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5巻
5-2
しおりを挟む「さぁて、部屋に案内しよう……と思ったんだが、一応先生に挨拶しておいた方が良いんだ」
「先生? 寮の?」
「ああ。ここで待ち合わせて……あ、いらしたな」
「うん?」
エルヴァストの視線を追った先には、柔らかい笑みを浮かべた男性がいた。男にしては細身で、金茶色の長い髪を一つに結んでいる。
「綺麗な男の人だね。あれが先……っ?」
言葉が途中で切れてしまったのは、その人から感じられる魔力のせいだ。その歩き方にも、どこか既視感を覚える。
「やぁ。君がヒュースリーの妹さんかな」
「はい……ティアラール・ヒュースリーと申します……」
「私はカグヤ。魔術学を担当している。それと、ここ第三学生寮の担当でもあるんだ。よろしくね」
「……カグヤ……先生?」
「さぁ、中へ入って。部屋を確認しておいで」
これで挨拶は済んだと、ベリアローズとエルヴァストがティアを促す。二人とも早く部屋を見せたいようだ。
ティアはチラリと後ろを振り返り、兄達に聞こえないように小さく呟いた。
「サク姐さん……」
すると、そこに風が吹く。ティアの声を、風の精霊がカグヤへ届けたのだ。
カグヤが目を見開いたので、ティアはやはりと確信する。そしてイタズラが成功した時のような笑みを浮かべ、寮の中へと足を踏み入れた。
ティアに用意された部屋は、一人部屋だそうだ。
「多くの生徒は、従者やメイドを連れてきているからな。複数人用の部屋が人気で、一人部屋が余っているんだ」
廊下を歩いていて目につくのは、それぞれの部屋を忙しなく掃除したり、荷物を整理したりするメイド達。ティアのように自分で部屋を確認しに来る新入生は、ほとんどいないようだ。
「ティアには、ちょうど良いだろう。それと、ここの寮長はエルだ」
「本当っ? なら脱け出し放題じゃん!」
「いや、ダメだからな? それに、ベルが副寮長なんだから、何かあれば私と連帯責任だぞ?」
エルヴァストに釘を刺され、ベリアローズはティアに言う。
「……脱け出すなら、分からないようにやってくれ」
「ラジャ」
ティアを止める事はできないと充分理解しているので、ベリアローズは黙認する構えだ。エルヴァストも、そうなるよなと苦笑するしかない。
「ほら、ここがティアの部屋だ。この真上が私とベルの部屋だから、何かあれば相談に来るといい」
「うん。脱け出す時とかね」
「いや、まぁ……そうだな……」
ティアならば上手くやるだろうと信じる事に決めた二人だった。
「さぁてと、フラム~」
そう言って、ティアは元気にドアを開ける。すると待ってましたとばかりにフラムが飛びついてきた。
《キュゥゥゥっ》
「わっ、ダメダメ。お兄様達、ドア閉めて」
ティアに続いてベリアローズとエルヴァストも部屋に入り、慌ててドアを閉めた。
「危なかったな」
「見られてないよな?」
《キュゥ、キュゥ……》
「よしよし。ごめんね、遅くなって」
《マティの寝るところ、どこ?》
フラムを撫でるティアの足下で、呑気なマティが部屋を見回していた。それに答えたのは、エルヴァストだ。
「マティの寝床は、あれだ。フワフワだぞ」
《わぁい》
「あ、こらマティ。あんまり騒いじゃ……そうだ、遮音の結界を張っちゃえば良いね」
そう言ってティアは、あっさり結界を張ってしまった。
「相変わらず、すごいな……」
「ティア。あまり大っぴらに魔術を使うなよ? 僕らも最初は加減が分からなくて、大変だったんだからな?」
「あ~……ドンマイ」
「「違うだろ!」」
ティアの魔術の腕は、国の魔術師長さえ軽く卒倒させる。そして、剣技や戦闘センスも最高峰と言えた。更にすごいのは、高い知識力。その全てを、ベリアローズとエルヴァストは甘く見ていた。
