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閑話1ー01 お誘いしました
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再編集2018.9.9
ーーーーーーーーー
以前よりリクエストいただいていた
書籍未収録部分のエピソードを編集しました。
書籍版の時間経過とは少し違います。
入れ込むとすれば五巻の学園生活が始まって
少し経ってからという設定です。
こんなこともあり得たという閑話として楽しんでください。
ーーー状況解説・補足ーーー
それは、キルシュが警戒しながらもアデルと共に仲間となり、冒険者登録をした日のこと……
その時ギルドで思わぬ再会を果たした。
「おや、ルクスじゃないか」
「お袋!?」
幼い頃からの護衛兼保護者であるルクス・カラン。その母親であるクレアと出会ったのだ。
クレアはルクスを一人前に育てると、第二の人生として冒険者となった女傑だ。同じ年頃で、子ども達が巣立ったことを機に女ばかりのパーティを組み、国内外で活躍している。女だけの最強のパーティと有名だ。
この場にいるのは学生であるティア、キルシュ、アデルと、兄のベリアローズ、友人でこの国の第二王子であるエルヴァスト。護衛役のルクスと、冒険者仲間であるザラン。それとティアによって鍛えられた元騎士学校卒業生であり、今は同業者である三バカことトーイ、チーク、ツバンとクレアを入れての十一名。
それとティアの相棒であるディストレアのマティとドラゴンの子どもであるフラムだった。
ーーーーーーーーーー
ティアはアデルとキルシュを連れて、二人のギルドカードを受け取るためカウンターへと向かう。
「なんか、さっきより人が減ったね」
アデルが先程よりも歩きやすくなったギルド内を見回して言った。
それにティアも周りに目を向けながら答える。
「お昼時だし、殆どが仕事に出掛けて行ったからね。この時間帯から夕方までは、人が減るんだ」
多くの冒険者達は、今日の仕事へと出向いて行く。依頼が完了して帰ってくるのは、だいたい夕方頃から夜にかけてだろう。
特に休息日である今日は、普段違う仕事に着いている者達もいるので、混み合って当然だ。
「それで、明日からまたそれぞれの仕事だったりするのか?」
「そうだね。キルシュの所も、護衛の人とかは、そういう人がいるかもよ?実戦経験になるし、訓練の一貫としてやってると思うんだ。元冒険者も多いしね」
冒険者として護衛の力を見込まれ、護衛役として正式に雇われる者も少なくないのだ。
「そんなに働かないと生きていけないのか?」
キルシュには、働くということがまだよく分からない。
「まぁ、ある程度は働かないと、自由に出来るお金を持ってて損はないし?体が動かなくなる老後も考えていかないとね。なにも考えずに、一生養ってもらえるのは、貴族だけだよ」
「……僕達は恵まれているんだな……」
キルシュは、自身が今着ている服と、周りの冒険者や、依頼に来た人々の服を見比べる。
汚れ一つないキルシュの服とは、雲泥の差だ。
そんな様子を見ていたティアの目には、子どもの成長を喜ぶような色があった。
「ティア?」
ティアの雰囲気が変わったように感じたアデルが、不思議がって首を傾げていた。
「うん?なんでもないよ。さぁ、カードを貰いに行こう」
こうして、アデルとキルシュはギルドカードを手に入れた。
ギルドを出た一行は、クレアを伴って、ティア達が訓練に使う広場へときていた。
「仕事はいいのか?」
そうルクスがクレアに訊ねる。
「あぁ。明日の朝出発の仕事だからね。今日中に登録をしなきゃならなかっただけなんだ」
その言葉に、ノビをしたりと少し体をほぐしていたティアが振り返った。
「えぇ~……クレアママ、もしかして明日には居なくなっちゃうの?」
「ふふ。そうだねぇ。けど、また来週には戻ってくるよ」
「本当っ?」
ティアは目を輝かせる。その喜びが伝わったのか、フラムがティアの腰の袋から思わず顔を出してしまった。
《キュ?》
「ん?」
目を瞬かせるクレアと、目が合ってしまったフラムは、そろそろと首を引っ込める。
「あ~……」
