153 / 200
ミッション10 子ども達の成長
360 あの子は凡人……
しおりを挟む
それは堪えていた笑いを噴き出すようだった。
「っ……ふふっ、ふふふっ。ようやくっ! ようやくわたくしだけにっ」
第三王妃のことは邪魔だったが、メルナの方で流した悪評もあり、王も貴族達も見向きもしなくなっていた。
「あはっ。本当に面白いくらい、思った通りに噂になるんだから。ふふふっ」
メルナは若い頃から嫌いな者を排除するため、その人の不名誉な噂を流すのが好きだった。そして、思い通りに家から追放されたり、謹慎させられて社交界から弾き出されるのを知った時の興奮が癖になっていた。
その胸元には、紅い宝石のついたネックレスが輝いている。
「はあ……楽しいっ。本当に愉快だわっ。人が堕ちていくのは本当にステキ……」
うっとりと目を細める様は、清楚で可憐などというイメージからはかけ離れたものだった。しかし、しばらくして表情をガラリと変える。それはとても残念そうなものだった。
「ああ、でもあの女、死んだわけではないのよね」
窓からは少し離れた場所にある小さなテーブルセットに椅子に着き、高く足を上げて組んで、気だるげにテーブルに頬杖をつく。その腕には、小さな宝石が散りばめられてはいるが、上品な二センチ幅の腕輪が煌めく。
「それにやっぱり、実際に見てみたいわ。あの女が泥だらけになって、貧相な孤児達に集られているなんて……っ、ふふっ、ふふふっ。なんて哀れなのかしらっ、是非とも見てみたいわ。陛下にお願いしてみようかしら……」
整った長い指を口元に伸ばし、ニヤつく様を隠す様に、確認する様に触れた。
「ああ、でもダメね……病弱で儚さのある設定だものね。公爵領まで行くのは無理があるわ。面倒な王妃の仕事をさせられることになるのはイヤ。汚らしい孤児院への慰問なんて、今更やりたくないわ」
王妃が担うべき仕事というものがある。メルナは、王妃という立場に執着があるが、王妃の仕事はしたくはない。元々、楽して煌びやかで貴ばれる存在になりたかったのだ。孤児院への慰問などしたくないし、神官達は潔癖過ぎて好きになれない。
後ろ暗いことをしているからこそ、何もかもを見透かしてしまうような神官達と顔を合わせたくないのだが、その事実をメルナはずっと自分の中で偽っている。
「ん~、そういえば、あの子どもが死んだと言っていたわね……それにしては、その報告がない……どうなっているのかしら……」
気になっているのは、第三王子のリュブランのこと。
「あの女も、わたくしの引き立て役として、ユゼリアが王位を継ぐまで置いておくつもりだったのに、運がないわねえ」
誰かが輝くためには、陰を担う者が傍にあるべきだ。第三者王妃は引き立て役であり、メルナよりも劣っていることを広く喧伝することで、影は濃くなり、光であるメルナがより強く輝くことができた。ほんの少し、王妃らしい姿と行動を見せれば、完璧な王妃だと誰もが納得したのだ。
楽で良かったのだが、その第三王妃をそのままにはしておけない理由があった。
「死にに行くとはいえ、あの子どもが騎士団を作って出ていくと聞いて、魔寄せまで融通させたのに、失敗したなんてこと……」
長い爪を噛みながら、メルナは忌々しげにその存在を思い出して目を細める。
「あんな女から生まれたというのに、頭の回転は悪くないなんて誤算だったわね。それも、剣の腕まで……指南役達を代えて、本当に正解だったわ」
メルナが、第三王妃を排除する事を優先したのは、リュブランの存在があったからだ。
たまたま書庫で出会ったリュブランは、歴史の書物を読んでいた。それも、まだ十才になるかならないの時にだ。それを見た時、意地悪くした質問に、的確な答えを返してきたことで戦慄した。リュブランとしては、優しいと評判の第一王妃に、褒めてもらいたい一心だったのだが、それがメルナには警戒するきっかけとなっていた。
リュブランには、才能がある。凡人にはない輝きが見えてしまった。幸い、リュブランが非凡であることは、王にも知られなかった。絶対に知られてはいけないと注意したところだ。
剣術についても、たった数回の稽古でそれなりの素質を見せたと言う。だから、すぐにメルナは自分に忠実な者に、指南役を変更させた。そして、不出来だと噂を流し、稽古も手を抜かせたのだ。
「アレを生かしておけば、ユゼリアの邪魔になる……はあ……あの子は、良くも悪くも愚鈍な妹にそっくりなんだから……」
ユゼリアは素直だ。その気質から、努力すればそれなりの結果を残せるだろう。だが、あくまでも努力すればというものが付く。
「あの子は凡人……それは仕方ないわ」
『わたくしの子ではないし』と小さく呟く。自分の子ならば凡人なはずはないのにとメルナは、最近よく思っていた。
「あの子は、わたくしが正しく導けば良いだけの事……けれど、あの子どもは……」
リュブランを表舞台に立たせれば、陰になるのは、ユゼリアの方だ。それが分かったからこそ、メルナは何よりも先にリュブランを消してしまいたかった。それに伴って、第三王妃が完全に失墜することになってもだ。
実家や自身の伝手を使い、闇ギルドに依頼して排除にかかった。しかし、必ず完了すれば来るはずの報告が未だに来ないのはおかしい。
