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第五章 王家と守護者と誓約

176 遊びに来たつもりはないです

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書籍化に伴い第五章、第六章編集中です!

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それは、カトレアの侍女長を懲らしめ、再会したテンキと共にアビリス王たちに合流した後のこと。

眷属達が楽しく話す中。ミラルファがカトレアを叱っていた。

「バカだバカだとは思っていましたけれど、ここまで大バカ者だったとは思いませんでしたよ!」
「も、申し訳……っ」

カトレアを運んでくれたビジェは、部屋の端で壁に徹していた。

「ビジェ、運んでくれて助かりました」
「いや……アレはいいのだろうカ……」
「誰にでも、叱ってくれる人は必要ですよ。あちらも反省しているようですね」

目を向けた先では、カトレアと共に連れてきた三人の侍女がメイド長の前で正座している。

「上役の命令は絶対と教えます。あなた方の立場の問題もあるでしょう。意見ができないのは分かります。ですが、侍女である以上、耐えるだけではあなた方だけではなく、お仕えする方にもよくないこともあるのです」

気付かなかったことはこちらの落ち度だが、もう少し考えなさい言われ、彼女たちは謝りながら泣いていた。

「大丈夫そうですね」

何とかなりそうだと頷きながら、セイと共に王宮を後にしようとしていた。

「こっちのお話は終わってましたか?」
「ああ。無事、終わったよ。そろそろ帰ろうか。そうだ。コウヤ、この後商業ギルドへ行って、下着の登録しといで」
「え~っと……やっぱり必要?」
「必要やね」
「そっか……」

さてどうしようと考えて、何気なくカトレアへ目を向ける。傷はもうないが、死を選ぶほどに追い込まれてしまったというのがあまりにも哀れだった。

そして、思いついたのだ。

「あっ、ね、ねえ。カトレアさんやあの侍女さんたちに下着作りを主導してもらうってのはどう? やっぱり、女性の下着は女性が考える方がいいと思うんだ」
「ん? どういうことだい?」

今はセイにしか聞こえないように、近付く。

「部屋に閉じ込められてるでしょう? だから色々と余計なこと考えるんだよ。今まで、ずっとシン様を次期王にっていう目標に向かって必死だったんだ。それが突然なくなったから、自分でもどうしたらいいのか分からないんじゃないかな」
「なるほどね……それも貴族のお嬢様として育ってるんだ。常に目標を持って生きてきたんだろうね。それが取り上げられれば、確かに余計なことを考えるね」

与えられた目標を達成するために生きてきた人が、もう何もするなと言われればどうすればいいのか分からなくなるだろう。

「だからね。下着作りの事業を任せられないかなって。デザインするとか、そういうことはできそうでしょう? それに、ルー君に聞いたんだけど、カトレアさん、絵が上手いんだって」
「それは……確かに良さそうだね。よし、こっちは話をしておこう。コウヤ、速攻で今王妃たちの作れるかい?」
「うっ……色指定しないなら……」
「なら、すぐに作って商業ギルド行っといで。ここでの説明はしておくでね」
「はい……」

本気で速攻で作った。知ろうと思えば、チラリと見るだけでサイズはわかる。いたたまれないけれど、これは仕方がない。作って適当な布で包んでセイに差し出すまで、多分、誰にも何をやっているのかわからなかっただろう。まさに神技だった。

「じゃあ、行ってくるよ」
「おい、コウヤ、あいつを連れていけ」
「ん? ビジェをですか?」

アルキスが顎をしゃくって示すのはビジェだ。

「いいんですか?」
「もう調べは終わっているんでな。手枷も外した」
「なら、もう王都を出てもいいんですね」
「構わん……アイツが望むならな」

最後の方はよく聞こえなかったが、ビジェが自由になったのは変わりない。

「わかりました。ルー君はここに居て。登録だけだから面白くもないしね」
「……わかった……」
「パックンたちも、レナルカをお願いね」
《は~い ( ^ω^ ) 》

そうして、セイ達と別れ、ビジェを連れてコウヤは城を出たのだ。

「ビジェ、身分証明書は持ってる?」
「イヤ……ドレイとなって、なくなっタ……」
「なら、冒険者ギルドに行きましょう。この大陸内なら、それで町を行き来するのに不便はないから」
「ソウカ。ならバ、そうさせてモラウ」
「案内しますね」

