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7巻
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しおりを挟む第一章 女神が微笑む新たな始まりを
その森は草木が鬱蒼と生い茂り、昼間でも暗く、おおよそ人が近付こうと思える雰囲気ではなかった。しかし、この森をよく知る者は目ざとく見つけた獣道を通り、その奥へと躊躇なく進む。
森に入って五分もひた走れば、陽の光が木々の隙間から美しく差し込む幻想的な場所へ辿り着く。六百年を超える長い歴史を持つ隠れ里。古代語で『牙』の名を冠する一族……クィーグの里だ。
森に同化するように設計された大きな門。その前に立った青年は、静かに開門を待つ。
きっちり二呼吸の後、門がゆっくりと開いた。そこに素早く滑り込むと、彼は目的とする建物へまっすぐに駆け出す。
しかし、唐突に方々から矢やナイフが飛んできた。全て危なげなく避ければ、次いで黒い風となった人々が様々な武器を手に向かってくる。それらも上手く躱すと、こんな声が聞こえてきた。
「シル、強くなったなぁ」
「なんのっ、まだまだこれからだ!」
「いやぁん。また避けられたぁ。許せなぁいっ」
「反撃ぐらいしなさいよ!」
どれも楽しそうな声だ。だが、それらはまともに受ければ大怪我どころでは済まされないほどの攻撃を仕掛けた後に発せられている。そして、中にはこんな必死な声も交じっていた。
「一撃食らわせたら嫁にするって約束、守ってよっ」
「ちょっと、抜け駆けは許さないんだから!」
「お前を倒さなきゃ、俺はあの人に求婚できんのだぞ!」
「頼む、一度死んでくれっ」
最後の方はとばっちりだと、青年……この里で三番目の実力を持つシルは、理不尽さに片眉を上げた。
この里では力こそが全て。立場も結婚相手も力で決まる。そんな里の中心にある里長のための大きな建物に入れば、シルの周囲にいた人々は残念そうに帰っていった。
毎度のことながら辟易する。帰ってくる度に里の者全員が容赦なく向かってくるのだ。それは、シル達クィーグ部隊の者が受ける洗礼だった。実力順に一から十までのナンバーを持つ、十人から成る精鋭部隊の者は、常に里の者達よりも強者でなくてはならない。
里長の執務室に向かいつつ、シルは一族の歴史について思い出す。全ては、かつて一族を救った英雄に恩を返すため。ここを里として定めたのも、その人の提案だったという。
赤い髪と瞳を持つハイヒューマン。後にバトラール王国の王妃となった最強の冒険者、マティアス・ディストレア。クィーグ一族はマティアスが亡くなった後も、彼女の愛した場所を守りたいと願い、この地で牙を研ぎ続けている。彼女が成したことは一族にとって、それほど大きなものだったのだ。
シルは建物の中から里を見渡し、半年前に出会った少女の姿を思い描いた。
濃い茶色の髪と瞳。最近その中に赤が混じったように見えるのは、彼の少女の前世の姿を幻視しているからかもしれない。伯爵令嬢ティアラール・ヒュースリーとして転生した彼女は、マティアスの娘でバトラール王国の第四王女であったサティアの生まれ変わりだ。
サティアは、混迷していたバトラール王国を滅ぼし、王家に苦しめられていた民達を救ったとされ、後世の人々に『断罪の女神』とも呼ばれている。
「女神……」
クィーグ一族が守護するフェルマー学園。そこに入学してきた当初から、ティアは気になる存在だった。半年前、ひょんなことからティアに助力を求められ、彼女がサティアの生まれ変わりであると知ったシルは、先祖代々の悲願を叶えた。それ即ち、転生してきたサティアに仕えること。そして今、彼女の傍にあることが幸福だと感じている。
こうして傍にいられない時は、どうしても心が逸る。一刻も早くティアの傍に戻りたい。自分の代わりに用を申しつけられる者がいるかもしれないと思うと、居ても立ってもいられないのだ。ただでさえ、ティアの周りには優秀な者が多い。裏社会での暗躍もできる騎士から、王宮の警備を鼻で笑うメイドまで様々だった。
「ティア様……」
異常なほどの執着具合に自分でも呆れてしまう。そう思っている頭で、この後ティアのもとへ戻るには、どういうルートを使うのが最も効率的かを考える。
そうしているうちに、いつの間にか里長の執務室の前まで来ていた。張り巡らされた数々の罠に引っかかることなく来られたことに安堵しながら、入室を願い出る。
