乗せてね」
《もちろんです!》
レンスフィートとゼットは、並んで外を見つめながら、ため息をついていた。
「これ、バレたらヤバイっすわ」
「コウヤがこれ以上作らないように注意しておかねばな……ベニ殿達に頼もう」
「それが一番です……ですが、これは便利ですね」
「……ユースールが優遇されているとバレる方がまずいか……なんと厄介な」
「コウヤは良いことも悪いことも連れてくる子ですから……」
「そうだな……」
感慨深いと頷く二人。そんな二人を気の毒そうに見つめるのがテンキで、コウヤやダンゴ、パックンはのほほんとしたものだ。
「楽しかったね」
《はいでしゅ!》
《宝物庫見るの忘れた! Σ(-᷅_-᷄๑) 》
《パックン……》
何はともあれ、こうして王都での濃い三日間を無事に終え、コウヤ達はユースールへ帰還したのだ。
***********
読んでくださりありがとうございます◎
テルザの屋敷の周辺の土地を、コウヤは確認していた。
「もうこの辺の土地は触っていい?」
「周りの家の解体ですか?」
「うん。軽くやっておこうと思って」
「区画確認がこの後ございますが、家の解体でしたら大丈夫です。こちらが鍵石になります。入り口の赤い布に同じ模様がありますので」
「うわ。さすが王都。結界布をちゃんと使ってるんだね」
受け取ったのは八つの石。無人となり、廃棄された家は扉が外され、そこにこの石と対になる結界布が暖簾のようにかけられる。
これによって、家を傷ませることなくそのままの状態を維持できる。家は住まなければ傷んで最悪の場合、倒壊する。それを防ぐためだ。他者の侵入も防ぐ。
ただ、これは時を止める結界だ。コウヤの亜空間収納と同じ。今は作り方さえわからなくなっており、数に限りがあるため大変高価だ。王都ぐらいにしかない。
王都では人が増えているため、すぐに解体、建築というわけにはいかない。使えるならば空き家はそのまま使ってもらうのが一般的だ。
解体するにも技術がいる。王都は家がとにかく密集していたりするので、そのレベルが高くなる。更に、建物を建てるのは時間がかかるのが普通だ。
この工期中の騒音や資材の置き場所などで、半日とせずに苦情が殺到する。そのせいで建物の修繕はしても、建築はまずしない。やりたくてもやれないのが現実だ。
貴族の屋敷ならば文句も言えないので、建てるのに害は減るが、嫌がられるのは避けられない。
「コウヤ様に心配は不要とは思いますが、お気をつけください」
「うん。大丈夫だよ」
そうして、コウヤは一時間で八つの家を解体した。当然、驚いたのはこの辺り一帯の家を管理していた不動産ギルドだ。
「……昨日まで……いや、朝までここには確かに家があったはずですけど……」
八つにプラス宮廷薬師であるテルザの屋敷の九つの家の担当は三人。そして、大口の契約ということでギルド長も、区画確認の立会いに来たのだが、テルザの屋敷を真ん中にポツンと残し、更地になってしまった場所を口を開けたまま見つめる。
体は力が抜けているが、頭はフル回転中らしく、目が忙しなく動いていた。そんな大混乱中の彼らに、コウヤはいつも通りの様子で話しかける。
「こんにちは。区画確認も、この方が分かりやすいかと思いまして、記石も見えるようにしておきました」
「はあ……」
ギルド長がなんとも力無い声で返事をした。
記石とはいわゆる土地の境界を示す『境界杭』だ。この世界では土地に定着する特殊な魔石を使う。土に埋もれてしまったり、塀などで隠す場合が多いので、あると思って掘らなければ見つからない。
整地もしっかりとやったコウヤはこれも見えるようにしておいたのだ。
「あと、これが結界布と鍵石です。確認ください」
「はっ、あ、ありがとうございます。失礼いたします」
正しく対になっているものだと確認し、八つあることも確かめてから職員たちは頷く。
「確認いたしました」
「では、俺はこの後、帰る用意があるので、ジザさんお願いしますね」
「はい。お任せください」
「では、失礼します」
コウヤは、この家に残るジザルスに後を任せ、家の中に入って行った。
残された不動産ギルドの職員はそれを呆然と見送る。