それに気付いたティアは、フラムのいる袋へと目を向けて溜息を一つ。
クレアは、なんだったのか分かっていないようだが、ここで誤魔化すのも気が引けると、ティアは思い切って袋を開けた。
「ほら、フラム。挨拶して。ルクスのお母さんだから、怖くないよ」
どのみちこの場にクレアを連れて来た時点で、フラムの事を明かすつもりだったティアは、タイミング的にはいいかと判断したのだ。
《キュゥ?》
そろそろと長い首を出し、次の瞬間、勢い良く空へと飛び出した。
《キュっ》
ゆっくりと降下し、ティアの肩へと止まったフラムは、クレアと目を合わせて頭を下げた。
「……驚いたねぇ……ドラゴンの子どもかい?」
クレアは、最初は驚きに身を固めていたが、可愛らしいフラムの様子に、次第に笑みへと表情を変えながらティアへと近付く。
「触ってもいいかい?」
「いいよね。フラム」
《キュゥ》
そっと手を伸ばしたクレアは、小さなフラムの頭に指先を触れる。するとフラムが、甘えるようにスリスリと頭をその指に押し付けた。
《キュ~ゥ》
気持ち良さそうに目を細めるフラムに、クレアは破顔する。
「可愛いねぇ。フラムって言うのかい?よろしくね」
《キュっ》
その時、マティがティアの足下に来てお座りをし、見上げて言った。
《フラムばっかりズルイっ。マティも撫でて》
「え?今しゃべっ……た?」
フラムの正体を明かしている時点で、マティもと判断したのだろう。本当にマティは賢くなった。
「マティってば……ほら、あっちで、ちゃんと本来の姿で挨拶して。クレアママなら大丈夫」
《わぁいっ。へんし~ん》
ティアの許可が出たと、マティは転がるように喜び勇んで駆けて行く。そして、本来の姿へとその大きさと色を変えた。
「……ディストレア……」
クレアが呆然と呟く。
「やっぱ、びっくりだよな……」
「さすがにディストレアですからね……」
そうクレアを見ながら言うのは、疲れた表情のザランと、呆れるベリアローズだ。
《マティだよ。強いんだからっ》
えっへんと胸を張るマティに、未だクレアは反応出来ずにいる。さすがにそれが気になったルクスは、クレアへと声を掛けた。
「あのな……お袋……?」
そうクレアの表情を窺い見た時だった。
「凄い……っ凄いじゃないかっ。ディストレアだろっ?初めて見たよっ!なんて綺麗な赤なんだ!」
「「「へ?」」」
クレアが突然声を上げる。それから躊躇わずにマティへと駆け寄って行った。
「大きいねぇっ。もしかして、人を乗せられるのかい?」
《うん。乗る?》
「是非、乗せとくれっ!」
《任せてっ》
マティは、風の魔術であっさりとクレアをその背に乗せると、広場を走り回る。
「「「………」」」
それについていけないのは、マティに慣れている筈の男達だ。
「クレアさん……マジぱネェ……」
「さすがは、ゲイルさんの……」
「凄いなっ。順応力がただ事じゃない」
そう評するのは、呆然とするザランとベリアローズ、愉快そうに笑うエルヴァストだ。
「「「クレア姐さんと呼ばせてもらおうっ!!」」」
三バカ達は、尊敬の熱い眼差しを向けていた。
「……そういう人だよ……」
ルクスは、母親の性格を再認識していた。
「さっすが、クレアママ。お母様と近いものがあるねっ」
シアンの場合は、天然の成せる技なのだが、ティアは、自分の目に狂いはなかったとご満悦だ。
「マティちゃん、楽しそう」
「……やっぱり、珍しいのか?」
キルシュは未だにディストレアについて知らなかった。
その後、昼食を摂っていなかったと思い出した一行は、ティアの持つ『ゲルヴァローズの欠片』(発動すると家が現れる魔道具)で食事をする事になった。調理するのは、ティアとクレア。アデルも手伝っている。
「何度見ても不思議なんだが……」
今回は女性陣に任せようと、手持ち無沙汰なキルシュは、不思議そうに家を見て回る。そこで、不意に本棚の前で立ち止まり、ティアに許可を取ってからそれを手に取ると、中を見て驚く。
「……これは……どこの言葉だ?」
その呟きに、キルシュの広げた本を覗き込んだベリアローズが答えた。
