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ミッション9 学園と文具用品
341 お礼……?
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翌日、計画通りに令嬢達の社会科見学が始まった。早朝にセイスフィア商会の『巡回定時便』として使っている魔導車を学園の前に回していた。用意したのは二台だ。
「……これに乗るんですの?」
「馬車……馬は?」
「こんな大きな馬車……馬車?」
眠そうに集まって来た令嬢達は、それを見て完全に目が覚めたようだ。そこに、魔導車からセイスフィア商会の制服を着た二人の女性が降りてくる。そして、魔導具を不思議そうに、あるいは不安そうに見つめている令嬢達の前に並んだ。
「みなさま、おはようございます。本日の案内役を務めます、セイスフィア商会のセラと……」
「ユリです」
セラは朝早くても、いつも通りシャキっとしている。お辞儀も優雅にさえ見えた。その隣に立つユリは、まだ上手く表情が出ないので無表情に見える。どうしても冷たく見えてしまうのは、彼女が損しているところだ。
「今回は人数が多くなってしまいましたので、わたくし達の補佐がおります」
結局、昨日までで女生徒の半数が集まっていたのだ。最近では、リサーナも突っかかってくる令嬢達の対応を楽しんでいる様子だった。売店の手伝いもかなりの人数になっていた。
「ご紹介します。リサーナさんとブラーナさんです」
「「「「「っ!?」」」」」
これは、令嬢達も予想していなかったらしい。
「二年のリサーナです。質問や気になることなどあれば、何でも聞いてください。遠慮して黙っているのでは、勉強になりませんからね?」
「一年のブラーナと申します。本日はわたくしも勉強させていただきますが、よろしくお願いいたします」
「「「「「っ……はい……」」」」」
このブラーナは、第一王子の婚約者である伯爵令嬢だ。王子の婚約者の家の格としては低いのかもしれない。そのせいもあって、第一王子は彼女を下に見ている節があるようだ。王妃も気に入らないだろう。この国の侯爵家は三つ。王妃の実家とミリアリアの実家、それと前王妃であるカティルラの実家だ。どの家も年頃の令嬢がいなかったのだ。
もちろん、候補には公爵令嬢であるエルセリアも入っていた。しかし、それは王妃が嫌がったらしい。周りの貴族達も、これ以上公爵家に権力を持たせるのを良しとしなかった。それになにより、ミリアリアと王妃は、あまり周りには見せなかったが、折り合いが悪かったらしい。表向きには、年が離れ過ぎているのではないかとの理由であっさり候補から外れた。
王妃としては他国の王女を結婚相手に狙っていたらしい。だが、それをことごとく、今度は宰相であるリゼンフィアが潰していた。
リゼンフィアは、王妃の血筋を重んじる考えを感じ取っていた。公爵であるリゼンフィアには良い顔をしていたが、クラルスを娶った頃から王妃の接し方に違和感を感じるようになったらしい。どうも、流民は卑しい血筋だから別れた方が良いなどと言われたとか。そこで、第三王妃への言葉や態度を何となく見ていて、今まで思っていた清廉で優しい王妃という姿が偽りではないかと感じる様になったと言う。
そうして、白羽の矢が立ったのがブラーナだった。あまり中央に伝手もなく、王妃を支持する貴族家でもない家だが、人が好いことで有名だった伯爵を、この機会に取り込めればと王妃は考えたのだろう。血筋も自分の方が上だ。ブラーナを押さえ付けることも簡単だと考えたのだろう。
表向きは光栄だと受け入れた伯爵家だが、このブラーナや伯爵家の者達は王妃の思い通りになるつもりはなかった。力のある貴族や王妃が気付かないだけで、この伯爵家は元王家の騎士から爵位を得て成り上がって来た家だった。
騎士としての役目は下りたが、想いは継いでいる。その気質はブラーナもしっかりと受け継いでいた。
「ふふっ。よく見知った顔があって嬉しいわ」
「っ……そ、その……」
「あら。そんな顔をしないで? いつもお時間を使って、王子の話し相手になって下さっていたでしょう? わたくし、ずっとお礼を言いたかったのです」
「……お礼……?」
「ええ。わたくし、これまで王妃教育のための勉強で忙しくて……その間、あの方のお話し相手になっていただけたようで、感謝しておりますわ」
「……」
コロコロと上品に笑うブラーナ。王子の傍にいた令嬢達からすれば、これが嫌味にしか感じられないだろう。だが、ブラーナは本心で言っている。それを正しく理解しているリサーナは苦笑した。
「ブラーナ。あなた、表情や仕草は完璧な令嬢なのですから、正直に話しても、貴族令嬢特有の物言いだと解釈されてしまいますわよ」
「あ……そうでした……本当に面倒ですわ……」
「いくら正直でも、それは口にしていけませんわ……」
面倒だという本心が出てしまったようだ。
「あら。失礼いたしました。表情……仕草……昔は良かったのに……」
「素に戻っていますわよ」
「今日は許してくださいませ」
「まあ……フィルさんも良いと言いましたが……」
「ふふふっ。さすがは、会長です!」
「……もうすっかり仮面が剥がれましたわね。ほら、みなさんが驚いていますわ」
「あらあら。うふふ」
「もう誤魔化せませんわよ!」
笑って誤魔化そうとしたようだが、無理そうだ。
「あのブラーナ様が……」
「どうなっていますの……」
「完璧令嬢が……」
