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連載
626 眠り続ける者
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2017. 11. 3
**********
ヒュースリー伯爵家の一室。そこに用意された広いベッドの上には、余命幾ばくもない男が目を閉じて静かに呼吸をしている。
白金の髪に、目を閉じる直前に見えたのは、その瞼に隠された金の瞳。長い間トレードマークだった右目に付けていたモノクルは、ベットの脇にある小さなテーブルに置かれていた。
その護衛をするように、傍らには淡い光を体に纏わせた赤髪の美女が一人。彼女はベッドの横にある椅子に腰掛け優雅に本を読んでいた。手にある本が微妙に浮いているのはよく見なくてはわからないだろう。
足下には、大きな白銀の狼、ゼブロが寝そべっている。規則的な呼吸で上下する背中を見るに、本当に眠っているようだ。しかし、その狼の耳が唐突にピクリと立って扉の方へ向けられる。
それと同時にトントンとドアがノックする音が響いた。美女は顔をドアの方へ向けると口角を上げる。
《入ってくれ》
人の声帯とは違う響きを持った声を聞き、扉が静かに開かれる。その隙間からひょっこりと少女が顔を覗かせた。
「様子はどう?」
《まだ眠ったままだ》
「そっか」
部屋に滑り込むように入ってきたのはティアだ。前世と同じように艶やかな赤い髪色になってしまった事を、今では周りに気にする者はおらず、そのままにしている。
今日は冒険者姿ではなく、令嬢仕様になっているので、少々雰囲気は違う。
「このまま目覚めないかもしれないね」
《ああ……全く、迷惑な父親だ》
呆れたように言ってはいるが、そこには心配する響きが確かに宿っていた。
彼、ジェルバはティアの前世の母、マティアスの実の父親だった。マティアス自身、死してからその事実を知ったらしい。
そのジェルバは、あの戦いの折より半月が経っても未だ目覚める様子を見せない。
魂は疲弊し、既に手の施しようはなく、消えるのを待つばかりとなっている。
「この人がお祖父ちゃんなんてねぇ……なんか複雑」
マティアスの父という事は、前世での祖父という事になるのは当然で、ティアはこの話を聞いて顔をしかめるしかなかった。
《これでも、天使の中の天使だったんだぞ? トヤが言っていただろう?》
「それは聞いたけど……」
ティアには狂人的な印象しか持てないので仕方がない。
《まぁ、今までの数々の行いを見ると、お前の反応も分からなくはない。カルから話も聞いていたが、当時は会っていなかったからなぁ……》
その声音に後悔のようなものを見つけた。
「会ってたら、気付いてた?」
マティアスならば、ここまで来る前にジェルバの暴走を止めてくれていただろうか。実際『神の王国』の活動は、ジェルバがいた事で成り立っていた所は大きい。
神具の使い方の知識の一つを取っても、彼らが助長するきっかけになっていただろう。何より残念なのは、組織に協力していなければ、ここまで魂を疲弊させる事はなかったという事だ。
ジェルバは天使だ。本来、神が見守る大地に生きる者達に害を為してはならない。けれど、ジェルバは間接的にでも人々を害し、傷付けてきた。これにより天使であるジェルバの魂も傷付き、疲弊させていったのだ。
《どうだかな……邪魔はしただろうが、結局は変わらなかったかもしれん。それだけ、我が母を失った悲しみというものが、深かったのだろう。仮にも天使だ。純粋な想いを持った生き物だからな。一度染まった心は、人であっても容易に元には戻せんものだ》
「そっか……」
唯一愛した人を殺された事で、ジェルバは正気を失った。何百年という時間を神の許可なく地上で過ごした事も彼には負担となっている。
ゆっくりと近付き、眠るジェルバを見たティアは、とある不安を感じていた。
「ジェルバは、このまま死んで大丈夫だと思う?」
《……魂の事か》
「うん……」
《ふむ……天使とは地上で罪を犯した者。天使となり、その役目で長い時を以って罪を償い、魂を精錬し罪を昇華する……天使の死とは、生まれ変わる事を意味するが、元々が天使だからな……》
もちろん、全ての罪を犯した者達が天使になるわけではない。天使となって罪を償う者達は、魂によって選定される。清廉で高潔な魂となり得る者だけが天使となるのだ。
役目を終え、地上に降りた天使達は、やがて地上で命を終える。それによって魂は昇華され再び地上へと転生する事を許される。
しかし、ジェルバは元々が天使だ。その魂は地上にあってはならない。何より、こうして死ぬような存在ではないはずだった。