「シルです」
「……入れ」
扉を開けた途端、特大の水の玉が飛んでくる。それを咄嗟に分厚い水の膜で包み込んで避けた。すると、それはボールのように弾んで廊下の壁に当たり、跳ね返って部屋の主の手元に収まる。それを見届けたシルは表情を変えることなく部屋に入り、扉を閉めた。
「ふんっ、面白い対処の仕方だな」
「恐れ入ります」
部屋の主は手にしていた水の玉を蒸発させながら、口角を上げてシルをまっすぐに見る。
「今のは姫の案か?」
「はい。ティア様は跳ね返した水の玉を爆発させて反撃なさっていましたが」
「なるほど。実に彼の姫らしい発想だ」
そう言いながらも、彼がティアをサティアの生まれ変わりだと信じていないのは明白だ。
「それでなんの用だ? ただ父の顔を見に来たわけではあるまい?」
「もちろんです」
部屋の主は先代のクィーグ部隊の頭領。シルの父親でもある。かつて一番を意味するフィズという名で呼ばれていた彼は、その名と頭領の座をシルの姉に継がせた。
「ほぉ、相変わらず可愛げのない奴だ。では、わざわざ里にやってきた用向きを答えろ」
毎年、数回の帰省は義務づけられているが、誰が好き好んで、それ以外に帰省したいと思うだろうか。一族全員が挑んでくる歓迎イベントは、はっきり言って面倒くさい。やる側は楽しいが、やられる側は堪ったものではない。それでも帰省してきたのは、当然ティアのためである。
「隣国ウィストとサガンの内情を調べていただきたい」
「何?」
先日、ドーバン侯爵領の領都を強襲した『神の王国』という組織。今は鳴りを潜めているが、水面下で動いているのは感じられた。それがウィストとサガンの異変だ。ティアは本格的に彼らの情報を得ようと、クィーグの力を頼ることにしたらしい。
「我々は姫の私兵ではないぞ。それを分かって言っているのか?」
「はい。ですが、サティア様の生まれ変わりであるティア様のご意思。里の者全員で対応するのは当然です」
「はっ、お前はまだそんな戯れ言を信じているのか。お前がシルとしてあの方の幻影を求めるのは、まぁ仕方がない。だがな……クィーグが背負うものは幻想のように甘くはない」
殺気が部屋を満たす。けれどシルは引く気などなかった。誰がなんと言おうと、ティアがサティアであることに変わりはない。その確信が、父の殺気を打ち消していた。
それが面白いと父は感じたらしい。ふっと気配を和らげ、今度はクツクツと笑い出した。
「くくくっ、はははっ、いいだろう。ただし、お前の幻想が事実だと示してみせろ。そうだな……彼女が本当に姫の生まれ変わりだというのなら、王宮の地下に秘されているものを白日のもとに晒すことができるだろう。精々やらせてみるがいい」
「……承知した」
シルは奥歯を噛みしめる。たとえ父親であっても、ティアを試そうとするなど許せることではない。だが、ティアならばこれを了承するだろう。クィーグの協力を仰ぐための近道であるとすれば受け入れるに決まっている。
必ず一族をティアの前に平伏させてみせる。その強い意志を瞳に宿し、シルは里を後にした。
後にこの森で、再び国に混乱をもたらそうとする動きが見え始めることには、まだ誰も気付いていなかった。
◆ ◆ ◆
かつてバトラール王国のあった場所に栄えるフリーデル王国。その王都から少し離れた学園街と呼ばれる街に、フェルマー学園はある。
学園は小・中・高の三つの学部から成り立ち、それぞれの成績優秀者が代表会を運営している。その一員であるティアと級友のキルシュ・ドーバンは、入学式の準備のために一週間前から休み返上で学園に詰めていた。
もうすぐ小学部二年になるティアとキルシュは、この一年で代表会での活動にも慣れてきた。とはいえ現在は、いい加減にしてくれと暴れたくなるほど忙しい。次々と任される多くの雑務のせいで、朝から学園内を走り回っている。
「寮の移動がやっと完了……って、期限ギリギリじゃんっ」
寮に住む生徒達の引っ越しが完了したかと思えば、入学式まであと二日しかない。つい先ほど上がってきた報告書を見て、うんざりという表情でツッコむティア。そんな彼女に、隣を歩きながら書類をチェックするキルシュが顔を上げずに指摘する。
「ティア、素が出てるぞ」
「別に、近くに誰もいないんだから良いじゃん。あ~あ、やっぱ品行方正な令嬢って損だわぁ」
「品っ……」