令嬢達の動揺がすごかった。それだけ、第一王子の婚約者となるブラーナの普段の姿は、完璧だったのだ。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
「……これに乗るんですの?」
「馬車……馬は?」
「こんな大きな馬車……馬車?」
眠そうに集まって来た令嬢達は、それを見て完全に目が覚めたようだ。そこに、魔導車からセイスフィア商会の制服を着た二人の女性が降りてくる。そして、魔導具を不思議そうに、あるいは不安そうに見つめている令嬢達の前に並んだ。
「みなさま、おはようございます。本日の案内役を務めます、セイスフィア商会のセラと……」
「ユリです」
セラは朝早くても、いつも通りシャキっとしている。お辞儀も優雅にさえ見えた。その隣に立つユリは、まだ上手く表情が出ないので無表情に見える。どうしても冷たく見えてしまうのは、彼女が損しているところだ。
「今回は人数が多くなってしまいましたので、わたくし達の補佐がおります」
結局、昨日までで女生徒の半数が集まっていたのだ。最近では、リサーナも突っかかってくる令嬢達の対応を楽しんでいる様子だった。売店の手伝いもかなりの人数になっていた。
「ご紹介します。リサーナさんとブラーナさんです」
「「「「「っ!?」」」」」
これは、令嬢達も予想していなかったらしい。
「二年のリサーナです。質問や気になることなどあれば、何でも聞いてください。遠慮して黙っているのでは、勉強になりませんからね?」
「一年のブラーナと申します。本日はわたくしも勉強させていただきますが、よろしくお願いいたします」
「「「「「っ……はい……」」」」」
このブラーナは、第一王子の婚約者である伯爵令嬢だ。王子の婚約者の家の格としては低いのかもしれない。そのせいもあって、第一王子は彼女を下に見ている節があるようだ。王妃も気に入らないだろう。この国の侯爵家は三つ。王妃の実家とミリアリアの実家、それと前王妃であるカティルラの実家だ。どの家も年頃の令嬢がいなかったのだ。
もちろん、候補には公爵令嬢であるエルセリアも入っていた。しかし、それは王妃が嫌がったらしい。周りの貴族達も、これ以上公爵家に権力を持たせるのを良しとしなかった。それになにより、ミリアリアと王妃は、あまり周りには見せなかったが、折り合いが悪かったらしい。表向きには、年が離れ過ぎているのではないかとの理由であっさり候補から外れた。
王妃としては他国の王女を結婚相手に狙っていたらしい。だが、それをことごとく、今度は宰相であるリゼンフィアが潰していた。
リゼンフィアは、王妃の血筋を重んじる考えを感じ取っていた。公爵であるリゼンフィアには良い顔をしていたが、クラルスを娶った頃から王妃の接し方に違和感を感じるようになったらしい。どうも、流民は卑しい血筋だから別れた方が良いなどと言われたとか。そこで、第三王妃への言葉や態度を何となく見ていて、今まで思っていた清廉で優しい王妃という姿が偽りではないかと感じる様になったと言う。
そうして、白羽の矢が立ったのがブラーナだった。あまり中央に伝手もなく、王妃を支持する貴族家でもない家だが、人が好いことで有名だった伯爵を、この機会に取り込めればと王妃は考えたのだろう。血筋も自分の方が上だ。ブラーナを押さえ付けることも簡単だと考えたのだろう。
表向きは光栄だと受け入れた伯爵家だが、このブラーナや伯爵家の者達は王妃の思い通りになるつもりはなかった。力のある貴族や王妃が気付かないだけで、この伯爵家は元王家の騎士から爵位を得て成り上がって来た家だった。
騎士としての役目は下りたが、想いは継いでいる。その気質はブラーナもしっかりと受け継いでいた。
「ふふっ。よく見知った顔があって嬉しいわ」
「っ……そ、その……」
「あら。そんな顔をしないで? いつもお時間を使って、王子の話し相手になって下さっていたでしょう? わたくし、ずっとお礼を言いたかったのです」
「……お礼……?」
「ええ。わたくし、これまで王妃教育のための勉強で忙しくて……その間、あの方のお話し相手になっていただけたようで、感謝しておりますわ」
「……」
コロコロと上品に笑うブラーナ。王子の傍にいた令嬢達からすれば、これが嫌味にしか感じられないだろう。だが、ブラーナは本心で言っている。それを正しく理解しているリサーナは苦笑した。
「ブラーナ。あなた、表情や仕草は完璧な令嬢なのですから、正直に話しても、貴族令嬢特有の物言いだと解釈されてしまいますわよ」
「あ……そうでした……本当に面倒ですわ……」
「いくら正直でも、それは口にしていけませんわ……」
面倒だという本心が出てしまったようだ。
「あら。失礼いたしました。表情……仕草……昔は良かったのに……」
「素に戻っていますわよ」
「今日は許してくださいませ」
「まあ……フィルさんも良いと言いましたが……」
「ふふふっ。さすがは、会長です!」
「……もうすっかり仮面が剥がれましたわね。ほら、みなさんが驚いていますわ」
「あらあら。うふふ」
「もう誤魔化せませんわよ!」
笑って誤魔化そうとしたようだが、無理そうだ。
「あのブラーナ様が……」
「どうなっていますの……」
「完璧令嬢が……」
令嬢達の動揺がすごかった。それだけ、第一王子の婚約者となるブラーナの普段の姿は、完璧だったのだ。
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