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1ー05 冒険者になる準備
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ーーーーーーーーーーー
「お、アデルとキルシュが捕まったようだな」
森から丁度出て来たエルヴァストが、先ほどまでアデル達の元に居たマティが、凄いスピードで離れるのを感じ、そう推測する。
「キルシュには刺激が強すぎたんじゃないだろうか……」
ベリアローズは、気の毒そうにキルシュがいる方角へと目を向けた。
「男たるもの、遊びの中でも危機的状況を知っておくのは、悪い事ではないと思うぞ」
「まぁ……それは確かに……」
これが遊びだと認識している事に、先ず問題があるのだが、それに気付ける者は、残念ながらここにはいない。
「マティも、相手は選んで加減はするからな」
「そうだな……」
そう言って目を向ける先には、少々うなされながら転がるザランがいた。
「ティアも大概だが、マティも、ザランさんには容赦ないよな……」
ベリアローズは、気の毒な被害者へと同情の目を向ける。しかし、エルヴァストの見解は違った。
「いや、あれは信頼しているからこその加減だろう。何だかんだ言って、ザランさんは強いからな」
ザランならばと思い、甘えている所が、ティアやマティにはあると、エルヴァストは笑った。
「いいな……」
「そうだよな……ティア様に信頼していただける力がないと……」
「うん。どれだけ叩いても大丈夫だと信用されないとな」
ザランの傍に腰を下ろしていた三バカ達は、ボロボロのザランに、尊敬の念を向ける。
「……あいつらは大丈夫か?」
「ひ、人それぞれだからな……」
エルヴァストは目をすがめて三人を見るが、ベリアローズは既に諦めたように目をそらすのだった。
ーーーーーーーーーー
ルクスは、久し振りに心躍る感覚を味わっていた。
「ふっ、本当にお袋っ、強いんだなっ」
クレアの剣を受けながら、ルクスは、ゲイルとの組手を思い出していた。
「ルクスこそっ、とても護衛なんて務まらないと思っていたのにっ、大きくなってっ」
クレアは、ルクスがこれ程実力をつけているとは思っていなかった。
いくら親子とはいえ、ゲイルの実力は天性のもの。期待してはいけないと思ってきたのだが、クレアには嬉しい誤算だった。
「大きさは関係っ、ないっ、だろっ。と言うかっ、俺を幾つだと思ってるっ」
息子の成長を喜ぶ母親を体現したクレアに、ルクスはバツが悪くなり、子ども扱いするなと力一杯剣を振るった。
「幾つだい?」
「っ……今年で二十四だッ」
息子の歳ぐらい覚えておけと、苛立ちを剣に込めるルクスだった。
《マティは五さ~ぁいっ。スキありぃっ》
「っ!? うぉっ、ご、五歳で隙を窺うなッ」
突然、横から現れたマティが、風弾を数発ルクスに向かって放った。
それをルクスはクレアの剣を受け止めながら器用に体を捻って避け切り、その反動を利用してクレアの剣を跳ね返して距離を取った。
《むぅ~……引っかかってた頃が懐かしい……》
「ふざけんなッ!」
わざとらしくクスンと鼻を鳴らすマティに、ルクスも風弾をお返しする。
勿論、マティは華麗に空中で一回転なども披露し、余裕で避けていた。
「っく、あははははっ。マティちゃんに鍛えてもらったのかいっ」
「っ遊んでやってたんだよッ!」
確かに鍛えられた。しかし、それは遊びを通してだ。おちょくられた事も数知れず。だが、『鍛えてもらった』とは、言いたくないルクスだった。
《主には一回も勝ててないくせにぃ》
「っぅ……」
これには何も言えないルクスだ。
「へぇ……あの子、そんなに強いのかい……」
クレアは、何度か剣を合わせた事で、ルクスの実力が自分と互角程度だと認識していた。
その実力を持ってしても勝てないティア。それも、昼の話から、ゲイルにさえ勝ったと言うその実力を思った。
「……是非、手合わせ願いたいねぇ……」
「お袋……」
呟いたクレアの目には、隠しきれない闘争心があった。
これにはルクスも仕方がないと諦める。ゲイルも、度々ティアと手合わせをしたがるのだ。その度に負けているとは、この場では言えないが、強い者に対する気持ちは理解できた。
「なら、俺をさっさと捕まえるんだな。そろそろ時間だろ?」
《はっ、マティの体内時計では、後二分もないよっ》
「それはいけないねぇ」
マティの目つきが変わる。それは、獲物を狩る時に見せる魔獣の目だ。
クレアも、スッと纏う空気を変え、剣を構える。それは、力ある者が、目の前の敵に集中した時の張り詰めた空気だった。
「ふぅ……いくぞっ」
こうして、再びルクスも気合いを入れてクレアとマティに挑んでいったのだった。
ーーーーーーーーーーー
静かな森の様子に、広場へと戻ってきた者達は不気味に思っていた。
「残ってるのって、ルクスさんだけ?」
「そのようだな」
