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ミッション9 学園と文具用品
348 手じゃないんだ?
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ユゼリアはもうこの場に居たくなかった。それほどまでに恥ずかしく、立場が、足下の地がなくなるほどの衝撃だった。誰もが、冷たい視線を自身に向ける。それが批難の目だと理解して血の気が引いた。その感覚を初めて自覚し、立って居られなくなった時、支えてくれたのはブラーナと名も知らない今の生徒会長の男爵家の令息だった。
「殿下っ」
「落ち着いて、ゆっくりと呼吸をしてください」
「っ……はっ、はっ、はっ……っ」
過呼吸になったユゼリアを支え、ブラーナとその令息は背に手を当てる。
「ブラーナ嬢、とりあえず舞台袖に。副会長、ここは頼む」
「はい。司会は引き継ぎます」
「お願いします」
残った副会長の令嬢が、生徒会長と頷き会い、ブラーナの代わりに司会へと回る。すぐに学園長が出て来てくれたようだ。この場はこれでどうにかなるだろう。証人として呼び出された教師達は、他の生徒会役員が反対側の舞台袖に連れて行っていた。
一方、ユゼリアについてきて側で控えていたワンザは、舞台袖のすぐの所でオロオロとするだけで、何もできそうになかった。だから、ブラーナははっきりと告げる。
「邪魔ですっ。退いてください」
「なっ、なんてこっ」
「はっきりと言わないとわかりませんか? 口を閉じて、壁に張り付いていろと」
「……っ、な、なっ、なんっ」
何を言われたのか、すぐに理解できなかったのだろう。口をパクパクとさせていたが、しばらくは無言だった。それでも、少しすれば声が出るのはさすがだと思う。とはいえ、嫌な習性だ。
「ふはっ。ブラーナ嬢は、はっきりと言うね」
「申し訳ありません。いつかあの口を縫い合わせるか、殿下の部屋の壁の中に塗り固めてやりたいと常々思っていたので」
「それはまた、おっかないなあ。よほど彼は何か日頃からしていたのかな」
ユゼリアを、舞台袖にあった椅子に座らせ、落ち着くのを待ちながら、令息は笑った。もう取り繕うのも面倒だと思ったブラーナは、腕を組み、未だに舞台との間に留まるワンザを目で示して正直に答えた。
「とにかくうるさいんですよ。あの人。いつでも、どこでも、どんな時でも、くだらないことでも殿下を調子にのせるし、嫌味ったらしいし。女だからと見下すし。何度足が出そうになったか……っ」
「手じゃないんだ?」
「手だと直に触れるじゃないですか」
「うわあ~。もしかして、足じゃなく靴だった?」
「当然です!」
本気で嫌っていることが良く分かった。
不貞腐れたように、頬を少し膨らませながら、未だ腕を組んだままのブラーナを見て、令息は目元を和ませた。
「ははっ。ブラーナ嬢がこんなに面白い人とは思わなかったよ。生徒会でも、これくらい砕けた感じでも良いんじゃない? その方が、僕たちも気楽なんだけど」
「これからは、そうしますわ。いい加減、殿下の婚約者も疲れましたし」
「そうだろうねえ。今回の件も個人的に教師陣に謝ってもらったし、僕らはもう許していたんだけど……」
「見事に掘り返してくれましたわね……上から言われて、やるしかなかった先生達の立場も悪くなってしまいますわ……」
ブラーナが気にしているのは、先ほどユゼリアに強要されて自白することになった教師達のことだ。彼らを、被害者であった生徒会長達も、ブラーナも許し、守っていた。この国では、いくら正しいことをしたいと思っても、権力者に押さえ付けられてしまう。そうして苦しんできた人たちだった。
