女神なんてお断りですっ。

紫南

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372 一芝居の前に?

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2016. 3. 21
********************************************

それは、ティア達がダンジョンへと向かう前。まだ大人しく学園で授業を受けていた頃だ。

ヒュースリー伯爵領、首領都サルバ。

ティア達が帰っていれば、必ず出掛ける街から数分の距離にある草原で、伯爵夫妻がのんびりと遅い昼食を兼ねたピクニックをしていた。

一言で言ってしまえば、いわゆる『デート』だ。

「良い風ねぇ」
「そうだね。あ、このパン……懐かしい」
「うふふっ、覚えていてくれたの?」
「勿論だよ。君が初めて焼いてくれたパンだ」

うふふ、あははといつも通りのイチャつき加減。それを護衛としてついてきたクロノスとユメル、カヤル、それとクレアが離れた場所から見つめていた。

「楽しそうだね。あ、兄さんこれもどうぞ」
「ラブラブだね。兄さん、こっちも食べて」
「ありがとう」

この場所は、見晴らしが良く、危険はない。もしも森から魔獣が向かって来たとしても、この護衛のメンバーならば片手間で処理できる。

さらに言えば、夫妻のいる場所は、離れているといっても、クロノスには間合いの範囲内。

何があっても対処可能だった。

その為、のんびりとこうして離れた場所で食事を楽しむ事ができていたのだ。

夫妻の様子を目の端で捉えながら、クレアは呆れたように目の前で繰り広げられている兄弟の食事の風景を見ていた。

「……あんた達も仲が良いよね……」
「そうですか?」
「「普通ですよ?」」
「いやいや……」

男兄弟としては中々ないものだろうと、クレアは苦笑した。

食事が始まってすぐ、兄であるクロノスへ世話を焼きだした双子。

手を綺麗にしてくれとユメルが最初に濡れた布を差し出し、それを受け取るのを見たカヤルが持ってきたお手製のお弁当を広げて差し出した。

この双子。最近は料理もできるようになり、パンは勿論、特製の飲み物からデザートまで、メイド達が嫉妬する程の完成度を誇っている。

今、クレアの目の前では、クロノスへ串に刺さった焼き肉と野菜を差し出す双子の姿があった。栄養管理もバッチリなようだ。

「普通の兄弟は、食べさせ合ったりしないよ……」
「……そうなの?」
「……やるよね?」

兄相手に『あ~ん』をやるのは、二人にとって特権のような認識らしい。

やられているクロノス自身、変だとは思っていないのだ。むしろ、クロノスは弟妹達を大切に思っている。唯一の血縁であり、共に厳しい世界で生き抜いてきた仲間。少々仲が良すぎるように見えるのは仕方がない。

クレアの意見を聞き、クロノスや双子はその言葉の意味を正しく理解できなかった。

「確かに、あまり機会はありませんね」
「うん。兄さんと食事するの久し振りっ」
「ラキアに自慢できるよねっ」
「そうかい……」

ここへ来て、クレアも指摘することがバカバカしく思えた。

所詮、バカップルとブラコン、シスコンには何を言っても無駄なのだ。説明するだけ損だろう。

周りに迷惑が掛からない違う世界で生きてくれればいいと思うことにする。

食事も終わり、次はゆったりと周辺の散策をしながらそろそろ街へ帰ろうと動き出した二人。

賑やかな街ではなく、静かな草原という所が重要だった。ここまで乗り付けていた馬車をユメルとカヤルで操り、充分に距離を取ってついていく。

その夫妻までの間には、周りを警戒しつつ油断なくついていくクロノスとクレア。

街道へ向けて歩く夫妻を見守りながら、クレアが遠方へと目を向け、唐突に呟いた。

「もうそろそろかねぇ」
「何かありましたか?クレアさん」
「うん。まぁ、ちょいと細工をね」

クレアは、ティアから頼まれたシアン対策を遂行しようとしていた。

「もうすぐ盗賊を装ったのが二十人ほど出てくるから、ギリギリまで私に任せとくれ」
「はぁ。それは、例の計画ですか?」
「そうさ」

クレアは昨日。知り合いの冒険者達に一芝居打ってもらうように頼んだ。

夫妻が今日、こうして外出すると決定していた為、街の外で怪しまれない盗賊の格好をして軽く襲撃してもらうのだ。

シアンの事だから、そのような事態になればフィスタークを守ろうとするだろう。

そこで、戦いにも慣れている冒険者達に、少しばかりシアンの攻撃をあしらってもらう。対処法もレクチャー済みだ。

まずはシアンに、いかに自分の力が無力かを理解してもらう。勿論、ティア仕込みの体術だ。そう無力ではないだろうが、数と状況によっては無謀なのだと理解してもらうのだ。

そして、それを横目で確認しながら、クレアとクロノスで怪しまれないよう撃退する。

恐らくこれだけで上手くいけばフィスタークがシアンへ注意するだろう。

腐っても愛し合う夫婦であり、危険な事を見極める力はあるフィスタークだ。何より、フィスタークはまともに弁論をさせれば、王相手でも怯まず意見し、納得させる事ができる。