「それか。それは、古代エルフ語だ。今は全種族が言葉を同じくしているが、今私達が話している言葉は、今から約三百年程前に確立された物だ。その前から共通語の考えがあったんだが、今とはまた違うらしい。古代と付く、それぞれの種族で言葉が分かれていた時代は、今から約千年程前になる。その頃の言葉だな」
ベリアローズは、懐かしそうにそう説明した。ベリアローズ自身、今と同じ事を、ティアに聞いたのだ。
「お詳しいのですね」
「いや、全部ティアから聞いた事だ。他にも……こっちは古代魔族語で書かれた魔工学の専門書。あれは、古代竜人族の、武術指南書だ」
「へぇ……」
ベリアローズが指さすのは、どれも分厚く古い本だ。
「貴重な本なのでは?」
図書館にもないような価値のある本なのではないかとキルシュは尋ねる。あまりにも無造作に、他の本と並べてあるのだ。それが気になった。
「あぁ。置いてあっても読めないだろうって事らしい。確かに、大分私も古代語を勉強したんだが、中々読めない。だが、きっと読めれば、計り知れない程の価値があると思う」
「ですよね……」
何処から手に入れた物なのかと疑問に思いつつも、他で見たことのない本の数々に興味が逸れたキルシュは、次に気になった本を手に取る。
「……『新・薬学全集』……」
ティアが体の弱かった姉、ユフィアに薬を作った事を思い出し、興味を引かれたらしい。
「それは、ティアに言わせれば、薬学書の中ではかなり分かり易い本だそうだ。言葉も、今のものだから読めると思うぞ。サルバの今のギルドマスターが書いた本だ」
「確か……エルフの……その横に同じ名前で『新毒薬大全』というのがあるのですが……」
危険な香りに、頬を引きつらせるキルシュだ。
それにベリアローズも苦笑する。
「あぁ……間違いなくマスターがティアへ贈った物だ。だが、凄いぞ。あらゆる毒に対する対処法と、解毒薬の作り方。入手方法まで全て事細かに書かれている。世界中見ても、ここにしかない逸品だ」
「それは……凄いですね……」
素直にキルシュは感心する。貴族にとって、毒に関する知識は重要だ。それは身を守る為であり、子どもであっても知るべき事として教えられる。
「見てもいいんでしょうか……?」
キルシュにも、これが貴重な物だと分かっている。だが、知りたいと思ったのだ。
「なぁに?キルシュ。毒に興味があるの?私のオススメ教えようか?」
その時、昼食の準備が出来たと、ティアが声を掛けに来た。キルシュが手を伸ばそうとしている本に目を向けて、ティアは笑みを浮かべながらそう言う。
「いや、毒じゃなく、その対処法だからな?あと、オススメは聞きたくない」
毒薬のオススメとはなんだと、キルシュは眉を寄せた。
「ただ……少し気になることがあるんだ……」
そう言い淀み、沈んだ表情になったキルシュに、何か事情があるのだろうと、ティアは察した。
「読みたいなら読んで良いよ。ただ、物が物だから、できれば持ち出しは無しにしてくれる?」
「勿論だ」
さすがにこの場にいる者以外の目に触れるのは問題になる。ティアは、そう約束を取り付け、許可した。
しかし、今から昼食だ。とりあえず食べろとキルシュを納得させた。
「凄いねぇ。こんなのがあるなら、是非欲しいよ」
全員がテーブルに着いて食事を始めると、クレアが改めて家の中を見回して羨ましそうに言った。その様子を見て、ティアが苦笑しながら答える。
「商品化はされたんだけど、値段が高額になり過ぎちゃったのと、サルバの魔術師ギルドで審査を受けて、通らないといけないの……貴重な魔導具だからって、その……これを持つのに相応しい者かどうかをね……」
販売が決まった当初、審査などなかったのだが、高額な値段の為に、欲しがるのは貴族だけ。それも、ただ見せびらかす為の物だったり、転売を目的としていた。
これに魔術師ギルドがいち早く気付き、販売を急遽取り止めたのだ。
商業ギルドもこれには賛成で、本当の意味で使う事が出来る冒険者を対象とする事を発表した。
そして、更にこの審査という形を取る事で、誰が所有者なのかも把握できるようになった。
「所有者の死後、これを回収することも決まっててね。それ程量産できないって事情もあるんだけど、ただ飾っておくべき物ではないから」
「成る程ねぇ……それで、いくらするんだい?」
「お袋……」
クレアは、欲しくて仕方が無いらしい。確かに、女性だけのパーティに、これは便利で心強い。
