上 下
134 / 190
ミッション9 学園と文具用品

341 お礼……?

しおりを挟む
翌日、計画通りに令嬢達の社会科見学が始まった。早朝にセイスフィア商会の『巡回定時便』として使っている魔導車バスを学園の前に回していた。用意したのは二台だ。

「……これに乗るんですの?」
「馬車……馬は?」
「こんな大きな馬車……馬車?」

眠そうに集まって来た令嬢達は、それを見て完全に目が覚めたようだ。そこに、魔導車からセイスフィア商会の制服を着た二人の女性が降りてくる。そして、魔導具を不思議そうに、あるいは不安そうに見つめている令嬢達の前に並んだ。

「みなさま、おはようございます。本日の案内役を務めます、セイスフィア商会のセラと……」
「ユリです」

セラは朝早くても、いつも通りシャキっとしている。お辞儀も優雅にさえ見えた。その隣に立つユリは、まだ上手く表情が出ないので無表情に見える。どうしても冷たく見えてしまうのは、彼女が損しているところだ。

「今回は人数が多くなってしまいましたので、わたくし達の補佐がおります」

結局、昨日までで女生徒の半数が集まっていたのだ。最近では、リサーナも突っかかってくる令嬢達の対応を楽しんでいる様子だった。売店の手伝いもかなりの人数になっていた。

「ご紹介します。リサーナさんとブラーナさんです」
「「「「「っ!?」」」」」

これは、令嬢達も予想していなかったらしい。

「二年のリサーナです。質問や気になることなどあれば、何でも聞いてください。遠慮して黙っているのでは、勉強になりませんからね?」
「一年のブラーナと申します。本日はわたくしも勉強させていただきますが、よろしくお願いいたします」
「「「「「っ……はい……」」」」」

このブラーナは、第一王子の婚約者である伯爵令嬢だ。王子の婚約者の家の格としては低いのかもしれない。そのせいもあって、第一王子は彼女を下に見ている節があるようだ。王妃も気に入らないだろう。この国の侯爵家は三つ。王妃の実家とミリアリアの実家、それと前王妃であるカティルラの実家だ。どの家も年頃の令嬢がいなかったのだ。

もちろん、候補には公爵令嬢であるエルセリアも入っていた。しかし、それは王妃が嫌がったらしい。周りの貴族達も、これ以上公爵家に権力を持たせるのを良しとしなかった。それになにより、ミリアリアと王妃は、あまり周りには見せなかったが、折り合いが悪かったらしい。表向きには、年が離れ過ぎているのではないかとの理由であっさり候補から外れた。

王妃としては他国の王女を結婚相手に狙っていたらしい。だが、それをことごとく、今度は宰相であるリゼンフィアが潰していた。

リゼンフィアは、王妃の血筋を重んじる考えを感じ取っていた。公爵であるリゼンフィアには良い顔をしていたが、クラルスを娶った頃から王妃の接し方に違和感を感じるようになったらしい。どうも、流民は卑しい血筋だから別れた方が良いなどと言われたとか。そこで、第三王妃への言葉や態度を何となく見ていて、今まで思っていた清廉で優しい王妃という姿が偽りではないかと感じる様になったと言う。

そうして、白羽の矢が立ったのがブラーナだった。あまり中央に伝手もなく、王妃を支持する貴族家でもない家だが、人が好いことで有名だった伯爵を、この機会に取り込めればと王妃は考えたのだろう。血筋も自分の方が上だ。ブラーナを押さえ付けることも簡単だと考えたのだろう。

表向きは光栄だと受け入れた伯爵家だが、このブラーナや伯爵家の者達は王妃の思い通りになるつもりはなかった。力のある貴族や王妃が気付かないだけで、この伯爵家は元王家の騎士から爵位を得て成り上がって来た家だった。

騎士としての役目は下りたが、想いは継いでいる。その気質はブラーナもしっかりと受け継いでいた。

「ふふっ。よく見知った顔があって嬉しいわ」
「っ……そ、その……」
「あら。そんな顔をしないで? いつもお時間を使って、王子の話し相手になって下さっていたでしょう? わたくし、ずっとお礼を言いたかったのです」
「……お礼……?」
「ええ。わたくし、これまで王妃教育のための勉強で忙しくて……その間、あの方のお話し相手になっていただけたようで、感謝しておりますわ」
「……」

コロコロと上品に笑うブラーナ。王子の傍にいた令嬢達からすれば、これが嫌味にしか感じられないだろう。だが、ブラーナは本心で言っている。それを正しく理解しているリサーナは苦笑した。

「ブラーナ。あなた、表情や仕草は完璧な令嬢なのですから、正直に話しても、貴族令嬢特有の物言いだと解釈されてしまいますわよ」
「あ……そうでした……本当に面倒ですわ……」
「いくら正直でも、それは口にしていけませんわ……」

面倒だという本心が出てしまったようだ。

「あら。失礼いたしました。表情……仕草……昔は良かったのに……」
「素に戻っていますわよ」
「今日は許してくださいませ」
「まあ……フィルさんも良いと言いましたが……」
「ふふふっ。さすがは、会長です!」
「……もうすっかり仮面が剥がれましたわね。ほら、みなさんが驚いていますわ」
「あらあら。うふふ」
「もう誤魔化せませんわよ!」

笑って誤魔化そうとしたようだが、無理そうだ。

「あのブラーナ様が……」
「どうなっていますの……」
「完璧令嬢が……」

令嬢達の動揺がすごかった。それだけ、第一王子の婚約者となるブラーナの普段の姿は、完璧だったのだ。







**********
読んでくださりありがとうございます◎



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?

水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが… 私が平民だとどこで知ったのですか?

連帯責任って知ってる?

よもぎ
ファンタジー
第一王子は本来の婚約者とは別の令嬢を愛し、彼女と結ばれんとしてとある夜会で婚約破棄を宣言した。その宣言は大騒動となり、王子は王子宮へ謹慎の身となる。そんな彼に同じ乳母に育てられた、乳母の本来の娘が訪ねてきて――

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

貴方に側室を決める権利はございません

章槻雅希
ファンタジー
婚約者がいきなり『側室を迎える』と言い出しました。まだ、結婚もしていないのに。そしてよくよく聞いてみると、婚約者は根本的な勘違いをしているようです。あなたに側室を決める権利はありませんし、迎える権利もございません。 思い付きによるショートショート。 国の背景やらの設定はふんわり。なんちゃって近世ヨーロッパ風な異世界。 『小説家になろう』様・『アルファポリス』様に重複投稿。

公爵令嬢はアホ係から卒業する

依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」  婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。  そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。   いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?  何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。  エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。  彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。    *『小説家になろう』でも公開しています。

王家も我が家を馬鹿にしてますわよね

章槻雅希
ファンタジー
 よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。 『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。

婚約破棄の場に相手がいなかった件について

三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵令息であるアダルベルトは、とある夜会で婚約者の伯爵令嬢クラウディアとの婚約破棄を宣言する。しかし、その夜会にクラウディアの姿はなかった。 断罪イベントの夜会に婚約者を迎えに来ないというパターンがあるので、では行かなければいいと思って書いたら、人徳あふれるヒロイン(不在)が誕生しました。 カクヨムにも公開しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。