今し方、しっかり獲ったホーンラビットを引っさげ、戻ってきたアデルとキルシュは、広場に居る面々を確認し、森へと目を向けた。
「あれ?ティアは?」
「……そう言えば……」
二人が不思議に思って、家の中にでも居るのだろうかと目を向けると、ベリアローズが答えた。
「どうやら、外に出ているらしい。この結界内には、気配はない」
「フラムちゃんとですか?」
それに、アデル達の元へと歩み寄ってきたエルヴァストが言う。
「だろうな。あの三人が、ザランさんを回収して帰って来た時には、もういなかったらしい」
その時、不意に空が陰った。
「あ……」
「え……」
ここに居る誰もが、空を見上げて呆然と口を開けた。
急激に近付いてくる大きな影は、風を巻き起こし、少々乱暴に降り立った。
「よぉ~しっ。良い感じになって来たよ。偉いぞ、フラム」
《クフン》
ティアにはこの時、フラムの言葉が届いているのだが、残念ながら満足気な鼻息のようにしか他の者には聞こえなかった。
「フラムちゃんが大っきい……」
アデルが呆然と呟くのに釣られるように、ベリアローズも素直な感想を口にする。
「マティよりも大きい……やっぱりドラゴン……なんだな……」
それは、この場にいる者達の思いを代弁したものであり、これ以外の言葉は見つけられなかった。
「あ、そろそろ時間だね。おぉ、ルクスが頑張ってる~」
ティアは、森の中の状況を正確に気配で察し、ルクスが大健闘を見せている事に嬉しくなる。
「うんうん。魔術と剣術を上手く併用出来てるね。さっすが、私が見込んだだけはあるよねっ。そんじゃぁ、フラム。終了の合図で、火弾を一発、結界に当ててみよう」
《ぐるるるぅ》
任せてと言って、フラムは口をすぼめ、そこから火の球を森の真上の結界に向けて打ち上げた。
「あ……加減しなきゃダメだったかも……」
《ぐるぅ?》
気付いたのは遅く、結界に当たった火弾は、見事に火の粉を撒き散らし、森に降り注いだ。
「お、おいっ、ティアっ。火がっ、森が燃えてるぞっ!」
ベリアローズが慌てるが、ティアは呑気に失敗、失敗と笑っていた。
「ありゃぁ~、あはは。仕方ないね。【水舞】」
森の上空に大きな魔法陣が展開され、そこから雨の様に水が降り注いだ。
「あ~、びっくりした」
「……ルクス達は大丈夫か……?」
「……あれ?……」
さすがのティアも、表情を凍り付かせたのだった。
ーーーーーーーーーーーー
「ティア……」
「えへへ……ミスっちゃった☆」
「………っ」
森から帰ってきたルクスは、ポタポタと髪から水を滴らせながら、ティアへ詰め寄っていた。
「うんっ。イイ男だねっ」
「っ誤魔化すなっ!」
素敵だよと、握った右手を突き出し、親指を立てたティアに、ルクスが怒鳴った。
「あははっ、うっかりね。フラムが大きい事考えてなかったんだよ。ゴメン、ゴメン。直ぐに乾かしたげるから……火王が」
《お呼びで……》
ティアの言葉に、火王がすかさず姿を現す。
「うん。ルクスとクレアママの服を乾かしてもらえる?」
《お任せください》
「おいっ……いや、申し訳ない……」
火王にやらせるなよとルクスは呆れ顔だ。
「あははっ、びっくりしたねぇっ。ん?誰だい?その男前は」
面白い経験が出来たと、笑ながら森から出てきたクレアが、突然現れた火王に笑顔で目を向けて訊ねた。
「保父さんです!」
「ほ……ふ?とっても腕の立ちそうな武人さんに見えるけどね?」
誰の目にも見えるように顕現した火王は、その表情や出で立ちから、腕利きの物静かな武人に見える。
そんな初めてまともに火王を見る者達の思いを代弁したクレアの言葉を聞き、当の火王が思い出したように、おもむろにそれを取り出した。
《失礼》
「え……」
それは、愛用の革のエプロン。ティアのプレゼントだ。手際良く装着する時でも表情はあくまでも無表情だ。だが、ティアの目には、どこか得意気に映った。
(本当に気に入ってくれてるみたい……)
そのエプロン姿に反応したのがマティだった。
《火のパパ~っ。ゴハンっ?》
マティは、水気を体を振るって飛ばしたらしく、森を走り回った事で付いていた汚れも落ち、ツヤツヤとした毛をたなびかせて駆けてきた。
《待っていろ》
《は~ぁい。マティ良い子だもん》
《そうだな》
呆然とその様子を見る周りを気にする事なく、火王は手をルクスとクレアの方へと向けると、一瞬で服や髪に付いていた水滴が蒸発した。
《終了いたしました》
たった数秒の出来事だった。
「ありがとね」
笑顔でお礼を言うティアに、火王は丁寧に右手を胸に当て、頭を下げた。
そんな火王の足下で、尻尾を振りながら待てを実行中だったマティが、待ってましたと口を開けた。
《終わった?ゴハン?》
どうも、マティは火王が現れると、ご飯が食べられると思っているらしい。それに呆れながら、ティアが注意する。
「マティ……ゴハンはまだダメ」
《うぅ~……》
