451 / 457
連載
630 裏方は大変です
しおりを挟むレルの村は湿地に面しており、大きな沼に連なって家々が並んでいる。
ちょうど雨季ということもあってか、深々とした緑に囲まれ、水辺には大きな葉が浮かんでいた。
どこからかカエルの鳴き声が聴こえてくる。
少し蒸し暑さはあったが、緑が爽やかで嫌な感じはしない。
馬を降り村長の家に挨拶に行く途中、カニをまつった珍しい祠があった。
「カニ…」
任務以外あまり喋る事のない寡黙な団長から発せられた突然のカニという呟き。
ただカニという単語を発しただけなのに、本当にこの人が喋ったのか?と戸惑った。
2年程一緒に働いて遠征もしているが、そういえば、団長の好みについて一切しらない。
「本来ならばこの時期、カニ漁を行っているのですが、
奥地にいるはずの大きな蛇が生息場所を変えて以来……。
漁ができなくなってしまったんです。
沼に近づくと体調を崩すものも現れるようになりました。
周囲の村も漁で生計を立てています。
無闇に助けを求めるわけにもいかず……備蓄は、ここにある分で底をつきます」
がたいがよく、日焼けした村長は本来ならば漁をしているのだろう。
顔はこけていて、疲れているようだった。
団長はそのまま村長の話を聞き残りの団員は各人、村と周囲を調査し
最後に集会所に行き、そこで情報をまとめることになった。
「皆さんの様子を見る限り、蛇の毒ですね。
いくつか持ち合わせの薬草があるので、調合してみます。場所は……どうしましょう」
村長の家から出る際に渡されたいくつかの薬品を運ぶため、ユーノとレウスを引き連れ
病に倒れた者たちがいる小さな診療所へ向かい、彼らの病状や体調を確認させて貰った。
「村長から集会所を自由に使ってくれと言われたから、そこで調合したらどうだ?
セイリオスもいるから色々手伝ってくれるよ」
ネアの村での一見以来、ユーノは極端に委縮する事がなくなり
ハキハキと喋るようになっていた。
「すぐ治してやりゃいいじゃねえか。お前の力でぱぱっとよ」
俺も気になっていた事をレウスがサラッと口にする。
以前聞いた時は、聖職者として秘密にしなければいけない事があるとだけ言われ
診療所を追い出された。
手伝っていたセイリオスもユーノの主張を汲み取ってか、濁すばかりで
結局なにも分からずじまいだった。
「なんでもかんでも、すぐ力にすがるのは良くありませんよ」
「あぁ?どういうことだ。俺様にもわかるように説明しろ」
「ち、治癒の力は本来、対象者の体力や気力がある事を前提にしているんです。
戦闘中は外傷を認知する前に、即効でかける事で皆さんの脳を騙せています。
戦うことで興奮してますし、元々訓練を積んでいるので融通がきくんです…。
ですが既に異常を認知、衰弱している一般の方の場合。それはできません…。
治したところで、回復に体力が追いつかず元も子もなくなってしまう。
体力を戻しながら、薬でゆっくり治す方が確実なんです」
若干生意気にもなっているような気はするが……元気な事はいいことだ。
「てめえなりの考えがあるってわけか」
レウスは撫でているのか揺らしているのか分からない調子でユーノの頭を掴んでいる。
「ひええ……!頭に触れるなんて!!無礼です!!サイッテーです!」
懐いた相手以外と話すことを滅多にしなかったユーノが誰かと会話している。
その様子につい頬が緩んでしまう。
「副団長、なんで、なんで笑ってるの……っ。助けて…!」
「レウス。そうやって人の頭を抑えるのは良くないぞ」
「撫でてやったついでに、つけあがる頭を引っ込めてやったんだよ。しつけだ、しつけ」
明らかに面白がっていたように見えたが…。
「……ふんっ、ぼ、僕は調合があるので失礼します。
えっと……副団長たちは、どうするんですか?」
「水質調査にいくよ。レウス。ついてきてくれ」
「はあ?」
沼に近づくにつれ霧が濃くなり、視界が霞み、奥の方にあるはずの木々はぼやけて見えた。
以前と違い村に早く着いたからだろうか?
あからさまに嫌な顔をするレウスに前回は折れてしまったが、
どこで風紀が乱れるか分からないからこそ、ここでサボらせる訳にはいかない。
「荒事以外、俺の出る幕はねえ」
不貞腐れてる…?
