137 / 194
ミッション9 学園と文具用品
344 師匠も面白がってますね
しおりを挟む
休み明けのその日は、午後から生徒総会が開かれることになっていた。
第一王子のユゼリアは、今か今かとその時を待っている。
「やはり教師達が不正をしていたか」
この不正が今回ではなく、前回までのものであることを知らない。だがユゼリアは、これで誰もが自分を褒め称えるだろうと興奮していた。
「よく調べたなっ。ワンザ」
「はいっ! 相変わらず、エンリアントの調べが甘く。その上、これ以上は調べない方がいいと、また愚かな事を言い出しまして、このような直前の時間になってしまいました」
「……」
ワンザ・クエルトは、いつものように壁際に無表情に立つエンリアント・ユーナルを侮蔑のこもった横目で見ながら告げた。しかし、エンリアントはその視線など気にしていない様子だ。
「仕方あるまい? エンリアントは深く調べるというのが得意ではないのだろう。騎士は上の命で動くもので、頭を使うのには不慣れな者が多いと母上が言っていた。適材適所だとな。まあ、真実を暴くことを恐れる姿勢は良くないが」
「……」
得意げに言うユゼリア。しかし、文句は言わずに、エンリアントは静かに目を伏せて頭を下げた。その間、一度もユゼリアやワンザに視線を向けていないのには気づかないようだ。
「ふんっ。殿下の広い御心に感謝するのだなっ。自分は良い主人を持ったと幸運に思うことだっ」
「……」
エンリアントは、目を伏せるだけでその答えとした。今日は特に静かだということに、ユゼリアもワンザも気付かない。エンリアントとしては、もう相手にするのも苦痛なのだ。彼はようやく今日、ユゼリアが大衆の前でやらかしてくれると期待していた。ニヤケそうになる頬に力を入れて、午前中からずっと気を付けているのだ。
実は、エンリアントはセイスフィア商会の諜報部、隠密ウサギに指導を受けた。それにより、諜報能力が今でもグングン伸びている。王宮で生きるならば、剣だけでは足りないとエンリアントは思っていた。だから、隠密ウサギに弟子入りしたのだ。これにより、情報戦もできる騎士が出来上がりそうなのだが、フィルズが面白がって、まだ王達には内緒にしていた。
そんな彼が調べたのだ。中途半端な状態でワンザに渡したのもわざとだ。そして、わざわざ忠告するように『これ以上は……』と伝えた。確かに不正はあったのだ。だがそれは、今年に入り一掃されていた。
エンリアントは思わずふっと笑ってしまう。だが、ユゼリアもワンザも、今や自分達の正当性を確信し、その後の賞賛を受ける事を妄想することに夢中だった。密かに呟くエンリアントの声にも気付かない。
「……自分で自分の成績の不正の証拠を明らかにするとか……っ……ふっ……記録もしっかり撮るか」
《協力しましょう。主が面白がりそうです》
足下に、隠れるように現れたのは、一匹の隠密ウサギだ。
「師匠も面白がってますね」
そんな隠密ウサギに師匠と告げる。これに自然に隠密ウサギは答えた。
《弟子の初めての企みが上手くいくかどうか、これが面白くないわけがないでしょう》
「師匠……本当にたまに人間臭いっスね」
《悪いですか?》
「いえ。そういうのも良いと思います」
《それは良かった》
密かに、不思議な師弟が絆を確認しあっていれば、時間は飛ぶように過ぎた。
そうして、生徒総会が始まった。少しばかり高い舞台の端に用意された精度が良く、小型化した拡声器の前に立つのは、進行役でユゼリアの婚約者であるブラーナだ。
『これより、生徒総会を始めます』
皆の前に凛と立つブラーナ。その姿を見るのは、ユゼリアにとって、少しばかり気まずい。それが、不快感だと理解したのは最近だろうか。
「相変わらず、嫌味な顔だ……」
「立場を弁えるよう、王妃様からも注意を受けているはずでは?」
「そのはずだがな……」
ユゼリアは、生徒会への推薦が来なかったことに、不満を感じていた。本来ならば、最高学年となる今年は、生徒会の会長になる声がかかるはずだったのだ。しかし、当たり前だと思っていたそれはなく、なぜか学年が下の婚約者であるブラーナが役員の一人になった。
これまでこの学園では、王子が最高学年になった時には生徒会長になるのが慣例だった。王子が誰かの下になるというのは体裁が良くない。だから、一年、二年では役員になることはない。表向きは、王子としての勉強が忙しいからだとしていた。しかし、今年は生徒会長にという話さえ全くユゼリアに来なかったのだ。
