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ミッション10 子ども達の成長
357 その考え方すげえわ
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ノックに返事をすれば、屋敷管理クマのガンナがちょこんと顔を覗かせた。
《お客様が到着しました》
「お、早かったな。入ってもらってくれ」
《はい》
そうして入ってきたのは、酒瓶を片手に持ったその辺のおっさんにしか見えない初老の男だった。
「よお。フィル。来てやったぜ」
「悪いなあ、スピじい」
「まあ良い運動になったぜ。それに、ビズ嬢ちゃんと途中で会ってな。乗せてきてもらったのよ」
「あ、ビズが散歩するって言ったのはそのためか」
「なんだ? やっぱビズ嬢ちゃん、迎えに来てくれてたのか」
「だろうな。この前、足怪我してたろ。それで気になったんじゃね?」
「おおっ。気遣いもできるたあ、良い女だぜっ」
「な~」
さり気なく弱っている者に寄り添ったり、困っている者がいれば絶妙な加減で手伝ってくれる。ビズはとても気の利く魔馬だ。
「ってか、酒はもうやめたんじゃねえの?」
彼は酒瓶を手にしているか、側に置いているのが当たり前で、トレードマークのようなものだ。今回もそれを持っており、あまりにも当たり前過ぎてそのまま受け入れる所だったが、フィルズは酒は辞めたというのを以前に聞いていた。
「コレか? これはほれ、フィルが寄越したレルモのジュースだよ」
レルモはこの世界のレモンだ。ということは、中身はフィルズが教えたレモネードだ。披露した時に、かなり気に入った様子だったので、水に適量溶かせば出来る粉末にしたものを渡していたことを思い出す。しかし、入れ物が何とも奇抜だ。
「……なんで酒瓶に入れてんだ……」
「なんか、こう、持ってねえと落ち着かねえんだよ」
「ワキワキすんな……」
指を複雑に動かして、酒瓶を持っていないことの落ち着かなさをアピールする男に、フィルズは呆れた視線を送った。
「それにしても、本当に王と宰相まで普通に居るとはなあ。あ、風呂は入ってきたぞ。あの大浴場、良いな。近くに住みてえわ」
「住みゃあ良いだろ。ってか、ウチに再就職しねえ? 社員寮もあるぜ。食事も出るし」
「ぐっ……何やらせる気だ?」
ギロリと睨め付けるようにフィルズを見る男。それに特に反応せずにフィルズは答えた。
「測量・諜報部の取りまとめ」
「あん? 今は誰がやってんだ?」
「隠密ウサギだけど?」
「人じゃねえんかよ!」
「スピじいの直弟子なんだから、良いじゃん。それに、あいつらやっぱ自分達より実力が上じゃねえと、認められねえし」
「ウサ達に負けてんのかっ」
「仕方なくね?」
「……それもそうか……」
因みに、兎によく似た魔物のラフィットが、古代語ではウサギと呼ばれることを知っている者はそれなりにいる。よって、隠密ウサギと呼ばれていることに周りの者達は納得しているのだが、この男だけは認めていなかった。
『あれをウサギと認めてたまるかっ! ホンモノと一緒には出来ん!』
何やらラフィットに特別な思い入れがあるらしい。よって、彼はフィルズがウサギ達をお披露目した時から『ウサ』と呼んでいる。
「まあ、その話はまた後で。とりあえず座ってくれ。兄さん達は……」
「居ない方がいいの?」
「聞かない方がいいですか?」
「う~ん……」
本当は部屋から出すつもりだった。だが、セルジュもリュブランも何かを察しているのだろう。できればここに居たいと、その目が言っていた。
これに答えたのは一人がけのソファに、遠慮なく腰掛けた男だった。
「いいんじゃね? 立場的に言っても、機密とか守れるようになった方が良いだろうしな」
「まあな……よし、なら兄さんとリュブランも座ってくれ。ファシーと宰相も、こっちにな」
そうして、親と子で分かれて向かいのソファに座った。フィルズだけは男と向かい合うよう、執務机を背にして立っている。
落ち着いた所で男は机の上の物を改めて見た。
「出来たんだな」
「ああ。今二人の前でも検証もした」
「なら、説明するか」
男は酒瓶を机の端に置いて前屈みになって足の上で軽く腕を組んだ。
「まず、俺は元他国の暗部の人間でな。三十年ほど前に引退ってか、処分されるまえにトンズラしてこの国に居着いたじじいだ。かつての名はスピアレイ。これでも、結構貴族達に恐れられたんだぜ。あ、今はスピークって名乗ってる。そっちの名で好きに呼んでくれ」
「っ、スピアレイ!? 当時最強の暗殺者と言われた?」
リゼンフィアが思わず腰を浮かせて叫ぶように口にする。ファスター王も信じられないものを見るような目を向けていた。
「言われたな。俺失敗したことねえし。まあ、ワルイ事した奴だって確信ねえと暗殺の仕事は受けなかったけどな」
「選べんの?」
「それだけの実力見せりゃあな。俺は神様にきちんと顔見せながら死にてえもん」
「その考え方すげえわ」
「まあ、だからトンズラする事になったんだけどなあ」
「そりゃあ、強要される事だってあるもんな」
「おう。だから、仕事断ってトンズラする時に相手に証拠書類放り込んで来た。俺を追いかけてる暇はなかっただろうぜ。そのままやり返されてて後で笑ったわ」
「さすがっ!」
「「……」」
「「……」」
ファスター王とリゼンフィアは気の毒そうな顔をし、セルジュとリュブランは、フィルズと顔を見比べて頷いていた。これはフィルズと気が合いそうだと。
「でだ。まあ、一応は引退してからも方々の情報は集めてんだが……」