教師達の中には、嬉々として権力者達に尻尾を振り、不正に関わっていた者もいた。そんな教師は授業の質も悪く、教師として不適切だということで、前年度できっぱりと首を切っていた。だから、今残っているのは、不正をしなければならないことに押し潰されそうになりながら、それでも授業では少しでも生徒達の身になる事を教えようと努力していた教師達だ。
今年度に入って、そんな教師達は、自分が関わって不正の被害に合った生徒達一人一人に頭を下げた。だから、被害に合った者達は、皆もう許している。仕方のないことだったということも理解していた。
一応は王子の婚約者という立場あるブラーナや、生徒会役員として学園長から後見を受けている者達は、教師として優秀なその人達を守ろうと決めていた。彼らが居なくなれば、学園は本当に中身のないものになってしまうと理解していたからだ。それなのにと、ブラーナは思わずギロリと座っているユゼリアを上から睨み付けてしまう。
「まったく、なんて事をしでかしてくれたのでしょうっ」
「そうだね。せっかく残ることを了承してもらったのに……」
教師達は、責任を取ると辞める事を考えていた。それを引き留めたのは、不正の被害にあった生徒達だ。だから今回のことで、また責任を感じて辞めると言い出しかねなかった。
「聞いていまして? 殿下」
「っ……!」
ユゼリアの顔色は変わらないが、落ち着いてきたことにブラーナは気付いていた。
「確認しましたわよね? 勝手な発言は困りますと。ご自分の言動に責任を持ってくださるなら構いませんと」
「っ、わ、わたしっ……はっ……」
「あなたの言う事、やる事が今まで正しいと思ってきたのは、全てお膳立てされていたからです。今回の事……エンリアント様は調べるのを止めるべきだと言いはしませんでしたか?」
「っ、あ……」
「っ……」
まだ距離を取っているワンザだが、聞こえたようだ。はっとして息を止めていた。
「その様子では、下に見て、忠告を聞かなかったのだろうな」
「っ、ちっ、父上っ!?」
「陛下っ……」
エンリアントに伴われて、そこにファスター王がやって来た。ユゼリアは飛び上がるように椅子から立ち上がり、ワンザはポカンと口を開けて立ち尽くす。一方、ブラーナと生徒会長は驚きながらも落ち着いて頭を下げていた。たったこれだけでも人の出来というのが良く分かった。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
「殿下っ」
「落ち着いて、ゆっくりと呼吸をしてください」
「っ……はっ、はっ、はっ……っ」
過呼吸になったユゼリアを支え、ブラーナとその令息は背に手を当てる。
「ブラーナ嬢、とりあえず舞台袖に。副会長、ここは頼む」
「はい。司会は引き継ぎます」
「お願いします」
残った副会長の令嬢が、生徒会長と頷き会い、ブラーナの代わりに司会へと回る。すぐに学園長が出て来てくれたようだ。この場はこれでどうにかなるだろう。証人として呼び出された教師達は、他の生徒会役員が反対側の舞台袖に連れて行っていた。
一方、ユゼリアについてきて側で控えていたワンザは、舞台袖のすぐの所でオロオロとするだけで、何もできそうになかった。だから、ブラーナははっきりと告げる。
「邪魔ですっ。退いてください」
「なっ、なんてこっ」
「はっきりと言わないとわかりませんか? 口を閉じて、壁に張り付いていろと」
「……っ、な、なっ、なんっ」
何を言われたのか、すぐに理解できなかったのだろう。口をパクパクとさせていたが、しばらくは無言だった。それでも、少しすれば声が出るのはさすがだと思う。とはいえ、嫌な習性だ。
「ふはっ。ブラーナ嬢は、はっきりと言うね」
「申し訳ありません。いつかあの口を縫い合わせるか、殿下の部屋の壁の中に塗り固めてやりたいと常々思っていたので」
「それはまた、おっかないなあ。よほど彼は何か日頃からしていたのかな」
ユゼリアを、舞台袖にあった椅子に座らせ、落ち着くのを待ちながら、令息は笑った。もう取り繕うのも面倒だと思ったブラーナは、腕を組み、未だに舞台との間に留まるワンザを目で示して正直に答えた。
