女神なんてお断りですっ。

紫南

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8巻

8-2

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「さてと、王城ではもうエル兄様が騎士達の訓練を始めてるはずだけど……」

 ティアは昨日のうちに王に手紙を届けてもらっていた。その返信には、冒険者ランクBの第二王子エルヴァストに訓練を始めさせるとあった。
 上空から城を見下ろしてみれば、多くの騎士達が集まっているのが見える。

「広い訓練場だね。フラム、あそこに降りようか。ビアンさんが手を振ってる」

 訓練場を縦にして見ると、王城側となる上半分に騎士達が並んでいる。下半分の中央では近衛このえ騎士のビアンが白い布を両手に持って振っていた。
 あれは降参の合図ではなく降下可能の合図である。ただ、さすがにドラゴンが王城に降りると目立つだろう。そう考えて、上空でフラムには小さな姿になってもらう。
 ティアは風をまといながらゆるやかに着地し、その肩にフラムが止まった。

「やっほ、ビアンさん。近衛騎士にこんなことさせてゴメンね?」
「思ってもいないことを言うのは、お嬢さんの悪いくせです」
「あはは。バレたか。それで、どうなってるの?」
「あ~……それが……」

 ビアンが気まずそうに目をそらす。その先には地面に敷き詰められた騎士達の背中が見えた。

「綺麗に並んで気絶とか笑えるね」
「並ぶところまでは頑張ったんですから、笑わないでやってください……」

 そう。上空からは綺麗に並んで立っているように見えたのだが、実は違った。上から見えたのは頭ではなく背中。全員が地面にうつ伏せになっていたのだ。

「それより、エル兄様がすっごく怒ってるように見えるのは気のせい?」
「気のせいではなく、本気で怒っておられます。倒れた騎士達を埋めようとなさいましたからね」
「あらら。あのエル兄様が怒るってことは、相当ダメダメだったってこと?」

 近付いてみると、騎士達の服がボロボロになっているのが分かる。ろくに汚したこともないであろうその服が土で汚れていた。
 その惨状を作り出したエルヴァストは、現在三人の男に囲まれてふて腐れていた。三人はどうやら騎士団長のようで、ビアンの父で近衛騎士団長のリュークも交ざっている。
 そのリューク以外の二人の顔は青ざめており、エルヴァストを説得するのに必死だった。

「殿下がこれほどのお力をお持ちとは知らなかった我々にも非がありますが、これは……」
「我が騎士団の者達が力不足であるというのは分かりましたので……」

 しかし、エルヴァストの表情は硬い。

「本当に理解しているのか? 冒険者をバカにしたあげく、たったこれだけの訓練でを上げるような状態で国を守れると? お前達は恥ずかしくないのか!」

 これに対し、未だ青ざめたままの二人が弁明する。

「お守りすべき殿下の方がお強いという状況は、確かにいただけません。ですが、殿下が強すぎるのです。部下達が冒険者に劣っていると一概いちがいには……」
「そうです。冒険者がというより、殿下がお強いのですよ。それを基準にされても困ります」

 エルヴァストがイラッとしたのが目に見えて分かった。彼は二人をにらみつけながら告げる。

「まだ分からないのかっ。では、これから王都の冒険者ギルドに行け。そこでBランクの冒険者に勝てたら、後のことはお前達に任せてやる」
「殿下……そのようなこと、できるわけがないでしょう」
「そうです。たとえ冒険者であっても、我々にとっては守るべき国民なのですよ?」

 ものは言いようだ。これはダメだとティアも思った。リュークは何かを悟ったように口を挟まずにいる。恐らく彼もダメだと思っているのだろう。
 そこでリュークがティアに気付いた。今まで気付かなかったということは、エルヴァストと他の二人の言い合いに相当ヤキモキしていたのだろう。
 リュークはティアのところまで来ると、小さく頭を下げた。もうティアの力量を知っている上、王が信頼している相手ということもあり、対応の仕方としては最上級のものだ。