それらが本当に洒落にならないレベルなのだと理解したのは、ベリアローズが学園の編入試験を受けた時だ。学力テスト・実技テスト共に歴代最高得点を獲得した。学園始まって以来の天才だと言われたほどだ。
一番驚いたのは、ベリアローズ自身だった。ティアにスパルタ教育を施されたとはいえ、ここまでの結果を出してしまえるとは思っていなかったのだ。実力を大きく伸ばしたのはエルヴァストも同じで、新学期の実力テストで驚く事になった。
「まぁ、おかげでベルが私の友人として周囲に認められたがな」
「ああ、おかげでクラスメイトとの距離感もちょうど良いんだがな……」
ちやほやされる事も、仲間外れにされる事もなかったのは幸いだと言える。しかし、教師達は大いに戸惑ったという。もはや自分達に教えられる事などあるのかと。
「いいか? 周りのレベルを見極めるなんて、ティアには簡単だろう? とにかく大人しく、目立たず、十歳らしく頼むぞ?」
「だな。ベルの時も大変だったからな。これ以上、教師陣を追い詰めないでやってくれ」
「むぅ~……分かってるもん。ちゃんと『噂のヒュースリー伯爵令嬢』を演じてみせるよ? イメージをしっかり使い分けておいた方が、外で活動しやすいしね」
「待て。何する気だ?」
全く分かっていない様子のティアに、ベリアローズは焦る。これまでのティアを知っていれば、大人しい伯爵令嬢も演じられると分かるのだが、その言葉を聞いて不安になった。
伯爵令嬢ティアラール・ヒュースリーは、七歳の頃から聖女と呼ばれている。そのイメージを壊さぬよう、ティアは冒険者の時とイメージに差をつけている。それはいざという時、伯爵令嬢という肩書きを有効に使うためだった。
「何って、休みの日には冒険者ティアとして、クエスト受けるに決まってるじゃん。そうじゃないと体がなまっちゃうし、何より私が耐えられない!」
「……そういえば、毎日何かしらやっていたものな……。分かった。ストレスは溜めるな」
「そうだな。ティアがストレスを溜めたりしたらどうなるか……。だが、この学園街には貴重なものが多いんだ。活動する時には充分、気を付けてくれ」
「はぁい。とりあえず、これからひと月くらいは街の外で活動するつもり。近くの盗賊さん達と遊ぶ予定だから、大丈夫だよ」
「「……ほどほどにな……」」
今から先が思いやられる兄達だった。
昼前。ベリアローズとエルヴァストは、入学式の準備があると言って部屋を出ていった。ちなみに入学式には、父フィスタークと母シアンも来る事になっている。
ティアは少ない荷物の整理を終え、フラムとマティに食事をさせると、静かに部屋で待機する。そして、その人がやってきた。
「どうぞ」
ノックの音に、ティアは返事をする。ゆっくりと開いたドアからスルリと入り込んできたのは、先ほどぶりのカグヤだった。
「こんにちは。カグヤ先生……ううん、サク姐さん」
今は男性の姿をしているが、ティアが知るサクヤは、お茶目で魅惑的なお姉さんだった。声音や仕草が自然すぎて、つい騙されてしまうが、本来の性別は男。もちろんティアや周りの友人達は、男だろうと女だろうと気にしない。だが、サクヤに誘惑される男性を見て気の毒に思ったのは、一度や二度ではなかった。
サクヤは獣人族なのだ。キツネの耳と、モコモコフサフサした九本の尻尾がある。姿を変える変化の魔術が得意で、人の国にいる時は耳と尻尾を隠していた。
獣人族の中でも、九尾と呼ばれる彼らの血筋は長生きだそうだ。かつて、ティアの周りにいた誰よりも年上だったサクヤ。まだ健在だろうとは思っていたが、こんなところで再会するとは思わなかった。
「っ……サティアちゃん……なのよね? 髪や瞳は赤くないし、顔も少し違うけど……」
「うん。久しぶり。サク姐さん、元気だった?」
「……ぅ……えぇ……っ」