しゅんと頭と一緒に尻尾も垂らしたマティに、火王が跪きその武骨な手に似合わず、優しく小さな頭を撫でる。
そして、腰に付けていたポーチから、ある物を取り出して言った。
《代わりに、ブラッシングをしてやる》
「………」
取り出したのは、マティ愛用のブラシだった。
《わぁ~いっ》
あっちでやろうと、マティが火王の周りで跳ね回り、ティアにもう一度頭を下げた彼は、少しだけその表情を緩めながら、マティと離れて行った。
「ティア……あれは、本当に良いのか……?」
ルクスが頬をひきつらせながら、微笑ましくも見える子狼姿のマティと戯れる火王を見送った。
「い、良いんじゃない?意外とあのポジションが気に入ってるみたいだから……」
この日、火王は自他ともに認める『保父さん』になった。
放火騒ぎから落ち着いた頃。
全員が改めて本来の大きさのフラムを見上げていた。
「大きいな……これがドラゴンか……」
そんな呟きを零すエルヴァストに、他の者達も同感だと頷いた。
《グゥゥゥ》
皆の視線を受け、フラムは居心地が悪そうに翼を一層縮めると、堪らず発光し、いつもの小さなサイズへと変化してしまった。
《キュゥ~……》
「あ~……はいはい。こういう時は、『見つめちゃいやん』て言うんだよ」
《キュキュ?》
ティアの腕に納まったフラムは、その言葉に首を傾げた。
「ふふっ。まぁ、そのうち慣れるよ。ほら、フラムも火のパパの所に行っておいで。私はこれから、皆でっ……皆に稽古をつけなきゃいけないからね。しばらく待機」
《キュっ》
しっかりとティアの言葉を理解したフラムは、嬉しそうに火王とマティのいる場所へと飛んでいった。
「さてと……ルクス以外は失格ね。あ、キルシュとアデルは見学。その他、失格者はサッサと立つ!」
その言葉で、ティアの周りに集まったベリアローズ、エルヴァスト、トーイ、チーク、ツバン、ザランの六人は、気合いを入れて剣を構えた。
「そんじゃぁ、レディちゃんで相手してあげる。かかってらっしゃい」
『『『おうっ!』』』
その後、数分でティア以外は地に這う事になるのだが、そんな様子を初めて見るクレアとキルシュは、始終目を見開き、驚愕の表情を浮かべて見ていた。
ーーーーーーーーーーーーー
ティアに打ちのめされ、ボロボロになった者達も一休みし、動けるようになった所で、それぞれが再び体を動かし始める。
これは、既に習慣化された事で、誰も何も言わなくても、自身を鍛える為の行動を始めるのだ。
勿論、当然のようにティアに特訓メニューを指示してもらう事もあった。
「キルシュは、この木剣を使って」
ティアから木剣を受け取ったキルシュは、これから剣を教えてもらえるのだと思うと、零れる笑みを止められなかった。
「おぉ、キルシュも男の子なんだね。やっぱり、剣って嬉しい?」
「っそ、そうだな……さっき見た先輩達の剣が…っ…良かった……」
「うんうん。素直でよろしい」
少々顔を赤らめながら言ったキルシュに、ティアは満足気に頷いた。
「っう、それより……アデルは何をやってるんだ?」
キルシュが視線を向ける先には、マティと距離を空けて向き合うアデル。そして、マティがランダムにアデルに向けて発動させる風弾を、アデルが器用に避けていた。
「アデルは身体能力が高いからね。あれで反射神経を鍛えてるの」
「へ、へぇ……」
体力もあるアデルだからこそ出来る事なのだが、何よりも楽しそうだった。
「ほら、見惚れてないで。やるよ」
「見惚れてないっ。少し気になっただけだっ……それと、お前が教えるのか?」
「うん。言っておくけど、お兄様もエル兄様も、剣術の基礎を教えたのは私だからね」
「なっ……」
驚くのは当然だろう。剣術など、十歳になるような子どもが教える立場になれる筈がない。
貴族の家では、それでも男子には早いうちから剣を教える事もある。だが、年齢的にはおかしいと気付くだろう。
キルシュも、不審気にティアを見つめて尋ねた。
「誰に教わったんだよ……」
そんなにも早くから、女であるティアが一体誰に教わったのか。それは、ティアに関わった誰しもが疑問に思いながらも、訊ねる事をしなかった質問だった。
ティアは、この場にいる全員が耳をそばだてるのを感じながら、笑顔で答えた。
「そんなの決まってるでしょ……ヒ・ミ・ツ」
「………」
妖しげに笑みを浮かべ、ウインクしながら片手の人差し指を口の前で立てて見せるティアに、全員が固まった。
そして誰もが、聞いてはならない事なのだと判断し、何事もなかったかのように動き出す。
「それじゃぁ、キルシュ。キルシュは……やっぱり、お兄様と同じ貴族の……だねっ」
ティアは決めたっと笑みを向けた。
「意味が分からないんだが……」
キルシュには分かる筈もなく、勝手に決定したティアに眉を寄せる。
「剣って言っても、色々あるんだよ。例えば、冒険者と騎士の剣の違いとかね」
「確かに、剣の種類は違うと思うが……」
キルシュは、何度か見かけた騎士達の持つ剣を思い浮かべる。