キルシュは思わずティアを見た。ティアは学園ではまさに品行方正、才色兼備な伯爵令嬢として振る舞っており、聖女とまで言われて羨望を集めている。
しかし、その実態は気に入らない者はたとえ貴族であろうと叩き潰し、盗賊を玩具か暇潰しの道具としか見ていない史上最年少のAランク冒険者。逆らう者は容赦しない、聖女どころか悪魔と形容されてもおかしくないような本性を隠している。
「何?」
「……いや」
侯爵である父をお仕置きされた過去があるキルシュは、ここは本心を言葉にすべきではないと学習済みだった。
そんなキルシュを不審に思いながらも、ティアはつい先日耳にした情報を口にする。
「そういえば聞いた? 高学部に編入生が二人も入るんだって。それも三年に」
「三年に? たった一年だけ在籍するのか?」
「みたい。それも結構な身分らしくて、サク姐さんやウルさんが唸ってた」
「先生達が? それは面倒事がありそうだな」
たった一年のために編入するというだけでも特殊なのに、更に身分の問題があっては教師達も気が気でないだろう。いくら学園では身分など関係ないとはいえ、生徒自身にその意識を持たせるのには数年を要する。その意識がようやく浸透し、落ち着いた高学部。その最高学年に突然入ってくるというのだ。生徒同士の衝突が容易に予想できた。
「入ってくる人の人柄にもよるけどね~。まぁ、高学部だし、私達には関係ないでしょ」
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こんな調子で世間話をしながら、小学部の寮へ向かっていたティアとキルシュは、途中でサクヤに出くわした。
茶金色の長い髪と、整った小さな顔。すらりとした細身の男性教師だ。学園ではカグヤと名乗り、魔術学を担当している。
しかし、その正体は九尾の狐の獣人族。教師として生活する時以外は女性に化けている。かつて、ティアの前世の母マティアスと共に『豪嵐』というパーティを組んでいたサクヤは、本来の姿よりおネエさんである方が自然体でいられるらしい。ティアは前世からサク姐さんと呼んで慕っていた。
「やっと見つけたっ」
そのサクヤがティアを見つけて捕獲した。それを確認したキルシュは、ティアの手にしていた書類を素早く引き取る。
「雑務は任せろ」
「へ?」
キルシュに見送られ、首を傾げるティアを、サクヤは有無を言わさず学園長室へ連行した。
連行された部屋には苦笑を浮かべる学園長と、ほっとした表情のウルスヴァン・カナートがいた。
ウルスヴァン――ティアがウルさんと呼ぶ彼は、サクヤと同じく魔術学の教師をしている。元は王宮の魔術師長だったが、年齢と心労を理由に退職し、教師として新たな人生を歩んでいた。
学園長のダンフェール・マランドは、ティアをまっすぐに見つめ、弱った様子でこう切り出す。
「すまないね。君にだけは伝えて欲しいと国王からのお願いでね」
「王様から?」
面倒事の臭いがすると、ティアは少々表情を強張らせた。すると学園長が改まった口調で言う。
「今度編入してくることになった、二人の女生徒のうちの一人なのですが……それとなく気を配ってもらえないかとのことです」
「はあ……」
わざわざ王がそう頼んでくるとは。身分が高いというのは噂で聞いているが、一体どこの誰だろうと興味を惹かれた。
「ヒュリア・ウィスト。彼女はとても優秀でしてね。彼のコウザレーヌの国立学園でも、首席だったと聞いています。編入試験の代わりに、あちらで試験を受けていただきましたが、その成績にも問題はありませんでした」
フェルマー学園の編入試験は難しいと有名だ。それに合格できる実力があるということは、ティアの兄ベリアローズがそうであったように、この学園で首位をキープできるだろう。
「ただ、国外からの編入生ということで、生徒達がどのような反応をするのか国王も不安なのでしょう」
「それで、私にフォローを?」
「ええ……君の学園での影響力はかなりのものですから……」
つまりティアがフォローしてくれるのならば、他の生徒達からも自然に受け入れられるだろうと踏んだのだ。
「それとなくは気にしますが、私も人ですから、好き嫌いはありますよ?」
「もちろんです。無理強いはしません」
あまり多くを求められても困る。何より、小学部のティアとは学部が違うので、自然には接点を持てないだろう。そこまで考えて不意に引っかかった。
「……うん? ヒュリア・ウィスト? もしかして王女?」