「申し訳ない。さすがに城の警備もあるので第一騎士団と第二騎士団だけを集めたのですが、その……殿下が『冒険者達にもおとる』と話した時点で、騎士達が反発しまして……」
「うん。なんとなく分かった。そうだなぁ……王都には今……あっ、良いのがいた」

 王都全域の気配を探り、適任者を探し当てたティアはビアンに頼む。

「ビアンさん、精霊達に道案内させるから、三バカを呼んできてもらえる?」
《よんだ?》
《あんない?》
《とつげき?》
「うん。かましてやっても良いからね」

「え? ちょっ、暴れないようにっ。い、行ってきます」

 ビアンは精霊視力を持っているので、普通は見えない精霊達の姿を見ることができる。
 陽気な精霊達を追って駆け出したビアンを見送り、ティアはエルヴァストに声をかけた。

「エル兄様ぁ。そろそろ気付いて~」
「ん? ティア? フラムまで……気付かなかった。悪いな」
「ううん。それより今、ビアンさんに三バカを呼んできてもらってるから、その二人をギルドに行かせるのはちょっと待ってね」
「三バカ? ……何をするんだ?」

 エルヴァストはくだんの二人をけて、ティアのそばへやってくる。

「実際に冒険者が相手をしないと、納得しないだろうからね。リュークさん、城の警備は私がどうにかしてあげる。だから全員集めちゃって」
「え!? ぜ、全員ですか?」
「うん。近衛も全部。それでも余裕で入るでしょ? この訓練場の大きさなら」

 この際なので、全員に冒険者の実力を教えてやろうと思うのだ。この訓練場は、城の騎士や兵士が全員集まっても訓練できる広さが確保されている。城内にあっても魔術が問題なく使えるようにという理由もあるのだろう。

「それじゃあ、私は王様に会ってくるから、ビアンさんが戻ってくるまでによろしく」
「ええっ!?」
「ついでに、そこで寝てる奴らも戦えるように治療師を呼んできてね」

 それだけ言い残すと、ティアは城へと入っていく。後からついてきたエルヴァストが先ほどとは打って変わって笑顔を見せた。

「面白くなりそうだな。あの訓練場は上の階からも見えるんだ。貴族達にも見せるか」
「それも良いねぇ」

 一緒に悪巧わるだくみをするように、エルヴァストは隣に並んでにやりと笑った。


 王の執務室。そこにまっすぐ向かったティアとエルヴァストは、扉の前で近衛騎士に止められた。

「殿下、その者は……」
「ティアと私が来たと父上に伝えてくれ」
「は、はぁ……」

 半信半疑な様子で中に伝える騎士。すると、すぐに入るように言われた。
 中には王とドーバン侯爵。それと魔術師長専用のローブを着た人物がいた。

「よく来たなティア。エル、訓練はどうだった」
「あれではダメです。一時間ももちませんでした」
「そうか……」

 きっぱりと言い切ったエルヴァストに、王は困ったなと表情をゆがめる。そして、ティアに申し訳なさそうに告げた。

「聞いての通りだ。かの組織についての報告を聞くに、国の戦力を上げるのは急務だが、騎士達を短期間で役に立つほど育て上げるのは難しいかもしれんな」

『神の王国』の拠点が隣国ウィストにあるということは、既に報告されていた。更に半年と少し前にウィストと同じく隣国であるサガンの『神教会』を取り込んだというのだが、先日、もう一つ新たな報告が上がっていた。
 彼らは既にそれらの国の中心部まで食い込んできているというのだ。戦争でも仕掛ける気なのかと思えるほどの動きも見せており、事態は逼迫ひっぱくしていると思われる。
 これを補足するように、ドーバン侯爵が報告した。