「良いじゃないか。聞くだけだよ」
ルクスが呆れる中、クレアはティアへと期待の目を向ける。
「えっと……さっ……」
「さ?」
あまりにも期待するクレアの目が輝き過ぎて、ティアも少し言いにくいのだが、ここは仕方が無いと大きく息を吐き出してから告げた。
「三百万ルグ」
「へ?」
その値段を告げてすぐに、ティアはクレアから目をそらす。そして、次のリアクションを予想ていたティアとルクスは、両手で耳を塞いだ。
「えぇぇぇぇっ!!」
だよねと思いながら予想した通りの絶叫に目を瞑るティア。
クレアの性格から、こうなるだろうと予想できたルクスも同じく溜息をつきながら目を閉じた。
他の者達は、目を丸くして身をそらすことしかできなかったようだ。
「さっ、三百万ルグだってっ!?ならコレは!?」
「この家は、サルバで開かれた武術大会の優勝賞品としてもらったの」
ティアには、三百万ルグを用意できる財力があるが、あえてそれを言うつもりはない。
「そ、そうかい……え?優勝?」
そっちの方が重要だと、クレアは固まる。それに答えたのはザランだった。
「そうだぜ?ゲイルさんを破ってな……怪我一つせずに……マジで化けもっ」
「サラちゃん。後で稽古つけたげるね」
「っいや、ま、マティと遊ぶ約束してっからっ」
そう目を激しく泳がせながらザランが誤魔化す。
「そうなの?分かった。サラちゃんへの当たりは手加減ナシでって言っておくね」
「あ……あざぁっす……」
そう言ってザランは、涙を流しながら、食事をかき込んだ。
そんなザランを、三バカ達が羨ましそうに見た後に、揃ってティアを見つめたが、そこは無視しておく事にしたティアだった。
「ゲイルに勝った……ティアちゃんが一人でかい?」
「うん。一対一ね。思いっきり魔術使ったもん。いくら力とか、身のこなしが素早いゲイルさんでも、剣だけじゃ大変でしょ?」
「あ、あぁ。確かに……そうかい……強いんだねぇ」
これにクレアは素直に信じてくれたらしい。
つづく
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以前よりリクエストいただいていた
書籍未収録部分のエピソードを編集しました。
書籍版の時間経過とは少し違います。
入れ込むとすれば五巻の学園生活が始まって
少し経ってからという設定です。
こんなこともあり得たという閑話として楽しんでください。
ーーー状況解説・補足ーーー
それは、キルシュが警戒しながらもアデルと共に仲間となり、冒険者登録をした日のこと……
その時ギルドで思わぬ再会を果たした。
「おや、ルクスじゃないか」
「お袋!?」
幼い頃からの護衛兼保護者であるルクス・カラン。その母親であるクレアと出会ったのだ。
クレアはルクスを一人前に育てると、第二の人生として冒険者となった女傑だ。同じ年頃で、子ども達が巣立ったことを機に女ばかりのパーティを組み、国内外で活躍している。女だけの最強のパーティと有名だ。
この場にいるのは学生であるティア、キルシュ、アデルと、兄のベリアローズ、友人でこの国の第二王子であるエルヴァスト。護衛役のルクスと、冒険者仲間であるザラン。それとティアによって鍛えられた元騎士学校卒業生であり、今は同業者である三バカことトーイ、チーク、ツバンとクレアを入れての十一名。
それとティアの相棒であるディストレアのマティとドラゴンの子どもであるフラムだった。
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ティアはアデルとキルシュを連れて、二人のギルドカードを受け取るためカウンターへと向かう。
「なんか、さっきより人が減ったね」
アデルが先程よりも歩きやすくなったギルド内を見回して言った。
それにティアも周りに目を向けながら答える。
「お昼時だし、殆どが仕事に出掛けて行ったからね。この時間帯から夕方までは、人が減るんだ」
多くの冒険者達は、今日の仕事へと出向いて行く。依頼が完了して帰ってくるのは、だいたい夕方頃から夜にかけてだろう。
特に休息日である今日は、普段違う仕事に着いている者達もいるので、混み合って当然だ。