「剣の種類もそうだけど、剣技が全く違うんだ。その心構えもね」
「心構え……」
ますます意味が分からないと、キルシュは顔をしかめた。
そんな様子を見て、ティアは仕方がないと説明する。
「冒険者は、見て分かるように、独学で身に付けていくものだから、人によって剣の種類も、技も様々だよね」
そう言って、ティアは剣を交えるルクスとザランに目を向ける。同じように釣られて目を向けたキルシュは、二人の剣の違いや、振り方にそうだなと納得する。
そんな様子を確認したティアは、キルシュに目を戻すと、説明を再開する。
「けど、騎士は、騎士学校があるでしょう?そこで、基礎となる型を教えられて、それを磨いていくの。気持ち悪い程、みんな同じね。まぁ、教科書通りって感じだから、実戦では殆ど役に立たないキレイなやつだよ」
「そうなのか?僕の……二番目の兄が騎士をしているが……剣を振っている姿は格好良かったぞ?」
キルシュの兄は、騎士学校を首席で卒業したらしい。騎士として、今は国に仕えていると言う。
「だから、見た目だけね。実戦を知らなきゃ、ただのお飾りだよ。盾にもなれやしない」
騎士達の訓練は、ひたすら剣を型通り振るだけのものだそうだ。勿論、手合わせもあるらしいが、決められた型をなぞるというものだとか。これらは、三バカ達に聞いた事だった。
その結果、基礎体力が殆どない、見た目だけを重視した飾りものが出来上がるのだ。
現在、この国にいる騎士の大半はそんな役職名だけのお飾りだ。
本当の意味で騎士の実力があるのは、あのティアが鍛えてしまった『紅翼の騎士団』だけだった。
「騎士とは違って、冒険者の剣は、自身の身を守る為に磨くもの。命に直結するから、実戦経験が伴う。それによって、剣技も磨かれていくの」
倒さなければ、自身の命が危ない。そんな状況の中で、様々な経験によって磨かれていくのが、冒険者達の剣だ。
「先生なんていないのが普通だからね。技とかも、自身で編み出して、完成させていくの」
先輩である冒険者に指導をお願いする事もあるが、基本は一人だ。
「なら、あの先輩達の剣は何なんだ?騎士の剣とも違うと思ったんだが?」
「そうだね。だから、今ある騎士達のお飾りでしかない剣技になる前の時代。本当の剣技が生きていた頃のものが、お兄様やエル兄様に教えた剣なんだ」
「剣技が生きていた頃……」
決してお飾りではなく、力ある騎士達が生きて、腕を磨いていた頃の剣技。
「その話、興味あるねぇ」
「クレアママ?」
それまで、それぞれの行動を離れて静かに観察していたクレアが、ティアとキルシュの方へと歩み寄って来た。
「あの二人に聞いて、興味がね。確か、ベル君のが『貴族の剣』で、エル君のが『王族の剣』だったよね」
クレアは、二つの異なる剣技に感動したらしい。
「うん。『貴族の剣』は、自身と主君を守り、時に敵から逃げ切らなくちゃならないから、流れるような受け流しが主になる柔の剣。勿論、攻撃力はあるよ」
騎士とは違い、盾になって散るものであってはならない。敵の力量を正確に捉え、時に逃げる事も視野に入れて、自身の体力は温存しながら、敵の体力を削る。
技の殆どは、敵の力を利用して繰り出すもので、力の差があったとしても、それを利用する事で生存率がかなり高くなる。
「これに対して、エル兄様の『王族の剣』は、最終的に一人になったとしても、敵を葬る事を目的とした剛の剣。一撃必殺の技が多いの。王族が剣を振るう事になるって危機的状況に強い剣技ね」
勿論、生き残る事は大事だが、それよりも敵を倒す事に特化しているのだ。
「そんな剣技がねぇ……」
「うん。あ、なんなら竜人族から伝わる武術書を見てみる?それを元にしてるから、面白いよ?」
「竜人族の……成る程ねぇ。今度是非見せとくれ」
「うん」
そんな話を静かに聞いていたキルシュも、密かに目を輝かせていた。
それから一時間程経っただろうか。
「うん。これが基本ね」
キルシュに一通りの型を教え込んだティアは、休憩をしていたベリアローズに声を掛けた。
「それじゃぁ、お兄様ぁ。キルシュ見てやってくれる?」
「え、いや、悪いだろう」
ティアの呼び掛けに応え、歩み寄って来たベリアローズに、キルシュは恐縮してしまう。
それだけ、見せてもらったティアとの組手での剣技に魅せられていたのだ。
「私は構わない。それに、同じ剣技だろう?私も、まだまだ未熟だから、どこまで教えられるかわからないけどな」
「そんなっ……ご指導お願い致しますっ」
キルシュにとって、この二日程で、ベリアローズとエルヴァストは、心から尊敬出来る先輩になった。
こうして、アデルもキルシュも順調に実力を付けていき、冒険者としての活動を始めていくのだった。
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閑話第1話完
次回の編集をのんびりお待ちください。
この後は舞台裏。
そちらもお楽しみください◎