「つい二日前、西のイスタル伯爵領からワイバーンの群れが飛び立ったという報告がありました。ウィストに向かって飛ぶワイバーンの群れを確認したのは、これで三件目です」
「奴らは魔獣をあやつすべを失ったからね。慌てて補充してるんだよ。多分、色々試したけどワイバーンでしか成功しなかったんだと思う」

神笛しんてき】を失ったことで、魔獣をあやつれなくなった。そんな中、かつての実験が実を結び、魔獣をあやつすべを新たに手に入れたのだろう。天才魔工師と呼ばれたジェルバなら不可能ではない。
 ただし、その辺にいる魔獣では適応できなかったと思われる。そこそこの強さと思考能力を持つワイバーンだからこそあやつれたのだろう。
 そこまで考察したところで、今まで口を開かずにいた魔術師長が尋ねてきた。

「しかし、本当にそのような魔導具が作れるのですか?」
「あいつら実験してたからね。ワイバーンだけじゃなく、ドラゴンでもやってる。その上、ジェルバは研究者だもの。【神笛しんてき】っていう神の魔導具が近くにあったら、それにるいする物を作ってみようと思うのは当然だよ。何より『しん』は使い手がいなければ使えないんだ。それが使えなくなった時の対応策を考えていないわけがないよ」
「なるほど……」

 そこまで話すと、ティアは改めて彼を観察した。
 白いものが交ざり始めた黒髪。魔術師とは思えない大柄な体。彼が冒険者だと言われても信じるだろう。手の皮膚も硬そうで歴戦の将を思わせる。純粋に杖だけを握っていたようには思えない。
 そんな視線に気付いたのか、彼は顔を上げてティアに自己紹介をした。

「これは失礼いたしました。魔術師長のチェスカ・ノーバと申します」
「チェスカさん。私は冒険者のティア。よろしくね。ところで、ここに来る前はどこに?」

 気になっていることをストレートに聞いてみる。とても誠実な人に見えたので、素直に答えてくれるだろう。実際、そういう人物だったようだ。

「この役職をいただく前は、リザラント公爵領にて騎士団長をしておりました」
「へぇ、リザラントの……公爵とは親しい?」
「え、ええ。公爵とは年齢も近く、良くしていただきました」

 質問の意図が分からないせいか、チェスカは戸惑った様子を見せる。

「そう……それは使えるね」
「はい?」

 ティアの小さなつぶやきは聞き取れなかったらしい。しかし、その瞳が剣呑けんのんに光ったのには気付いたようで、少し体をこわばらせていた。
 チェスカがティアの毒牙にかかろうとしていると察したエルヴァストは、ここへ来た目的を思い出させるようにティアに声をかける。

「それでティア。これからすることを父上に報告するんじゃないのか?」
「そうだった。これから三バカ達に騎士達を叩かせるから、その間の警備は私に任せて」
「……ん? 悪い。よく理解できなかったのだが」

 王がげんな顔で二度聞きする。

「だからね。ドーバン侯爵の時にやったじゃん。騎士瞬殺☆ それを今からやるけど、城の警備は私がするから心配しないでねってこと」
「……エル、解説を頼む」
「はい。父上」

 エルヴァストが真面目にこたえ、王の前に立って説明を始めた。その間、ティアは近くにあった椅子に腰掛けてフラムとおやつを食べながら待つ。
 お茶までれ出した頃、ようやく理解した一同は、顔色を悪くしながらティアに目を向けた。

「うん? お話終わった?」
「あ、ああ……コリアート、城の中にいる貴族達をそれとなく集めてくれ」

 王が頭を抱えながらドーバン侯爵に指示を出す。すると侯爵はすぐに部屋を出ていった。

「それでティア、すぐに始めるのか?」
「もうすぐ三バカも来るからね。問題は、騎士達がどれだけ回復してるかだけど」
「だが、その三バカ? の相手は誰にさせるのだ? 相手によっては騎士達を納得させることは難しいだろう。中途半端な騎士を選べば、その騎士が負けたとしても、自分よりは弱いからと難癖なんくせをつける者がいるやもしれん」

