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6巻

6-3

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「あ~、それでトールのことな。この前も言わなかったんだが……いや、本人から聞いてくれ……うん。それがいい。イヤフィス繋がるだろ? カリュ達と一緒に帰って来るか、そっちから聞いてやってくれ」
『む。分かった。この後、連絡してみよう』
「ああ」

 そこで話が終わると思いきや、ファスター王は何かを考えていた。

『……』
「どうした?」
『うむ……その……学園もな……親に影響を受けた子は多いし……今のカリュ達やセルジュ君には嫌な場所になるだろうなと……』

 申し訳なさそうにファスター王が顔をしかめた。だが、フィルズは鼻で笑い飛ばす。

「せっかく、権力ってもんを持ってんだからさあ。変えられるところは手を入れて、変えてみたらいいんじゃね? そう難しく考えんなよ」
『っ、変える?』

 フィルズは頬杖をついて、面白そうにニヤリと笑って見せる。何かをたくらむようなその笑みは、ファスター王にとっては希望を呼び込むものだ。だから、フィルズに釣られるように同じようにファスター王も笑みを見せていた。

『何を変えるんだ?』
「学園って、授業はダンスと礼法以外、男子学部と女子学部で分かれてるんだろ?」
『ああ』

 校舎は男女別棟。だが、食事の時や休憩きゅうけい時間、図書館などの施設では共用の場で交流する。フィルズはセルジュが行くとあって、既に隠密ウサギ達を忍び込ませ、情報を集めていた。

「わざわざその他の授業を分けることなくね? そりゃあ、家を継ぐ奴らは専門の知識がるかもしれんが、結局、そこまで詳しく学園でやらないんだろ」
『ああ……』

 家を継がない第三子以降の者も揃って受けられる授業しか学園にはない。長男や次男は、その後に家に戻って、それぞれの家で、実践形式で学ぶのだそうだ。

「なら、女達にも受けさせたらどうだ? 逆に、男達にも刺繍ししゅうとかやらせてやったらいいんだよ。案外面白いことになると思うぜ?」
『……方針を変えるのか……っ、いや、それはさすがに……』
「知ってるか? 女達、読み書き計算を最低限しかやらないから、暇過ぎて学園で人のいびり方を学んでんだぜ?」
『……ん? い、いびり方?』

 聞き間違いだろうかとファスター王は少し画面に顔を近付けた。

「いびり方だよ。第一夫人として、第二夫人や第三夫人をどうやって抑圧するか? 追い出すか? みたいなのをそこで学んでるようなものらしい。リサが言ってた」
『……それは、どういう……』
「それが、女達が主に学園で学ぶことなんだってさ。あいつら、勉学は片手間でできる範囲しかやらせてもらってないんだよ」
『……』
「学園の教育方針、チェックした方がいいぜ。ファシーもだが、親父も、女の方にも同じように授業があるって思ってたんだろ」
『も、もちろんだ。学園は勉学を教わる所だろう? それと社交性、協調性……』

 男は男の方の授業しか知らないのは当然で、しかもこの国で王となるのは男。政治的実権を持つのも男だ。だから、女の方の実情を知らなかった。
 当然、同じようなカリキュラムで、男に剣術や戦術に関する特別な授業がある代わりに、女には刺繍やドレスの着こなしに関する授業がある。その他の算学や語学の授業は同じ内容だと思い込んでいた。しかし、違うのだ。

「女の方、ウチの領の孤児院の十歳以下のレベルだぜ。計算なら、乗算じょうさん除算じょさんの基本までで、ほぼできない。語学の授業は、ひたすら女らしい文字と手紙の書き方の練習で、一般的な古代語どころか古語もやらない」

 一般的な古代語と呼ばれるのはこの世界特有の言語で、古語とはその文字のことだ。ちょっと言い回しが独特な、日本で言うところの古典で読み解く文章みたいなものだった。
 因みに古代語にはあと二種類あり、一つが神の言語で、神託などで使われていたもの。もう一つがかつて転生した賢者の使っていた日本語だ。
 それを聞いて、ファスター王は何かを思い出す。

