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592 今や立派な工作員です
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2017. 6. 5
**********
トゥーレはその夜、どうしても眠る事ができず、ディムースの街を出て赤白の宮殿へ向かっていた。
「久しぶりに帰ってきたのに……師匠も留守だし、ティア様やカランタもいないとは……これでは落ち着いて眠れない……」
眠れない理由は分かっていた。きっちりと報告まで完了していないからだ。真面目な性格は、時にじわじわと自身を蝕む。その上、やり遂げた事で気が昂ぶっていたのだ。
赤白の宮殿に向かったのは、ダスバと久し振りに話をする為だ。夜の方が静かで良いと、ダスバは夜更かしが常だった。眠れない日には丁度良い話し相手になる。
右手の義手の具合もついでに見てくれる時もあり、何より、お互いにとって大切な友人だった。
松明も持たず、トゥーレは夜の森の中を歩いていく。数年前までは神笛の力によって、魔獣を意のままにできた。だから、こんな夜の森を一人不用心に歩き回る事も問題なかった。
しかし、ティアによって神笛を壊され、魔獣に対する手段がなくなった時、大きな不安を感じた。
剣を持った所で、身を守れる保証もない。だから恐怖した。神笛の力に蝕まれ、弱っていた体は長い眠りを必要とした。そうして、目覚めてからも外に出る事は出来なかった。
色々な土地をカランタと巡り、自分の記憶を探して回った日々。これによって、ようやく普通の人と同じくらいの感覚を持てるようになった。
松明を持って、戦わず逃げようと思える程度の恐怖心。それが普通の感覚だ。町の中であっても外に出る事が出来ず、小さなウッドラビットの姿を見ただけで震えが止まらなくなる頃と比べたら、格段の変化だった。
それが、今はどうだろう。クロノスという剣の師匠を得て、身を守る術や気配を読む技術を知った事で、松明さえ必要なくなった。恐怖心が消えたわけではないが、警戒していれば問題ないと思えるほどになったのだ。
トゥーレはここ半月、神殿を回り歩いてきた。それは、ティアからの指示によるものだ。
「あの聖都にティア様の威光がしっかり浸透しているとは……恐ろしい方だ」
ティアは、彼の組織の足下から瓦解させる気でいる。狙うは神教会だ。
組織はかつて神教会に、女神サティアの生まれ変わりが現れた事を口にし、神子が真の聖女であると宣った。時には神具が手元にあるのだと教える事で、自分達は神の祝福を得ているのだとアピールする。これによって、神教会を味方につけたのだ。
ウィストの教会はもちろん、周辺の国ではそれらを信じ、取り込んでいった。しかし、フリーデルの神教会だけはそれを全く信じなかった。
「そういえば……フリーデルには既に聖女がいるから無理だとか何とか……聞いたな」
トゥーレがスィールと名乗っている頃。積極的に行動する工作員達が話しているのを聞いたような覚えがあった。
自分はスィールという、かつて女神サティアが動かした反乱軍のリーダーであった、青年の生まれ変わりであると思い込まされて生きてきた日々。組織にいた頃の記憶は、今はぼんやりとした夢のような、そんな曖昧なものになっている。
ティアやカランタ、魔導具に詳しいカルツォーネの話によれば、これはジェルバの魔導具による影響らしい。
スィールは月明かりに照らされる真っ白な木でできた義手を見た。
本来あった手首の辺りに、あの頃何かがはまっていたような、そんな気がする。
恐らくそれがジェルバの魔導具だったのだろう。奇しくも、腕を無くした事でその呪縛から解き放たれたようだ。
これによって封じられ、ずっと思い出す事の出来なかった組織に入る前の、十歳以前の記憶が、それからゆっくりと思い出せるようになったのだ。
トゥーレは義手を押さえて不意に立ち止まり、ある方向を見つめた。その先には、隣国ウィストがある。
今、そこには組織が根を張っている。だから気になるというのもあるが、トゥーレは幼い頃の記憶を思い出してから、ずっとそこが気になっていた。
「……祖父ちゃん……」
混乱する記憶を整理する為に、カランタと色々な場所を見て回った一年があった。記憶にある所縁の地を歩いてみようと旅をしたが、どうしてもウィストには行けなかった。
そこに本当の家族がいると分かっていても、怖くて近付く事が出来なかったのだ。自分を捨てた父を思い出してしまうから。
それでも、ふとした瞬間に、優しかった祖父には会いたいと思ってしまう。そうして、引き寄せられるようにその方向を見つめてしまうのだ。
「……覚えてるわけないよな……」
祖父が生きている事は、クィーグの者に聞いて知っていた。どこにいるかも分かっている。けれど、自分を覚えていてくれているかは分からない。
「はぁ……俺はもうトゥーレだ」
感傷を振り切り、再び歩き出す。
「とにかく、組織を何とかしなくては」
トゥーレは今、組織を外から見ている。その異常さを知り、組織に傾倒していく者達の危うさを感じていた。
神教会の言葉は民達の指針になる。教会が正しいと言えばどんなものでも正しいものだと信じるのだ。だからこそ、神教会を味方につけるという事は、自分達の存在が正しいのだという証明となる。
