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590 そこで祈る者
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2017. 5. 29
**********
その地では、数百年も昔に自害した青年の魂が彷徨っている。そんな噂があった。
町の喧騒が止むと、微かな笛の音が聞こえてくる。それは本当に儚く小さな音で、もうこの国の人々は、意識にも留めない。
それでも、時折迷い込んだ旅人が、その廃墟となった場所で耳にするのだという。
クロノスは、ウィストへと到着してすぐに、未だクィーグの者達や魔族の諜報員達でさえ、城への潜入路の確保ができていないことを知った。
ウィストの王宮には、何者かの張った強力な結界がつい最近まで張られていたという。
これによって、王宮に全く近付けなかったらしい。精霊達も近付けなかったというから、間違いなく『神具』が関係していることは特定出来ていた。慎重を要するものだ。
そんな強力な結界が消えたならなおのこと。その理由を探る事を先ず優先しなくてはならない。
中に潜入出来たとしても、結界を再び張られてしまえば、中に閉じ込められてしまう上に、おおよそ魔族でさえ対応できない『神具』が存在しているのだ。退路も確保できなくては、意味がない。
潜入するのはもちろん、彼らには、中の様子を知る必要もあるのだ。敵である『青の血脈』の全容さえ、未だ明らかになっていないのだから。
そんな状況で、ティアやカルツォーネに突入させるわけにはいかない。
しかし、ティアやカルツォーネが本気で王宮を攻めようと思えば、きっと出来るだろう事は彼らも分かっている。少々どころではなく強引に、突入してしまえるだろう。
フリーデルの王城が襲撃を受けたと聞いたクィーグと魔族の諜報部隊は、潜入路を探していた者達の半数を情報収集に回した。既にその任務を受けていた者達に加わった形だ。
間違いなく王城への襲撃で『青の血脈』はティアの怒りに触れる。頭目とされる神子はウィストの王宮にいる事が確認できているのだ。敵の主戦力がこのウィストに集まっている事も確信している。
ならば、ティアが求めるのは情報と証拠だ。ここで最優先事項がひっくり返った。すなわち、潜入路よりも敵の尻尾を掴む事。
だから、情報収集に大半が動いていた。そんな中、ならばと駆け付けたクロノスは潜入路を探す事にしたのだ。
ティアが正面から王宮を襲撃するにしても、裏から潜入して、補佐や証拠となるものを押さえる必要は出てくる。何より、王宮から敵を逃すわけにはいかない。徹底的に、敵の退路は洗い出す必要があった。
真っ先にクロノスの頭に浮かんだのは、城には必須の王族用の脱出路。王宮からは離れた場所に出口は設定されているはずだ。
「……確か……このくらいの距離は必須だとあの本に……」
クロノスは、ティアの為ならばどんな能力でも手に入れる事ができると思っている。それは気持ちだけの問題ではなく、実際『騎士の手』という特殊能力を身につけてしまったクロノスにとって不可能ではなかった。
先日、こんな事もあるかもしれないと思い、潜入経路について知る弟達に教本を借りていた。
それは『抜け技の全て』というもので、手枷の外し方から、縄で縛られた時の抜け方。そして、建物の構造上から考えた脱出路の予想の仕方や人が考える脱出経路の選択の仕方などが記載された本だ。
これは、ティアが弟であるユメルとカヤルにプレゼントしたもので、二人はこれによって高い調査能力と対処能力を手に入れた。教本として間違いがない事は実証されていたのだ。
「同心円上にあるのは……」
王宮から適度に離れたその場所に、神殿や怪しい建物や遺跡がないかと見て回る。すると、予想される距離のすぐ外に廃墟となって誰も近付かなくなった場所があるのに気付いた。
クロノスがその一帯の気配を探ろうと、そこへ目を向けていれば、少し離れた場所に座り込んでいた老人が話かけてきた。
「あんさん、旅人かい?」
「はい。ウィストは初めてで……ここは王都ですよね? この場所は一体?」
そう怪しまれないように尋ねれば、老人は丁寧に説明してくれた。
「ここは大昔の王族の墓さね」
「王族の? ここが……?」
ただの廃墟にしか見えない。墓らしき場所には到底思えなかった。老人はくつくつと笑って続けた。
