女神なんてお断りですっ。

紫南

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連載

281 密かに現状を把握してます

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2015. 11. 15
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キルシュは、暇があればティアの持つ『新毒薬大全』を読んでいた。そして、それはただ興味があるという様子ではない事に、ティアは最初から気付いていた。

今回、サルバで滞在するのにキルシュが前向きだった事もあり、ティアはそれとなく理由を探っていたのだ。

そして、シェリスに会った時、それは最も顕著に見えた。

密かにシェリスを気にするキルシュの様子は、ただエルフが珍しいからというものではない事に、ティアだけでなく、シェリス自身も気付いた。勿論、だからといって、シェリスの方から手を差し伸べないのは当然だ。その時はまだ確信を持っていなかったティアも、助ける事をしなかった。

「シェリーに、何か相談したい事とかあるんじゃない?」
「そっ、それは……」

キルシュが口ごもる。これは確定だと、ティアはため息をついた。

「あのねぇ、キルシュ。隠し事なんて、そうそう出来るもんじゃないよ?さっさと言いな」
「くっ……わ、分かった……」

ティアの威圧を受け、キルシュも観念したようだ。

姿勢を正すキルシュを見たティアは、キルシュの向かいの席へと腰を下ろした。

「それで?」

こうして真っ直ぐに向かい合って二人きりで話すのは初めての経験だ。キルシュにとっては、何もかも敵わないと認めた相手。そんなティアが改まって話を聞く為に見つめてくる事で、キルシュは緊張していた。

「な、何から話すべきなのか……っ」

自身が悩んでいる事を話して、ティアに呆れられたらと思うと、中々言い出せないキルシュだ。

「そ、その……これは、ただの推測というか……確信はないんだ」

キルシュがずっと調べていた事は、あくまでも、キルシュ自身の見解から推測し、辿り着いたものだ。正しいとは限らないと、前置きをする。

「母上の……事なんだ……」
「母……あぁ。そういえば、長く寝込んでるっていうか、眠らせてるんだっけ?」
「っ、な、なぜそれをっ⁉︎」

ティアが思い出すように言ったその言葉は、キルシュを驚かせた。

「うん?そんなの、アリシアとベティを使ったに決まってるでしょ?」
「なに?」

キルシュには、意味が分からなかった。

「あれ?知らないの?あの二人。隠密行動得意なんだよ?ラキアちゃんと私の直伝だから、今では結構なレベルで、王宮にも余裕で忍び込めるんじゃないかな」
「……なんだそれは……」

いつの間にかおかしな進化という成長を遂げているメイド二人の話に、キルシュは呆然としてしまう。そんな衝撃を受けているキルシュなどお構いなしにティアは続けた。

「それで、あの騒動の折に、侯爵家の現状を調査して来いって課題を出したの」
「あいつら……」

本来の雇い主をあっさりと裏切る行為に、既にあの二人の中での主人はティアになっているのではないかと、気付いてしまったキルシュだ。

「あの二人は優秀だね。鍵開けも出来るようになったし」

まぁ、まだ中級程度だけど、と付け加えるティアに、キルシュは開いた口が塞がらないという経験を初めて味わった。

「間抜けな顔になってるよ」
「っ……そ、それで、母上の事だ」

キルシュは、気を取り直して、話を再開する。

「母上は元々、体が弱い訳ではない。今のようになったのは、二年くらい前だ」

侯爵の妻という立場は、それなりに忙しいものだ。貴族同士の付き合いでは、妻達の方が忙しい。

毎日のようにお茶会に出掛け、夫と共に夜の晩餐会や舞踏会などに参加する。元々、そういった事が嫌いな人ではなかったので、特に不満もなく、精力的に動き回っていたという。

「その日も、茶会へ出掛けて、戻って来た後……突然だった。母上が、僕を見て叫んだんだ『耳がっ』と……」
「耳?」
「あぁ……ここに……こうして頭に獣の耳が生えたように見えたらしい」
「それは……」