サクヤはしゃがみ込み、そのまま泣き崩れた。
どう見ても男の人だけれど、その魔力や気配から間違いないと思ったのだ。恐らく、サクヤもそれらをティアから感じて、サティアだと確信したのだろう。
「サク姐さん……怒ってな――」
「怒ってるわよっ! 何よっ……突然いなくなって、ひょっこり戻ってくるなんてっ……そういう勝手なところ、マティにそっくり……」
乱暴に涙を拭って睨みつけるサクヤに、ティアは苦笑する。サクヤがマティと呼ぶのは、マティアス・ディストレア――サティアの母だ。
サクヤとカルツォーネ、シェリスとマティアスは冒険者としてパーティを組んでいた。マティアスの結婚を機に解散したが、絆は消えなかった。
「ごめんなさい。でも、サク姐さんも同じだと思うよ? すぐフラフラっといなくなっちゃうじゃん」
「う……確かに。……はっ、そんな事を言うなんて、さてはあの陰険エルフに禁術とかで甦らされたのねっ?」
「いや……ありそうだけど、違うよ?」
ティアも強く否定はできない。世界樹がティアの転生を預言しなければ、シェリスは間違いなく研究していただろう。
「でも、本当にサティアちゃん? 見た目は別人なのに記憶があるって事よね? ……はっ、陰険エルフが記憶をっ!」
「いや、だから違うって。転生したの。なんか、胡散臭い天使に会ってね……その……昔の私って妙な呼び名があるでしょ?」
「あ、『断罪の女神』……え、女神になったの?」
「……」
女神と聞いてイラっとするのは、もう癖みたいなものだ。
「そっか……女神様ねぇ……よかった……」
「うん? 女神なんてやんないよ? 私は私らしく生きるって決めたんだから」
「そう……。でも、また会えてよかったわ。女神様じゃなくたって、サティアちゃんはサティアちゃんだもの。今度こそ幸せになって。あんな陰険エルフになんか捕まっちゃダメよ? 女の子は、いつだって運命の人を探す生き物なんだから」
そう言ったサクヤには、昔のようなお茶目な笑顔が戻っていた。
「それで? サク姐さんは、運命の人とやらに出会えたの? 男の姿になってるけど……それって、本来の姿?」
ティアは改めてサクヤの姿を見る。細く柔らかそうな明るい茶色の髪。金に近い薄茶色の瞳が覗く、切れ長の目。優しい笑みを浮かべる口元。小さな顔と長い手足。ほどよく筋肉がついて均整の取れた体つき。その姿に違和感はない。
「うん。そうなんだ……格好悪いでしょ?」
「え、そう? むしろ女子生徒にモテるんじゃない?」
「あれ? そういえば……」
思い出すように、目を上の方へ向けるサクヤ。
「サク姐さん……もしかして無意識だったの?」
「っ仕方ないじゃなぁい。里の中ではひょろいダメ男だったんだもんっ。里を出てからは、ずっと女で通してたしぃ」
「……言葉遣いは、意識しないと戻っちゃうんだね……」
そう指摘すれば、サクヤは気まずそうに目をそらす。
「うっ……だ、大丈夫よ? 先生やってる時に、この言葉遣いになった事はないもの」
「本当かなぁ……」
「み、見てなさいっ! 今期の小学部の魔術学は私が担当だからね。目と耳をよぉく開いて待ってなさい!」
「期待してまぁす」
「ふふふ、任せなさい」
おかしな方向へともつれ込みながらも、サクヤとの再会は無事叶い、今夜また話そうという事になった。
いよいよ入学式が始まった。暖かな陽射しが降り注ぐ中、屋外に用意された壇の上には、今期の小学部の担当教師達と、今期から加わった新任教師達が並んでいる。
新入生達は壇の方を向いて並び、その後ろに父兄がいた。父兄の左右には中学部と高学部の生徒達が並んでおり、それを囲むように中学部、高学部の教師達が立っている。
フェルマー学園は小・中・高それぞれが三つの学年に分かれていて、合計五百名ほどの生徒を抱えている。更に教師達と、警備、事務、管理を担当する大人達が百人近く働いていた。