『……まさか……あれは本気で分からなかったのか……』

 その内容を察したフィルズがあえて口にする。

「アレだ。『わたしぃ、こんなの分かんなぁい』って、本気なんだよ。可愛さアピールでもなんでもなく。ただの無知。事実」
『……』

 この現実に、ファスター王は顔を青ざめさせる。彼にとって、女性の基準は母親であるカティルラだ。国で最高峰の女性だった。だから、まさかそこまで貴族女性の学力の一般的な程度が低いなんて思いもしなかった。
 さすがに突きつけ過ぎたかと、フィルズはフォローする。

「いや。できる奴もいるぜ? 自分達で知ろうとしたり、知っているべきだって自覚して学園で独自で勉強するのもさっ。カティやレヴィの周りにもそれなりに居たって」

 カティはカティルラ、レヴィはファスター王の妹、レヴィリアの愛称だ。

『……』

 衝撃のあまり、ファスター王は浮上して来ない。このままではいけないと、フィルズは用意していた解決策を口にする。

「あ~、ほら、だからさあ。男だって、女が居る所ではカッコ付けたり、見栄張ったりするだろ?」
『……あ、ああ……そう……だな』

 男は女性の目を気にする。それは女性の方でもある。

「女も同じなんだよ。逆に男に見られてねえ所だと、すげえぞ~。その顔と行動を男が見たら、一瞬で夢からめるくらいに」
『あ、いや、確かに、学園で……嫌がらせをする者もいたようだが……女性もなのか……』

 ファスター王が動揺しているのを知りながら、フィルズは画面から目を逸らす。
 これ以上実態を伝えるのは気の毒と思いつつも、伸びた爪が気になる体を装って指先をもてあそびながら、頬杖をついてあくまで何でもないことのように続けた。そういえば、酷いことを学んでいるんだよなと付け加えるかたちで。

「女は学園で頬の張り方を学ぶんだってよ」
『いやいやいやっ。そんな授業ないだろっ』

 相当動揺が酷いのを見て、フィルズはどうせならこのままちょっと気分を変えてもらおうと、ファスター王の方に再び目を向けた。
 頬杖も外し、腕を組んで椅子の背もたれに身を預ける。

「これもさあ、もういっそ、授業で正式にやってみたらいいんじゃね? 男も叩かれる痛みは知っといた方がいいって。ほら、多少まともになるかもだし」

 またとんでもないことを言い出したとファスター王は目を見開いて画面に更に近づく。フィルズの狙い通り、気分は変わったらしい。

『良くない!』
「いや、だってさあ。貴族って、やられる痛みを想像できない奴って多いよ? 一回引っぱたくと、ちょっと大人しくなるのは実証済みだし」
『っ、どこでっ、誰に試した⁉』
「ん? うちの店に突っ込んで来た奴ら。商店街のど真ん中で、『この技術は貴族である我々に献上けんじょうすべきものだ!』って胸反らして言ってくんのがいるんだよな~。我々ってどこの誰よ」

 フィルズは、座ったまましっかりとその貴族の声音と態度を真似て見せる。

『それで手を出したのか……?』
「いや。さすがにこれだけで手は出さんって。相手に手を出させねえと、正当防衛って成立しないじゃん」
『……私が言うのもなんだが、貴族には通用せんぞ……?』

 貴族は、不敬罪と言って、極端に言えば気に入らない民を独断で処罰することも可能なのだ。もちろん、それをやたらと乱用する者は、貴族としての品位がないと認識される上、教会から国へ訴えられる。
 そうなると、貴族の方も賠償や降爵こうしゃくなどの処罰がある。酷ければ没落だ。教会に訴えられるということは、それだけ不名誉なことであり、神に逆らうことなのだから。
 しかし、それでも不敬罪の適用はなくはないのだ。それなのに、フィルズはそんなことさせないと自信満々だった。

「あん? そんなことねえよ。護衛に剣抜かせといて、張り手でされたとか、情けなくて訴えられねえだろ? 周りにいっぱい人居るし」
『……確信犯だ……』
「因みにこれ、ばあちゃんも母さんもやる」
『っ、間違いなく経験からきたやり方だっ!』
「けど、じいちゃんの場合は、周りに居る人が集まって来て、いちゃもん付けて来た貴族も護衛もまとめて集団でボコるらしい。そんで、教会に直接連行してもらうんだってさっ。マジでじいちゃん最強っ」