 さすがは王だ。その可能性も間違いなくあるだろう。しかし、それは想定済みだ。

「分かってる。だから、三バカには全員を相手にしてもらうんだよ」
「……無理ではないか? 騎士達は軽く三百を超えるのだぞ?」
「問題ないって。まぁ、全員一度にではないよ? それだけの人数が三人に殺到したら、見てる方も何がなんだか分からないだろうし。だから、一つの団ごとにね」
「いや、それでも無理があるのでは?」

 王が無茶だと思うのも当然だ。けれど、ティアの知る三バカ達ならば、たとえ百人が相手でも勝てると思うのだ。
 ここふた月ほど、彼らは妖精王のダンジョンで修業していた。三人で二十階層まで行けるほどの実力をつけていたのだ。パーティランクは既にAランク。現在、あの少人数では最強のパーティである。その名も『三バカ』。

「三人ともBランクの冒険者だし、経験はそれなりに積んでる。何より、体力も度胸もあるから」
「そなたがそこまで言うのなら……」
「うん。大丈夫だよ。私が相手でも笑って立ち向かってくるくらい根性あるし」
「なるほど。彼らの心配はいらないようだな。むしろ、騎士達が心配になった」

 今まで不安そうだった王がに落ちたという顔をして、ついでにチェスカに指示を出す。

「治療師を全員集めてくれ。適性がある者も全員だ」
「はぁ……承知いたしました」

 チェスカも部屋を出ていき、王の前に残ったのはティアとエルヴァストだけだ。

「死者は出してくれるなよ?」
「そこは頑張れとしか。まぁ、三バカも手加減はするでしょう。私情でちょっと力入りそうだけど、そこはねぇ」

 三バカ達は騎士になりたくてなれなかった者達だ。きっと、相手にする騎士の中には騎士学校の同期もいるだろう。そいつらが腑抜ふぬけでないことを祈る。

「それじゃあ、私は見物がてら警備の方に集中するから、エル兄様が監督ね」
「分かった」
「私も行こう。そなたのそばにいた方が安全だろうしな」

 これでは仕事にならないとあきらめた王は、ティアと共に見物に回ることにしたようだ。


 やがて始まったのは、三バカによる一方的な蹂躙じゅうりんだった。

「剣の握りが甘いぞ」
「気合いが足りない。踏み込みも甘い」
「足腰弱っ。これじゃ、おじいちゃんの方がよっぽどしっかりしてるよ?」

 そうやって口で心を折るのも忘れない。

「なんでっ……なんでそこないのお前らなんかにっ」
「騎士にもなれないお前らがなんでこんなに強いんだっ」

 案の定、同期がいたらしい。彼らは悔しそうに地面に転がされていた。
 そんな情景を上から見下ろすティア達。臨場感を出すためチェスカにお願いした拡声の魔術により、離れていても声が聞こえている。隣では王が騎士達をあわれむような表情で見守っていた。

「これは……しばらく使い物にならんな……」

 心も剣も折られた騎士達がすぐに立ち直れるとは思えなかったらしい。

「あははっ。大丈夫だって。この後は私が暴れるから」
「……ん? すまない。今なんと?」

 今日はよく二度聞きされるなと、ティアは首を傾げながらもう一度言う。

「だから、この後、私が直々じきじきけいつけるから、心折れてる暇なんてないよ?」
「……リューク、コリアート。警備の見直しを頼む。紅翼こうよくの騎士団を呼んでおいてくれ。早急にな。では、私は執務に戻る……いや、少し奥で休憩してくるからな」

 現実逃避をするように王が奥へ消えていく。

「シル、王様をお願い」
「はっ」

 いつの間にかやってきていたシルに、ティアは王の護衛を頼んだ。結界によって害意ある者が立ち入れないようにしてあるとはいえ、人と接触しないとは限らない。近衛騎士もいない今、護衛の一人くらいつけなくては危なっかしい。シルならば万事上手くやるとティアは信じていた。