学園の広さも相当なものだ。巨大な学園街の五分の一がフェルマー学園の敷地であり、その広さは一般的な街の半分ほどもある。
二階建ての校舎は横に長く、L字に折れ曲がっている。敷地内には五つの寮の他、図書館や大きな闘技場、全生徒が入れる広さのダンスホール、授業で使う備品の管理棟など、多くの施設が点在していた。
そして今、壇上の中央では、ティアのよく知る人物が祝辞と挨拶を述べている。
「今期より高学部の魔術学を担当する事になりました、ウルスヴァン・カナートと申します。新入生の皆さんとは直接的な関わりは少ないでしょうが、新たにこの学園に加わった者同士、共に歩んでいきましょう」
優しく微笑むウルスヴァンに、新入生達も笑みを浮かべる。彼の表情は清々しく、やる気に満ちていた。高学部の生徒達は、元魔術師長として有名なウルスヴァンから教えを受けられると知り、色めき立っているようだ。
新任教師の列に戻ったウルスヴァンは、穏やかな表情のままだった。しかし、進行役の教師が口にした言葉で、若干頬を強張らせる。
「次に、新入生代表、ティアラール・ヒュースリー」
「はい」
形式上のものでしかないが、入学の際には学力テストがある。最高得点を取った者が新入生代表となり、今年の代表はティアだった。
ティアはウルスヴァンに意味ありげな視線を送ったが、一瞬だったので誰も気付かなかった。ティアがその力を遺憾なく発揮した現場に居合わせたウルスヴァンは、ティアを少しばかり恐れているようなのだ。その怯えた顔を見て、あまり追い詰めないでおこうとティアは思った。
「聞きました? 彼女、満点だったそうです」
「ええ。学園での目標を書いた作文など、まるで論文のようだったと評判です」
「あのヒュースリーの妹ですからね。頼もしい限りです」
そんな教師陣の囁き声を、風の精霊達がティアの耳に届ける。ティアが褒められていると思ったからだろう。
(うんうん。分かったよ~)
壇上に上ったティアに、みんなの視線が集中している。それが嬉しいらしく、精霊達はご機嫌だ。
ティアは、直前まで挨拶文を考えていた。ベリアローズから『十歳の子どもらしく』と釘を刺されたので、どうしてやろうかと考えていたのだ。
だが、先ほどのウルスヴァンの様子と教師達の期待する声で方針が決まった。この際だと思い、『聖女』と言われたとっておきの笑顔で挨拶を始める。
「この佳き日に、伝統あるフェルマー学園へ入学できた事を誇りに思います。お父様、お母様、そして多くの方々に見守られ、今日という日を迎えられた事に感謝すると共に、節度ある生活を心がけ、この学園の名に恥じぬ生徒となる事を誓います。私達は、この学園で多くの事を学び、国の礎となるべく、高い志を持って己を磨いていく所存です。先生方、諸先輩方。ご指導のほど、よろしくお願いいたします。新入生代表、ティアラール・ヒュースリー」
十歳の子どもとは思えない言葉の数々に、会場は静まり返る。その表情や口調から、誰かに用意されたものではなく、ティア自身の言葉だと察せられたからだ。
そんな驚きに満ちた空気を変えるべく、会場に暖かな風が吹き抜ける。どこからやってきたのか、色とりどりの花びらが落ちてきた。それらがティアの周りで舞い踊り、美しい礼をしたティアの姿を際立たせる。これも全て、精霊達の仕業だった。
(まぁ、クソ天使の仕業じゃなければいいか。……あ、蝶々)
精霊達ならば許すと、ティアは笑みを深める。聖女と呼ばれる原因となった、七歳の『祝福の儀』。その時の出来事を思い出し、内心苦笑していた。
最初に拍手をしたのは、見かねたベリアローズとエルヴァストだった。それに、今にもクスクスと笑い出しそうになっているサクヤが続き、やがて会場が大きな拍手で満たされる。