間違いないだろう。ウィストとは隣国の名前だ。そう思って学園長を見ると、瞬間的に目をそらされた。
「学園長……?」
何を誤魔化そうとしているのかと少々睨んでやれば、すぐに降参したようだ。
「あはは。そうなんですよ。ウィストの王女はこの国の王太子と婚約したでしょう。いずれ王妃となるならば、この国のことを知りたいと仰って、急遽編入を希望されたそうです」
「そういうことか……そりゃ王様が頼むはずだわ」
この国の王がティアを頼るのは不思議なことではない。ティアにはAランク冒険者としての実力があり、また、精霊王達を顎で使うのを彼も知っている。類い稀なる魔術の才能を有していることもだ。これほど頼りになる者はいないだろう。
そんなティアに、ただの留学生のフォローを頼むのはおかしい。だが、相手が他国の王女であり、先頃決まった王太子の婚約者となれば、ティアを名指しするのも納得できた。
「分かりました。ところで、王女であることは伏せるのですか?」
「いいえ。わざわざ口にはしませんが、名前はそのまま使われますし、いずれ周知されるでしょう。下手に隠すよりは良いかと。ご本人もそれを了承しています」
「そうですか。その方が私も対処しやすいです」
ティアが学部も学年も違うヒュリアに会いに行ったとしても、相手が王女ならば不思議ではないと生徒達は思うだろう。学園長の覚えも目出度いティアが、個人的にフォローをお願いされたのだと理解してくれるはずだ。
そう納得していれば、学園長はついでとばかりに、とんでもないことを言い出した。
「それとですね、ティアさん。突然で申し訳ないのですが、生徒代表として新入生への挨拶をお願いします」
「はい?」
入学式は明後日。そこで挨拶をするのは高学部の最高学年に進級する、代表会の生徒の一人と決まっていたはずである。
「実は決まっていた生徒が辞退しまして、次点の生徒も体調が悪いと……もうそれならばあなたが良いのではないかと学園内外から意見をいただき、決定しました」
「いやいや、決定しましたって……どういうこと?」
説明を求めても学園長は苦笑を浮かべるだけ。ウルスヴァンに至っては絶対に目を合わせないと決めたらしい。そうなると必然的にサクヤに目がいく。
サクヤは学園長とウルスヴァンの様子を確認してから、自分が言うしかないと諦め、口を開いた。
「どうも圧力をかけられたらしいんだ」
今は男性教師として勤務しているので、口調も男らしいものになっている。
「圧力って、挨拶するはずだった生徒に? そんなことするバカがまだ学園にいたの? あらかた矯正し終わったと思ったんだけどなぁ」
良家の子ども達が通うフェルマー学園には、貴族である親達の影響か、驕り高ぶった生徒や、異種族を差別する生徒が多かった。
この一年、ティアは何かにつけて生徒達の意識改革を行ったのだ。それでも駄目な場合は闇討ちまがいのことまでしている。表立って動く時は、先日卒業していった第二王子エルヴァストと共に行動したので、生徒達は実に素直なものだった。
何より、真の聖女として神教会の覚えも目出度いティアが『貴族とは』『異種族とは』と説いて回ったため、反発はほとんどなかったのだ。この成果にはティア自身、拍子抜けも良いところだった。
「ティアの影響力は学園長のダンが自信を喪失するほどだからね。今ならティアが生徒達に一言、愚かな親を倒して家督を奪ってこいって言えば、二日もしないうちに実行されるだろう。人望っていうより狂信かな」
「そんなに? ならそろそろイメージ崩壊のカウントダウンを……」
品行方正な令嬢という凝り固まってしまったイメージのせいで、最近は動きにくいことこの上ない。ティア自身の心の平穏のためにも、このイメージを近々払拭したいと考えていた。しかし、それを学園長のダンフェールが止める。
「やめてください。自死しますよ。私と生徒達が」
最近、ティアの周りでは自殺志願者が多い気がする。冗談か本気かいまいち分からない。
「え? 学園長に死なれるのは……困る?」
「困るに決まってるだろ! バカ言ってんじゃない!」
疑問形で言ったティアにサクヤが怒鳴る。当の学園長はいじけていた。だが、今はそれより大事なことがあったとティアは思い出す。
「それで? 誰が圧力かけたの?」
「その切り替えの早さも相変わらずだな。まぁいいや。代表の生徒に圧力かけたバカはね、今度編入してくるローズ・リザラントだよ」