依頼人との不要な接触は避けるため、中間報告などは行われない。連絡がないということは、まだ完了していないということに他ならなかった。
「状況が分からないのは困るわね……最近は裏の者も人員不足だと言って、お父様も人を寄こさないし……」
数ヶ月前までは、父親である侯爵から送られてきたメルナが使える諜報員が居た。しかし、なぜかその諜報員が行方知れずになったり、使える人員が減っているから、頻繁に送れないと連絡が来たのだ。お陰で、メルナは今回のようにお茶会を開くことで御夫人方から外の情報をもらっていた。
「ああ、そうだわ! 確かカリュエルとリサーナがその教会への慰問をしたと言っていたはず……学園への復学も勝手に決めたようだし……ユゼリアも最近会いに来ていないもの……呼び出してみましょうか」
名案だと手を打ち、メルナは手紙を認めた。
「たまには良い母親として、子ども達とお話しなくてはねえ」
自分の策にうっとりとするような笑みを浮かべ、メルナは侍女を呼ぶベルを鳴らしてカリュエルとリサーナ、ユゼリアへと手紙を出したのだ。
その子ども達が様々な事実を知ったということに気付かずに、楽しそうにメルナは笑っていた。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
来週辺りからコミカライズも始まるようです。
よろしくお願いします。
「っ……ふふっ、ふふふっ。ようやくっ! ようやくわたくしだけにっ」
第三王妃のことは邪魔だったが、メルナの方で流した悪評もあり、王も貴族達も見向きもしなくなっていた。
「あはっ。本当に面白いくらい、思った通りに噂になるんだから。ふふふっ」
メルナは若い頃から嫌いな者を排除するため、その人の不名誉な噂を流すのが好きだった。そして、思い通りに家から追放されたり、謹慎させられて社交界から弾き出されるのを知った時の興奮が癖になっていた。
その胸元には、紅い宝石のついたネックレスが輝いている。
「はあ……楽しいっ。本当に愉快だわっ。人が堕ちていくのは本当にステキ……」
うっとりと目を細める様は、清楚で可憐などというイメージからはかけ離れたものだった。しかし、しばらくして表情をガラリと変える。それはとても残念そうなものだった。
「ああ、でもあの女、死んだわけではないのよね」
窓からは少し離れた場所にある小さなテーブルセットに椅子に着き、高く足を上げて組んで、気だるげにテーブルに頬杖をつく。その腕には、小さな宝石が散りばめられてはいるが、上品な二センチ幅の腕輪が煌めく。
「それにやっぱり、実際に見てみたいわ。あの女が泥だらけになって、貧相な孤児達に集られているなんて……っ、ふふっ、ふふふっ。なんて哀れなのかしらっ、是非とも見てみたいわ。陛下にお願いしてみようかしら……」
整った長い指を口元に伸ばし、ニヤつく様を隠す様に、確認する様に触れた。
「ああ、でもダメね……病弱で儚さのある設定だものね。公爵領まで行くのは無理があるわ。面倒な王妃の仕事をさせられることになるのはイヤ。汚らしい孤児院への慰問なんて、今更やりたくないわ」
王妃が担うべき仕事というものがある。メルナは、王妃という立場に執着があるが、王妃の仕事はしたくはない。元々、楽して煌びやかで貴ばれる存在になりたかったのだ。孤児院への慰問などしたくないし、神官達は潔癖過ぎて好きになれない。
後ろ暗いことをしているからこそ、何もかもを見透かしてしまうような神官達と顔を合わせたくないのだが、その事実をメルナはずっと自分の中で偽っている。
「ん~、そういえば、あの子どもが死んだと言っていたわね……それにしては、その報告がない……どうなっているのかしら……」
気になっているのは、第三王子のリュブランのこと。
「あの女も、わたくしの引き立て役として、ユゼリアが王位を継ぐまで置いておくつもりだったのに、運がないわねえ」
誰かが輝くためには、陰を担う者が傍にあるべきだ。第三者王妃は引き立て役であり、メルナよりも劣っていることを広く喧伝することで、影は濃くなり、光であるメルナがより強く輝くことができた。ほんの少し、王妃らしい姿と行動を見せれば、完璧な王妃だと誰もが納得したのだ。
楽で良かったのだが、その第三王妃をそのままにはしておけない理由があった。
「死にに行くとはいえ、あの子どもが騎士団を作って出ていくと聞いて、魔寄せまで融通させたのに、失敗したなんてこと……」
長い爪を噛みながら、メルナは忌々しげにその存在を思い出して目を細める。
「あんな女から生まれたというのに、頭の回転は悪くないなんて誤算だったわね。それも、剣の腕まで……指南役達を代えて、本当に正解だったわ」
メルナが、第三王妃を排除する事を優先したのは、リュブランの存在があったからだ。
たまたま書庫で出会ったリュブランは、歴史の書物を読んでいた。それも、まだ十才になるかならないの時にだ。それを見た時、意地悪くした質問に、的確な答えを返してきたことで戦慄した。リュブランとしては、優しいと評判の第一王妃に、褒めてもらいたい一心だったのだが、それがメルナには警戒するきっかけとなっていた。