「それで、明日からまたそれぞれの仕事だったりするのか?」
「そうだね。キルシュの所も、護衛の人とかは、そういう人がいるかもよ?実戦経験になるし、訓練の一貫としてやってると思うんだ。元冒険者も多いしね」
冒険者として護衛の力を見込まれ、護衛役として正式に雇われる者も少なくないのだ。
「そんなに働かないと生きていけないのか?」
キルシュには、働くということがまだよく分からない。
「まぁ、ある程度は働かないと、自由に出来るお金を持ってて損はないし?体が動かなくなる老後も考えていかないとね。なにも考えずに、一生養ってもらえるのは、貴族だけだよ」
「……僕達は恵まれているんだな……」
キルシュは、自身が今着ている服と、周りの冒険者や、依頼に来た人々の服を見比べる。
汚れ一つないキルシュの服とは、雲泥の差だ。
そんな様子を見ていたティアの目には、子どもの成長を喜ぶような色があった。
「ティア?」
ティアの雰囲気が変わったように感じたアデルが、不思議がって首を傾げていた。
「うん?なんでもないよ。さぁ、カードを貰いに行こう」
こうして、アデルとキルシュはギルドカードを手に入れた。
ギルドを出た一行は、クレアを伴って、ティア達が訓練に使う広場へときていた。
「仕事はいいのか?」
そうルクスがクレアに訊ねる。
「あぁ。明日の朝出発の仕事だからね。今日中に登録をしなきゃならなかっただけなんだ」
その言葉に、ノビをしたりと少し体をほぐしていたティアが振り返った。
「えぇ~……クレアママ、もしかして明日には居なくなっちゃうの?」
「ふふ。そうだねぇ。けど、また来週には戻ってくるよ」
「本当っ?」
ティアは目を輝かせる。その喜びが伝わったのか、フラムがティアの腰の袋から思わず顔を出してしまった。
《キュ?》
「ん?」
目を瞬かせるクレアと、目が合ってしまったフラムは、そろそろと首を引っ込める。
「あ~……」
それに気付いたティアは、フラムのいる袋へと目を向けて溜息を一つ。
クレアは、なんだったのか分かっていないようだが、ここで誤魔化すのも気が引けると、ティアは思い切って袋を開けた。
「ほら、フラム。挨拶して。ルクスのお母さんだから、怖くないよ」
どのみちこの場にクレアを連れて来た時点で、フラムの事を明かすつもりだったティアは、タイミング的にはいいかと判断したのだ。
《キュゥ?》
そろそろと長い首を出し、次の瞬間、勢い良く空へと飛び出した。
《キュっ》
ゆっくりと降下し、ティアの肩へと止まったフラムは、クレアと目を合わせて頭を下げた。
「……驚いたねぇ……ドラゴンの子どもかい?」
クレアは、最初は驚きに身を固めていたが、可愛らしいフラムの様子に、次第に笑みへと表情を変えながらティアへと近付く。
「触ってもいいかい?」
「いいよね。フラム」
《キュゥ》
そっと手を伸ばしたクレアは、小さなフラムの頭に指先を触れる。するとフラムが、甘えるようにスリスリと頭をその指に押し付けた。
《キュ~ゥ》
気持ち良さそうに目を細めるフラムに、クレアは破顔する。
「可愛いねぇ。フラムって言うのかい?よろしくね」
《キュっ》
その時、マティがティアの足下に来てお座りをし、見上げて言った。
《フラムばっかりズルイっ。マティも撫でて》
「え?今しゃべっ……た?」
フラムの正体を明かしている時点で、マティもと判断したのだろう。本当にマティは賢くなった。
「マティってば……ほら、あっちで、ちゃんと本来の姿で挨拶して。クレアママなら大丈夫」
《わぁいっ。へんし~ん》
ティアの許可が出たと、マティは転がるように喜び勇んで駆けて行く。そして、本来の姿へとその大きさと色を変えた。
「……ディストレア……」
クレアが呆然と呟く。
「やっぱ、びっくりだよな……」
「さすがにディストレアですからね……」
そうクレアを見ながら言うのは、疲れた表情のザランと、呆れるベリアローズだ。
《マティだよ。強いんだからっ》
えっへんと胸を張るマティに、未だクレアは反応出来ずにいる。さすがにそれが気になったルクスは、クレアへと声を掛けた。
「あのな……お袋……?」
そうクレアの表情を窺い見た時だった。
「凄い……っ凄いじゃないかっ。ディストレアだろっ?初めて見たよっ!なんて綺麗な赤なんだ!」