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「お、アデルとキルシュが捕まったようだな」
森から丁度出て来たエルヴァストが、先ほどまでアデル達の元に居たマティが、凄いスピードで離れるのを感じ、そう推測する。
「キルシュには刺激が強すぎたんじゃないだろうか……」
ベリアローズは、気の毒そうにキルシュがいる方角へと目を向けた。
「男たるもの、遊びの中でも危機的状況を知っておくのは、悪い事ではないと思うぞ」
「まぁ……それは確かに……」
これが遊びだと認識している事に、先ず問題があるのだが、それに気付ける者は、残念ながらここにはいない。
「マティも、相手は選んで加減はするからな」
「そうだな……」
そう言って目を向ける先には、少々うなされながら転がるザランがいた。
「ティアも大概だが、マティも、ザランさんには容赦ないよな……」
ベリアローズは、気の毒な被害者へと同情の目を向ける。しかし、エルヴァストの見解は違った。
「いや、あれは信頼しているからこその加減だろう。何だかんだ言って、ザランさんは強いからな」
ザランならばと思い、甘えている所が、ティアやマティにはあると、エルヴァストは笑った。
「いいな……」
「そうだよな……ティア様に信頼していただける力がないと……」
「うん。どれだけ叩いても大丈夫だと信用されないとな」
ザランの傍に腰を下ろしていた三バカ達は、ボロボロのザランに、尊敬の念を向ける。
「……あいつらは大丈夫か?」
「ひ、人それぞれだからな……」
エルヴァストは目をすがめて三人を見るが、ベリアローズは既に諦めたように目をそらすのだった。
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ルクスは、久し振りに心躍る感覚を味わっていた。
「ふっ、本当にお袋っ、強いんだなっ」
クレアの剣を受けながら、ルクスは、ゲイルとの組手を思い出していた。
「ルクスこそっ、とても護衛なんて務まらないと思っていたのにっ、大きくなってっ」
クレアは、ルクスがこれ程実力をつけているとは思っていなかった。
いくら親子とはいえ、ゲイルの実力は天性のもの。期待してはいけないと思ってきたのだが、クレアには嬉しい誤算だった。
「大きさは関係っ、ないっ、だろっ。と言うかっ、俺を幾つだと思ってるっ」
息子の成長を喜ぶ母親を体現したクレアに、ルクスはバツが悪くなり、子ども扱いするなと力一杯剣を振るった。
「幾つだい?」
「っ……今年で二十四だッ」
息子の歳ぐらい覚えておけと、苛立ちを剣に込めるルクスだった。
《マティは五さ~ぁいっ。スキありぃっ》
「っ!? うぉっ、ご、五歳で隙を窺うなッ」
突然、横から現れたマティが、風弾を数発ルクスに向かって放った。
それをルクスはクレアの剣を受け止めながら器用に体を捻って避け切り、その反動を利用してクレアの剣を跳ね返して距離を取った。
《むぅ~……引っかかってた頃が懐かしい……》
「ふざけんなッ!」
わざとらしくクスンと鼻を鳴らすマティに、ルクスも風弾をお返しする。
勿論、マティは華麗に空中で一回転なども披露し、余裕で避けていた。
「っく、あははははっ。マティちゃんに鍛えてもらったのかいっ」
「っ遊んでやってたんだよッ!」
確かに鍛えられた。しかし、それは遊びを通してだ。おちょくられた事も数知れず。だが、『鍛えてもらった』とは、言いたくないルクスだった。
《主には一回も勝ててないくせにぃ》
「っぅ……」
これには何も言えないルクスだ。
「へぇ……あの子、そんなに強いのかい……」
クレアは、何度か剣を合わせた事で、ルクスの実力が自分と互角程度だと認識していた。
その実力を持ってしても勝てないティア。それも、昼の話から、ゲイルにさえ勝ったと言うその実力を思った。
「……是非、手合わせ願いたいねぇ……」
「お袋……」
呟いたクレアの目には、隠しきれない闘争心があった。
これにはルクスも仕方がないと諦める。ゲイルも、度々ティアと手合わせをしたがるのだ。その度に負けているとは、この場では言えないが、強い者に対する気持ちは理解できた。
「なら、俺をさっさと捕まえるんだな。そろそろ時間だろ?」
《はっ、マティの体内時計では、後二分もないよっ》
「それはいけないねぇ」
マティの目つきが変わる。それは、獲物を狩る時に見せる魔獣の目だ。
クレアも、スッと纏う空気を変え、剣を構える。それは、力ある者が、目の前の敵に集中した時の張り詰めた空気だった。
「ふぅ……いくぞっ」
こうして、再びルクスも気合いを入れてクレアとマティに挑んでいったのだった。
ーーーーーーーーーーー
静かな森の様子に、広場へと戻ってきた者達は不気味に思っていた。
「残ってるのって、ルクスさんだけ?」
「そのようだな」
今し方、しっかり獲ったホーンラビットを引っさげ、戻ってきたアデルとキルシュは、広場に居る面々を確認し、森へと目を向けた。