(これで、印象はバッチリ決まったかな)
『噂のヒュースリー伯爵令嬢』が始動した瞬間だった。
式が無事に終わり、新入生はそれぞれの教室へと案内される。父兄達は、他の部屋で今後の説明を受ける事になっていた。
ティアが教室へ向かう列に並んでいると、教師の一人が声をかけてきた。
「ヒュースリーさん」
「はい」
もちろん、今も『伯爵令嬢バージョン』だ。優雅に、しなやかに動くのがコツである。ティアは他の生徒達から離れ、教師のもとへと向かう。
「教室での説明会が終わったら、各学年の代表生徒が集まる会議がありますので、第三会議室に来てもらいたいのですが……」
「承知いたしました。本館の……二階で合っていますか?」
「そうです。お願いしますね」
ティアは学園の見取り図を思い出していた。まさか、侵入経路を確認するためにそれを入手しているとは、誰も気付かないだろう。その教師も、きっとベリアローズから聞いていたのだろうと思い、特に不審には感じなかったようだ。
離れていく教師と入れ替わりに近づいてきたのは、ウルスヴァンだった。周りにいた生徒達はそれぞれの教室へ向かい、すっかり人気がなくなっている。
「ごきげんよう。ウルスヴァン様。魔術師長、辞められたとか?」
ウルスヴァンは何やら三年前から、『平穏な隠居生活』を夢見るようになったらしい。原因はティアだ。ティアに喧嘩を売ったおバカな騎士達や国との間で板挟みになり、それが耐えきれないほどのストレスだったようだ。
「……はい。お久しぶりですね……ようやく後任が決まり、辞められたと思ったのですが……」
「言いたい事はハッキリと」
「っ、なぜあなたがいるんですっ?」
少々声が裏返っていた。態度を取り繕う余裕もないほど怯えているようだ。こうなるとティアはからかいたくなってしまう。
「本当にハッキリ言いましたね……十歳になったんですから、当然でしょう。そんな事言って、実は私に会いたかったとか?」
「それはないです!」
間髪を容れず否定するウルスヴァン。ティアは悲しげに目を伏せながら胸を押さえる。そんな二人の会話が他人に聞かれないよう、風の精霊王である風王が音を遮断していた。
「そんな……傷付きました……この心を癒やすためには、ここから魔術で王城を吹っ飛ば……」
「ッやめてくださいっ!!」
ティアの実力と、過去の行いを知っているウルスヴァンには、冗談に聞こえないらしい。こんなところもストレスの原因の一つだったので、ウルスヴァンは泣きそうだ。
そこへ、ベリアローズとエルヴァストがやってきた。
「ティア。ウルをからかうのはやめてやってくれ。若く見えても歳だからな」
二人はティアとウルスヴァンの組み合わせを見ただけで、状況を正しく理解したようだ。
「エル、歳の問題じゃないだろう。ティア、教室に行かなくていいのか?」
「もう行く。じゃあね、ウルさんっ」
ティアは無邪気な笑顔を三人だけに見せ、教室へと向かった。
「私の平穏な生活が……」
「ウル。あれだ。意識を変えろという神の啓示だ。第二の人生、ティアと楽しむ事を覚えた方がいい」
「色々と捨てれば楽になりますよ……」
「うぅ……」
エルヴァストとベリアローズは頷き合うと、肩を落とすウルスヴァンの両側に立つ。そして、彼の背中を支えるように手を回し、そのまま職員室へと向かうのだった。
教室へ向かったティアは、その手前で立ち尽くす一人の女子生徒を見つけた。賑やかに談笑する生徒達の中に入れずにいるらしい。
「どうなさったの? もうすぐ先生がいらっしゃるわよ?」
ティアは例のごとく、言葉遣いに気を付けて尋ねる。すると、その女子生徒が驚いて振り向いた。
前髪を鼻の辺りまで伸ばしているため、暗い印象を受ける。だが、それよりもティアは、この女子生徒から不思議な魔力の波動を感じていた。
(もしかして……混じってる?)