キルシュが両手を頭の上に上げ、広げた手の平を頭から生えた耳のように見せる。それを見たティアは、不快な様子で眉を寄せた。

「勿論、母上にだけ見えていた。幻覚だ。それから、父上がすぐに母上を部屋に隔離した。薬学士を呼び、処治をしたんだ……だが、治らなかった……」
「……」

正気に戻る時もあるが、それから、何度も同じような幻覚を見るようになったらしい。

「その内に、幻覚を見ない時でも、何かに酷く怯えるようになった。だから父上が、なるべく薬で眠らせるようにと指示したんだ」

現在、侯爵夫人がおかしくなったことを知っているのは、侯爵とその場に居合わせたキルシュ。それと、家令と担当の薬学士。そして、継子である長男だけ。侯爵は外聞が悪いと、この事を隠したのだ。

「へぇ……」

そこまでの話を聞いたティアは、何かを考えるように目を細め、その視線をふっと横に向ける。すると、不意にそこに風が渦巻き、風王が現れたのだった。


************************************************
舞台裏のお話。

アリシア「見つけましたよ。シアン様」

シアン「あら。また?本当に見つけるのが早いわねぇ。ちゃんと耳も塞いで待っててくれた?」

ベティ「はい。勿論です。ですが……」

アリシア「シアン様ったら、また床下に?」

シアン「ふふっ。穴を空けるのは得意なのっ」

ベティ「ちゃんと下に敷物もするとは……さすがです」

アリシア「先程の二階の床も、一階に突き抜ける事のない絶妙な力加減……お見事でした」

シアン「うふふっ。そうでしょっ?でねっ、でねっ、ここ見てっ」

アリシア「覗けばよろしいのですか?」

ベティ「横にも掘ったんですね」

ア・べ「「……え……部屋?」」

シアン「ねっ。部屋よね?」

アリシア「……シアン様。怖いのでやめましょう」

ベティ「このお屋敷があった場所に昔、地下牢とかがあったとか?そんな話でしたら、今すぐに女神様に謝って塞ぎましょう」

アリシア「そうです。女神様っ、どうかこの場をお清めください……」

シアン「大丈夫よ。嫌な感じもしないもの」

アリシア「……お分かりになるのですか?」

シアン「う~ん?昔、一度だけフィスタークと呪いのお屋敷に行った時は確か……ぞわぞわってしたわね。すぐにお屋敷を出たけど、それから記憶がないわ」

ベティ「それは……取りつっ」

アリシア「ベティっ、その先はダメだよ」

ベティ「うん……」

フィスターク「取り憑かれてないよ」

ア・べ「「フィっ、フィスターク様っ」」

シアン「まぁ、フィスタークっ。ねぇ、覗いてみましょうよっ」

ア・べ「「っ、シアン様っ」」

フィスターク「また君は、穴を空けてしまったのかい?リジットに怒られるよ?」

シアン「リジットって怒るの?」

アリシア「……確かに……怒るというより、困ってるいらっしゃいますね……」

ベティ「注意までもいかなかったかも……」

フィスターク「リジット……」

シアン「ねぇっ、そんな事より、早くもっと奥を見てみましょうよ。すぐに穴を広げるわねっ」

アリシア「いえ、シアン様っ。少し待ってっ」

シアン「そぉ~れっ」

ア・べ「「あ~……」」

フィスターク「……派手にいったね……」



つづく?
なんて事が起こってましたとさ☆
読んでくださりありがとうございます◎


さて、隠し部屋を発見した一同。
シアンママんの暴走は止まりません。


侯爵家の抱える問題はまだあったみたいです。
キルシュ少年……ティアちゃんに隠し事はいけませんね。
シェリスはティアちゃん以外から『気付いてオーラ』が出ていたとしても、当然のように無視します。
気付かない振りは上手そうです。
そこは、やはり年の功でしょう。
さて、なにやら裏もありそうです。


では次回、また明日です。
よろしくお願いします◎
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