女神なんてお断りですっ。

紫南

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635 これが女神の物語

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2017. 12. 31

最終話です◎
ちなみに、明日1日0時に特別編
【舞台裏の打ち上げ話】を投稿いたします。
次回作のお話などもありますので、よろしくお願いします◎

**********

舞踏会は、本来学園で行われるものと同じように、パートナーとなる者と卒業生達が中心だった。

女神サティアとその騎士四人。更に伝説になっている『豪嵐』のメンバーが招集され、この場にはいる。今回の舞踏会は、間違いなく華やかさや豪華さが倍増されていた。

ラキアはメイド服から夜会服に着替えており、やってきたエルヴァストと挨拶回りをしている。卒業生達は、エルヴァストが寮長として、同じ寮で過ごした者達だ。懐かしさでテンションは驚くほど上がっていた。

そこに、ベリアローズとユフィアも来ており、在学中から仲の良さで知られていた憧れのカップルの登場に、どんどん熱も上がっていく。

「ねぇ、すっごい盛り上がってるみたいだし、出ていかない方が良くない?」

ティアは先程から王と王妃と共に、控えの間にいた。ここでは、会場の映像が壁に投影されている。ただし、声は聞こえない。そこは、あちらとこちらの平穏のための措置だ。

「これで、出て行ったら水を差すみたいな?」
「ははっ、聞いているぞ、そうやって昔、舞踏会では裏方に回っていたと」
「うっ、どっからその情報をっ」
「カランタ殿だ」
「……クソ親父……」

卒業式に、密かに出席していたのは知っているが、何気に最近距離を感じる。今日も姿は見えど言葉を交わしてはいない。そろそろ娘から卒業しようとしているようだ。

「そういえば、どこに……」
「ああ、カランタ殿なら、子守をしておるぞ」
「……そっか。なるほど……火王もいるね」

現在、エルヴァストとラキアの子どもと、ベリアローズとユフィアの子ども達を預かって別室で子守の最中のようだ。

最近はもっぱらティアの甥と姪に掛り切りのカランタ。かつて、自分の子どもをそうして手ずからあやしたり、構ったりできなかった事を後悔していたらしく、進んで任されているようだ。

「あの子ら、可愛すぎて困るんだよね~。メイド達に任せると構い過ぎるし、だからってうちの親とかお祖父様はずっと眺めてるし……あの人ら『可愛すぎて触れない』とか言ったよ」
「ふふふっ、私も孫娘に触れるのは、少し気後れしますもの。嫌われたくないですから」
「それはあるなぁ」

それはもう、異常な可愛さなのだ。ティアなどは、さすがはあの兄の子どもだと心底感心した。あれは間違いなく天使だ。まともな世話もできなくなるくらいの。

三年前に生まれた甥は、白金に輝く髪色と翡翠色の眼をしていた。そして、一年前に生まれたのが同じように白金の髪に翡翠と金の瞳を持った姪。信じられないほど輝いていた。

甥は姪と常に側におり、彼女を守るように悪さをすることなく寄り添っている。それがまた可愛いのだと絶賛されていた。

真実、姪の方はかつて天使だった魂を持っている。それに気付いたのはつい最近で、複雑な気持ちになったのは言うまでもない。そして、甥の方も遠からずといった所だ。ただし、やはり可愛さには勝てなかった。

「私はあんまりこれまで構ってやれなかったからなぁ……忘れられてるかもな……」
「小さい子はそうですねぇ……」
「あれは結構な衝撃があるぞ……」

王妃と王は顔色を曇らせる。久し振りに会った時に泣かれるのは地味に祖父母を傷付けるのだ。

「さて、そろそろ出るか。パートナーも痺れを切らして迎えに来たようだしな」
「みたいだね……やだなぁ……面倒……」
「まぁまぁ、そんなに綺麗なのに、ここで過ごすのは許されないわ」
「勿体無くはあるがな」