それを学園長に新学年となってからすぐに訴えた。どういうことなのかと。しかし、それについての答えはこれだ。
『今年から、学園の内部方針も変わります。慣例となっていたものはなくなったり、変更されることも出てくるでしょう。そして、何より……個人をしっかりと見極めた教育方針となりますので……』
ユゼリアやワンザには意味が分からなかった。だが、文句を言えるような雰囲気ではなかった。学園長の目は、反論を許さない気迫があったのだ。
そんな中、ブラーナは会長ではないものの、役員の一人に選ばれたのだ。何か忖度があったと見えてしまった。
「あの女も、不正をしたのだろう。やはり、将来あれを王妃にするのは良くないだろうな」
「仰る通りでございますっ」
ワンザにも苦情を言う時はしっかりと言うブラーナに良い感情を抱けるはずもなく、ユゼリア同様に苦々しい顔で、ワンザは舞台上のブラーナを見ていた。
「王妃とは、母上のように清廉で、静かに穏やかに、夫に寄り添う女性でなくてはならん」
「ええ。その通りでございますねっ」
彼らの中にあるのが劣等感だとは、ユゼリアもワンザも理解できないようだ。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
第一王子のユゼリアは、今か今かとその時を待っている。
「やはり教師達が不正をしていたか」
この不正が今回ではなく、前回までのものであることを知らない。だがユゼリアは、これで誰もが自分を褒め称えるだろうと興奮していた。
「よく調べたなっ。ワンザ」
「はいっ! 相変わらず、エンリアントの調べが甘く。その上、これ以上は調べない方がいいと、また愚かな事を言い出しまして、このような直前の時間になってしまいました」
「……」
ワンザ・クエルトは、いつものように壁際に無表情に立つエンリアント・ユーナルを侮蔑のこもった横目で見ながら告げた。しかし、エンリアントはその視線など気にしていない様子だ。
「仕方あるまい? エンリアントは深く調べるというのが得意ではないのだろう。騎士は上の命で動くもので、頭を使うのには不慣れな者が多いと母上が言っていた。適材適所だとな。まあ、真実を暴くことを恐れる姿勢は良くないが」
「……」
得意げに言うユゼリア。しかし、文句は言わずに、エンリアントは静かに目を伏せて頭を下げた。その間、一度もユゼリアやワンザに視線を向けていないのには気づかないようだ。
「ふんっ。殿下の広い御心に感謝するのだなっ。自分は良い主人を持ったと幸運に思うことだっ」
「……」
エンリアントは、目を伏せるだけでその答えとした。今日は特に静かだということに、ユゼリアもワンザも気付かない。エンリアントとしては、もう相手にするのも苦痛なのだ。彼はようやく今日、ユゼリアが大衆の前でやらかしてくれると期待していた。ニヤケそうになる頬に力を入れて、午前中からずっと気を付けているのだ。
実は、エンリアントはセイスフィア商会の諜報部、隠密ウサギに指導を受けた。それにより、諜報能力が今でもグングン伸びている。王宮で生きるならば、剣だけでは足りないとエンリアントは思っていた。だから、隠密ウサギに弟子入りしたのだ。これにより、情報戦もできる騎士が出来上がりそうなのだが、フィルズが面白がって、まだ王達には内緒にしていた。
そんな彼が調べたのだ。中途半端な状態でワンザに渡したのもわざとだ。そして、わざわざ忠告するように『これ以上は……』と伝えた。確かに不正はあったのだ。だがそれは、今年に入り一掃されていた。
エンリアントは思わずふっと笑ってしまう。だが、ユゼリアもワンザも、今や自分達の正当性を確信し、その後の賞賛を受ける事を妄想することに夢中だった。密かに呟くエンリアントの声にも気付かない。
「……自分で自分の成績の不正の証拠を明らかにするとか……っ……ふっ……記録もしっかり撮るか」
《協力しましょう。主が面白がりそうです》
足下に、隠れるように現れたのは、一匹の隠密ウサギだ。
「師匠も面白がってますね」
そんな隠密ウサギに師匠と告げる。これに自然に隠密ウサギは答えた。
《弟子の初めての企みが上手くいくかどうか、これが面白くないわけがないでしょう》
「師匠……本当にたまに人間臭いっスね」
《悪いですか?》
「いえ。そういうのも良いと思います」
《それは良かった》
密かに、不思議な師弟が絆を確認しあっていれば、時間は飛ぶように過ぎた。