「くくっ、見えんだろうなぁ。もちろん、王族の墓はちゃんと別に豪勢な場所が用意されとる。ここはたった一人の……この国がウィストと呼ばれるようになるずっと前にあった国の王が、苦悩の末に自害した場所なのじゃよ」
「王が……自害?」
反乱や謀反による死ではない事に疑問を持った。王が自害など、あり得ないと思ったのだ。
「まぁのぉ。こんな状態を見れば、自害と言われていても、真実は違うと思える。だが……真に自害じゃ……その王は、神殿で火をつけ、たった一人で亡くなったという。側近達を寄せ付けず、助けようとする者達を不思議な王家の力で退けての……」
「不思議な王家の力……」
クロノスはもしやと思った。その予想を裏付けるように、その音が微かに聞こえてきた。
「おお……泣いておられる……」
「泣く? でも、この音は……笛……」
「アスハ様が嘆いておられる……この国の終わりを予見しておられる……」
「……」
老人は静かに手を組み、祈りを捧げる。
「アスハ様というのが……」
クロノスの呟きに、老人は祈りながら答えた。
「ここで亡くなった王の名じゃよ。代々、彼の方が亡くなった神殿に仕えていた神官長の血族が、その名を記憶し、穏やかな眠りにつかれる日を待っておるのだ」
それを聞いて、クロノスは老人の正体を察した。
「ではもしや、あなたがその……」
「ああ……」
老人はその神官長の末裔だったのだ。
**********
舞台裏のお話。
魔族A 「あれはっ……クロノス様だ」
魔族B 「なにっ、本当だ……本物……」
魔族A 「陛下がもう少しこちらにいらっしゃれば……」
魔族B 「いや。もうすぐに戻られるだろう。会えるさ」
魔族A 「そうだな。陛下と並んだ所を見たいものだ」
魔族B 「ああ。陛下同様、ティア様を大切に思っておられる。お似合いだな」
魔族A 「確かに。必須条件だものな」
魔族B 「だが、人族か……あまり長くは生きられない……」
魔族A 「……いいや、あの方の騎士だ。もしかしたら……」
魔族B 「っ!? あるかもしれんっ」
魔族A 「だよなっ」
つづく?
なんて事が起こってましたとさ☆
読んでくださりありがとうございます◎
期待しているみたいです……。
アスハが眠る場所です。
次回、金曜2日の0時です。
よろしくお願いします◎
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その地では、数百年も昔に自害した青年の魂が彷徨っている。そんな噂があった。
町の喧騒が止むと、微かな笛の音が聞こえてくる。それは本当に儚く小さな音で、もうこの国の人々は、意識にも留めない。
それでも、時折迷い込んだ旅人が、その廃墟となった場所で耳にするのだという。
クロノスは、ウィストへと到着してすぐに、未だクィーグの者達や魔族の諜報員達でさえ、城への潜入路の確保ができていないことを知った。
ウィストの王宮には、何者かの張った強力な結界がつい最近まで張られていたという。
これによって、王宮に全く近付けなかったらしい。精霊達も近付けなかったというから、間違いなく『神具』が関係していることは特定出来ていた。慎重を要するものだ。
そんな強力な結界が消えたならなおのこと。その理由を探る事を先ず優先しなくてはならない。
中に潜入出来たとしても、結界を再び張られてしまえば、中に閉じ込められてしまう上に、おおよそ魔族でさえ対応できない『神具』が存在しているのだ。退路も確保できなくては、意味がない。
潜入するのはもちろん、彼らには、中の様子を知る必要もあるのだ。敵である『青の血脈』の全容さえ、未だ明らかになっていないのだから。
そんな状況で、ティアやカルツォーネに突入させるわけにはいかない。
しかし、ティアやカルツォーネが本気で王宮を攻めようと思えば、きっと出来るだろう事は彼らも分かっている。少々どころではなく強引に、突入してしまえるだろう。
フリーデルの王城が襲撃を受けたと聞いたクィーグと魔族の諜報部隊は、潜入路を探していた者達の半数を情報収集に回した。既にその任務を受けていた者達に加わった形だ。
間違いなく王城への襲撃で『青の血脈』はティアの怒りに触れる。頭目とされる神子はウィストの王宮にいる事が確認できているのだ。敵の主戦力がこのウィストに集まっている事も確信している。
ならば、ティアが求めるのは情報と証拠だ。ここで最優先事項がひっくり返った。すなわち、潜入路よりも敵の尻尾を掴む事。