人にはない強い波動。異種族と交流があるティアだからこそ気付いた違和感だった。だが、それをそのまま口にするのは憚られるので、その事には触れない。
「一緒に入りませんか?」
そう笑みを浮かべて言えば、目の前の女子生徒は唇を引き結んだ。そして、意を決したように口を開く。
「うるさい。お前もバカにするんだろう、偽善者めっ。そんな顔しても騙されないからな!」
「へ?」
その時、遠くから教師がやってくる気配を感じた。それに女子生徒も気付いたのだろう。再び唇を固く引き結び、何も言わずに教室へと入っていく。すると、こんな会話が聞こえてきた。
「なぁ、あいつだろう? 混ざり者って」
「そうそう。なんか目の横の辺りに、気持ち悪いウロコがあるんだって」
「やだぁ。化け物じゃん」
「そんなのが同じクラスなの? お父様に言ったら変えてもらえるかな?」
「私も言おう。やだよ、そんなのが近くにいるなんて」
それを聞いたティアは、思わずドアを乱暴に開けた。
「わっ」
「あ、ヒュースリーさんっ」
「うそ、同じクラス!?」
色めき立つクラスメイトとは目を合わせず、ツカツカと一番後ろの席へ向かう。そこで俯いて縮こまっているのは、先ほどの女子生徒だった。
ティアが目の前に立っても顔を上げない彼女に、クラスメイト達は眉をひそめる。ティアはそれに構わず、いきなり彼女の髪をかき上げた。
「なっ、何するんだっ!!」
飛び上がるように立ち上がった彼女は、ティアの手を撥ねのけようとして、当たらなかった事に驚く。
一瞬見えてしまったウロコのようなものに、息を呑むクラスメイト達。そんな彼らにティアは目を向けた。
彼らは貴族の子どもなので、異種族に否定的なところがある。人以外の種族に免疫がない事もあり、そこかしこで『いやだ』『気持ち悪い』などと口にしていた。中には悲鳴を上げそうになっている者もいる。
「意見がある人はお立ちなさい。後でこそこそと陰口を叩くのではなく、今ここでおっしゃい。そこのあなた方。先ほど、お父上に何を言うとおっしゃいましたか?」
「え? あ……だ、だって……」
結局、大きな声では言えないのだ。目をそらすクラスメイト達を見て、ティアは密かに嘆息する。そして、陰口の対象となっていた女子生徒の方を振り返った。
「わたくしの名はティアラール・ヒュースリー。あなたのお名前は? なんとおっしゃるの?」
「へ? あ……アデル。アデル・マランド……」
「マランド……そう。この学園を創設したフェルマー・マランドの血筋ね。それで確信できたわ。自信を持ちなさい、アデル。あなたには、誇り高き竜人族の血が流れているのですよ。卑屈になどなってはいけません。ここにいる誰よりも様々な可能性を秘めているのですから。その肌も、髪で隠す必要などありません。それは、強さの証です」
「証……」
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その時、ちょうど教師が入ってきた。
「お、なんだ? どうかしたのかな、ヒュースリー?」
そんな教師の言葉に、ティアはニコリと微笑む。
「大した事ではありません」
ティアが席につくと、教室内は不思議な緊張感で満たされた。それは説明会が終わるまで消える事がなかった。
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