「とにかくうるさいんですよ。あの人。いつでも、どこでも、どんな時でも、くだらないことでも殿下を調子にのせるし、嫌味ったらしいし。女だからと見下すし。何度足が出そうになったか……っ」
「手じゃないんだ?」
「手だと直に触れるじゃないですか」
「うわあ~。もしかして、足じゃなく靴だった?」
「当然です!」
本気で嫌っていることが良く分かった。
不貞腐れたように、頬を少し膨らませながら、未だ腕を組んだままのブラーナを見て、令息は目元を和ませた。
「ははっ。ブラーナ嬢がこんなに面白い人とは思わなかったよ。生徒会でも、これくらい砕けた感じでも良いんじゃない? その方が、僕たちも気楽なんだけど」
「これからは、そうしますわ。いい加減、殿下の婚約者も疲れましたし」
「そうだろうねえ。今回の件も個人的に教師陣に謝ってもらったし、僕らはもう許していたんだけど……」
「見事に掘り返してくれましたわね……上から言われて、やるしかなかった先生達の立場も悪くなってしまいますわ……」
ブラーナが気にしているのは、先ほどユゼリアに強要されて自白することになった教師達のことだ。彼らを、被害者であった生徒会長達も、ブラーナも許し、守っていた。この国では、いくら正しいことをしたいと思っても、権力者に押さえ付けられてしまう。そうして苦しんできた人たちだった。
教師達の中には、嬉々として権力者達に尻尾を振り、不正に関わっていた者もいた。そんな教師は授業の質も悪く、教師として不適切だということで、前年度できっぱりと首を切っていた。だから、今残っているのは、不正をしなければならないことに押し潰されそうになりながら、それでも授業では少しでも生徒達の身になる事を教えようと努力していた教師達だ。
今年度に入って、そんな教師達は、自分が関わって不正の被害に合った生徒達一人一人に頭を下げた。だから、被害に合った者達は、皆もう許している。仕方のないことだったということも理解していた。
一応は王子の婚約者という立場あるブラーナや、生徒会役員として学園長から後見を受けている者達は、教師として優秀なその人達を守ろうと決めていた。彼らが居なくなれば、学園は本当に中身のないものになってしまうと理解していたからだ。それなのにと、ブラーナは思わずギロリと座っているユゼリアを上から睨み付けてしまう。
「まったく、なんて事をしでかしてくれたのでしょうっ」
「そうだね。せっかく残ることを了承してもらったのに……」
教師達は、責任を取ると辞める事を考えていた。それを引き留めたのは、不正の被害にあった生徒達だ。だから今回のことで、また責任を感じて辞めると言い出しかねなかった。
「聞いていまして? 殿下」
「っ……!」
ユゼリアの顔色は変わらないが、落ち着いてきたことにブラーナは気付いていた。
「確認しましたわよね? 勝手な発言は困りますと。ご自分の言動に責任を持ってくださるなら構いませんと」
「っ、わ、わたしっ……はっ……」
「あなたの言う事、やる事が今まで正しいと思ってきたのは、全てお膳立てされていたからです。今回の事……エンリアント様は調べるのを止めるべきだと言いはしませんでしたか?」
「っ、あ……」
「っ……」
まだ距離を取っているワンザだが、聞こえたようだ。はっとして息を止めていた。
「その様子では、下に見て、忠告を聞かなかったのだろうな」
「っ、ちっ、父上っ!?」
「陛下っ……」
エンリアントに伴われて、そこにファスター王がやって来た。ユゼリアは飛び上がるように椅子から立ち上がり、ワンザはポカンと口を開けて立ち尽くす。一方、ブラーナと生徒会長は驚きながらも落ち着いて頭を下げていた。たったこれだけでも人の出来というのが良く分かった。
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