「さてと、もうそろそろ終わるかな」

 そうして悪魔が立ち上がる。騎士達はこの日からティアを教官と呼んでおそれ、うやまうようになるのだった。


     ◆ ◆ ◆


 その頃、王都の冒険者ギルドでは、ザランがギルドマスターと面会していた。

「待たせて悪かったねぇ」

 そう言って笑顔を見せるのは、人族のギルドマスターの中で一番人気の老人だ。

「いえ。お忙しいとは分かっておりますので」
「それでも、ジルバール殿の手紙を持ってきてくれたんだからねぇ。優先すべきでしょう」

 ヒュースリー伯爵領の領都、サルバの冒険者であるザラン。ティアに『サラちゃん』と呼ばれてしたわれる彼は、サルバと学園街を幾度となく往復し、時に王都まで足を伸ばすというのがここ一年ほど続いている。
 時にティアに振り回され、時にサルバのギルドマスターであるジルバールにこき使われて過ごした日々。それでも相手にするのがティアの関係者ばかりとなれば、平凡な冒険者のままではいられない。
 ザランは数ヶ月前、ティアとジルバールの勧めでAランクの認定試験を受け、見事合格を果たしていた。ちょうど、ティア達が妖精王と再会を果たした頃だ。
 数年前のザランからは考えられないほどの進歩であり、ティアのそばにいるということは、それだけ大変なことだった。

「ありがとうございます。預かった手紙はこちらです」
「うん……ふむふむ……」

 手紙に目を通したギルドマスターは、白い顎髭あごひげを撫でながらザランを見る。

「ザラン君。一つ、クエストを頼めるかな?」
「クエスト……ご指名ですか?」
「そう。ここ最近、ワイバーンの群れが不可解な移動をしているという報告が上がってきているんだ。どうも何かにあやつられているらしくてねぇ」

 ザランもそのうわさは聞いていた。ウィストの方へ群れで飛んでいくのだと。近いうちに調査のためのクエストが出されるのではないかと予想していた。それが今、ギルドマスターの指名でザランに出されようとしている。
 未だに実感が湧かないが、ザランはAランクなのだ。ワイバーンの群れの中へ入っていくような危険なクエストを任せられても不思議ではない。
 しかし、不意に思い出して気になることがあった。

「それは……もしかして、ティアが関係しているやつですか?」
「だろうねぇ。ジルバール殿がこれだけ本腰を入れているってことは、ティアちゃんが追ってる組織がらみだと思うよ」
「そうですか……」

 ザランは思案するように椅子に深く体を沈める。
 いつの頃からだろうか。自分が蚊帳かやの外にいると気付いたのは。
 もちろん、何かにつけてジルバールにティアとの間を行き来させられ、その甲斐かいあって色々と情報も得られた。ティアが何と戦っているのか、その相手が何者なのかも独自に調べている。王都とサルバを行き来していれば、多くの情報が自然と耳に入ってくるのだ。
 けれど、一度としてティアから協力を頼まれたことはない。もちろん、戦闘力でおとる自分ではティアの役に立てないと分かっている。けれど、頼ってくれてもいいではないかと思うのだ。
 そんな思考が表情に出ていたのだろうか。老人ながら可愛らしいと人気のギルドマスターが目の前で笑っていた。

「ふふっ。君も若いねぇ」
「いや、これでも三十なかばなんですが……」
「あははっ。大丈夫。知ってるよ。童顔ではないもんねぇ。見た目じゃなくて、中身の話」
「はぁ……」

 もしかして、自分はバカにされているのだろうか。そんな思いも表情に出ていたのかもしれない。

うらやましいんだよ。この歳になると、君みたいなのはキラキラして見えるんだ。女の子のことで悩むなんて素敵じゃないの」
「っ、えっ、いや、ティアは確かに女の子だけどもっ。何か勘違いしてませんかっ?」