 フィルズの祖父であるリーリルは、その可憐かれんはかなげな見た目をフルに使い、周りを味方に付けてしまうのだ。洗脳より恐ろしい手管てくだを持っている。多分、武神と呼ばれる祖母ファリマスよりも、リーリルの方が敵に回すと恐ろしい。
 あははと笑うフィルズ。これにファスター王は思わず顔を両手で覆う。

『っ、貴族の撃退法なんて普通考えないからっ』
「大丈夫だ。お陰様で何度かあって練習できたから、リュブラン達にも伝授しといた。実践経験もバッチリだ」

 フィルズが親指を立てて自信満々に告げた。顔を上げたファスター王は叫ぶ。

『っ、そんな経験、どこで役立つのだ⁉』
「襲われた時にも使えるって。魔力で身体強化した上での、正しいフォームの張り手って、人ぶっ飛ぶんだぜっ。あれ気持ちいいんだよっ」
『……それ、リュブランも……』
「カリュやリサもできるぞ? あっ。リサには、女にやる時は気を付けろって言ってあるから心配するなっ」
『それ、リサーナは男でも吹っ飛ばせるってことか……?』
「え? 当然じゃん。撃退法なんだから。因みに、盗賊相手でも試した」
『……』
「ただ、カリュやリュブランもだけど、リサもさすがは王族の血を引く女だよな。『嫌だ! 不潔‼』って、拒否反応も加わったから、危うく殺すとこだった」
『……どんな威力だ……』

 リサーナがそれをできるのは、ファリマスに教わったからだ。武神とまで呼ばれる人の直伝。それを継承してしまったとなれば、威力は想像を超えるかもしれない。ファスター王はまた違う意味で頭を抱えた。

「うちの従業員は、それで全員習得済み。町の人向けの護身術の講座でも取り入れていってるから、着々と女に伸される男が出て、やられた方の冒険者達も訓練に熱が入ってるよ」
『……冒険者の心も折るほど……』

 女に負けたとあって、プライドが傷付くどころか折れたらしい。泣きながら訓練場に通う男達が日に日に増えている。とはいえ、その被害に遭った男達は、もともと女癖や酒癖が悪いと評判で、町がまたちょっと平和になったと笑い話にされている。

「ここまで反響があるならって、講座だけじゃなく、このまま広げようとも思ったんだけどさあ、やっぱ、やり過ぎんのも問題なんだよな~」
『……』

 もう聞くのが怖いと、ファスター王は耳をふさぎそうになっている。しかし、フィルズは気付かない。

「どこだったかの国で、じいちゃんとばあちゃんがそのやり方を貴族相手用で伝授しまくったことがあったらしいんだ。それで、貴族の降爵と抹消が相次いで、不敬罪っての自体なくなった国があったんだってさ」
『確信犯だ……』
「影響力すげえよなっ」
『……』

 実は国を根本から変えてしまえる力を持つ流民達の噂は、昔からちょこちょこと耳にする。その現代の筆頭が間違いなくフィルズの祖父母だ。

「あ~、話が逸れた。だから、女がやる張り手もさあ、身体強化を使えるように訓練するためにやればいいんだよ。何より、魔力はそれなりに使った方が健康にいい」
『それは……そう聞いているが……』

 貴族は魔力を多く持っている。
 しかし、その魔力を、日頃から使わないため、年を取って来ると、魔力の通り道が詰まるなどして、体調に不調をきたすようになるということが分かっている。だから、少しでも使える場を用意してやったらどうだ、とフィルズは提案しているのだ。

「そんで、女も男もそれぞれの視線って気になるものだし、その異性の視線で問題行動も自然と減るだろ。いいカッコするために勉学にも力が入る。そうなると、社交を学ぶって意味でも男女一緒に授業するのがいいんじゃねえかって話」
『……学園長達と相談してみよう……』
「おう」