「「「へ?」」」
クレアが突然声を上げる。それから躊躇わずにマティへと駆け寄って行った。
「大きいねぇっ。もしかして、人を乗せられるのかい?」
《うん。乗る?》
「是非、乗せとくれっ!」
《任せてっ》
マティは、風の魔術であっさりとクレアをその背に乗せると、広場を走り回る。
「「「………」」」
それについていけないのは、マティに慣れている筈の男達だ。
「クレアさん……マジぱネェ……」
「さすがは、ゲイルさんの……」
「凄いなっ。順応力がただ事じゃない」
そう評するのは、呆然とするザランとベリアローズ、愉快そうに笑うエルヴァストだ。
「「「クレア姐さんと呼ばせてもらおうっ!!」」」
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「……そういう人だよ……」
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「さっすが、クレアママ。お母様と近いものがあるねっ」
シアンの場合は、天然の成せる技なのだが、ティアは、自分の目に狂いはなかったとご満悦だ。
「マティちゃん、楽しそう」
「……やっぱり、珍しいのか?」
キルシュは未だにディストレアについて知らなかった。
その後、昼食を摂っていなかったと思い出した一行は、ティアの持つ『ゲルヴァローズの欠片』(発動すると家が現れる魔道具)で食事をする事になった。調理するのは、ティアとクレア。アデルも手伝っている。
「何度見ても不思議なんだが……」
今回は女性陣に任せようと、手持ち無沙汰なキルシュは、不思議そうに家を見て回る。そこで、不意に本棚の前で立ち止まり、ティアに許可を取ってからそれを手に取ると、中を見て驚く。
「……これは……どこの言葉だ?」
その呟きに、キルシュの広げた本を覗き込んだベリアローズが答えた。
「それか。それは、古代エルフ語だ。今は全種族が言葉を同じくしているが、今私達が話している言葉は、今から約三百年程前に確立された物だ。その前から共通語の考えがあったんだが、今とはまた違うらしい。古代と付く、それぞれの種族で言葉が分かれていた時代は、今から約千年程前になる。その頃の言葉だな」
ベリアローズは、懐かしそうにそう説明した。ベリアローズ自身、今と同じ事を、ティアに聞いたのだ。
「お詳しいのですね」
「いや、全部ティアから聞いた事だ。他にも……こっちは古代魔族語で書かれた魔工学の専門書。あれは、古代竜人族の、武術指南書だ」
「へぇ……」
ベリアローズが指さすのは、どれも分厚く古い本だ。
「貴重な本なのでは?」
図書館にもないような価値のある本なのではないかとキルシュは尋ねる。あまりにも無造作に、他の本と並べてあるのだ。それが気になった。
「あぁ。置いてあっても読めないだろうって事らしい。確かに、大分私も古代語を勉強したんだが、中々読めない。だが、きっと読めれば、計り知れない程の価値があると思う」
「ですよね……」
何処から手に入れた物なのかと疑問に思いつつも、他で見たことのない本の数々に興味が逸れたキルシュは、次に気になった本を手に取る。
「……『新・薬学全集』……」
ティアが体の弱かった姉、ユフィアに薬を作った事を思い出し、興味を引かれたらしい。
「それは、ティアに言わせれば、薬学書の中ではかなり分かり易い本だそうだ。言葉も、今のものだから読めると思うぞ。サルバの今のギルドマスターが書いた本だ」
「確か……エルフの……その横に同じ名前で『新毒薬大全』というのがあるのですが……」
危険な香りに、頬を引きつらせるキルシュだ。
それにベリアローズも苦笑する。
「あぁ……間違いなくマスターがティアへ贈った物だ。だが、凄いぞ。あらゆる毒に対する対処法と、解毒薬の作り方。入手方法まで全て事細かに書かれている。世界中見ても、ここにしかない逸品だ」
「それは……凄いですね……」
素直にキルシュは感心する。貴族にとって、毒に関する知識は重要だ。それは身を守る為であり、子どもであっても知るべき事として教えられる。
「見てもいいんでしょうか……?」
キルシュにも、これが貴重な物だと分かっている。だが、知りたいと思ったのだ。
