208 / 457
連載
349 また来ます
しおりを挟む腕の中でぐったりと力の抜けた身体を支える。
聞こえてくる呼吸は大分安定しているけど、表情が見えないからなんとも言えない。
パニックを起こすよりは意識を失っていた方が楽だろう。だけど次に目を覚ました時にまだこの状態だったら、また同じことになるかもしれない。
こいつが目を覚ます前にどうにかここを出たいところだけど、と考えたところで扉の向こうに人の気配がした。足音と話し声が近付いてくる。
誰かがこの状況に気づいて探しに来たのかもしれない。
重い扉が開いて眩しい光が入り込む。
「瀬尾!大丈夫!?…ってあれ?」
「清春いるか!?って相楽?」
揃いも揃って似たような反応で入ってきたのはアホ会長と知らない金髪の男だった。
腕の中の存在を起こさないように抱き上げて、扉へと向かう。
「色々あって気失ってるから、静かに」
それを見てまた騒ぎ出しそうな二人に向かって事前に釘を打つ。アホ会長が心配そうな顔をして「清春は大丈夫なのか?」と聞いてくる。
「今は大丈夫だと思うけど。嫌がらせで閉じ込められて、俺は巻き添えくらった感じ」
「そうか、とりあえず部屋に連れて行こう。ああ、そっちの金髪の奴は清春の同室だ」
「あ、どうも羽宮です。すみません、瀬尾のこと助けてくれてありがとうございます。後はオレが連れて行くんで」
そう言って伸ばされた腕に荷物を引き渡そうとして、俺の服を掴む手が離れない事に気づく。
「…クソが。いいや、一応保健室連れて行くから。あんたは後でそっちに迎え行って」
「あ、はい」
「じゃ。会長は犯人捜ししといてください」
二人に背を向けて言葉通り保健室に向かって歩き出す。腕の中の存在はちっとも重くないのに煩わしくてたまらない。どうして俺がこんな奴のために少しの揺れもないように慎重に歩いてやらないといけないんだろう。
『瀬尾のこと助けてくれてありがとうございます』
どうしてあんな一言が引っかかるんだろう。まるで自分のものかのような言い方が気に入らない、なんて笑える。
どうして服を掴んでいるだけの手を離せなかったんだろう。力を入れれば簡単に振り落とせそうなこの手を、どうして。
「…ヨダレ出てるし」
保健室のベッドに寝かせてようやく確認した表情は、呆れるくらいのアホ面だった。
こういうところだけはなにも変わってない。
馬鹿で間抜けなお前。
このままずっと、眠っていればいいのに。
そうしたらまた、あと一度だけ、俺はお前のことを大切にしてやれそうな気もした。
昔みたいに、なにもなかったように笑ってくれれば。
「なんてな」
ありえない、そんなの。
もうお前に裏切られるのなんて懲り懲りだ。
俺のきよはもうこの世界のどこにもいない。
だからあいつに似た顔で、声で、俺に近付くなよ。
同じようなことを言うなよ。
「…目障り」
早く消えてほしい、俺の目の前から。
そうしてもう二度と現れないでほしい。
このままお前が死んでくれれば、俺はきっと楽になれるのに。
思考が行き過ぎたところで、不意に眠っていたはずのその目が薄く開かれた。
朧げな瞳が俺の姿を捉えて瞬く。
「めえ…?」
幼い子どもが親に寄せるような全幅の信頼と、甘えを滲ませた舌足らずな声が俺を呼んだ。
懐かしいその響きに思わず息を呑む。
うたた寝の合間に目を覚ますと、きよは決まって視界に入った俺のことをそんな声で呼んだ。
夢現な瞳が真っ直ぐに俺を見つめて笑う。
真っ黒に見える虹彩は、近くで覗くと青みがかっているのがよくわかるのだ。
光の差し込む角度で様子を変えるその瞳から目が離せないのは今に限った話じゃない、昔からずっとそうだ。
きよは事あるごとに俺の目が綺麗だと言って褒めたけれど、俺からしたらきよの目の方がよっぽど綺麗だった。
どんな宝石よりも、なんて陳腐な言葉が浮かぶほどに。
「めい、だいすきだよ」
そんな傍迷惑な一言を残して、目の前の男は糸が切れたように再び眠りについた。
『……おれはおれだよ』
静かな寝顔を見ていたら、そう言って寂しそうに笑った顔を思い出した。
「俺は大っ嫌いだよ、お前のこと」
お前はきよじゃない。
そうじゃないとダメなんだ。
だって俺、きよのことは嫌いになれないんだから。
聞こえてくる呼吸は大分安定しているけど、表情が見えないからなんとも言えない。
パニックを起こすよりは意識を失っていた方が楽だろう。だけど次に目を覚ました時にまだこの状態だったら、また同じことになるかもしれない。
こいつが目を覚ます前にどうにかここを出たいところだけど、と考えたところで扉の向こうに人の気配がした。足音と話し声が近付いてくる。
誰かがこの状況に気づいて探しに来たのかもしれない。
重い扉が開いて眩しい光が入り込む。
「瀬尾!大丈夫!?…ってあれ?」
「清春いるか!?って相楽?」
揃いも揃って似たような反応で入ってきたのはアホ会長と知らない金髪の男だった。
腕の中の存在を起こさないように抱き上げて、扉へと向かう。
「色々あって気失ってるから、静かに」