思えば彼は王都にいた時から職務はしっかりこなしていたが、
どこか戦い以外に興味のない問題児だと決めつけていた。
騎士団が編成されてまもない頃、喧嘩をする団員もいた中で、
彼が人に危害をを加える事は一度もなかった事を知っていたのに。
闘技場。
戦う姿をお客に見せる空間ということ以外、俺はよく知らない。
騎士団の仲間になった以上、そこに身を置いていたレウスに対して、偏見を持たないようにと考えていた。
いつ暴れ出すのかわからない猛獣を起こさないよう接していたのは、団員ではなく、俺自身だ。
やる前から、できないと決めつけられていれば。
不貞腐れて当然だ。
「……ちゃんとやってくれるからレウスに頼んでるんだよ」
「ッチ、どっかの頭巾ジジイと同じようなこと言うんだな。流石は腰巾着だ。
ビビリチビがてめえで考えるようになったんだから、てめえも、てめえの考え持てや」
「ユーノのことも、その……興味持ってくれて嬉しいよ」
「はぁ?とっとと行くぞ」
相変わらずの悪態だが、断る事はしない。
水質調査用のキットを取りに沼の近くに建てられた備蓄倉庫へと行く。
村長から使ってくれと言われたキットはどれも、新品ではあったが、古めかしい物だった。
形もそれぞれバラバラで、中には魔力を探知するだの呪いがどうとか
もはや何を調査するのかわからない物まである。
「おい、それ使い物にならねーだろ。ここ、見ろよ。
目が良い癖に劣化してんの選んでんじゃねえよ」
「あ、本当だ。ありがとうな。ちなみに俺は視力が良い訳じゃないぞ。広範囲を見れるだけで」
「うるせえ、一言多いんだよ!」
渋々ついて来てたとは思えない足取りで、レウスは備蓄倉庫から出て行く。
ついていくように劣化していない調査キットを一通り持って沼へと向かった。
ちょうど雨季ということもあってか、深々とした緑に囲まれ、水辺には大きな葉が浮かんでいた。
どこからかカエルの鳴き声が聴こえてくる。
少し蒸し暑さはあったが、緑が爽やかで嫌な感じはしない。
馬を降り村長の家に挨拶に行く途中、カニをまつった珍しい祠があった。
「カニ…」
任務以外あまり喋る事のない寡黙な団長から発せられた突然のカニという呟き。
ただカニという単語を発しただけなのに、本当にこの人が喋ったのか?と戸惑った。
2年程一緒に働いて遠征もしているが、そういえば、団長の好みについて一切しらない。
「本来ならばこの時期、カニ漁を行っているのですが、
奥地にいるはずの大きな蛇が生息場所を変えて以来……。
漁ができなくなってしまったんです。
沼に近づくと体調を崩すものも現れるようになりました。
周囲の村も漁で生計を立てています。
無闇に助けを求めるわけにもいかず……備蓄は、ここにある分で底をつきます」
がたいがよく、日焼けした村長は本来ならば漁をしているのだろう。
顔はこけていて、疲れているようだった。
団長はそのまま村長の話を聞き残りの団員は各人、村と周囲を調査し
最後に集会所に行き、そこで情報をまとめることになった。
「皆さんの様子を見る限り、蛇の毒ですね。
いくつか持ち合わせの薬草があるので、調合してみます。場所は……どうしましょう」
村長の家から出る際に渡されたいくつかの薬品を運ぶため、ユーノとレウスを引き連れ
病に倒れた者たちがいる小さな診療所へ向かい、彼らの病状や体調を確認させて貰った。
「村長から集会所を自由に使ってくれと言われたから、そこで調合したらどうだ?