《生まれ変わるというのは地上にある魂の特権だと聞いた事がある。おそらく、このまま消滅するだろう……》
それは、今のジェルバを見てもわかる。転生する魂は、力強く魄動しているものだ。それも地上に降りた天使ならば、輝くほどの力ある魂となっているはずである。しかし、ジェルバの今の魂は、既に風前の灯のように弱々しい。
「母様は……母様はそれでいいと思う?」
《まさか。良いとは思えんよ。これでも血を分けた実の父だ。思えばほんのひと時、思念とはいえ傍にあっただけだった……あの時父と分かればな……》
「……」
ジェルバの事で、最も後悔しているのはマティアスだった。マティアスが無理を推してでも地上に留まり続けているのは、その一念のためにほかならない。
それでも時は無情に過ぎ、ジェルバの魂を少しずつ、少しずつ削り続けていった。
**********
舞台裏のお話。
シアン「あぁ……本当にマティアス様はステキねぇ」
フィスターク「本当にそうだよねっ」
ゼノ「まったくだ」
シアン「でも、ティアちゃん、マティアス様の事、なんで『母様』って呼ぶのかしら?」
フィスターク「……そ、それは多分……」
ゼノ「う、うむ……」
シアン「あっ、あれかしらっ」
フィスターク「う、うん。やっぱりそうなんだと思うんだ」
ゼノ「そう、やっぱりティアはな……」
シアン「あれよね。髪の色が同じになったからよねっ。本当に親子みたいにおんなじだものねっ」
フィスターク「……う、うん……」
ゼノ「そ、そうだの……」
シアン「ならっ、私も髪を染めればいいのねっ。あぁ、でも、あんなに綺麗に赤くするには何で染めたらいいのかしら?」
フィスターク「そ、そうだねぇ……」
ゼノ「ほ、ほれ、リジットに聞いてみれば良いのではないかな?」
シアン「そうねっ。聞いてみますわっ。リジット、リジット~っ」
ゼノ「ふぅ……フィスターク、シアンはその……幾つになっても純粋だな」
フィスターク「と、とても良い事だと私は思いますっ」
ゼノ「……真っ直ぐこちらを見て言ってみぃ」
フィスターク「……すみません……」
リジット「っ!? この気配は……奥様がまた何か……?」
地王 《うむ、純粋な童ほど恐ろしいものはないわい……》
つづく?
なんて事が起こってましたとさ☆
読んでくださりありがとうございます◎
シアンママは平常運転です。
これも罪の償いでしょうか。
次回、また来週金曜10日0時です。
よろしくお願いします◎
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ヒュースリー伯爵家の一室。そこに用意された広いベッドの上には、余命幾ばくもない男が目を閉じて静かに呼吸をしている。
白金の髪に、目を閉じる直前に見えたのは、その瞼に隠された金の瞳。長い間トレードマークだった右目に付けていたモノクルは、ベットの脇にある小さなテーブルに置かれていた。
その護衛をするように、傍らには淡い光を体に纏わせた赤髪の美女が一人。彼女はベッドの横にある椅子に腰掛け優雅に本を読んでいた。手にある本が微妙に浮いているのはよく見なくてはわからないだろう。
足下には、大きな白銀の狼、ゼブロが寝そべっている。規則的な呼吸で上下する背中を見るに、本当に眠っているようだ。しかし、その狼の耳が唐突にピクリと立って扉の方へ向けられる。
それと同時にトントンとドアがノックする音が響いた。美女は顔をドアの方へ向けると口角を上げる。
《入ってくれ》
人の声帯とは違う響きを持った声を聞き、扉が静かに開かれる。その隙間からひょっこりと少女が顔を覗かせた。
「様子はどう?」
《まだ眠ったままだ》
「そっか」
部屋に滑り込むように入ってきたのはティアだ。前世と同じように艶やかな赤い髪色になってしまった事を、今では周りに気にする者はおらず、そのままにしている。
今日は冒険者姿ではなく、令嬢仕様になっているので、少々雰囲気は違う。
「このまま目覚めないかもしれないね」
《ああ……全く、迷惑な父親だ》
呆れたように言ってはいるが、そこには心配する響きが確かに宿っていた。
彼、ジェルバはティアの前世の母、マティアスの実の父親だった。マティアス自身、死してからその事実を知ったらしい。
そのジェルバは、あの戦いの折より半月が経っても未だ目覚める様子を見せない。
魂は疲弊し、既に手の施しようはなく、消えるのを待つばかりとなっている。
「この人がお祖父ちゃんなんてねぇ……なんか複雑」
マティアスの父という事は、前世での祖父という事になるのは当然で、ティアはこの話を聞いて顔をしかめるしかなかった。
《これでも、天使の中の天使だったんだぞ? トヤが言っていただろう?》
「それは聞いたけど……」