愛する夫から真摯に注意を受ければ、シアンも自身の行動を考えるようになるだろうというわけだ。

「そんじゃぁ、フィスタークに、男を見せてもらおうかね」

そうニヤリと笑うクレア。先ほどから近くの森の中に潜む冒険者達の気配に気付いていた。

クロノスはその気配を不審に思っていたので、理由が分かったとほっとしている。

しかし、クロノスにはもう一つ引っかかるものがあった。

「あの、クレアさん。どうも、本物が出て来ているようなのですが」
「んん?なんだって?」

クロノスの指摘を、クレアは咄嗟に理解出来ずにいた。

このあとの計画について、頭でシミレーション中だったのだ。すぐに意識が切り替わらないのは仕方がない。

おかげで、クレアよりも先にシアンが気付いてしまった。

「ねぇ、フィスターク。あの馬車、襲われているわっ。助けなくっちゃ」
「え? 馬車? あ、あれかい?」
「あの紋章は見たことがあるわっ」
「あっ、し、シアン!」

目を凝らさなくては見えないその距離。しかし、シアンははっきりと見えたようだ。

そして、ここで問題なのは、シアンの足の速さだった。

「ちょっ、ちょいとシアンちゃんっ⁉︎」
「いけません。奥様がトップスピードにっ、行きます!」

クロノスが駆け出したが、もはや追い付けない距離だった。射程の広いクロノスでさえ、一足飛びに敵へと距離を詰める事はできても、長い距離はそうそう詰めきれない。

その上、クロノスのトップスピードに張る勢いがシアンにはあったのだ。

「な、なんだい、あの速さ⁉︎」

冒険者であるクレアが目を剥く速さだ。尋常ではない。

驚いて咄嗟に動けずにいたフィスタークも、既に小さくなろうとしているシアンの背中を見て慌てて走り出した。

「シアン!」
「あぁっ、フィスタークも行くんじゃないよ!」

もうわけが分からないと頭を抱えながら、クレアも走り出す。

「え⁉︎ あ、僕達も……あ~、馬車が邪魔だよね」
「仕方ないよ。でも急ごうっ。お馬さん達、頑張って」

ユメルとカヤルも足は速い方なのだが、今は馬車を引いている。

速度は期待できないが、追わずにはいられないと、慌てるのだった。

************************************************
舞台裏のお話。

シェリス「それで、あなたはまた……」

カル「うんうん。その顔は、喜んでいるんだよね」

シェリス「そんなわけないでしょう。呆れているんです」

カル「そうなのかい? それにしては、先ほどからお菓子なども用意してくれているけどね」

シェリス「っ……私の休憩時間ですから」

カル「そういう事にしておこう」

シェリス「……」

カル「この後暇かい?」

シェリス「暇などありません」

カル「ん? だが、執務は終わっているようじゃないか。何処か出掛ける予定なのかな?」

シェリス「……森に……」

カル「いいねぇ。付き合おう」

シェリス「いえ、一人で行きます。あなたは帰りなさい。どうせまた、執務を抜けて来たのでしょう」

カル「問題ないよ。むしろ、そろそろ出掛けないのかと心配されてね」

シェリス「何を心配されているんですか……」

カル「そうだねぇ。引きこもりかな。それに、あれらも私がここに居ると分かっている分、気楽なんだろう」

シェリス「外出は許すが、滞在する場所は決まった場所にしろと……子どもですか」

カル「うんうん。いつでも子どもの心を忘れないようにと心掛けているからね」

シェリス「そこは大人しく大人になっておきなさい」

カル「それだと、ティアと遊べないだろう?」

シェリス「くっ……」

カル「君も童心に返り、遊びにいこうじゃないか」

シェリス「ちょっ、あなたと行くとは言っていませんよっ。それに、遊びに行くのではありません!」

カル「何を言っているんだい。子どもとは、野山を友と駆け回るものだろうっ」

シェリス「いえ、今時それはっ……」

カル「さぁ、出発だっ」

シェリス「人の話はきちんと聞きなさいっ」


つづく?
なんて事が起こってましたとさ☆
読んでくださりありがとうございます◎


やはりカル姐さんは最強です。


シアンママんの実力を侮っていました。
計画していたクレアママは、頭が追い付かないようです。
護衛としては失態ですね。
せめて怪我をされないように頑張ってもらいましょう。
勿論、フィスパパにも期待してます。


では次回、また明日です。
よろしくお願いします◎
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