「なぁに?キルシュ。毒に興味があるの?私のオススメ教えようか?」
その時、昼食の準備が出来たと、ティアが声を掛けに来た。キルシュが手を伸ばそうとしている本に目を向けて、ティアは笑みを浮かべながらそう言う。
「いや、毒じゃなく、その対処法だからな?あと、オススメは聞きたくない」
毒薬のオススメとはなんだと、キルシュは眉を寄せた。
「ただ……少し気になることがあるんだ……」
そう言い淀み、沈んだ表情になったキルシュに、何か事情があるのだろうと、ティアは察した。
「読みたいなら読んで良いよ。ただ、物が物だから、できれば持ち出しは無しにしてくれる?」
「勿論だ」
さすがにこの場にいる者以外の目に触れるのは問題になる。ティアは、そう約束を取り付け、許可した。
しかし、今から昼食だ。とりあえず食べろとキルシュを納得させた。
「凄いねぇ。こんなのがあるなら、是非欲しいよ」
全員がテーブルに着いて食事を始めると、クレアが改めて家の中を見回して羨ましそうに言った。その様子を見て、ティアが苦笑しながら答える。
「商品化はされたんだけど、値段が高額になり過ぎちゃったのと、サルバの魔術師ギルドで審査を受けて、通らないといけないの……貴重な魔導具だからって、その……これを持つのに相応しい者かどうかをね……」
販売が決まった当初、審査などなかったのだが、高額な値段の為に、欲しがるのは貴族だけ。それも、ただ見せびらかす為の物だったり、転売を目的としていた。
これに魔術師ギルドがいち早く気付き、販売を急遽取り止めたのだ。
商業ギルドもこれには賛成で、本当の意味で使う事が出来る冒険者を対象とする事を発表した。
そして、更にこの審査という形を取る事で、誰が所有者なのかも把握できるようになった。
「所有者の死後、これを回収することも決まっててね。それ程量産できないって事情もあるんだけど、ただ飾っておくべき物ではないから」
「成る程ねぇ……それで、いくらするんだい?」
「お袋……」
クレアは、欲しくて仕方が無いらしい。確かに、女性だけのパーティに、これは便利で心強い。
「良いじゃないか。聞くだけだよ」
ルクスが呆れる中、クレアはティアへと期待の目を向ける。
「えっと……さっ……」
「さ?」
あまりにも期待するクレアの目が輝き過ぎて、ティアも少し言いにくいのだが、ここは仕方が無いと大きく息を吐き出してから告げた。
「三百万ルグ」
「へ?」
その値段を告げてすぐに、ティアはクレアから目をそらす。そして、次のリアクションを予想ていたティアとルクスは、両手で耳を塞いだ。
「えぇぇぇぇっ!!」
だよねと思いながら予想した通りの絶叫に目を瞑るティア。
クレアの性格から、こうなるだろうと予想できたルクスも同じく溜息をつきながら目を閉じた。
他の者達は、目を丸くして身をそらすことしかできなかったようだ。
「さっ、三百万ルグだってっ!?ならコレは!?」
「この家は、サルバで開かれた武術大会の優勝賞品としてもらったの」
ティアには、三百万ルグを用意できる財力があるが、あえてそれを言うつもりはない。
「そ、そうかい……え?優勝?」
そっちの方が重要だと、クレアは固まる。それに答えたのはザランだった。
「そうだぜ?ゲイルさんを破ってな……怪我一つせずに……マジで化けもっ」
「サラちゃん。後で稽古つけたげるね」
「っいや、ま、マティと遊ぶ約束してっからっ」
そう目を激しく泳がせながらザランが誤魔化す。
「そうなの?分かった。サラちゃんへの当たりは手加減ナシでって言っておくね」
「あ……あざぁっす……」
そう言ってザランは、涙を流しながら、食事をかき込んだ。
そんなザランを、三バカ達が羨ましそうに見た後に、揃ってティアを見つめたが、そこは無視しておく事にしたティアだった。
「ゲイルに勝った……ティアちゃんが一人でかい?」
「うん。一対一ね。思いっきり魔術使ったもん。いくら力とか、身のこなしが素早いゲイルさんでも、剣だけじゃ大変でしょ?」
「あ、あぁ。確かに……そうかい……強いんだねぇ」
これにクレアは素直に信じてくれたらしい。
つづく
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