「あれ?ティアは?」
「……そう言えば……」
二人が不思議に思って、家の中にでも居るのだろうかと目を向けると、ベリアローズが答えた。
「どうやら、外に出ているらしい。この結界内には、気配はない」
「フラムちゃんとですか?」
それに、アデル達の元へと歩み寄ってきたエルヴァストが言う。
「だろうな。あの三人が、ザランさんを回収して帰って来た時には、もういなかったらしい」
その時、不意に空が陰った。
「あ……」
「え……」
ここに居る誰もが、空を見上げて呆然と口を開けた。
急激に近付いてくる大きな影は、風を巻き起こし、少々乱暴に降り立った。
「よぉ~しっ。良い感じになって来たよ。偉いぞ、フラム」
《クフン》
ティアにはこの時、フラムの言葉が届いているのだが、残念ながら満足気な鼻息のようにしか他の者には聞こえなかった。
「フラムちゃんが大っきい……」
アデルが呆然と呟くのに釣られるように、ベリアローズも素直な感想を口にする。
「マティよりも大きい……やっぱりドラゴン……なんだな……」
それは、この場にいる者達の思いを代弁したものであり、これ以外の言葉は見つけられなかった。
「あ、そろそろ時間だね。おぉ、ルクスが頑張ってる~」
ティアは、森の中の状況を正確に気配で察し、ルクスが大健闘を見せている事に嬉しくなる。
「うんうん。魔術と剣術を上手く併用出来てるね。さっすが、私が見込んだだけはあるよねっ。そんじゃぁ、フラム。終了の合図で、火弾を一発、結界に当ててみよう」
《ぐるるるぅ》
任せてと言って、フラムは口をすぼめ、そこから火の球を森の真上の結界に向けて打ち上げた。
「あ……加減しなきゃダメだったかも……」
《ぐるぅ?》
気付いたのは遅く、結界に当たった火弾は、見事に火の粉を撒き散らし、森に降り注いだ。
「お、おいっ、ティアっ。火がっ、森が燃えてるぞっ!」
ベリアローズが慌てるが、ティアは呑気に失敗、失敗と笑っていた。
「ありゃぁ~、あはは。仕方ないね。【水舞】」
森の上空に大きな魔法陣が展開され、そこから雨の様に水が降り注いだ。
「あ~、びっくりした」
「……ルクス達は大丈夫か……?」
「……あれ?……」
さすがのティアも、表情を凍り付かせたのだった。
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「ティア……」
「えへへ……ミスっちゃった☆」
「………っ」
森から帰ってきたルクスは、ポタポタと髪から水を滴らせながら、ティアへ詰め寄っていた。
「うんっ。イイ男だねっ」
「っ誤魔化すなっ!」
素敵だよと、握った右手を突き出し、親指を立てたティアに、ルクスが怒鳴った。
「あははっ、うっかりね。フラムが大きい事考えてなかったんだよ。ゴメン、ゴメン。直ぐに乾かしたげるから……火王が」
《お呼びで……》
ティアの言葉に、火王がすかさず姿を現す。
「うん。ルクスとクレアママの服を乾かしてもらえる?」
《お任せください》
「おいっ……いや、申し訳ない……」
火王にやらせるなよとルクスは呆れ顔だ。
「あははっ、びっくりしたねぇっ。ん?誰だい?その男前は」
面白い経験が出来たと、笑ながら森から出てきたクレアが、突然現れた火王に笑顔で目を向けて訊ねた。
「保父さんです!」
「ほ……ふ?とっても腕の立ちそうな武人さんに見えるけどね?」
誰の目にも見えるように顕現した火王は、その表情や出で立ちから、腕利きの物静かな武人に見える。
そんな初めてまともに火王を見る者達の思いを代弁したクレアの言葉を聞き、当の火王が思い出したように、おもむろにそれを取り出した。
《失礼》
「え……」
それは、愛用の革のエプロン。ティアのプレゼントだ。手際良く装着する時でも表情はあくまでも無表情だ。だが、ティアの目には、どこか得意気に映った。
(本当に気に入ってくれてるみたい……)
そのエプロン姿に反応したのがマティだった。
《火のパパ~っ。ゴハンっ?》
マティは、水気を体を振るって飛ばしたらしく、森を走り回った事で付いていた汚れも落ち、ツヤツヤとした毛をたなびかせて駆けてきた。
《待っていろ》
《は~ぁい。マティ良い子だもん》
《そうだな》
呆然とその様子を見る周りを気にする事なく、火王は手をルクスとクレアの方へと向けると、一瞬で服や髪に付いていた水滴が蒸発した。
《終了いたしました》
たった数秒の出来事だった。
「ありがとね」
笑顔でお礼を言うティアに、火王は丁寧に右手を胸に当て、頭を下げた。
そんな火王の足下で、尻尾を振りながら待てを実行中だったマティが、待ってましたと口を開けた。
《終わった?ゴハン?》
どうも、マティは火王が現れると、ご飯が食べられると思っているらしい。それに呆れながら、ティアが注意する。
「マティ……ゴハンはまだダメ」
《うぅ~……》
しゅんと頭と一緒に尻尾も垂らしたマティに、火王が跪きその武骨な手に似合わず、優しく小さな頭を撫でる。