王都の冒険者ギルドにも、盗賊討伐の折にタリスと来ていたのだ。場所も分かるし、ギルドマスターにも会ったことがある。

王都は冒険者が多いように思うが、ユースールとそう変わらないらしい。時間的にもそれほど混む時でもないので、窓口が多いここではすぐにカードを作ることができる。

新規登録の窓口に行き、職員に声をかける。

「すみません。彼、南の大陸の方なのですけれど、俺が保証人になりますので登録をお願いします」
「あ、はい……こちらの書類に記入をお願いします」
「ありがとうございます。ビジェ、そちらの文字でも書いてくれますか? 俺が上にこちらの言葉で書くので」
「ワカッタ」

この大陸でも違う文字を使っている国がいくつかある。冒険者ギルドはそこにある国の文字での登録をすることになる。代筆だけでも構わないが、両方書いておけば、文字が分からずに無理やり登録させられたのではないかという誤解を受けない。

何より、こうすることで登録が本来の時間でできる。代筆による登録は、本当に本人か、保証人はどういう人物かなど調べ上げてからしか登録できないのだ。

その事情を知っているということを、ギルド職員は不審に思っているらしい。なので、ビジェに書いてもらいながら自身の冒険者ギルドカードを出す。

「警戒させてすみません。俺、ユースールのギルド職員なんです」
「っ、あっ……こ、コウヤって、あなたがユースールのコウヤさんですかっ。わっ、わっ、本物っ」
「えっと……?」

なんだか興奮状態になった女性職員に困惑しながら、書類を書き上げる。

「では、その……登録お願いします」
「おねがいシマス」
「はい!」

そうして、ビジェがカードを受け取ると、女性職員に最後までキラキラとした目で見送られながらギルドを出た。

受付嬢の目が気になったので、コウヤはビジェを連れて少し冒険者ギルドから離れてから息をつく。

「なんだったのかなぁ」
「……ソンケイするヒトをみるメだった」

コウヤはなるべく目を合わせないように受付嬢から目をそらしていたので、居心地が悪いという印象しかなかった。だが、ビジェはしっかりと観察していたらしい。寧ろ警戒していたように思う。

「目立つようなおかしなことしてないはずだけどな……」
「……イシキしてナイ?」
「ん?」
「なんでもナイ」

ビジェが困惑した表情をしているように見えたが、答えはくれそうになかった。

「それより、これでビジェは自由だね。王都も出て行ける。お国に帰るなら気を付けて。また捕まらないようにね。人を探すなら情報屋さんを紹介するし」

どうするかと尋ねれば、ビジェは目を見開いてこちらを見下ろした。

「ジユウ?」
「そうだよ? 調べも終わったってアルキス様も言ってたし、そうじゃなきゃ、お城から出せないよ。ほら、ここが王都の中央の道ね。右に見えるのが南門。この時間なら出て行くのに混んでないから」
「……いかない。ここにイル。やくニたつ」
「ここにって……どうするの? 何か仕事を?」

首を傾げるコウヤに、ビジェは正面に向き直って告げる。

「コウヤ……たすけラレタ。ヒトさがしはオレのかっテ。キョウセイじゃナイ。しばらくイッショにイル」
「えっと……恩を感じてるとかなら別に良いんですよ? ビジェのしたいことをしてください。寧ろ、人探しも手伝いましょうか?」
「イイ……オレ、いるのメイワクか?」

どうしてもビジェはコウヤと居るつもりのようだ。寂しそうに迷惑かと言われては、反射的に首を横に振るしかない。

「それはないですけど。良いんですか?」
「オレはそばにイタい……カラ……」

良い歳をした大人の男だというのに、健気さを見せるその表情に負けた。

「わかりました。ビジェが落ち着くまでそばに居てくれて良いです。その間にこちらの大陸の言葉とか、習慣とか知れれば、きっと人探しをするのにも役立ちますからね」
「ドリョクする」