セイリオスもいるから色々手伝ってくれるよ」
ネアの村での一見以来、ユーノは極端に委縮する事がなくなり
ハキハキと喋るようになっていた。
「すぐ治してやりゃいいじゃねえか。お前の力でぱぱっとよ」
俺も気になっていた事をレウスがサラッと口にする。
以前聞いた時は、聖職者として秘密にしなければいけない事があるとだけ言われ
診療所を追い出された。
手伝っていたセイリオスもユーノの主張を汲み取ってか、濁すばかりで
結局なにも分からずじまいだった。
「なんでもかんでも、すぐ力にすがるのは良くありませんよ」
「あぁ?どういうことだ。俺様にもわかるように説明しろ」
「ち、治癒の力は本来、対象者の体力や気力がある事を前提にしているんです。
戦闘中は外傷を認知する前に、即効でかける事で皆さんの脳を騙せています。
戦うことで興奮してますし、元々訓練を積んでいるので融通がきくんです…。
ですが既に異常を認知、衰弱している一般の方の場合。それはできません…。
治したところで、回復に体力が追いつかず元も子もなくなってしまう。
体力を戻しながら、薬でゆっくり治す方が確実なんです」
若干生意気にもなっているような気はするが……元気な事はいいことだ。
「てめえなりの考えがあるってわけか」
レウスは撫でているのか揺らしているのか分からない調子でユーノの頭を掴んでいる。
「ひええ……!頭に触れるなんて!!無礼です!!サイッテーです!」
懐いた相手以外と話すことを滅多にしなかったユーノが誰かと会話している。
その様子につい頬が緩んでしまう。
「副団長、なんで、なんで笑ってるの……っ。助けて…!」
「レウス。そうやって人の頭を抑えるのは良くないぞ」
「撫でてやったついでに、つけあがる頭を引っ込めてやったんだよ。しつけだ、しつけ」
明らかに面白がっていたように見えたが…。
「……ふんっ、ぼ、僕は調合があるので失礼します。
えっと……副団長たちは、どうするんですか?」
「水質調査にいくよ。レウス。ついてきてくれ」
「はあ?」
沼に近づくにつれ霧が濃くなり、視界が霞み、奥の方にあるはずの木々はぼやけて見えた。
以前と違い村に早く着いたからだろうか?
あからさまに嫌な顔をするレウスに前回は折れてしまったが、
どこで風紀が乱れるか分からないからこそ、ここでサボらせる訳にはいかない。
「荒事以外、俺の出る幕はねえ」
不貞腐れてる…?
思えば彼は王都にいた時から職務はしっかりこなしていたが、
どこか戦い以外に興味のない問題児だと決めつけていた。
騎士団が編成されてまもない頃、喧嘩をする団員もいた中で、
彼が人に危害をを加える事は一度もなかった事を知っていたのに。
闘技場。
戦う姿をお客に見せる空間ということ以外、俺はよく知らない。
騎士団の仲間になった以上、そこに身を置いていたレウスに対して、偏見を持たないようにと考えていた。
いつ暴れ出すのかわからない猛獣を起こさないよう接していたのは、団員ではなく、俺自身だ。
やる前から、できないと決めつけられていれば。
不貞腐れて当然だ。
「……ちゃんとやってくれるからレウスに頼んでるんだよ」
「ッチ、どっかの頭巾ジジイと同じようなこと言うんだな。流石は腰巾着だ。
ビビリチビがてめえで考えるようになったんだから、てめえも、てめえの考え持てや」
「ユーノのことも、その……興味持ってくれて嬉しいよ」
「はぁ?とっとと行くぞ」
相変わらずの悪態だが、断る事はしない。
水質調査用のキットを取りに沼の近くに建てられた備蓄倉庫へと行く。
村長から使ってくれと言われたキットはどれも、新品ではあったが、古めかしい物だった。
形もそれぞれバラバラで、中には魔力を探知するだの呪いがどうとか
もはや何を調査するのかわからない物まである。
「おい、それ使い物にならねーだろ。ここ、見ろよ。
目が良い癖に劣化してんの選んでんじゃねえよ」
「あ、本当だ。ありがとうな。ちなみに俺は視力が良い訳じゃないぞ。広範囲を見れるだけで」
「うるせえ、一言多いんだよ!」
渋々ついて来てたとは思えない足取りで、レウスは備蓄倉庫から出て行く。
ついていくように劣化していない調査キットを一通り持って沼へと向かった。
10
お気に入りに追加
4,567
あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

【7話完結】婚約破棄?妹の方が優秀?あぁそうですか・・・。じゃあ、もう教えなくていいですよね?
西東友一
恋愛
昔、昔。氷河期の頃、人々が魔法を使えた時のお話。魔法教師をしていた私はファンゼル王子と婚約していたのだけれど、妹の方が優秀だからそちらと結婚したいということ。妹もそう思っているみたいだし、もう教えなくてもいいよね?
7話完結のショートストーリー。
1日1話。1週間で完結する予定です。
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつまりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。
よくある聖女追放ものです。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。