 国を変えてしまう流民の血を、フィルズもしっかりと受け継いでいるのだとファスター王は改めて実感し、納得した。



 ミッション② 王都進出の準備をしよう



 セルジュの学園への入学までに、三週間を切ったその日。フィルズは執務室で商業ギルド長のミラナを前にして首を傾げていた。

「結構、土地はあるんだなあ」
「いや。まあ、王都はねえ……ありはするんだよ? あるけどねえ……」

 フィルズの前には、王都の売られている土地の情報が一枚ずつでまとめられた紙が並べられている。だが、売り込むはずの商業ギルド長のミラナは浮かない顔をしていた。
 セイスフィア商会は、今や間違いなくこの国トップクラスの営業成績を持つ商会だ。そんな商会に土地を買ってもらえるならば、これは商機と最高額の土地さえ勧めて来てもおかしくはない。
 しかし、ミラナにその勢いはなかった。それが不思議で、フィルズが彼女の顔をのぞき込むようにして尋ねる。

「なんでしぶってんの?」
「……いや、なに……これらの土地は、王都のギルド長が『セイスフィア商会に』って勧めて来たものなんだが……」
「ん?」

 その表情から、気に入らないという色が見えた。

「もしかして、いい場所じゃねえのか?」
「……ああ……全部、貧民街に近いんだよ……間違っても、人々への影響力や貢献度が高い商会が支店を出す場所じゃないっ」

 ミラナは苛立いらだった様子で膝の上でこぶしを握り、テーブルの上の紙を睨んだ。
 しかし、フィルズは鼻で笑う。

「へえ。まあ、王都なんて、貴族が後ろ盾になってるのが当たり前なんだろ? 俺は公爵家の人間だってのも公にしてねえしなあ」
「……この辺の子らは、知っていても口にしないしねえ」
義理堅ぎりがたい奴らばっかりで有難いぜ」

 住民達は、子どもも含めてフィルズが公爵家の子だと公にしてしまうと、今のように外に出て来ることもなくなるかもしれないと恐れているのだ。だから、仮に知っていても誰も口にしない。
 これはクラルスに対してもそうだ。第二夫人だと知っているが、それを口にしてしまえば、気軽に話をすることもできなくなると思っている。何より、貴族達との面倒そうなしがらみにフィルズやクラルスが囚われるようなことになって欲しくないと思っていた。
 その辺りの事情も知っているミラナは、これに賛成ではあるが、不満もあるようだ。

「商会長としてのお披露目も最初の開店時に挨拶あいさつしただけだろう? それも、従業員と同じ制服で……外から来た者達には、その他大勢に紛れて分からなかっただろうさ」

 商会長は、それこそ努力して勝ち取る立場だ。『自分が商会長です!』と装いからして主張するものらしい。
 しかし、フィルズは普段から店に出る時は従業員達と同じ服装。商会長として人と会う時も、エプロンを取り、黒のベストを着て体裁ていさいを整えただけの制服姿だ。それに年齢も若い。成人さえまだだ。とてもではないが『商会長』と分かるものではない。
 開店時も、挨拶をして客を入れたら、もう他の従業員と一緒になってしまって、外から来た者達には見分けが付かなかっただろう。それ以前に、客が押し寄せ過ぎて個人的に声を掛けるなんてことができなかったという事情もある。

「あ~、ウチは母さんが広告塔だし。俺は見た目まだ子どもじゃん? 目立ってもしゃあねえもん。余計なトラブルの元だし」
「はっ。確かにねえ。子どもだからとナメられるか」
「そういう奴は、ロクなもんじゃねえから、お帰り願うけどな。コランにも、追い出せって言ってある。というか、クマが放り出す」
「ここは、若い子が優秀だからねえ。その上、それぞれが勝手をやらずにきちんとまとまっている」

 この頃は、リュブランの側近のようなものであったコランに、ほぼ契約なども任せている。その中で、今後も深く付き合っていけそうという者達だけが、商会長としてのフィルズに会うことができるのだ。

「フィルと中々顔合わせができんから、自然にフィルが商会長と知っている商人達は、外で会ってもそれを口にしないみたいだしねえ」
「あれ、たまに笑えるんだよな~。まあ、プレミアってか、『私だけ特別』ってやつ、人は好きだしな」
「まんまとやられたよ。外ではたいてい冒険者の姿だし、私も二度見、三度見されてんの見た時は笑ったね」
「別にこっちで隠してるわけでも、変装してるわけでもねえんだけどな~」

 本当に自然とそうなってしまったのだ。嬉しい誤算だった。

「たいていの商会長なんて目立ちたがりだし、常に声を掛けてもらえるように分かりやすい格好をしているもんなんだよ。まあ、だからって、ギラギラしたのをまとえとは言わんよ?」