 ザランは慌てて弁明するが、相手は余裕の表情だ。

「勘違いなんかじゃないよ。君のソレは間違いなく男女のソレだよ。頼られたいんでしょ? そばにいたいんでしょ?」
「っ!?」

 言われて初めて気付いた。ティアのそばにいられないことが、力になれないことが嫌なのだと。
 面倒だと思いつつ学園街とサルバを行き来していたのは自分だ。届け物を頼まれてサルバを出る時、早く届けたいではなく、早く学園街に着きたいと思った。滞在できる時間も計算して、おっかないメイドのラキアに文句を言われながらも、ヒュースリー伯爵家の別邸に泊まった。
 数年前までは、ギルドに行けばティアに会えた。けれど、ティアがサルバを離れた今はこちらから会いに行くしかない。そうやって、ティアに協力してくれと言われるのを待っていたのだ。
 ザランは自分の気持ちをゆっくりと言葉にしていく。

「ティアを見てると、もう少しこちらをかえりみてほしいと思うんです。ティアは案外真面目で……色んなことを考えすぎてる。まぁその、そこが良いと思うんですけど……」

 彼は知らない。この独白は、魂の奥底に刻まれた思いと同じ。かつて感じた強い後悔の念が、その言葉に現れていた。

「自分も関わっていたいと思うんです。置いていかれるのは……嫌だ」

 現在の思いと、魂に焼きついた思いが重なり、ザランを突き動かそうとしていた。
 目の前のマスターは微笑みを浮かべて耳を傾けている。しかし、重要なことも忘れてはいない。

「気付いて良かったねぇ。危うくジルバール殿に刺されるところだったよ?」
「じょっ、冗談に聞こえねぇ……」
「うん。間違いなく未来予想だね」
「断言された!?」

 確かにそうだ。無自覚のままティアのそばにいたら、間違いなくあのしっに狂ったエルフ様が後ろから遠慮なく刺してきただろう。

「あっちに戻る前に、ちゃんと気持ちに整理をつけるようにね」
「えっ、もしかして、そこまで考えてクエストを……」

 時間を稼ぐ意味で指名してくれたのではと、ザランは目を見開く。だが、目の前の彼はあっさり裏切ってくれた。

「まさか。ちょっと年長者っぽくてかっこよかったでしょ? もう、最近可愛いばっかり言われるんだもん。僕もう九十五だよ? げんとか欲しいじゃん」
「……ソレ言わなかったら尊敬してましたよ……」
「えっ、失敗したっ? 残念……」

 シュンとした表情が可愛いとは口にはしないザランだ。

「あの、それで、クエストはそのワイバーンの調査で良いんですか?」
「うん。これ以上持っていかれないようにしたいんだ。できれば彼らの動きを阻止するってのもクエストに加えるよ。次に狙われそうなところのリストと、アドバイザーを用意してるから、下でちょっと待ってて。速攻で正式なクエストとして発行するからね」
「分かりました」

 あわよくば犯人を捕まえようと決意する。ワイバーンが突然おかしな動きをするわけがないのだ。確実に工作員はいる。それを捕らえられれば、ティアの役に立つかもしれない。
 部屋を後にしようと立ち上がるザランだったが、すぐにマスターに呼び止められた。

「あっ、もう一つアドバイス」
「なんでしょう」

 向けられた笑顔に、少し嫌な予感がした。

「遺書は用意しておいた方がいいよ? 何事も備えは大事だからね」
「それ、うちのマスター対策っスか……」
「うん。ワイバーンよりおっかないもんね」
「ちょっとは援護してくれたり……」
「やだよ。僕まだ死にたくないもん」

 頬をふくらませたマスターにしゅがえしを思いつく。もう何年もティアにからかわれ続けてきたのだ。反撃の機会はのがさない。

「……そのふくれっつら、可愛いっすね」
「うわぁんっ。可愛いって言われたぁっ」

 その反応に満足しながら、ザランは部屋を後にしたのだった。


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