その恐ろしさを理解したのは、ティアの言葉からだった。それまでは、トゥーレも民達同様、神教会の言うことを盲目的に信じている自分に気付かなかった。
『神は神具を人族が生き延びる為に授けた。弱いものを助けてくれるのだと、これによって証明した。『神は確かに存在し、弱者を見捨てないのだ』と。たった一度のその接触のみで、神は信仰を盤石なものとしたの』
人族にとってみれば、神は自分達を生かそうとしているのだという事になる。これは絶対的に正しい。神は正しい存在だと認識したのだ。そうでなくてはならないと思い込んだ。
『人っていうのは、正しいものだと言われると弱いの。みんなが正しいって言ってるものを否定できない。仲間外れになりたくないからね。正しいって思わなきゃって思い込んで、染まっていく。そうしてまとまっていったんだ』
多くの者が賛同すれば、それが例え良くない事であっても正しいと判断されてしまう時もある。人は良くも悪くも他人の目を気にする生き物なのだ。
『正しい存在である神を奉る神教会は正しくて当たり前ってのが、常識になってる。そこを、奴らは上手く利用した。だから、こっちもそれを利用する。ふふっ、教会の奴らに本性見せないようにしてきた苦労が、ようやく報われるってもんよっ』
その時のティアは、教会が信じる聖女の姿など微塵も感じさせない悪い顔をしていた。
トゥーレはそうして、フリーデルの司教達に協力を要請し、周辺諸国の神教会に共に神の王国という組織の危険性と、実態を証言して回っていたのだ。
その話の中には、かつて青の血脈という組織が誕生した理由や本来の役目というものがあった。トゥーレも知らなかったその事実は、カルツォーネからもたらされたものだ。
「バカな人達だ。始めの役割も忘れて曲解するなんて」
そんな組織を信じ込まされ、利用されていたと知って、トゥーレはだんだんと腹が立っていった。
これ以上勝手はさせない。そう思って行動したトゥーレは、ティアの望む結果を出せたはずだ。
「そういえば、あの人はどうなるんだろう……」
不意に心配になったのは、サティアの生まれ変わりだと思い込んでいる娘の事。自分と同じように利用されているだけの娘の事だ。
「……ティア様……」
ティアはどんな対処をするのかと、少しだけ心配になった。
**********
舞台裏のお話。
町人 「あ、トゥーレの奴、戻ってきてたのか」
クィーグ 「またこんな夜に……まぁ、身は守れるか」
町人 「クロノスさんの弟子だしな」
クィーグ 「ああ。強くなったよ。ここへ来たばかりの頃は、部屋の中で震えるだけだったのに」
町人 「いいんじゃねぇの? それもいい経験だ。人生ってのは良く出来てる。報われる苦労ってのもないわけじゃねぇ」
クィーグ 「確かに」
町人 「我らの主人が傍に置いてるんだ。大丈夫だろう」
クィーグ 「ああ」
つづく?
なんて事が起こってましたとさ☆
読んでくださりありがとうございます◎
大人は黙って成長を見守っていればいいんです。
彼もしっかり使っています。
次回、金曜9日の0時です。
よろしくお願いします◎
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トゥーレはその夜、どうしても眠る事ができず、ディムースの街を出て赤白の宮殿へ向かっていた。
「久しぶりに帰ってきたのに……師匠も留守だし、ティア様やカランタもいないとは……これでは落ち着いて眠れない……」
眠れない理由は分かっていた。きっちりと報告まで完了していないからだ。真面目な性格は、時にじわじわと自身を蝕む。その上、やり遂げた事で気が昂ぶっていたのだ。
赤白の宮殿に向かったのは、ダスバと久し振りに話をする為だ。夜の方が静かで良いと、ダスバは夜更かしが常だった。眠れない日には丁度良い話し相手になる。
右手の義手の具合もついでに見てくれる時もあり、何より、お互いにとって大切な友人だった。
松明も持たず、トゥーレは夜の森の中を歩いていく。数年前までは神笛の力によって、魔獣を意のままにできた。だから、こんな夜の森を一人不用心に歩き回る事も問題なかった。
しかし、ティアによって神笛を壊され、魔獣に対する手段がなくなった時、大きな不安を感じた。
剣を持った所で、身を守れる保証もない。だから恐怖した。神笛の力に蝕まれ、弱っていた体は長い眠りを必要とした。そうして、目覚めてからも外に出る事は出来なかった。
色々な土地をカランタと巡り、自分の記憶を探して回った日々。これによって、ようやく普通の人と同じくらいの感覚を持てるようになった。
松明を持って、戦わず逃げようと思える程度の恐怖心。それが普通の感覚だ。町の中であっても外に出る事が出来ず、小さなウッドラビットの姿を見ただけで震えが止まらなくなる頃と比べたら、格段の変化だった。
それが、今はどうだろう。クロノスという剣の師匠を得て、身を守る術や気配を読む技術を知った事で、松明さえ必要なくなった。恐怖心が消えたわけではないが、警戒していれば問題ないと思えるほどになったのだ。
トゥーレはここ半月、神殿を回り歩いてきた。それは、ティアからの指示によるものだ。
「あの聖都にティア様の威光がしっかり浸透しているとは……恐ろしい方だ」