「し、しっかりした坊ちゃんですなあ」
ギルド長がそれを口にすると、ジザルスは誇らしげに答えた。
「ええ。時に大人達の方が指示を待ってしまいます。中々こちらを頼ってはいただけないので寂しさと情けなさもあるのですが、任せる所は任せてくださるので、こういう時は全力で応えるようにしております」
「なるほど。坊ちゃんの倍は年ですが、私の息子もあれくらいしっかりしてくれたらと思ってしまいますよ。いやあ、羨ましい!」
「ありがとうございます」
コウヤを本気で褒めているらしいので、ジザルスも上機嫌だ。
「それにしても……なんの苦情もなくここまで綺麗に更地にされるとは……ご迷惑でなければ、どちらの組かお教えいただけませんか」
組というのは大工のこと。王都には五つの組がある。ギルド長も、ここまでの仕事ができる組に心当たりはなかった。
「先ほどのやり取りでお気付きかと思っていましたが……」
「先ほど……っ、ま、まさか……坊ちゃんが……?」
「はい。在住されている地で大工仕事を手伝われることもありまして、このようなことは片手間でもこなされます。実際、これも一時間程で完了されました」
「「「「っ、一時間!?」」」」
驚愕する一同を前に、ジザルスはニコニコと良い笑顔を浮かべていた。だが、次の瞬間、目を細め鋭い視線を向けた。
「とはいえ、引き抜き等の勧誘はご勘弁くださいね?」
「は、はい!」
「では、確認をお願いいたします」
「承知しました!」
こうして、ジザルスは釘を刺しつつ立会いをスムーズに終えたのだ。
◆ ◆ ◆
「じゃあ、セイばあさま。俺はレンス様達を連れて一度帰るね。明後日また迎えに来るよ」
「うむ。もう少しここの調整をしておきたいのでなあ」
セイが滞在するテルザの屋敷は壊さず、敷地の端に転移魔法で移動させた。さすがに転移は人には無理だとされているので、それに近い移動の魔法だと言って誤魔化しておいた。
屋台部隊も来ることに決まったので、旅人用に用意する宿舎を建てる予定の場所に、コンテナハウスを並べておいた。これですぐに作業に取りかかれるだろう。
セイとテルザの補佐をしていたジザルスを残し、ビジェを回収してコウヤ達は王都を出る。しばらく進み、街道からも外れた場所に、今日ユースールに帰る者たちが集まった。
「こんな所で、一体何をするんだ?」
ビジェやゼット、レンスフィートのお供の者達はしきりに首を傾げていた。
「こ、コウヤ。まさか、ヘルが言っていたアレか?」
「多分そうです。何も心配要りませんよ」
「心配以前の問題だ……」
レンスフィートの顔には、不安しかないとあった。息子であるヘルヴェルスから聞いているため、移動手段の予想はしていた。とはいえ、他にも手があると知るよりは良いかもしれないと頭を切り替えた。
「これが『闇飛行船マンタ』です。乗ってください」
「「「「「っ、ええぇぇぇぇっ!!」」」」」
叫ぶ声を咄嗟に風魔法で上に逃しながら、何とか全員を乗り込ませた。因みに、馬車類は貨物用のハッチを開け、そこから搬入だ。
屋台部隊をこれで運ぶのだと説明するため、そこからゼットだけを伴って入る。ビジェはルディエとレンスフィート達を任せた。ただし、コウヤの背中には、眠ってしまったレナルカがいる。
「ゼットさん、どうですか。これなら屋台部隊ごと移動できるでしょう? 馬車なら五十台入りますよ!」
「……」
自信満々で両手を広げて貨物庫を見せるコウヤに、ゼットの目は虚ろだった。
「お前なあ……昔っから言ってるだろ! 量産できんものはなるべく自重しろって!」
この言葉を頭に置くならば、一切自重しなかった冒険者ギルドや教会の各施設は、あれでも自重した方であると言える。
ゼットは商業ギルドのマスターだ。コウヤのように次から次へと新しいものや考えを生み出す者に、自重されては困る。大いにその能力を発揮してくれというのが商業ギルドの見せるべき姿勢だ。
しかし、ゼットや今のユースールの商業ギルドの職員達は、コウヤが要らぬトラブルに巻き込まれないようにと慎重だ。コウヤという、ユースールの中でも大切で特殊な存在を、間違っても他の商業ギルドの職員に捕まえられたりしないように気を付けている。