そして、腰に付けていたポーチから、ある物を取り出して言った。
《代わりに、ブラッシングをしてやる》
「………」
取り出したのは、マティ愛用のブラシだった。
《わぁ~いっ》
あっちでやろうと、マティが火王の周りで跳ね回り、ティアにもう一度頭を下げた彼は、少しだけその表情を緩めながら、マティと離れて行った。
「ティア……あれは、本当に良いのか……?」
ルクスが頬をひきつらせながら、微笑ましくも見える子狼姿のマティと戯れる火王を見送った。
「い、良いんじゃない?意外とあのポジションが気に入ってるみたいだから……」
この日、火王は自他ともに認める『保父さん』になった。
放火騒ぎから落ち着いた頃。
全員が改めて本来の大きさのフラムを見上げていた。
「大きいな……これがドラゴンか……」
そんな呟きを零すエルヴァストに、他の者達も同感だと頷いた。
《グゥゥゥ》
皆の視線を受け、フラムは居心地が悪そうに翼を一層縮めると、堪らず発光し、いつもの小さなサイズへと変化してしまった。
《キュゥ~……》
「あ~……はいはい。こういう時は、『見つめちゃいやん』て言うんだよ」
《キュキュ?》
ティアの腕に納まったフラムは、その言葉に首を傾げた。
「ふふっ。まぁ、そのうち慣れるよ。ほら、フラムも火のパパの所に行っておいで。私はこれから、皆でっ……皆に稽古をつけなきゃいけないからね。しばらく待機」
《キュっ》
しっかりとティアの言葉を理解したフラムは、嬉しそうに火王とマティのいる場所へと飛んでいった。
「さてと……ルクス以外は失格ね。あ、キルシュとアデルは見学。その他、失格者はサッサと立つ!」
その言葉で、ティアの周りに集まったベリアローズ、エルヴァスト、トーイ、チーク、ツバン、ザランの六人は、気合いを入れて剣を構えた。
「そんじゃぁ、レディちゃんで相手してあげる。かかってらっしゃい」
『『『おうっ!』』』
その後、数分でティア以外は地に這う事になるのだが、そんな様子を初めて見るクレアとキルシュは、始終目を見開き、驚愕の表情を浮かべて見ていた。
ーーーーーーーーーーーーー
ティアに打ちのめされ、ボロボロになった者達も一休みし、動けるようになった所で、それぞれが再び体を動かし始める。
これは、既に習慣化された事で、誰も何も言わなくても、自身を鍛える為の行動を始めるのだ。
勿論、当然のようにティアに特訓メニューを指示してもらう事もあった。
「キルシュは、この木剣を使って」
ティアから木剣を受け取ったキルシュは、これから剣を教えてもらえるのだと思うと、零れる笑みを止められなかった。
「おぉ、キルシュも男の子なんだね。やっぱり、剣って嬉しい?」
「っそ、そうだな……さっき見た先輩達の剣が…っ…良かった……」
「うんうん。素直でよろしい」
少々顔を赤らめながら言ったキルシュに、ティアは満足気に頷いた。
「っう、それより……アデルは何をやってるんだ?」
キルシュが視線を向ける先には、マティと距離を空けて向き合うアデル。そして、マティがランダムにアデルに向けて発動させる風弾を、アデルが器用に避けていた。
「アデルは身体能力が高いからね。あれで反射神経を鍛えてるの」
「へ、へぇ……」
体力もあるアデルだからこそ出来る事なのだが、何よりも楽しそうだった。
「ほら、見惚れてないで。やるよ」
「見惚れてないっ。少し気になっただけだっ……それと、お前が教えるのか?」
「うん。言っておくけど、お兄様もエル兄様も、剣術の基礎を教えたのは私だからね」
「なっ……」
驚くのは当然だろう。剣術など、十歳になるような子どもが教える立場になれる筈がない。
貴族の家では、それでも男子には早いうちから剣を教える事もある。だが、年齢的にはおかしいと気付くだろう。
キルシュも、不審気にティアを見つめて尋ねた。
「誰に教わったんだよ……」
そんなにも早くから、女であるティアが一体誰に教わったのか。それは、ティアに関わった誰しもが疑問に思いながらも、訊ねる事をしなかった質問だった。
ティアは、この場にいる全員が耳をそばだてるのを感じながら、笑顔で答えた。
「そんなの決まってるでしょ……ヒ・ミ・ツ」
「………」
妖しげに笑みを浮かべ、ウインクしながら片手の人差し指を口の前で立てて見せるティアに、全員が固まった。
そして誰もが、聞いてはならない事なのだと判断し、何事もなかったかのように動き出す。
「それじゃぁ、キルシュ。キルシュは……やっぱり、お兄様と同じ貴族の……だねっ」
ティアは決めたっと笑みを向けた。
「意味が分からないんだが……」
キルシュには分かる筈もなく、勝手に決定したティアに眉を寄せる。
「剣って言っても、色々あるんだよ。例えば、冒険者と騎士の剣の違いとかね」
「確かに、剣の種類は違うと思うが……」
キルシュは、何度か見かけた騎士達の持つ剣を思い浮かべる。