それを見てまた騒ぎ出しそうな二人に向かって事前に釘を打つ。アホ会長が心配そうな顔をして「清春は大丈夫なのか?」と聞いてくる。
「今は大丈夫だと思うけど。嫌がらせで閉じ込められて、俺は巻き添えくらった感じ」
「そうか、とりあえず部屋に連れて行こう。ああ、そっちの金髪の奴は清春の同室だ」
「あ、どうも羽宮です。すみません、瀬尾のこと助けてくれてありがとうございます。後はオレが連れて行くんで」
そう言って伸ばされた腕に荷物を引き渡そうとして、俺の服を掴む手が離れない事に気づく。
「…クソが。いいや、一応保健室連れて行くから。あんたは後でそっちに迎え行って」
「あ、はい」
「じゃ。会長は犯人捜ししといてください」
二人に背を向けて言葉通り保健室に向かって歩き出す。腕の中の存在はちっとも重くないのに煩わしくてたまらない。どうして俺がこんな奴のために少しの揺れもないように慎重に歩いてやらないといけないんだろう。
『瀬尾のこと助けてくれてありがとうございます』
どうしてあんな一言が引っかかるんだろう。まるで自分のものかのような言い方が気に入らない、なんて笑える。
どうして服を掴んでいるだけの手を離せなかったんだろう。力を入れれば簡単に振り落とせそうなこの手を、どうして。
「…ヨダレ出てるし」
保健室のベッドに寝かせてようやく確認した表情は、呆れるくらいのアホ面だった。
こういうところだけはなにも変わってない。
馬鹿で間抜けなお前。
このままずっと、眠っていればいいのに。
そうしたらまた、あと一度だけ、俺はお前のことを大切にしてやれそうな気もした。
昔みたいに、なにもなかったように笑ってくれれば。
「なんてな」
ありえない、そんなの。
もうお前に裏切られるのなんて懲り懲りだ。
俺のきよはもうこの世界のどこにもいない。
だからあいつに似た顔で、声で、俺に近付くなよ。
同じようなことを言うなよ。
「…目障り」
早く消えてほしい、俺の目の前から。
そうしてもう二度と現れないでほしい。
このままお前が死んでくれれば、俺はきっと楽になれるのに。
思考が行き過ぎたところで、不意に眠っていたはずのその目が薄く開かれた。
朧げな瞳が俺の姿を捉えて瞬く。
「めえ…?」
幼い子どもが親に寄せるような全幅の信頼と、甘えを滲ませた舌足らずな声が俺を呼んだ。
懐かしいその響きに思わず息を呑む。
うたた寝の合間に目を覚ますと、きよは決まって視界に入った俺のことをそんな声で呼んだ。
夢現な瞳が真っ直ぐに俺を見つめて笑う。
真っ黒に見える虹彩は、近くで覗くと青みがかっているのがよくわかるのだ。
光の差し込む角度で様子を変えるその瞳から目が離せないのは今に限った話じゃない、昔からずっとそうだ。
きよは事あるごとに俺の目が綺麗だと言って褒めたけれど、俺からしたらきよの目の方がよっぽど綺麗だった。
どんな宝石よりも、なんて陳腐な言葉が浮かぶほどに。
「めい、だいすきだよ」
そんな傍迷惑な一言を残して、目の前の男は糸が切れたように再び眠りについた。
『……おれはおれだよ』
静かな寝顔を見ていたら、そう言って寂しそうに笑った顔を思い出した。
「俺は大っ嫌いだよ、お前のこと」
お前はきよじゃない。
そうじゃないとダメなんだ。
だって俺、きよのことは嫌いになれないんだから。
10
お気に入りに追加
4,569
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
敗戦して嫁ぎましたが、存在を忘れ去られてしまったので自給自足で頑張ります!
桗梛葉 (たなは)
恋愛
タイトルを変更しました。
※※※※※※※※※※※※※
魔族 vs 人間。
冷戦を経ながらくすぶり続けた長い戦いは、人間側の敗戦に近い状況で、ついに終止符が打たれた。
名ばかりの王族リュシェラは、和平の証として、魔王イヴァシグスに第7王妃として嫁ぐ事になる。だけど、嫁いだ夫には魔人の妻との間に、すでに皇子も皇女も何人も居るのだ。
人間のリュシェラが、ここで王妃として求められる事は何もない。和平とは名ばかりの、敗戦国の隷妃として、リュシェラはただ静かに命が潰えていくのを待つばかり……なんて、殊勝な性格でもなく、与えられた宮でのんびり自給自足の生活を楽しんでいく。
そんなリュシェラには、実は誰にも言えない秘密があった。
※※※※※※※※※※※※※
短編は難しいな…と痛感したので、慣れた文字数、文体で書いてみました。
お付き合い頂けたら嬉しいです!

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。
レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。
【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。
そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。