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ミッション9 学園と文具用品
350 神殿長にも甘いから
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羞恥のためだろう。ユゼリアの顔に赤みが差した。フィルズもそれを狙ったのだ。
心が死んでいないことをそれで確認する。これは、祖父のリーリルから教わった方法だ。
「そっちのあんたもこっちに来い」
「っ、わ、わたしは……っ」
ワンザへと声を掛けるが、彼は動かなかった。ワンザにとって、第一王子の側近という立場は、今更捨てられるものではなかったし、逆にユゼリアに見捨てられることも考えたくなかった。彼にとっては、唯一の立場でありそれ以外には居場所はなかった。だから、ユゼリアに責められ切り捨てられることを恐れたのだ。ここにしかないと思っている居場所が無くなるかもしれないという恐怖に、足が動かなかった。それをフィルズは正確に察していた。
「怖いのか?」
「っ……」
「ったく、いいか? 今回の事ではまだ死人は出ていない。なら、やり直せる」
「やり直せる……」
ユゼリアは呆然としながら繰り返す。呆っとしてしまうのは、泣いたからだろう。その泣くということ自体をした経験がほぼないから余計だ。
「失敗や間違いは、なかったことにはできない。すべきじゃない。それに向き合わずに逃げることを一度でも覚えれば、逃げるという選択肢が一番に頭に来るようになるんだ」
「……っ」
そこからフィルズが続けようとした時、その人は現れた。
「目の前に降りてきた問題の解決に挑まず、逃げるというのは、人として成長を止める、あるいは、退化させる行為ですよ。それは甘えですからね。ただ、逃げる必要のある場合もあるので、困りますよね」
まさかとフィルズは頬を引き攣らせた。
「……神殿長……」
「おおっ。シエル殿! なんとっ、いつ王都へ?」
ファスター王は嬉しそうに舞台袖の入り口に立つ神殿長へと歩み寄って行く。神殿長は事もなげに言った。
「フィル君が呼んでいたので、お願いしました!」
「呼んでいた……? お願い?」
ファスター王がゆっくりとフィルズを振り返る。すると、フィルズは片手で額を押さえていた。頭が痛いというように見える。不思議そうにファスター王が声をかけた。
「フィル……?」
「ああ……どっかの神が見ていて、神殿長に告げ口して、そのままここに転移させたんだろう……神殿長にも甘いから……」
「……すごいな……」
神々に気に入られているのは、フィルズだけではない。寧ろ、付き合いならば神殿長の方が長いだろう。そして、神と神殿長が共通で盛り上がれる話は、フィルズの事だ。今回はきっとリアルタイムでフィルズの事を話ながら午後のティータイムでも楽しんでいたのだろう。そこでフィルズが『神殿長に説教されて来い』などと言ったのを知り、『呼ばれた!』と認識したというわけだ。
「さて、フィル君のご指名ですからねえ。王と……そう、王子も一緒にお説教ですよ ♪ 」
「……はい……」
「……へ?」
「ついでにそこの君もね~」
「っ!!」
「あ、部屋はありますか?」
これでファスター王とユゼリア、そして、ワンザも連れて行ってくれるようだ。それはそれで面倒を放り投げられるので良しとした。
「……売店使え。案内を」
そう言ってフィルズが目を向けたのは、エンリアントだ。それに彼は頷いた。
「ご案内します」
「おや。これはまた……ふふふっ。お願いしますね」
「はい……」
神殿長は、エンリアントの持つ加護が分かったのだろう。とても嬉しそうだった。そうして、神殿長が問題児を連れ出してくれたのだ。
「はあ……お疲れ、ラナ」
「ありがとうございます! 会長! 助かりました」
「いや。マジでここまでおバカとはな~。困ったもんだ。だが、これにあまり共感する奴らがいなかったのは良かったよなあ」
「はい。恐らく、先日の社会科見学が良かったのでしょう。これも会長のお陰ですね!!」
「お~、早くも結果が出て良かったな」
「はい!!」
ブラーナがキラキラした尊敬の眼差しをフィルズへと送る。生徒会長はこれだけの会話で何らかを察したらしく、ほうほうと頷いてフィルズを興味深そうに見つめた。