そこでファスター王へ真っ直ぐに目を向けた。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
《お客様が到着しました》
「お、早かったな。入ってもらってくれ」
《はい》
そうして入ってきたのは、酒瓶を片手に持ったその辺のおっさんにしか見えない初老の男だった。
「よお。フィル。来てやったぜ」
「悪いなあ、スピじい」
「まあ良い運動になったぜ。それに、ビズ嬢ちゃんと途中で会ってな。乗せてきてもらったのよ」
「あ、ビズが散歩するって言ったのはそのためか」
「なんだ? やっぱビズ嬢ちゃん、迎えに来てくれてたのか」
「だろうな。この前、足怪我してたろ。それで気になったんじゃね?」
「おおっ。気遣いもできるたあ、良い女だぜっ」
「な~」
さり気なく弱っている者に寄り添ったり、困っている者がいれば絶妙な加減で手伝ってくれる。ビズはとても気の利く魔馬だ。
「ってか、酒はもうやめたんじゃねえの?」
彼は酒瓶を手にしているか、側に置いているのが当たり前で、トレードマークのようなものだ。今回もそれを持っており、あまりにも当たり前過ぎてそのまま受け入れる所だったが、フィルズは酒は辞めたというのを以前に聞いていた。
「コレか? これはほれ、フィルが寄越したレルモのジュースだよ」
レルモはこの世界のレモンだ。ということは、中身はフィルズが教えたレモネードだ。披露した時に、かなり気に入った様子だったので、水に適量溶かせば出来る粉末にしたものを渡していたことを思い出す。しかし、入れ物が何とも奇抜だ。
「……なんで酒瓶に入れてんだ……」
「なんか、こう、持ってねえと落ち着かねえんだよ」
「ワキワキすんな……」
指を複雑に動かして、酒瓶を持っていないことの落ち着かなさをアピールする男に、フィルズは呆れた視線を送った。
「それにしても、本当に王と宰相まで普通に居るとはなあ。あ、風呂は入ってきたぞ。あの大浴場、良いな。近くに住みてえわ」
「住みゃあ良いだろ。ってか、ウチに再就職しねえ? 社員寮もあるぜ。食事も出るし」
「ぐっ……何やらせる気だ?」
ギロリと睨め付けるようにフィルズを見る男。それに特に反応せずにフィルズは答えた。
「測量・諜報部の取りまとめ」
「あん? 今は誰がやってんだ?」
「隠密ウサギだけど?」
「人じゃねえんかよ!」
「スピじいの直弟子なんだから、良いじゃん。それに、あいつらやっぱ自分達より実力が上じゃねえと、認められねえし」
「ウサ達に負けてんのかっ」
「仕方なくね?」
「……それもそうか……」
因みに、兎によく似た魔物のラフィットが、古代語ではウサギと呼ばれることを知っている者はそれなりにいる。よって、隠密ウサギと呼ばれていることに周りの者達は納得しているのだが、この男だけは認めていなかった。
『あれをウサギと認めてたまるかっ! ホンモノと一緒には出来ん!』
何やらラフィットに特別な思い入れがあるらしい。よって、彼はフィルズがウサギ達をお披露目した時から『ウサ』と呼んでいる。
「まあ、その話はまた後で。とりあえず座ってくれ。兄さん達は……」
「居ない方がいいの?」
「聞かない方がいいですか?」
「う~ん……」
本当は部屋から出すつもりだった。だが、セルジュもリュブランも何かを察しているのだろう。できればここに居たいと、その目が言っていた。
これに答えたのは一人がけのソファに、遠慮なく腰掛けた男だった。
「いいんじゃね? 立場的に言っても、機密とか守れるようになった方が良いだろうしな」
「まあな……よし、なら兄さんとリュブランも座ってくれ。ファシーと宰相も、こっちにな」
そうして、親と子で分かれて向かいのソファに座った。フィルズだけは男と向かい合うよう、執務机を背にして立っている。
落ち着いた所で男は机の上の物を改めて見た。
「出来たんだな」
「ああ。今二人の前でも検証もした」
「なら、説明するか」
男は酒瓶を机の端に置いて前屈みになって足の上で軽く腕を組んだ。
「まず、俺は元他国の暗部の人間でな。三十年ほど前に引退ってか、処分されるまえにトンズラしてこの国に居着いたじじいだ。かつての名はスピアレイ。これでも、結構貴族達に恐れられたんだぜ。あ、今はスピークって名乗ってる。そっちの名で好きに呼んでくれ」
「っ、スピアレイ!? 当時最強の暗殺者と言われた?」
リゼンフィアが思わず腰を浮かせて叫ぶように口にする。ファスター王も信じられないものを見るような目を向けていた。
「言われたな。俺失敗したことねえし。まあ、ワルイ事した奴だって確信ねえと暗殺の仕事は受けなかったけどな」
「選べんの?」
「それだけの実力見せりゃあな。俺は神様にきちんと顔見せながら死にてえもん」
「その考え方すげえわ」
「まあ、だからトンズラする事になったんだけどなあ」
「そりゃあ、強要される事だってあるもんな」
「おう。だから、仕事断ってトンズラする時に相手に証拠書類放り込んで来た。俺を追いかけてる暇はなかっただろうぜ。そのままやり返されてて後で笑ったわ」
「さすがっ!」
「「……」」
「「……」」
ファスター王とリゼンフィアは気の毒そうな顔をし、セルジュとリュブランは、フィルズと顔を見比べて頷いていた。これはフィルズと気が合いそうだと。
「でだ。まあ、一応は引退してからも方々の情報は集めてんだが……」
そこでファスター王へ真っ直ぐに目を向けた。
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