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ミッション9 学園と文具用品

349 説教されて来い

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ユゼリアには、これまでこれほどまでに、父親の前に立つのが怖いと思ったことはなかった。ガクガクと震える体を止めることができなかった。そして、また正常な呼吸の仕方を忘れてしまったようだ。

「っ、はっ、はっ……っ」

それを見兼ねて、生徒会長は小さく声をかける。

「殿下、深呼吸をするんです。ゆっくり」
「っ……は……っ……」

そんな様子を、ファスター王は静かに見つめていた。たった一度の失敗。それでもこれだけの動揺を見せるユゼリア。ここでファスター王は、ユゼリアへとぶつけようとしていた苛立ちが失望へと変わった。王にはできないと判断したのだ。そして、語りかけるように告げる。

「王妃が離さぬからと、あまり関わりを持って来なかった私にも非はある……王妃のことは言い訳だな……親になったからには、無関係ではない……」
「ち、父上……」

まるで、今回のことも自分が反省すべきことだというようなファスター王に、ユゼリアは訳がわからない様子だった。ファスター王自身、第一王子を王にできないことは認めたくない失敗だったのだ。心から反省した。

「私が王妃ときちんと向き合って来なかったのが原因だろう……まったく、不甲斐ないものだ……」
「……っ」

ファスター王は肩を落とす。そして、ユゼリアを気の毒な者を見るような目で見た。ユゼリアは、王妃のしでかしたことの被害者なのだ。しかし、そこに失望の色がある事に、ユゼリアは気付いてしまった。

「っ、あ……っ……」

立っていられなくなったユゼリアは、その場に崩れ落ちる。誰も、そんなユゼリアへ声をかけたりしない。王の失望を感じ取ったのは、ユゼリアだけではないのだ。生徒会長とブラーナもそれを感じた。だから手が出なかった。

しかし、そこに新たな声がかかった。

「ファシー。それじゃあ、見捨てるのと同じだ。リュブランの件で反省したんじゃなかったのか?」
「っ、フィルっ?」

やって来たのは、フィルズだった。どうにも不安を感じて来てみたのだ。予想通り、ファスター王は対応を間違えていた。

フィルズは、ファスター王の横を通り過ぎながら続ける。

「こいつは、失敗する機会も奪われてきたんだ。だからやらかした。子育てってのは、過保護にし過ぎるのもダメなんだよ」
「む……」

ファスター王は素直にそれを聞いてこれも反省したようだ。それを横目で見て、フィルズはユゼリアの肩に手を触れる。

「立てるか?」
「っ、あ……っ、うん……っ」

そうして、差し出された手を、ユゼリアは恐る恐る取った。そうして触れられた、助けてくれようとしたのだと感じたためか、涙を流す。

「っ、うっ……ふぅっ……っ」
「あ~……ファシーに捨てられると思って、怖かったか? アレは親なのに、子育てしてねえダメ親なんだよ。四人も子どもがいるのにな~」
「ぐっ、ダメ親……確かにそうだが……ううっ……」
「それも国王だぞ? 国民の親みたいなもんなんだぞ? それなのに愛情知らず、子育て知らずってフザケンナって言いたくなるだろ?」
「っ……? え?」

ユゼリアは何を聞いたのかと咄嗟に理解できなかった。それは、生徒会長やワンザも同じだ。この場で、ブラーナとエンリアントだけは、フィルズとファスター王の関係を知っているため、本来なら不敬罪だと処罰ものだが、いつもの事なので、こんな辛口な意見もうんうんと頷いて聞いている。

生徒会長は一番にその発言の意味を理解し、青ざめていたが、当のファスター王は捨てられた子犬のように、寂しそうに、窺うようにフィルズへ声をかける。

「フィル……? その……お、怒っているのか?」
「それなりに? まあ、説教できねえのは、何となく分かってたから、来たんだけどな」
「……なぜだ?」
「説教ってのは、説いて教える事だ。そもそも、教えるってのは、いつでも、誰にでも出来るもんじゃねえんだよ」
「どういうことですか?」

そう言ったのは、ブラーナだった。純粋な疑問。それを知りたいと思う気持ちが伝わってくる目をしていた。それに苦笑しながらフィルズは説明する。

「教えるってのは、知らない奴にするもんだろ?」
「はい」
「なら、その知らない奴に分かるように考えなきゃならねえ。それは相手を想う事だ」
「そう……ですね。はい。相手が分かるように、心を砕く必要がありますっ」

ブラーナは、セイスフィア商会では教える立場にある。だからすぐに察した。

「そうだ。だから先ず、教える奴は相手を馬鹿にしたり、下に見たりするんじゃなく、理解してもらえるように根気強く、時に愛情を持って導くものじゃないといけない」
「……それは、お説教も同じ?」
「ああ。だから愛情も、関心もなくなる失望が先に来てたら説教なんてできっこないんだよ」
「なるほど!」
「む……」

ブラーナは納得しましたと手を叩いて表情を晴れやかにする一方、ファスター王は気まずげに目を逸らした。そんなファスター王を見ながら、フィルズは告げる。

「ファシーは、関心を持ってなかっただろ。王妃の事もあるから、理解は出来るが、大人気なさ過ぎだろ。神殿長に説教されて来い」
「うっ……すまん……」
「「「っ……」」」

ユゼリアと生徒会長、そしてワンザは謝るファスター王に絶句した。しかし、フィルズはお構いなしに続けている。

「大体、こいつがやらかすのを、待ってたんだろ? ちょっとのやらかしなら良いが、致命的な失敗を待ってる親とか嫌だな~。それを後でフォローするどころか、見捨てるのは最低じゃん?」
「ぐっ、うむ……だが、フィルも分かっていただろ?」
「まあな。こいつがやらかすことで、糸口ができる。それが一番確実で、手っ取り早いってのは分かってたんだがな……けど、切り捨てんのが早過ぎる。子どもには特に、更生の機会を与えるべきだって言ってんだろうが」
「……うむ……」

王妃に隙を作らせるには、ユゼリアがやらかすことが一番だった。それも、衆目が集まる学園でというのは効果的だ。子どもとはいえ、証人になる者が常に側に居るというのは、王妃が手を出し難い。

今までは、彼女の手によって完璧な第一王子という虚像が作られてきた。それを一部の貴族に伝えることで、上手く噂話の中にばら撒いていた。噂話だから、見てもいないのにさも現実に見たかのように伝播させていく。それが王妃の手口だった。見せないから、それが正しく広まったのだ。今回のように、実際に見た者が多く居る状況では、嘘が誠になり辛い。

「ってことだから、あんたがやらかしたのは、想定内だったんだよ」
「……え……」

情けない小さな声しか出ないユゼリア。涙は止まったが、顔は濡れたままだ。ハンカチを差し出しせば、無意識にユゼリアはそれを受け取っていた。フィルズは続けた。

「この学園にあんたが入学してからずっと、王妃があんたの成績を一位にするように教師達を買収したり脅したりしていたのは、調べればすぐに分かったんだ。もちろん、学園長も知っていた」
「え……」

既に知っている者がいたというのが、ユゼリアには衝撃だったようだ。








**********
読んでくださりありがとうございます◎





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