ほっとした表情になったビジェを見て、これで良いかとコウヤも受け入れた。

「では、商業ギルドに行きます。ついて来ますか?」
「いく」

再び歩き出したコウヤに、数歩離れてビジェがついてくる。なんだか護衛されているみたいだと思いながら、人混みを避けつつ進んだ。

実際、ビジェは護衛のつもりのようだ。周囲を警戒しているのが分かった。

やって来たのは冒険者ギルドからも見えていた建物。数分の距離しか離れていない。こちらは冒険者ギルドよりも人が多いくらいだった。

「さすがは王都の商業ギルド。大きいなぁ」

受け付けを待つ商人達は多いし、商談に入ったりするので、一人一人に時間がかかる。それでもユースールの三倍の受け付けがあるので、早い方だろう。

十五分ほど待っていると、コウヤの番が来た。

「次の方どうぞ」
「はい」

呼ばれた窓口に居た女性は、貼り付けたような笑みを見せていた。

「お待たせしました。どちらの商会の方でしょうか」
「あ、俺は商会には入っていません」

取り出そうと思っていた商業ギルドカードから手を離す。誤解されたのが分かったのだ。どう説明しようかと考える。

「……では、どのようなご用件でしょうか」
「はい。商品の登録なのですけれど」

明らかに受け付け嬢は声のトーンを下げていた。コウヤは子どもで、後ろには護衛にしか見えないビジェが神妙な様子で張り付いているのだ。どこかの商会の下働きで、お使いだと思ったのだろう。ただ、代理人では商技登録はできない。

そもそも、コウヤは知らないが、子どもが来るような所ではない。冷やかしにしか思えなかったのだろう。ただでさえ忙しいのだから、苛つき度は高い。

忙しい時間帯は冒険者ギルドとはほとんど真逆。よって、今が一番忙しかった。これもいけなかったのだ。

「……商技登録には審査がございます」
「知っています。なので物を……」

そこに、背後から商人の男が近付いてきているのに気付いた。ゆっくりと振り返ると、そこには眉をきつく寄せた男性がいた。

「なんだ、お前は。ここはお前のような子どもが遊びに来て良い場所ではない。さっさと退け」
「……」

ビジェがイラついた様子で立ちふさがるが、まさかの援軍が受け付け嬢だった。

「そうですね。こちらも忙しいのです。お遊びならばお引き取りください」

はっきりと言った受け付け嬢に驚いて振り返る。その表情にはもう取り繕ったような笑みさえなかった。どこまでも迷惑そうな顔だ。これは受け付けがして良い顔ではない。コウヤもちょっとムッとした。

「いえ、俺も遊びに来たつもりはないです……」
「子どもが来るところではないと言っているだろう。我々商人は時間が命だ。これ以上は時間の無駄でしかない」
「それは知っています」

多くの商人や職員達がこちらを注目していることに気付いた。皆、一様に面倒くさそうである。

この反応は間違ってはいないのだろう。順番待ちもまだまだ多く、子どもの戯れ言に付き合っていられないほど忙しい場所なのだから。

「はあ……ユースールが特殊だと忘れてました……」

これは仕方がない。これ以上苛ついたり、迷惑になる前にとコウヤは立ち上がる。すると、職員達や商人の男達も、もう終わったものとしてコウヤから視線を外した。

「……いいのカ?」

不機嫌に殺気立つビジェを宥めながら、コウヤはため息をついて出口に向かう。

「良くはないですね。なので、これからユースールに行って、あっちで登録してきます。ゼットさんなら文句を言いませんし」
「ユースール……?」

首を傾げるビジェに笑みを見せていると、ギルド内がざわざわと空気を変えた。気になって発信元らしき奥へ目を向ける。すると、そこから体格の良い男性を先頭に、数人の男性がこちらへやって来るのが見えた。

「あれ?」

コウヤは先頭にいる見知ったその人に驚いて、体ごとそちらに向ける。そして、あちらも気付いたらしい。

「お? なんだ。コウヤか……こっちで何か登録するつもりか?」
「ゼットさん!」

それは、ユースールの商業ギルドマスターであるゼットだった。

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読んでくださりありがとうございます◎
二日空きます。
よろしくお願いします◎
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