 派手な装いで、良い意味でも悪い意味でも視線を集めるのが普通らしい。

「そういうジジイ、いそうだな。間違ってもお近付きになりたくねえわ」
「残念ながら、王都に本店を持っているやからはソレばかりだよ」
「え~」
「嫌でも近付いて来るさね」

 避けられるわけがないだろうと、ミラナは呆れた顔を向けた。

「教会が後ろ盾ってのも、王都の奴らは気に入らないだろうしねえ。ギルドの連中もそうだが、貴族の顔色を窺うしか能がない情けない奴らばかりさ」

 侮蔑ぶべつと同じだけ、嘆かわしさがミラナのその表情にはにじみ出ていた。

「そこまで愚痴ぐちるのは珍しいな」

 そんなことを口にしながら、フィルズは立ち上がり、執務机の一番下の引き出しから折り畳まれた紙を一枚取り出す。それを持って戻り、広げられていた土地の紙を集めて一箇所にまとめる。不思議そうにするミラナを気にせず、持って来た紙を開いてテーブルの上に広げた。
 それは王都の町の詳細な住宅地図だった。

「っ! はあ⁉ これはっ、王都⁉」
「うん。王都の地図」
「いやいやっ! どんなたくみさくだい、これは⁉」
「ん? 俺が書いたけど?」
「なんて才能の無駄遣い! 国に売れるよ⁉ というか、ウチにおいでっ」
「これだけがやりたいわけじゃねえもん。あと、これが外に知られると、面倒なことになりそうだし」

 こればっかり専門にやらされそうだ。それも、どこぞに閉じ込められて。

「こぞって囲い込もうとするだろうねっ。ヤバいよ、これはっ。そもそも、一商会が持てるものじゃないっ」
「こういうの、それぞれの組織や国ごとで、独自に作るんだって?」
「ああ」

 商業ギルド、冒険者ギルド、国で、各々作り上げた地図を保管し、管理している。
 一般には、簡略化した地図がギルドごとで売られているが、あくまでも簡略化されたもののため、目印となる物や道の分かれ道の数などを確かめるために使われる。
 間違っても、一軒一軒の家の大きさから形まではっきりと書き込まれているような地図は、表には出て来ない。
 寧ろ、ここまでの精度のものは国でも持っていないだろうとミラナは予想している。

「何年かごとで更新とかすんの?」

 フィルズは、土地の情報が書かれた紙を束にして手に取る。そして、記載された小さな地図や場所の目印についての記述と、自身の地図を見比べながらミラナに尋ねた。

「そうだね。だいたい、五年ごとか。詳細な地図は、現場に行って常に確認しながら書き上げるものさ。それこそ、何年もかけて書き上げる」
「へえっ」
「……その顔だと、これだけ書き上げるのに時間もかからないんだね? というか、フィルなら現場にも行ってなさそうだ」
「あはは……大正解。専用の測量部隊を作ったからな。メンバーはちょっと紹介できないけど」
「……どんなのを使ってるんだか……ほどほどにしなよ」
「おうっ」

 ニヤリと笑うフィルズを、ミラナは胡散臭うさんくさそうに見るだけに留めたようだ。
 王都の地図で大体の場所を把握したフィルズは、黙々と候補地を絞り込んでいく。そして、土地を五つに絞った。

「なあ。貧民街って言っても、この辺は、単に所得が低い奴らの住む区域だよな?」
「ああ。治安は良いとは言えないが、危険な浮浪者の集まる場所は、もっと外壁に近くて馬車道からも離れた……この辺だからねえ」

 そうしてミラナが指で大きく丸を書いて示したのは、王都の南西の端の一画。
 王都は円形をしている。時計に例えて大まかに分けると、北側の九時から三時の範囲が、貴族や裕福なその関係者達の住まう区画。その中心よりやや北寄りに王城がある。
 そして、王都のほぼ中央に教会があり、南東の三時から六時の間に当たる範囲に歓楽街や商店が並び、商業ギルドが中央にある。
 残りの六時から九時の辺りが、貧民街と呼ばれる貧しい者達が住む場所であり、それを北からき止める位置に冒険者ギルドがあった。最も貧しく、住む家もないはぐれ者や親を亡くした浮浪児達が集まる地が、その貧民街よりも奥にある。


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