サクヤは不機嫌を顕わに『バカ』と口にした。いつものサクヤならば、どれほどバカな言動をしようとも生徒をバカ呼ばわりはしなかったはずだ。ティアはリザラントの名を頭の中で検索する。
「リザラントって確か、公爵家だよね? 子どもがいるって噂は聞いてないけど?」
現在のフリーデル王国に公爵家は二つ。そのうちの一つは当主が若く、まだ子どもがいなかったはずだ。そして、二つ目のリザラント家は随分前に子どもを亡くしていた。王家の血筋から養子をもらうことは許されているが、そんな話も聞いていない。
そこで、ウルスヴァンが静かに口を開いた。
「半年前、リザラント公爵の庶子が見つかったとか。公爵夫妻はこれを受け入れたそうです」
「それがローズ・リザラント?」
「はい。この半年は貴族としての礼儀作法などを、公爵家で教育されていたようで」
半年間みっちり教養を身につけさせても、同じ貴族の子ども達との交流は必要だ。よって一年だけでも、と駆け込みで編入を願い出たのだという。しかも驚くべきことに、生徒代表として挨拶したいと言っているそうだ。
「でも、その令嬢がなんで編入早々、代表の挨拶をしたがるの?」
仮にも生徒の代表としての挨拶だ。編入してきていきなりというのが腑に落ちない。
これに、サクヤが更に機嫌を悪くした様子で吐き捨てるように答えた。
「なんでも『自分は聖女であり、女神サティアの生まれ変わり』なんだとか。『だからサティアと縁の深いこのフェルマー学園で挨拶するのは私』的な発言を、よりにもよって私の前でっ、それも編入試験も免除させたズルの分際でよっ……ダン! なんであんなバカを編入させたのよっ!」
サクヤは怒りが再燃したのか、学園長へと詰め寄っていく。完全にカグヤとしての口調からサクヤの口調に変わっているのは、冷静さをなくしてしまっている証拠だ。
一方、ティアは口を半開きにして固まっていた。
「……はぁ?」
確かにバカだ。バカ以外の何者でもない。誰がサティアの生まれ変わりだと言ったのだろうか。
学園長はサクヤを宥めようと必死になっているので、代わりにウルスヴァンが続けた。
「そのような事情でして、それならば誰からも文句の出ないティアさんにと」
「とんだとばっちりだわ……」
とはいえ、これは仕方がない。ティア自身も納得の指名だ。
こうして入学式の生徒代表挨拶はティアに決定したのである。
◆ ◆ ◆
良く晴れたその日、フリーデル王国の学園街は、常よりも華やかな活気に満ち溢れていた。今日は各学校で入学式が行われるのだ。
フェルマー学園も今年度の新入生を迎え、現在、その入学式が行われている。
だが、壇上から生徒達に語りかけるのは教師ではない。
その姿を見て、公爵令嬢ローズ・リザラントは愕然としていた。
「美しく澄み渡ったこの空のように、新入生の皆さんの晴れやかな表情が、これから始まる学生生活への希望を雄弁に物語っています。この学園で得られるのは知識だけではありません。生涯の友人に、尊敬する師や先輩との出会い。それらが皆さんを待っていることでしょう。このフェルマー学園は歴史ある学園です。その学園の生徒であるという誇りを忘れず、またこれからの世界を支える者としての責任と信念を持って、多くのことを学んでください」
壇上で全ての生徒や来賓、父兄達の視線を一身に集めるのは、まだ幼さの残る一人の少女だった。
「学園で学んだことは、これからの人生を輝かせる糧となるでしょう。多くの学友との交流も、視野を広げるためには不可欠なもの。一つの考えに固執せず、家々の垣根を越えて考えること。それは人として、この国を背負っていく者として必要な経験なのです。時にぶつかり、和解することも大事な経験であると私は思います。この国の未来のため、世界のために、私達と共に成長していきましょう。生徒代表ティアラール・ヒュースリー」
穏やかな微笑みを浮かべたまま美しく礼をする彼女に、会場は割れんばかりの拍手で包まれた。中には感動のあまり号泣している者までいる。そんな一連の栄誉は、本来ならばローズが受けるはずだった。
尊い公爵家の血を引き、女神サティアの生まれ変わりである自分が立つべきだった場所。そこから優雅な足取りで下りてくる少女を、ローズはギリギリと奥歯を噛みしめて睨みつけることしかできなかった。
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