見せるのはもったいないが、見せないのももったいないと言う。扉がノックされ、ティア達は仕方なく重い腰を上げたのだ。

◆◆◆◆◆

キラキラと輝く会場。そこに、王と王妃に続いてティアとパートナーであるルクスがゆったりとした足取りで入っていく。

Aランクの冒険者として精力的に冒険者の活動を続けてきたルクスは、今やゲイルと並ぶ名声を持っている。

ティアの護衛であることは前々から知られており、更にここ数年はティアとの婚約、結婚が噂されていたため、ルクスもかなり注目されていた。

会場は一瞬静まり返った。しかし、さすがは王宮の音楽隊だ。華やかな音楽が鳴り止む事はなかった。そのお陰で皆落ち着いていった。

王の卒業の祝辞があり、卒業生達や父兄は感極まったように涙を浮かべていた。それから、ダンスが改めて始まる。

「ティア、踊るか?」

照れた様子のルクスが、ティアへ声をかける。

「そうだね。一曲ぐらいは踊らないと逃げられなさそう」
「まだ逃げる気なのか……その時は一緒に行くからな」
「うん。ちょっと行きたい所もあるからさ」
「行きたい所?」

不思議そうにするルクスに笑みを見せ、会場の中央へと向かう。

「踊っていただけますか」
「よろこんで」

軽やかに手を取り合って踊る姿は、卒業生達が憧れを抱くほどキラキラと輝いていた。思わず多くの者達がティアとルクスのために場所を空ける。

「ルクスもいつの間にか踊れるようになったね」
「水王と風王に散々しごかれたからな……」
「そうだったの? それは……楽しかったね」
「……一体何を想像した?」

それはもう、懐かしい光景が思い出された。泣きそうになりながら、ステップを踏むかつてのベリアローズの姿。そして、勇ましく美しく、トゲトゲしい言葉を常に発し続ける水王の様子だ。

これに風王まで加わったならば、さぞかし楽しい一幕か見られただろう。

「いいじゃん。お陰でリードもバッチリ。これならいつでもお婿に行けるね」
「行かないからなっ。俺はっ……俺は……」

明らかに言い淀むルクス。そこでタイミング良く曲が終わった。礼をして、中央から抜ける。

「ルクス、来て」

テラスへ向けてルクスと手を繋いだまま進む。すると、周りは二人だけにしようと気を利かせてくれた。シェリスも来る気はないようだ。

外へ出て庭を歩く。もう月が昇っており、星が輝いていた。それを見上げながら、ティアは真っ直ぐ庭を抜けていく。

「どこへ行くんだ? そっちは入っていい所か?」
「うん……王様には許可を取ってある」

そうやってルクスを半ば引っ張りながら、警備も少なくなる場所へ向かう。高く作られたイバラが伝う壁。囲われたそこの入り口には、兵が二人立っていた。

「通してくれる?」
「はっ、王より伺っております。どうぞ、中は木の根などで足下が荒れている場所もありますので、十分お気をつけください。我らは入る事は許されませんので」
「うん。ありがとう」

重い音のする扉を開けてもらい、中に入る。数歩進むと、その扉はゆっくりと閉められた。

中は小さな庭だ。大木が根を大きく広げており、所々隆起した地面がある。その木を囲むように小さな碑石がいくつも並んでいた。

「これは……墓?」
「そう……バトラール王家所縁の墓だって。とはいっても、王家の……墓石はこうしてあっても、兄様達の遺体はここにはない。あるのは、騎士とか魔術師長だったキルじいや、宰相……それと……母様……」
「マティアス様? ここに?」
「この木がね。地の深い所で世界樹と繋がってるんだって。だからここに墓を建てたの。神と共に在れるように……」

世界樹の側で眠れたならば、神の下へ迷わず行けるだろう。そうして、心安く神に寄り添いながら深い眠りに付けると人族は信じていた。だから、世界樹を守るエルフを敵視したりもしたのだ。

「迷信なんだろうけどね。ここは王都からは離れてたから、位置的に思い出したのはちょっと前。母様とは会っちゃったし、墓参りってのは必要ないでしょ? けど、騎士達も並んでるって聞いたらね……来ないわけにいかない」

マティアスが元気にしているのは確認済みだ。だから、今更その死を悼むつもりはない。けれど、同じ場所に、多くの騎士達が眠っているのだと聞いた。代々の自分達の先祖が眠る地ではなく、マティアスが眠る地に埋葬されたと聞いては、一目確認しなくてはと思った。