そんな二つの熱い視線を受けて、フィルズは自分も神殿長と出ていけば良かったと少しばかり後悔した。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
心が死んでいないことをそれで確認する。これは、祖父のリーリルから教わった方法だ。
「そっちのあんたもこっちに来い」
「っ、わ、わたしは……っ」
ワンザへと声を掛けるが、彼は動かなかった。ワンザにとって、第一王子の側近という立場は、今更捨てられるものではなかったし、逆にユゼリアに見捨てられることも考えたくなかった。彼にとっては、唯一の立場でありそれ以外には居場所はなかった。だから、ユゼリアに責められ切り捨てられることを恐れたのだ。ここにしかないと思っている居場所が無くなるかもしれないという恐怖に、足が動かなかった。それをフィルズは正確に察していた。
「怖いのか?」
「っ……」
「ったく、いいか? 今回の事ではまだ死人は出ていない。なら、やり直せる」
「やり直せる……」
ユゼリアは呆然としながら繰り返す。呆っとしてしまうのは、泣いたからだろう。その泣くということ自体をした経験がほぼないから余計だ。
「失敗や間違いは、なかったことにはできない。すべきじゃない。それに向き合わずに逃げることを一度でも覚えれば、逃げるという選択肢が一番に頭に来るようになるんだ」
「……っ」
そこからフィルズが続けようとした時、その人は現れた。
「目の前に降りてきた問題の解決に挑まず、逃げるというのは、人として成長を止める、あるいは、退化させる行為ですよ。それは甘えですからね。ただ、逃げる必要のある場合もあるので、困りますよね」
まさかとフィルズは頬を引き攣らせた。
「……神殿長……」
「おおっ。シエル殿! なんとっ、いつ王都へ?」
ファスター王は嬉しそうに舞台袖の入り口に立つ神殿長へと歩み寄って行く。神殿長は事もなげに言った。
「フィル君が呼んでいたので、お願いしました!」
「呼んでいた……? お願い?」
ファスター王がゆっくりとフィルズを振り返る。すると、フィルズは片手で額を押さえていた。頭が痛いというように見える。不思議そうにファスター王が声をかけた。
「フィル……?」
「ああ……どっかの神が見ていて、神殿長に告げ口して、そのままここに転移させたんだろう……神殿長にも甘いから……」
「……すごいな……」
神々に気に入られているのは、フィルズだけではない。寧ろ、付き合いならば神殿長の方が長いだろう。そして、神と神殿長が共通で盛り上がれる話は、フィルズの事だ。今回はきっとリアルタイムでフィルズの事を話ながら午後のティータイムでも楽しんでいたのだろう。そこでフィルズが『神殿長に説教されて来い』などと言ったのを知り、『呼ばれた!』と認識したというわけだ。
「さて、フィル君のご指名ですからねえ。王と……そう、王子も一緒にお説教ですよ ♪ 」
「……はい……」
「……へ?」
「ついでにそこの君もね~」
「っ!!」
「あ、部屋はありますか?」
これでファスター王とユゼリア、そして、ワンザも連れて行ってくれるようだ。それはそれで面倒を放り投げられるので良しとした。
「……売店使え。案内を」
そう言ってフィルズが目を向けたのは、エンリアントだ。それに彼は頷いた。
「ご案内します」
「おや。これはまた……ふふふっ。お願いしますね」
「はい……」
神殿長は、エンリアントの持つ加護が分かったのだろう。とても嬉しそうだった。そうして、神殿長が問題児を連れ出してくれたのだ。
「はあ……お疲れ、ラナ」
「ありがとうございます! 会長! 助かりました」
「いや。マジでここまでおバカとはな~。困ったもんだ。だが、これにあまり共感する奴らがいなかったのは良かったよなあ」
「はい。恐らく、先日の社会科見学が良かったのでしょう。これも会長のお陰ですね!!」
「お~、早くも結果が出て良かったな」
「はい!!」
ブラーナがキラキラした尊敬の眼差しをフィルズへと送る。生徒会長はこれだけの会話で何らかを察したらしく、ほうほうと頷いてフィルズを興味深そうに見つめた。
そんな二つの熱い視線を受けて、フィルズは自分も神殿長と出ていけば良かったと少しばかり後悔した。
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