そうして、生徒総会が始まった。少しばかり高い舞台の端に用意された精度が良く、小型化した拡声器の前に立つのは、進行役でユゼリアの婚約者であるブラーナだ。
『これより、生徒総会を始めます』
皆の前に凛と立つブラーナ。その姿を見るのは、ユゼリアにとって、少しばかり気まずい。それが、不快感だと理解したのは最近だろうか。
「相変わらず、嫌味な顔だ……」
「立場を弁えるよう、王妃様からも注意を受けているはずでは?」
「そのはずだがな……」
ユゼリアは、生徒会への推薦が来なかったことに、不満を感じていた。本来ならば、最高学年となる今年は、生徒会の会長になる声がかかるはずだったのだ。しかし、当たり前だと思っていたそれはなく、なぜか学年が下の婚約者であるブラーナが役員の一人になった。
これまでこの学園では、王子が最高学年になった時には生徒会長になるのが慣例だった。王子が誰かの下になるというのは体裁が良くない。だから、一年、二年では役員になることはない。表向きは、王子としての勉強が忙しいからだとしていた。しかし、今年は生徒会長にという話さえ全くユゼリアに来なかったのだ。
それを学園長に新学年となってからすぐに訴えた。どういうことなのかと。しかし、それについての答えはこれだ。
『今年から、学園の内部方針も変わります。慣例となっていたものはなくなったり、変更されることも出てくるでしょう。そして、何より……個人をしっかりと見極めた教育方針となりますので……』
ユゼリアやワンザには意味が分からなかった。だが、文句を言えるような雰囲気ではなかった。学園長の目は、反論を許さない気迫があったのだ。
そんな中、ブラーナは会長ではないものの、役員の一人に選ばれたのだ。何か忖度があったと見えてしまった。
「あの女も、不正をしたのだろう。やはり、将来あれを王妃にするのは良くないだろうな」
「仰る通りでございますっ」
ワンザにも苦情を言う時はしっかりと言うブラーナに良い感情を抱けるはずもなく、ユゼリア同様に苦々しい顔で、ワンザは舞台上のブラーナを見ていた。
「王妃とは、母上のように清廉で、静かに穏やかに、夫に寄り添う女性でなくてはならん」
「ええ。その通りでございますねっ」
彼らの中にあるのが劣等感だとは、ユゼリアもワンザも理解できないようだ。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
3,424
お気に入りに追加
14,328
あなたにおすすめの小説
あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?
水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが…
私が平民だとどこで知ったのですか?
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
皆さん勘違いなさっているようですが、この家の当主はわたしです。
和泉 凪紗
恋愛
侯爵家の後継者であるリアーネは父親に呼びされる。
「次期当主はエリザベスにしようと思う」
父親は腹違いの姉であるエリザベスを次期当主に指名してきた。理由はリアーネの婚約者であるリンハルトがエリザベスと結婚するから。
リンハルトは侯爵家に婿に入ることになっていた。
「エリザベスとリンハルト殿が一緒になりたいそうだ。エリザベスはちょうど適齢期だし、二人が思い合っているなら結婚させたい。急に婚約者がいなくなってリアーネも不安だろうが、適齢期までまだ時間はある。お前にふさわしい結婚相手を見つけるから安心しなさい。エリザベスの結婚が決まったのだ。こんなにめでたいことはないだろう?」
破談になってめでたいことなんてないと思いますけど?
婚約破棄になるのは構いませんが、この家を渡すつもりはありません。
妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。
しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹
そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる
もう限界がきた私はあることを決心するのだった
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。