「私の墓もあるみたいなんだ。仮だけどね。あの時、肉体は全部城と一緒に灰になっちゃったし」

自らが仕掛けた魔術によって、父の命を奪い、自らも城ごと灰塵と化した。だから、城にいた兄姉達の遺体もないのだ。

「何も残らなかったけど、こうして名前は刻まれてる……セリ様は律儀な人だったからね。レナード兄様と馬が合うわけだよ。ちゃんと、王妃達や父様の墓石もあるし……その上、こうやって許可がないと入れないようにこの場所を囲ってさ……」

レナード達はあの時、王と同じくおかしくなってしまうことが不安だったのだろう。本来の役目を忘れ、暴走していた『青の血脈』の者達によって、おかしくなってしまった王。

神具を守るため、その神具によって更に民達が傷付かないようにするため、神具を操ることができる王家の血を絶やすことを選んだ。

ティアだけを逃して、自分たちだけを犠牲にしようとした兄達。

ティアは王妃や兄達の名が彫られた墓石の前に立つ。すると、あの時より前に亡くなっていたライラと双子のものもあることに気づく。あの頃は他国との関係が難しく、忙しくしていた。そのせいで彼らがどこに埋葬されたのか記憶の中に埋没してしまっていたらしい。

「そっか……ここにあったんだ」

小さな墓石を屈み込んで撫でると、ルクスが静かな声で告げた。

「……俺もここに……」
「ルクス?」

振り返ると、そこには真摯に見つめるまっすぐな瞳があった。

「俺はティアより早く老いて死ぬ。だけど、ずっと……ずっとティアの傍にいたい。魂が転生するとしたら、心だけは絶対にっ……絶対にティアと共に在りたい。だからここに。女神であるティアの傍にいられるように、ここで眠らせて欲しい」
「……ルクス……」

涙がこぼれた。

「っ、ティア?」
「あ……っ、ごめん……っ、だって、ルクスが死ぬなんて言うからっ……っ」
「ティア……」

分かっている。自分はハイヒューマンで、人とは違っている。もしかしたら、本来の寿命である二百年より先も生きるかもしれない。

けれど、その時隣にはもうルクスはいない。こうして傍にいて、真っ直ぐに見つめられて、言葉を交わすことが近い将来、必ずできなくなる。

そう思ったら止められなかった。ゆっくりと立ち上がり、ティアは一歩踏み出す。同時にルクスも両腕を広げて近づいていた。

「っ……」

身長差は大分狭まった。けれど、ティアの体はルクスの腕の中に収まってしまう。

「悪かった。まだ言うべきじゃなかったな」
「っ……ううん……なんか、お陰で色々気付いたかも……ちゃんと残してね。約束してくれる?」
「ああ……ずっとずっと、この想いだけは傍にある。だから……」

ぐっと腕に力が入った。それを確かに感じながら、続く言葉を待つ。

「結婚しよう。この想いの全てがティアの中に馴染むように、残るように……どこへ行っても届くように愛すると誓うから。一緒になって欲しい」

祈るように告げられた想いに、ティアは強張っていた体の力を抜く。全てを預けるように寄りかかるとはっきりとこれに答えた。

「はい」

例え生きる時間が違ったとしても、その先も前を見て想いを忘れずに感じられるように生きていこう。

きっとこの人とならそれも可能だろうと思える今を信じて……

この後、ルクスとティアは婚約期間を得て半年後に結婚となる。

世界中の人々から祝福されたティアとルクスの話は『断罪の女神』の物語とは別に『女神と冒険者』という名で広く知られることとなる。

マティアスの『赤髪シリーズ』同様に、結婚までの出来事を『女神シリーズ』として描かれるようになった。特にこの婚約の話は人気で、誰が話したのか、あの場でルクスがした誓いの言葉はしっかりと収録されていたという。

それから先、現世に降り立た女神として、ティアは多くの人々に慕われ、時に拝まれ続けた。

そして、数ヶ月毎に我慢の限界が来て時折大きな声で叫んでいたという。

曰く……

「もぉぉぉっ! 女神なんてお断りですっっっ!!」

高らかに空に響き渡るその声は、世界を少しだけ元気にしたとかしないとか……



◆『女神なんてお断りですっ。』完◆
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