「剣の種類もそうだけど、剣技が全く違うんだ。その心構えもね」
「心構え……」
ますます意味が分からないと、キルシュは顔をしかめた。
そんな様子を見て、ティアは仕方がないと説明する。
「冒険者は、見て分かるように、独学で身に付けていくものだから、人によって剣の種類も、技も様々だよね」
そう言って、ティアは剣を交えるルクスとザランに目を向ける。同じように釣られて目を向けたキルシュは、二人の剣の違いや、振り方にそうだなと納得する。
そんな様子を確認したティアは、キルシュに目を戻すと、説明を再開する。
「けど、騎士は、騎士学校があるでしょう?そこで、基礎となる型を教えられて、それを磨いていくの。気持ち悪い程、みんな同じね。まぁ、教科書通りって感じだから、実戦では殆ど役に立たないキレイなやつだよ」
「そうなのか?僕の……二番目の兄が騎士をしているが……剣を振っている姿は格好良かったぞ?」
キルシュの兄は、騎士学校を首席で卒業したらしい。騎士として、今は国に仕えていると言う。
「だから、見た目だけね。実戦を知らなきゃ、ただのお飾りだよ。盾にもなれやしない」
騎士達の訓練は、ひたすら剣を型通り振るだけのものだそうだ。勿論、手合わせもあるらしいが、決められた型をなぞるというものだとか。これらは、三バカ達に聞いた事だった。
その結果、基礎体力が殆どない、見た目だけを重視した飾りものが出来上がるのだ。
現在、この国にいる騎士の大半はそんな役職名だけのお飾りだ。
本当の意味で騎士の実力があるのは、あのティアが鍛えてしまった『紅翼の騎士団』だけだった。
「騎士とは違って、冒険者の剣は、自身の身を守る為に磨くもの。命に直結するから、実戦経験が伴う。それによって、剣技も磨かれていくの」
倒さなければ、自身の命が危ない。そんな状況の中で、様々な経験によって磨かれていくのが、冒険者達の剣だ。
「先生なんていないのが普通だからね。技とかも、自身で編み出して、完成させていくの」
先輩である冒険者に指導をお願いする事もあるが、基本は一人だ。
「なら、あの先輩達の剣は何なんだ?騎士の剣とも違うと思ったんだが?」
「そうだね。だから、今ある騎士達のお飾りでしかない剣技になる前の時代。本当の剣技が生きていた頃のものが、お兄様やエル兄様に教えた剣なんだ」
「剣技が生きていた頃……」
決してお飾りではなく、力ある騎士達が生きて、腕を磨いていた頃の剣技。
「その話、興味あるねぇ」
「クレアママ?」
それまで、それぞれの行動を離れて静かに観察していたクレアが、ティアとキルシュの方へと歩み寄って来た。
「あの二人に聞いて、興味がね。確か、ベル君のが『貴族の剣』で、エル君のが『王族の剣』だったよね」
クレアは、二つの異なる剣技に感動したらしい。
「うん。『貴族の剣』は、自身と主君を守り、時に敵から逃げ切らなくちゃならないから、流れるような受け流しが主になる柔の剣。勿論、攻撃力はあるよ」
騎士とは違い、盾になって散るものであってはならない。敵の力量を正確に捉え、時に逃げる事も視野に入れて、自身の体力は温存しながら、敵の体力を削る。
技の殆どは、敵の力を利用して繰り出すもので、力の差があったとしても、それを利用する事で生存率がかなり高くなる。
「これに対して、エル兄様の『王族の剣』は、最終的に一人になったとしても、敵を葬る事を目的とした剛の剣。一撃必殺の技が多いの。王族が剣を振るう事になるって危機的状況に強い剣技ね」
勿論、生き残る事は大事だが、それよりも敵を倒す事に特化しているのだ。
「そんな剣技がねぇ……」
「うん。あ、なんなら竜人族から伝わる武術書を見てみる?それを元にしてるから、面白いよ?」
「竜人族の……成る程ねぇ。今度是非見せとくれ」
「うん」
そんな話を静かに聞いていたキルシュも、密かに目を輝かせていた。
それから一時間程経っただろうか。
「うん。これが基本ね」
キルシュに一通りの型を教え込んだティアは、休憩をしていたベリアローズに声を掛けた。
「それじゃぁ、お兄様ぁ。キルシュ見てやってくれる?」
「え、いや、悪いだろう」
ティアの呼び掛けに応え、歩み寄って来たベリアローズに、キルシュは恐縮してしまう。
それだけ、見せてもらったティアとの組手での剣技に魅せられていたのだ。
「私は構わない。それに、同じ剣技だろう?私も、まだまだ未熟だから、どこまで教えられるかわからないけどな」
「そんなっ……ご指導お願い致しますっ」
キルシュにとって、この二日程で、ベリアローズとエルヴァストは、心から尊敬出来る先輩になった。
こうして、アデルもキルシュも順調に実力を付けていき、冒険者としての活動を始めていくのだった。
ーーーーーーーーーーー
閑話第1話完
次回の編集をのんびりお待ちください。
この後は舞台裏。
そちらもお楽しみください◎
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