欲望に忠実な商人が多くなった現代で、コウヤは最高級の獲物。その才を搾り取られないよう、自重しろと常々言い聞かせてきたのだ。守るのにも限度があるというのは、最近のゼット達の認識だった。
「大丈夫ですよ! 今は特に、テンキも居ますしね。パックンやダンゴだけでも十分だったんですけど、何かあった時に最高の隠れ家を用意できます。逃げる準備はいつでもできてますよ」
「……わかった。一層、気を引き締めるわ……」
「ん?」
これはユースールのためだとゼットは決意を新たにする。
ルディエや白夜部隊だけでも、ベニ達だけでも、十分にコウヤを逃し、隠すことができる。彼らが本気になってしまえば、ゼット達は手も足も出ない。
レンスフィートもゼットも、ユースールの者達皆が、もうコウヤなしでは何も希望を見出せないのだ。隠れられないようにと気合いを入れるのは当然だ。
「レンス様にも相談して……できれば王達に注意してもらうか……こっちは早急に王都のギルドより評判と地位を上げんとな……屋台部隊を出すならマリアに王都の商人を探ってもらって、確か神官に商人の息子が二人居たな。よし!」
コウヤの後をついて船内を歩きながら、ゼットは一人計画を練っていた。それをコウヤは仕事熱心だなと感心しながら聞いている。
マリアというのは、マリアーナという、ドレッドヘアの屋台部隊のまとめ役のお姉さんだ。姐さんと呼びたくなる性格で、ゼットの婚約者だ。それを思い出してコウヤはゼットに声をかける。
「そうだ! ゼットさん。そろそろ結婚しませんか?」
「なっ、はぁ!? なんだ、突然」
「いやあ。それが、前の教会の結婚式は、ばあさま達に言わせれば略式も略式みたいで、キイばあさまがそういうの厳しいんですよ。前例を作るためにも、正式な結婚式を教会で挙げて欲しいんです」
「……なんで俺?」
そう言われても、ゼットにはよくわからないだろう。庶民の結婚は、教会に言って宣誓するだけ。その後、飲んで騒げばそれが結婚式だ。当然だと思っていたものが、ベニ達には略式だったという。
ゼットにしてみれば『結婚式って何?』だ。
「ゼットさんとマリアーナさんは、もう秒読みに入ってるって皆さん言ってますよ?」
「っ……いや、だが……」
「もちろん、ゼットさんを一番にしようとしているのには訳があります」
「なんだ……?」
少し警戒するのは仕方ない。コウヤは自重をどっかに忘れてきているのだから。
「ウエディングプランナーをって……いえ。これはゼットさんの結婚が決まったらお話しますねっ」
「……分かった……」
丁度操縦室に着いたので、話はここまでだ。
「それにしても、すげぇ……」
先に来ていたレンスフィート達も、驚きながら大きな窓から外を見ていた。
「そろそろ出発しますよ」
《出航準備! でしゅ!》
ダンゴが船長だ。全てのハッチを閉める。
《主様……こんなものを作ってしまうとは……》
「どうかな、テンキ。カッコいいでしょ?」
《それは……はい。ですが、本当にこれが飛ぶのですか?》
「うん。ほら」
ふわりという感覚もなく、地上から飛び立ったマンタは、大地の景色を小さくしていく。
《これはすごい……ですが……主様を乗せて飛ぶのは私の特権だったのですが……》
「あ、そうだね。でも、テンキとはまた違った感じだしね。また乗せてね」
《もちろんです!》
レンスフィートとゼットは、並んで外を見つめながら、ため息をついていた。
「これ、バレたらヤバイっすわ」
「コウヤがこれ以上作らないように注意しておかねばな……ベニ殿達に頼もう」
「それが一番です……ですが、これは便利ですね」
「……ユースールが優遇されているとバレる方がまずいか……なんと厄介な」
「コウヤは良いことも悪いことも連れてくる子ですから……」
「そうだな……」
感慨深いと頷く二人。そんな二人を気の毒そうに見つめるのがテンキで、コウヤやダンゴ、パックンはのほほんとしたものだ。
「楽しかったね」
《はいでしゅ!》
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