だから、情報収集に大半が動いていた。そんな中、ならばと駆け付けたクロノスは潜入路を探す事にしたのだ。
ティアが正面から王宮を襲撃するにしても、裏から潜入して、補佐や証拠となるものを押さえる必要は出てくる。何より、王宮から敵を逃すわけにはいかない。徹底的に、敵の退路は洗い出す必要があった。
真っ先にクロノスの頭に浮かんだのは、城には必須の王族用の脱出路。王宮からは離れた場所に出口は設定されているはずだ。
「……確か……このくらいの距離は必須だとあの本に……」
クロノスは、ティアの為ならばどんな能力でも手に入れる事ができると思っている。それは気持ちだけの問題ではなく、実際『騎士の手』という特殊能力を身につけてしまったクロノスにとって不可能ではなかった。
先日、こんな事もあるかもしれないと思い、潜入経路について知る弟達に教本を借りていた。
それは『抜け技の全て』というもので、手枷の外し方から、縄で縛られた時の抜け方。そして、建物の構造上から考えた脱出路の予想の仕方や人が考える脱出経路の選択の仕方などが記載された本だ。
これは、ティアが弟であるユメルとカヤルにプレゼントしたもので、二人はこれによって高い調査能力と対処能力を手に入れた。教本として間違いがない事は実証されていたのだ。
「同心円上にあるのは……」
王宮から適度に離れたその場所に、神殿や怪しい建物や遺跡がないかと見て回る。すると、予想される距離のすぐ外に廃墟となって誰も近付かなくなった場所があるのに気付いた。
クロノスがその一帯の気配を探ろうと、そこへ目を向けていれば、少し離れた場所に座り込んでいた老人が話かけてきた。
「あんさん、旅人かい?」
「はい。ウィストは初めてで……ここは王都ですよね? この場所は一体?」
そう怪しまれないように尋ねれば、老人は丁寧に説明してくれた。
「ここは大昔の王族の墓さね」
「王族の? ここが……?」
ただの廃墟にしか見えない。墓らしき場所には到底思えなかった。老人はくつくつと笑って続けた。
「くくっ、見えんだろうなぁ。もちろん、王族の墓はちゃんと別に豪勢な場所が用意されとる。ここはたった一人の……この国がウィストと呼ばれるようになるずっと前にあった国の王が、苦悩の末に自害した場所なのじゃよ」
「王が……自害?」
反乱や謀反による死ではない事に疑問を持った。王が自害など、あり得ないと思ったのだ。
「まぁのぉ。こんな状態を見れば、自害と言われていても、真実は違うと思える。だが……真に自害じゃ……その王は、神殿で火をつけ、たった一人で亡くなったという。側近達を寄せ付けず、助けようとする者達を不思議な王家の力で退けての……」
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「おお……泣いておられる……」
「泣く? でも、この音は……笛……」
「アスハ様が嘆いておられる……この国の終わりを予見しておられる……」
「……」
老人は静かに手を組み、祈りを捧げる。
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クロノスの呟きに、老人は祈りながら答えた。
「ここで亡くなった王の名じゃよ。代々、彼の方が亡くなった神殿に仕えていた神官長の血族が、その名を記憶し、穏やかな眠りにつかれる日を待っておるのだ」
それを聞いて、クロノスは老人の正体を察した。
「ではもしや、あなたがその……」
「ああ……」
老人はその神官長の末裔だったのだ。
**********
舞台裏のお話。
魔族A 「あれはっ……クロノス様だ」
魔族B 「なにっ、本当だ……本物……」
魔族A 「陛下がもう少しこちらにいらっしゃれば……」
魔族B 「いや。もうすぐに戻られるだろう。会えるさ」
魔族A 「そうだな。陛下と並んだ所を見たいものだ」
魔族B 「ああ。陛下同様、ティア様を大切に思っておられる。お似合いだな」
魔族A 「確かに。必須条件だものな」
魔族B 「だが、人族か……あまり長くは生きられない……」
魔族A 「……いいや、あの方の騎士だ。もしかしたら……」
魔族B 「っ!? あるかもしれんっ」
魔族A 「だよなっ」
つづく?
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