ティアは、彼の組織の足下から瓦解させる気でいる。狙うは神教会だ。
組織はかつて神教会に、女神サティアの生まれ変わりが現れた事を口にし、神子が真の聖女であると宣った。時には神具が手元にあるのだと教える事で、自分達は神の祝福を得ているのだとアピールする。これによって、神教会を味方につけたのだ。
ウィストの教会はもちろん、周辺の国ではそれらを信じ、取り込んでいった。しかし、フリーデルの神教会だけはそれを全く信じなかった。
「そういえば……フリーデルには既に聖女がいるから無理だとか何とか……聞いたな」
トゥーレがスィールと名乗っている頃。積極的に行動する工作員達が話しているのを聞いたような覚えがあった。
自分はスィールという、かつて女神サティアが動かした反乱軍のリーダーであった、青年の生まれ変わりであると思い込まされて生きてきた日々。組織にいた頃の記憶は、今はぼんやりとした夢のような、そんな曖昧なものになっている。
ティアやカランタ、魔導具に詳しいカルツォーネの話によれば、これはジェルバの魔導具による影響らしい。
スィールは月明かりに照らされる真っ白な木でできた義手を見た。
本来あった手首の辺りに、あの頃何かがはまっていたような、そんな気がする。
恐らくそれがジェルバの魔導具だったのだろう。奇しくも、腕を無くした事でその呪縛から解き放たれたようだ。
これによって封じられ、ずっと思い出す事の出来なかった組織に入る前の、十歳以前の記憶が、それからゆっくりと思い出せるようになったのだ。
トゥーレは義手を押さえて不意に立ち止まり、ある方向を見つめた。その先には、隣国ウィストがある。
今、そこには組織が根を張っている。だから気になるというのもあるが、トゥーレは幼い頃の記憶を思い出してから、ずっとそこが気になっていた。
「……祖父ちゃん……」
混乱する記憶を整理する為に、カランタと色々な場所を見て回った一年があった。記憶にある所縁の地を歩いてみようと旅をしたが、どうしてもウィストには行けなかった。
そこに本当の家族がいると分かっていても、怖くて近付く事が出来なかったのだ。自分を捨てた父を思い出してしまうから。
それでも、ふとした瞬間に、優しかった祖父には会いたいと思ってしまう。そうして、引き寄せられるようにその方向を見つめてしまうのだ。
「……覚えてるわけないよな……」
祖父が生きている事は、クィーグの者に聞いて知っていた。どこにいるかも分かっている。けれど、自分を覚えていてくれているかは分からない。
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感傷を振り切り、再び歩き出す。
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トゥーレは今、組織を外から見ている。その異常さを知り、組織に傾倒していく者達の危うさを感じていた。
神教会の言葉は民達の指針になる。教会が正しいと言えばどんなものでも正しいものだと信じるのだ。だからこそ、神教会を味方につけるという事は、自分達の存在が正しいのだという証明となる。
その恐ろしさを理解したのは、ティアの言葉からだった。それまでは、トゥーレも民達同様、神教会の言うことを盲目的に信じている自分に気付かなかった。
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人族にとってみれば、神は自分達を生かそうとしているのだという事になる。これは絶対的に正しい。神は正しい存在だと認識したのだ。そうでなくてはならないと思い込んだ。
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その話の中には、かつて青の血脈という組織が誕生した理由や本来の役目というものがあった。トゥーレも知らなかったその事実は、カルツォーネからもたらされたものだ。
「バカな人達だ。始めの役割も忘れて曲解するなんて」
そんな組織を信じ込まされ、利用されていたと知って、トゥーレはだんだんと腹が立っていった。
これ以上勝手はさせない。そう思って行動したトゥーレは、ティアの望む結果を出せたはずだ。
「そういえば、あの人はどうなるんだろう……」
不意に心配になったのは、サティアの生まれ変わりだと思い込んでいる娘の事。自分と同じように利用されているだけの娘の事だ。
「……ティア様……」
ティアはどんな対処をするのかと、少しだけ心配になった。
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舞台裏のお話。
町人 「あ、トゥーレの奴、戻ってきてたのか」
クィーグ 「またこんな夜に……まぁ、身は守れるか」
町人 「クロノスさんの弟子だしな」
クィーグ 「ああ。強くなったよ。ここへ来たばかりの頃は、部屋の中で震えるだけだったのに」
町人 「いいんじゃねぇの? それもいい経験だ。人生ってのは良く出来てる。報われる苦労ってのもないわけじゃねぇ」
クィーグ 「確かに」
町人 「我らの主人が傍に置いてるんだ。大丈夫だろう」
クィーグ 「ああ」
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