ティアには狂人的な印象しか持てないので仕方がない。
《まぁ、今までの数々の行いを見ると、お前の反応も分からなくはない。カルから話も聞いていたが、当時は会っていなかったからなぁ……》
その声音に後悔のようなものを見つけた。
「会ってたら、気付いてた?」
マティアスならば、ここまで来る前にジェルバの暴走を止めてくれていただろうか。実際『神の王国』の活動は、ジェルバがいた事で成り立っていた所は大きい。
神具の使い方の知識の一つを取っても、彼らが助長するきっかけになっていただろう。何より残念なのは、組織に協力していなければ、ここまで魂を疲弊させる事はなかったという事だ。
ジェルバは天使だ。本来、神が見守る大地に生きる者達に害を為してはならない。けれど、ジェルバは間接的にでも人々を害し、傷付けてきた。これにより天使であるジェルバの魂も傷付き、疲弊させていったのだ。
《どうだかな……邪魔はしただろうが、結局は変わらなかったかもしれん。それだけ、我が母を失った悲しみというものが、深かったのだろう。仮にも天使だ。純粋な想いを持った生き物だからな。一度染まった心は、人であっても容易に元には戻せんものだ》
「そっか……」
唯一愛した人を殺された事で、ジェルバは正気を失った。何百年という時間を神の許可なく地上で過ごした事も彼には負担となっている。
ゆっくりと近付き、眠るジェルバを見たティアは、とある不安を感じていた。
「ジェルバは、このまま死んで大丈夫だと思う?」
《……魂の事か》
「うん……」
《ふむ……天使とは地上で罪を犯した者。天使となり、その役目で長い時を以って罪を償い、魂を精錬し罪を昇華する……天使の死とは、生まれ変わる事を意味するが、元々が天使だからな……》
もちろん、全ての罪を犯した者達が天使になるわけではない。天使となって罪を償う者達は、魂によって選定される。清廉で高潔な魂となり得る者だけが天使となるのだ。
役目を終え、地上に降りた天使達は、やがて地上で命を終える。それによって魂は昇華され再び地上へと転生する事を許される。
しかし、ジェルバは元々が天使だ。その魂は地上にあってはならない。何より、こうして死ぬような存在ではないはずだった。
《生まれ変わるというのは地上にある魂の特権だと聞いた事がある。おそらく、このまま消滅するだろう……》
それは、今のジェルバを見てもわかる。転生する魂は、力強く魄動しているものだ。それも地上に降りた天使ならば、輝くほどの力ある魂となっているはずである。しかし、ジェルバの今の魂は、既に風前の灯のように弱々しい。
「母様は……母様はそれでいいと思う?」
《まさか。良いとは思えんよ。これでも血を分けた実の父だ。思えばほんのひと時、思念とはいえ傍にあっただけだった……あの時父と分かればな……》
「……」
ジェルバの事で、最も後悔しているのはマティアスだった。マティアスが無理を推してでも地上に留まり続けているのは、その一念のためにほかならない。
それでも時は無情に過ぎ、ジェルバの魂を少しずつ、少しずつ削り続けていった。
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シアン「あぁ……本当にマティアス様はステキねぇ」
フィスターク「本当にそうだよねっ」
ゼノ「まったくだ」
シアン「でも、ティアちゃん、マティアス様の事、なんで『母様』って呼ぶのかしら?」
フィスターク「……そ、それは多分……」
ゼノ「う、うむ……」
シアン「あっ、あれかしらっ」
フィスターク「う、うん。やっぱりそうなんだと思うんだ」
ゼノ「そう、やっぱりティアはな……」
シアン「あれよね。髪の色が同じになったからよねっ。本当に親子みたいにおんなじだものねっ」
フィスターク「……う、うん……」
ゼノ「そ、そうだの……」
シアン「ならっ、私も髪を染めればいいのねっ。あぁ、でも、あんなに綺麗に赤くするには何で染めたらいいのかしら?」
フィスターク「そ、そうだねぇ……」
ゼノ「ほ、ほれ、リジットに聞いてみれば良いのではないかな?」
シアン「そうねっ。聞いてみますわっ。リジット、リジット~っ」
ゼノ「ふぅ……フィスターク、シアンはその……幾つになっても純粋だな」
フィスターク「と、とても良い事だと私は思いますっ」
ゼノ「……真っ直ぐこちらを見て言ってみぃ」
フィスターク「……すみません……」
リジット「っ!? この気配は……奥様がまた何か……?」
地王 《うむ、純粋な童ほど恐ろしいものはないわい……》
つづく?
なんて事が起こってましたとさ☆
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