リュブランには、才能がある。凡人にはない輝きが見えてしまった。幸い、リュブランが非凡であることは、王にも知られなかった。絶対に知られてはいけないと注意したところだ。
剣術についても、たった数回の稽古でそれなりの素質を見せたと言う。だから、すぐにメルナは自分に忠実な者に、指南役を変更させた。そして、不出来だと噂を流し、稽古も手を抜かせたのだ。
「アレを生かしておけば、ユゼリアの邪魔になる……はあ……あの子は、良くも悪くも愚鈍な妹にそっくりなんだから……」
ユゼリアは素直だ。その気質から、努力すればそれなりの結果を残せるだろう。だが、あくまでも努力すればというものが付く。
「あの子は凡人……それは仕方ないわ」
『わたくしの子ではないし』と小さく呟く。自分の子ならば凡人なはずはないのにとメルナは、最近よく思っていた。
「あの子は、わたくしが正しく導けば良いだけの事……けれど、あの子どもは……」
リュブランを表舞台に立たせれば、陰になるのは、ユゼリアの方だ。それが分かったからこそ、メルナは何よりも先にリュブランを消してしまいたかった。それに伴って、第三王妃が完全に失墜することになってもだ。
実家や自身の伝手を使い、闇ギルドに依頼して排除にかかった。しかし、必ず完了すれば来るはずの報告が未だに来ないのはおかしい。
依頼人との不要な接触は避けるため、中間報告などは行われない。連絡がないということは、まだ完了していないということに他ならなかった。
「状況が分からないのは困るわね……最近は裏の者も人員不足だと言って、お父様も人を寄こさないし……」
数ヶ月前までは、父親である侯爵から送られてきたメルナが使える諜報員が居た。しかし、なぜかその諜報員が行方知れずになったり、使える人員が減っているから、頻繁に送れないと連絡が来たのだ。お陰で、メルナは今回のようにお茶会を開くことで御夫人方から外の情報をもらっていた。
「ああ、そうだわ! 確かカリュエルとリサーナがその教会への慰問をしたと言っていたはず……学園への復学も勝手に決めたようだし……ユゼリアも最近会いに来ていないもの……呼び出してみましょうか」
名案だと手を打ち、メルナは手紙を認めた。
「たまには良い母親として、子ども達とお話しなくてはねえ」
自分の策にうっとりとするような笑みを浮かべ、メルナは侍女を呼ぶベルを鳴らしてカリュエルとリサーナ、ユゼリアへと手紙を出したのだ。
その子ども達が様々な事実を知ったということに気付かずに、楽しそうにメルナは笑っていた。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
来週辺りからコミカライズも始まるようです。
よろしくお願いします。
3,238
お気に入りに追加
14,451
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【短編】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ、赤ちゃんが生まれる。
誕生を祝いに、領地から父の辺境伯が訪ねてくるのを心待ちにしているアリシア。
でも、夫と赤髪メイドのメリッサが口づけを交わしているのを見てしまう。
「なぜ、メリッサもお腹に赤ちゃんがいるの!?」
アリシアは夫の愛を疑う。
小説家になろう様にも投稿しています。
卒業パーティーで魅了されている連中がいたから、助けてやった。えっ、どうやって?帝国真拳奥義を使ってな
しげむろ ゆうき
恋愛
卒業パーティーに呼ばれた俺はピンク頭に魅了された連中に気づく
しかも、魅了された連中は令嬢に向かって婚約破棄をするだの色々と暴言を吐いたのだ
おそらく本意ではないのだろうと思った俺はそいつらを助けることにしたのだ
継母の心得 〜 番外編 〜
トール
恋愛
継母の心得の番外編のみを投稿しています。
【本編第一部完結済、2023/10/1〜第二部スタート☆書籍化 2024/11/22ノベル5巻、コミックス1巻同時刊行予定】
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。
桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。
戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。
『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。
※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。
時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。
一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。
番外編の方が本編よりも長いです。
気がついたら10万文字を超えていました。
随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。